第3話 幼馴染

「わかってンだろうな? 忘れたとは言わせねえよ?」


 男勝りな口調のこの女子。名前は土屋春といい僕の幼稚園からの幼馴染だ。


 栗色のロングの髪を一つに縛って垂らしている。口調とは裏腹に見た目は清楚系で、一重まぶたに丸い目をしている。


 パッと見ただけだと大人しそうだが彼女には色々な伝説が残っている。というか囁かれている。


 たった一人で不良校を潰しただとか、この地域のヤンキーに名前を出せばお金を差し出してくるとまで言われている。


「おい、聞いてンのか?」


 こうして回想している間にもハルはズカズカとみどり荘に上がり込んでくる。普通に不法侵入だぞ。


「は、ハル? 僕とそんな約束したっけ?」


 ちなみに彼女は僕のことを司と呼び、僕は彼女をハルと呼ぶ。昔はツーくんと呼ばれていたが中学に上がるとともに名前呼びになった。


 まあ、思春期特有のアレだろう。


 そして今、全く記憶にない約束を強要されようとしている。要はそういう間柄なのだ。


「ああン? アタシと買い物行くって前に約束しただろうが」


 買い物……? 頑張って記憶の隅々まで探してみる。


「あ、それって二年の終わりに言ってたやつか?」


「そうだよ、忘れてンじゃねえぞ」


 覚えているとは言っても当時に記憶しようとしたわけではなく、脅迫まがいのことをされて嫌々約束されたんだった。約束しないと僕の恥ずかしい話を言いふらすとかで。


 一応ハルがそんなことをするはずがないと知っているからこそ忘れていた。ちなみにさっき例にあげた噂話も全部口調が悪いだけで作られた嘘の話だ。


 本当のハルはなんというか、もっと優しい。


 それはそうと買い物の約束か。白鳥さんの面倒でも見ようと思っていたのだが……


「あ、あのっ! あなたは……!?」


「ああ?」


 口調とは真反対の表情でハルは白鳥さんの方を向いた。


 そしてーー


「ちょー可愛い! ちょっと抱きつかせてくれ!」


 白鳥さんにハグした。正しくは羽交い締めに見えるくらい強く抱きついた。


「え!? ちょっとせんぱい!? 助けてくださいよー!」


 目の前で百合が繰り広げられているこの状況。僕は別にそっちが好きなわけではないがこうも見た目が良い女子がイチャイチャしていると和やかになるなぁ。


「せんぱいっ!? なに笑顔でこっち見てるんですか!?」


「ああ、初対面なのに仲がいいなぁと思ってさ」


「昨日のこととか謝りますからっ! 助けてくださいー!」


 そろそろ解放してあげるか。ハルが強く締めすぎて白鳥さんが青くなり始めているし。


「ハル、そろそろやめてあげな」


「えっ、でも……」


 ハルは僕と白鳥さんの顔を交互に見て寂しそうにしている。


 そしてハルの素である普通の女子モードが出ている。強い口調はわざとなんだけれどいつ頃からこうなったんだっけ?


 思い出せないからいいか。


「うん、わかった……」


 シュンとしながら白鳥さんを離した。


 そして白鳥さんは解放されるとともにーー


「えっ!?」


「なっ! テメェ!」


 僕に抱きついたのだ。


 もちろん大家さんではない。間違いなく白鳥さんだ。


「ちょっと!? なに抱きついてんの!?」


「うう、怖かったです……」


 なんだ、そういうことか。確かに初対面でハルの口調を聞いたらヤンキーとしか思わないよな。


 プルプルと僕のシャツの裾を握りながら震えている。どうやら本気で怖がっているようだ。


「ああ、ごめんよ。怖がらせるつもりはなかったんだ」


 ハルも悪いと思ったのか素直に謝った。僕に対しても謝罪が欲しいところではあるが今だけは許してやろう。


 白鳥さんはゆっくりと顔を上げるとハルの方を向いた。


「あなたはカモせんぱいの彼女さんですか……?」


「「は!?」」


 僕とハルは同時に声をあげる。


「そんなわけないじゃない! 何で私とツーくんが付き合うことになるのよ!」


「素が出てまっせー」


 焦りに焦ったハルはいつもの口調を忘れて否定している。


 そこまで露骨に否定されるとちょっとへこむって……


「じゃあカモせんぱいは今フリーってことですか?」


「まあ、そうだな。ドフリーだ」


 だって今後含め彼女なんてできるなんて思えない。逆に僕のことが好きなやつはいるなら顔を見てみたい。僕のどこが好きなのか徹底的に問い詰めてやる。


「そっか…… 覚えていてくれたんだ」


 白鳥さんは何か小さな声でつぶやいた。僕には何も聞き取れなかったが何やら嬉しそうにしている。


「危うく流されるところだったぞ! 司ぁ! この子誰だよ?」


 落ち着きを取り戻したハルがいつもの口調で聞いてきた。


「昨日越してきた白鳥舞さん。後輩だから優しくね」


「おう、あたしは土屋春って言うンだ。これからよろしくな!」


 ハルは白鳥さんの目線に合わせてそう言った。よろしくの挨拶にも見えるが一瞬ライバルみたいな目で見ていたのを僕は見逃さなかった。


 ハルは勝負事や自分のやりたい事に口を出されるととてつもなく凶暴になる。それはもう僕が毎回酷い思いをするほどには。


「じゃあ舞ちゃん、これから一緒に買い物でも行くか!」


「良いんですかっ!? ご一緒しますー!」


 なんか仲良くなったみたいだし僕は家で大家さんが散らかした二階の掃除でもするか。


「何二階に上ろうとしてンだよ司、お前も一緒に来るンだよ」


 え、僕必要ですか……?

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