第9話 入学式

「あの、白鳥さんー? 朝だよー」


 何度声をかけても一向に開く気がしない扉。その扉の前でどうしたら起きるのだろうかとうなだれている男子高校生。


 まあ僕である。今日は入学式だと言うのに白鳥さんは起きてこない。流石に心配になったので部屋の前まで来たのだが……


 何度声をかけても起きてこない。かれこれ十分ほど呼んではいるものの返事がないのでもう部屋に乗り込むしかないのか。


 しかし思春期の女子だし、しかも寝込みな訳だ。受け取り方によっては色々まずいだろう。でもこのままだと入学式に遅刻する事になるし……


 ええい、ままよ!


「白鳥さん! 朝だよ! 起きないと遅刻しちゃーー」


「あ」


 扉を開けると太陽の光に照らされたキャミソール姿の白鳥さんがいた。手には袖を通しかけている制服がある。


 これってやっちゃいました?


 すぐさま部屋のドアを閉め、ごめんと謝る。


「せんぱいは悪くないですよ? 第一私が返事をしておけばよかったんですから」


 そうは言っても見てしまったことは事実だからな……


「それよりせんぱい? 今何時ですか?」


「あ」


 さっきの彼女と同じく間の抜けた声をあげてしまった。腕時計は登校完了時刻の十五分前を指していたのだ。


「白鳥さん、もう出るよ!」


 扉が開いて学校指定のカバンを持った白鳥さんの腕を捕まえて玄関まで急ぐ。二分だけ、と白鳥さんが洗面所に入った間に僕は自転車の鍵を外して跨がった。


 二分もたたずに白鳥さんが玄関から出てきたので僕の後ろに座らせる。


「絶対に離さないでね」


「せ、せんぱい?」


 僕の腰に腕が巻かれるのを確認してから、すぐにペダルを漕ぎ始めた。どう頑張っても二人乗りなら学校まで十分はかかるだろう。


 つまり結構ギリギリなのだ。それでも僕は白鳥さんを初日から遅刻なんてさせたくなかったのでありったけの力を振り絞り漕いで漕ぎまくった。


 学校までの道が下り坂で助かった。学校が近づき、住宅街を爆速で駆けていく二人乗り自転車。青春感が強いと思ったが単に遅刻ギリギリの高校生だ。


 青春もクソもないだろう。


 僕の足が棒になる代わりに三分前に学校に着くことができた。急いで新入生の集合場所に白鳥さんを行かせて僕は教室に向かう。


 自分の席に座るなりジャケットを脱いでシャツの第二ボタンまで開ける。そのまま冷えた机に顔を擦り付けていると、


「司ー、何へばってンだー?」


 昨日のはにかんだ可愛い幼馴染ではなくヤンキーモードの幼馴染が声をかけてきた。


「うっせえ、こちとら遅刻しかけたんじゃ……」


「知ってンぞ。窓からみんなで見てたからな」


「え?」


 机から顔を離して辺りを見てみると、いつも以上にニコニコしているクラスメイトがいた。彼らの手にはコンパスやハサミなど危ない方の文房具が握られている。


「司クーン、さっきの女の子は誰かなー?」


「まさかこのクラスに朝から女の子と二人乗りで登校する異端児はいないよねー?」


 などと言いながらにじり寄ってくる。


 あ、これ終わったやつだ。


 ものすごい殺気を一身に受けつつ席を離れようとすると、


「よーし、お前らー。やっちまえー」


 逃げようとした僕をハルが羽交い締めにしてヤツらに差し出しやがった。


「ハルてめぇ!」


「悪いな司。流石のあたしでもこいつらには歯向かう勇気はないンだ」


 こうして新学期早々、ボコボコにされたのでした。


 いや、半数以上は新顔だったよね!? いきなりそんなフルボッコにするもん!?


 担任が来なければそのまま僕の机が文房具と血で染められるとこだっただろう。


「後でちゃンと話聞かせろよ」


 とハルに耳打ちでされたのち、入学式のため行動に向かった。






 ♢ ♢ ♢






 はっきり言おう。何も覚えていない。


 朝の疲れと知らない人の長い子守唄によって大半の記憶が飛んでしまっている。しかし、一つだけ覚えていることがある。


 新入生代表の挨拶で白鳥さんが壇上にいたことだ。そしてその挨拶ははっきりと覚えている。


 確か、


「桜咲き乱れるこの季節、この花巻高等学校に入学できたことを嬉しく思います。私事ながら今日、とても嬉しいことがありました」


 ここまでは僕も驚いていたくらいだった。


「私は今日、寝坊しました。それも間に合わないほどの。しかしとある先輩が助けてくれたおかげで今この場に立つことができています」


 ここら辺から僕の周りも怪しくなり始めて……


「その先輩にはまだお礼も言えていないのでこの場を借りて言わせていただきます。ありがとうございました。そしてその先輩のように人に優しく、大人であると自覚を持って高校生活を歩んでいこうと思います」


 そう、ここだ。ここで視界の端に手が見えて、そのまま気を失ったんだよな。


 っておい、普通にオトしてんじゃねえよ。


 そして教室に帰ってきて、今日はもう終わりかと思っていると、


「カモせんぱーい、帰りましょー!」


 と、陽気な声が教室の後ろから飛んできた。


「「「「「司クーン、ちょっといいかなー?」」」」」


 またも殺意丸出しのクラスメイト達が詰め寄ってくる。僕、このまま一年無事に過ごせるかな……


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