第3話 久しぶりの雪

歯を磨き手で壁を確かめながら階段を下りる。階段を下りている途中から味噌汁の良い匂いがすでにしてきていた。

階段を下りきると母が僕の手を取りテーブルにつかせてくれる。そこで親子二人揃っての朝食が始まる。父は僕が小さい頃に交通事故で亡くなった。父の記憶はほとんどないが、優しいまなざしと僕の頭をなでる大きな手は覚えている。

「今日も寒くなるみたいね」

母がニュースを見ながら嘆息交じりに言う。母は近くのスーパーでフルタイムでパートをしている。職場には僕の同級生の母親も多く働いており、母はそれなりに楽しくやっているようだ。それでも僕の頭から罪悪感が離れることはない。

「あったかくして仕事に行ってね」

でもその罪悪感を口に出したら母はきっと悲しそうな顔をする。見えなくても空気や雰囲気でわかってしまう。誰を責めることもできないこの状況で、僕はあんな公園に行かなければよかったと自分を責めるしかない。そうでもしないと心がおかしくなってしまうから。

「あら、雪だわ」

「え?」

母が立ち上がり窓を開ける気配。キンと冷えた冷気が入ってくる。

「積もるかもしれないわね。久しぶりね雪なんて。数年ぶり・・・」

そこで母の言葉が止まる。そう、数年ぶりだ。あの三年前のあの日ぶり。あの日以来、一年に数回は降っていた雪は温暖化の影響か降っていなかった。母がこちらを窺う気配がする。

「本当に久しぶりだね。僕雪が好きだからテンション上がっちゃうな」

微笑みを浮かべ冗談めかして言う。母のほっとした気配。

「寒かったら暖房付けてね。リモコンはいつもの場所に置いておくから」

母は洗いものを済ませると慌ただしく出て行った。


母が出かけると僕は一息ついて立ち上がった。いつも近くに控えているペロの柔らかい毛並みをなでる。

「ペロは僕と雪を見たことないだろ?ちょっと外に出てみる?」

ペロはその濡れた鼻を僕に擦りつけてきた。ハーネスを取りコートを着て家を出る。その瞬間に肌に触れる冷気。顔を上げると触れる冷たい感触。

ああ、あの日と同じだ。

あれから三年も経つのにまるで昨日のことのように鮮やかに思い出す。

あの公園に行きたい。あの時のことを思い出したい。

突然そんな衝動に駆られた。あの日以来怖くて理解できなくて逃げていたけれど、初めて恐怖心なしでそう思えた。

「ペロ、あの公園に行こう。」

僕が足を踏み出すとペロも僕を先導するように歩き出した。

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