3-7 噛みつき姫の協力者

「その、チェスロック様がフレーデガル様にお渡ししたお守りというのは……」

「悪しきものたちによる悪影響から精神を守り、心と身体をお守りするものをお渡ししました。ちゃんと効果があるのか不安でしたが、あれをお渡ししてからネッセルローデ侯爵様の負担も軽くなったようですので……安心しております」


 イツカの問いかけに、ヴィヴィアがすかさず返事をする。


(となると、セイントブランチとホワイトセージを使ったお守りかな)


 呪詛や穢れといった存在から所有者を守ると言われているセイントブランチ。浄化を目的に使われることが多いホワイトセージ。これらの素材を使って作るお守りには、イツカも心当たりがある。

 呪詛に関する知識があるヴィヴィアが作ったものなら、高い効果を期待できるだろう。

 心の中で一人頷き、イツカは続いて確認したいことを尋ねる。


「では、お屋敷の中や使用人の方々はどのように見えていますか? チェスロック様から見て異常を感じる場所や、フレーデガル様とよく似た状態になっている使用人の方がいらっしゃったらなんとかしたいと考えているのですが」


 真っ直ぐにヴィヴィアの目を見つめ、わずかに首を傾げる。

 イツカの問いかけに対し、ヴィヴィアは何やら考えていたようだが――何かを思い出したかのような顔をして口を開いた。


「お屋敷の中は、所々に嫌な気配を感じる程度なのですが……その、使用人の方々の中で特に気になる方がいらっしゃって」

「!」


 使用人の中に、ヴィヴィアから見て特に気になる人がいた。

 イツカが昨日出会った使用人たちの中には気になる人は特にいなかった――ということは、まだイツカが出会ったことのない使用人のうちの誰かだ。

 はたして、ヴィヴィアから見てどのような状態になっていたのか。イツカの表情が緊張でわずかに強ばる。


「その、どのような状態になっていたのかお聞きしても?」


 逸る気持ちを抑えながら、イツカは言葉を紡ぐ。

 黙って何やら考え込んでいたヴィヴィアだったが、改めて周囲に視線を向ける。きょろきょろと誰もいないのを確認したのち、身を乗り出してイツカとの間にある距離を詰めた。

 そ、と。内緒話をするかのように、小さな声でイツカの問いかけに答える。


「スティルルームメイドのお一人で、ローレリーヌというお方なのですけれど……最近、あまりお姿を見なくて。最後にお姿を目にしたときには、背中に何か人の姿をしたような何かを背負っていたように見えて……」


 スティルルームメイドのローレリーヌ。

 最近姿を見かけておらず、最後に姿を見かけたときは背中に人のような姿をしたものを背負っていたように見えた。

 ヴィヴィアから得た情報を頭の中でまとめ、考える。


 ローレリーヌに出会ったことはないが、ヴィヴィアが最後に彼女の姿を見たときには呪詛の影響を受けていたということで間違いなさそうだ。

 最後の目撃情報から現在まで姿を目にしていないのなら彼女が受けている影響は深刻なものになっている可能性が高い。

 姿を見かけていないのなら難しそうだが、ローレリーヌとはできるだけ早く接触したいところだ。


「それから、これは私の気のせいかもしれないんですけれど……ローレリーヌさんとすれ違ったとき、不気味な唸り声を耳にしたような気がして……その数日後にネッセルローデ侯爵様のご様子がおかしくなったので、どうしても気になってしまって」


 すれ違った際に不気味な唸り声を耳にした――そこから数日後にフレーデガルにも影響が出始めたのなら、やはりローレリーヌは呪詛の影響を受けている。

 貴重な情報を胸に深く刻みつけ、イツカは相槌を打つように小さく頷く。


「……わかりました。もし、ローレリーヌ様とお会いするときがあれば、注意深く様子を観察したいと思います」


 お会いするときがあれば――というよりは、会いに行くときはと表現したほうが正しいのだが。

 真っ直ぐとヴィヴィアを見つめて答えれば、ヴィヴィアがわずかに安堵したかのような顔をした。


「ありがとうございます、クラマーズ様。私の気のせいなら一番なんですけど……私から見てわからなくて、クラマーズ様から見てわかることもあると思いますので」


 どうか、ネッセルローデ侯爵様のことをよろしくお願いします。

 改めてその言葉を復唱し、ヴィヴィアが深々と頭を下げる。

 イツカもふわりと笑顔を浮かべ、頭を下げたヴィヴィアの肩を優しくぽんぽんと叩いた。


「お任せください。わたしも、わたしにできる範囲になりますが……フレーデガル様をお支えできるように尽力いたしますので」


 改めてその言葉を口にし、柔らかく目を細める。

 顔をあげたヴィヴィアも小さく頷き、イツカにつられるかのように柔らかく唇を持ち上げた。


(……重要な情報をもらえたから、早急にローレリーヌ様と接触しないと)


 ローレリーヌと接触することができれば、フレーデガルを悩ませる呪詛がどこから来たか辿れるかもしれない。

 呪詛がどこから来たのか辿ることができなくても、ローレリーヌが被害を受けたあとにフレーデガルへ被害が広がったなら、彼女を苛む呪詛について調べることでわかることも多いはずだ。


「また何かチェスロック様から見て、気になることがあればいつでもご相談どうぞ」


 同じ世界を見ているヴィヴィアの協力がこの先もあれば、非常に頼りになる。

 彼女からの協力はこれからも欲しいという思いを込めて言葉を紡ぐと、ヴィヴィアがきょとんとした顔をする。

 けれど、すぐにふわりと笑顔を浮かべ、小さく頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る