3-4 噛みつき姫の協力者

「先日、参加した夜会で知り合ったんです。そのときに惹かれるものを感じて……婚約者候補のお話が来たときに頷かせてもらいました」


 婚約者候補の立場をイツカに与えたのは、他の誰でもないフレーデガルだ。

 イツカからではなく、彼から婚約者候補として選ばれたことにしても問題ない――はずだろう。


(でも、後々でフレーデガル様にこういうことにしたって伝えておいたほうがいいだろうな)


 心の中で呟き、またフレーデガルと会話をする時間が取れたときにやるべきこととして頭の片隅に記しておく。

 そんなイツカの目の前にいるヴィヴィアは、驚いたように目を丸くし、ぱっと苦笑いを浮かべる。


「なるほど……ネッセルローデ侯爵様、そのような気配がなかったので少々驚いてしまって。お気を悪くしてしまったならすみません」

「いえいえ。驚いてしまうのも仕方ないと思いますから」


 事前にフレーデガルが話していたというのもあり、ネッセルローデ邸の使用人たちには即座に受け入れてもらうことができたが――普通はヴィヴィアのような反応をするだろうと大体予想していた。

 大丈夫だから、どうか気にしないでほしい。

 その思いを込めて緩く首を左右に振れば、ヴィヴィアはどこかほっとした顔をした。


「よかった。もし気分を害されていたらどうしようって思ってたの」

「本当にそんなことはありませんから。なので、どうかご安心くださいませ」


 そういって、イツカはヴィヴィアへ穏やかな笑みをみせる。

 ヴィヴィアもイツカが笑った姿を目にし、ヴィヴィアもようやく安心したらしく表情をわずかに緩めた。

 よかった、安心してくれた――ほっと心の中で安堵のため息をついたとき、一つの疑問がイツカの中で生まれた。


 そういえば、ヴィヴィアがここへ姿を現したとき、こちらの様子を伺うような様子だった。


 てっきり見知らぬ人間がネッセルローデ邸にいるからだと思っていたが、改めて思い返してみると、何かに誘われたかのようなタイミングだった。

 イツカは行動を移す前、確かに自分以外の人影がないのを確認した。近づいてくる足音やこちらへ向かってくる気配がないのも確認した。だからこそ、ヴィヴィアが姿を現したのはまるで何かに誘われるかのようなタイミングだったと感じたのだ。

 そして、人を呼びそうな出来事があったのも当事者であるイツカがよく知っている。


(……フレーデガル様のお話によれば、チェスロック様は不可思議な力を持っているっていう噂がある……)


 そして、彼女が手渡したお守りを手にした結果、フレーデガルが不自然に負傷する現象が緩和されたと言っていた。

 呪詛や穢れによって生み出される現象に関する知識がない者がお守りを作っても、呪詛や穢れを遠ざける効果は生まれない。本当に効果があるお守りを作りたいのであれば、呪詛や穢れに関する知識と対処法を知る人物が作らないといけない。

 イツカと同じ力かどうかはわからないが、噂が真実である可能性が高い。


 ヴィヴィア・チェスロックには――何らかの特別な力が宿っている。それも、呪詛や穢れから所有者を守るお守りを作れるくらいの力が。


 もし力が宿っていなくても、呪詛や穢れに関する知識や対処法といった知識があるのは確定だ。


 見極めたい。ヴィヴィアに何らかの力があるのかどうか。

 何らかの力が宿っていた場合、彼女から見たフレーデガルや屋敷の状態がどうなっているか聞き出せたら調査に役立てることができるかもしれない。


 静かに唾を飲み、イツカは浅く深呼吸をする。ほんの少しの緊張をなんとか和らげつつ、ヴィヴィアへ問いかけた。


「ところでチェスロック様、こちらへはどのようなご用事だったのでしょうか。おそらく、どこかへ向かっている最中だったのかなと思うのですが」


 不自然にならないよう、できるだけ自然に見えるよう心がけながら言葉を紡ぐ。

 わずかに首を傾げる動作も追加すると、ヴィヴィアはわずかに唇を開き、けれどすぐにきゅっと真横に結んだ。何かを言おうとして、けれどすぐにやめてしまったような様子だ。


「……」


 再度、なんともいえない沈黙がイツカとヴィヴィアの間に広がる。

 何かを伝えようとして、けれど本当に伝えてもいいのか迷う――そんな気配をヴィヴィアから感じ、イツカの心拍数が少しだけ上昇した。

 ヴィヴィアの反応には覚えがある。呪詛や穢れによる相談を領民が持ち込んできたとき、本当に信じてもらえるのか不安がっている人ほどこのような反応をしていた。


(これは、もしかすると……もしかするかもしれない)


 イツカがもう一度唾を飲み込む。

 ほぼ同時にヴィヴィアも一人で小さく頷き、おずおずとイツカの目を見つめた。


「……ここだと少しお話しにくいので、お部屋の中でも構いませんでしょうか」

「ええ、もちろん。廊下で立ち話というのもなんですしね」


 柔らかく微笑みながら、イツカはヴィヴィアの言葉に頷く。

 勇気を出して話すという選択をしてくれた彼女からの提案を断る理由など、イツカにはなかった。

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