第6話 美しい世界
彼方に見える花畑に向かって歩く中で、僕は久しぶりの母以外との会話を楽しんでいた。
「ペロは何が好物なの?」
「私はあまり食にはうるさくない質でね。出されたものは何でも美味しく頂くさ」
そんなたわいもない会話を交わしながら進むと、少しずつ目の前に美しい花畑の全容が見えてきた。
「うわあ・・・」
黄色、ピンク、オレンジ、緑。様々な色彩の花々が咲き乱れ、際限なく続いている。こんなに美しい光景は見たことがない。花から香る甘い匂いを胸いっぱいに吸い込む。
「すごくきれいだね。こんなの目が見えなくなる前だって見たことないよ」
そう言ってペロを見ると、彼はハラハラと涙を流していた。
「え?!ペロどうしたの?どこか怪我でもした?」
焦ってそう尋ねる僕に
「違うんだ。美しい、本当に美しいよ。人間の目にはこんなに色々な色が見えているんだな。感動してしまった」
と彼は静かに指で涙をぬぐった。そうか。犬は世界を二色でしか捉えられないと聞いたことがある。きっとこれは彼にとっての方が感動の光景だったのだ。彼は生まれてから一度もこんなに色彩豊かな世界を見たことがないのだから。
「本当にきれいだね。僕もこんなに鮮やかな色は見たことがないよ」
と僕は花畑から再度ペロに目を戻した。
「・・・」
ペロは先ほどの感動した様子がまるで幻だったかのように、蝶を追いかけて遊んでいた。
「こら、待て。何てかわいい蝶だ。ちょこまかと!ハハハ」
いい年をした男性が飛び跳ねながら蝶を追いかけている姿はあまり見て楽しいものではないが、僕の顔にも思わず笑みが浮かんでしまう。きっとペロは盲導犬としての務めを果たす最中もこうやって蝶と遊びたくて内心うずうずしていたのだろう。
蝶を追って遠くへ行ってしまいそうなペロの後を僕は追いかけた。
花畑はどこまでも続いているように見えたが、しばらく歩くとそんな光景にも終わりが見えてくる。その代わりに目の前に現れたのはどこまでも続く石造りの壁だった。そしてその壁の一部には大きな扉があり、今は閉じていた。
「あれは・・・門かな?」
到底日本とは思えない光景だがもう大して驚きは感じない。まずここにいること自体説明のつかない事態なのだ。
「ずいぶん大きいな。だが門があるということは町や村が近くにあるんじゃないか?」
ペロがもっともなことを言う。彼は犬のはずなのにかなり賢い。さすが僕を三年間も支えてくれただけのことはある。
「あ、誰か門のところに立ってるよ。行ってみよう!」
僕はペロの手を引いて駆け出した。
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