第1話 なんてことない一日の始まり

ピピピピ、ピピピピ。

目覚ましの音が耳に入った。手探りでいつもの場所にあるはずの目覚まし時計を探す。寝覚めはいい方だから目覚ましが鳴って起きられなかったことはほとんどない。手に触れた目覚まし時計の上の突起を押すと、騒がしい音はやんだ。

「琉華、起きたの?」

階下からの母の声。その遠さから階段の横、キッチンからの声だとわかる。数年の経験でどこから声が発せられているかはすぐにわかってしまう。少なくともこの家の中なら。

「うん、起きた」

返事を返しゆっくりと起き上がる。

クーン。すぐそばから犬の声。

「おはよう、ペロ」

彼は盲導犬のペロ。三年前から一緒に暮らして僕をサポートしてくれる賢いラブラドールレトリバーだ。彼の姿を見たことはないけれど柔らかい毛並みや、その濡れた鼻、僕を導く優しい動きからきっと美しい犬だろうと想像している。

ペロの身体に触れ、部屋から出るべく慎重に歩く。洗面所は部屋を出ると正面にあり、顔を洗い歯を磨く。今日も一日が始まる。何も変わらない一日が。

つい数年前のくせで未だに鏡がある場所を見てしまう。そう、数年前までは見えていたんだ。寝ぐせのついた自分の茶色がかった髪も、左頬に三つ並んだホクロも、もちろん手の甲の痣だって。

僕は生まれながらに目が見えなかったわけじゃない。事故なんかの後遺症でもない。未だに理解できないんだ。なんで僕が?


僕の目が突然見えなくなったのは三年前のある冬の日のことだった。

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