第2話 初夜

「今、なんて……?」


 悪魔的な笑顔のまま白鳥さんは詰め寄って来る。


「だーかーらー、今夜は一緒に寝ましょうよって言ってるんですよ」


 一体何を言っているのかわからない。会って初めての夜でいきなり同じ部屋? この子の貞操観念はどうなっているんだ!?


「そう言うのはもっと仲良くなってからな」


 あくまで先輩としてこう言ってはみるものの、内心ドキドキなんだが。最近のJKは怖すぎるだろ。


「せんぱいならそう言うとは思っていたんですけどね。本当に部屋がないみたいなんですよ」


 そんな事はないと思うんだがな。僕の部屋がある二階には他にも部屋が三部屋ある。


 それなのに他の部屋が空いていない……? まさかーー


 思い当たることがあったので僕は二階に向かう。


「やっぱりか……」


 隣の部屋を開けてみると、空いた酒瓶や空き缶が転がっていた。


「大家さん……やめろって言ったのに……」


 ゴミ捨て場が僕の学校とは反対のため、ゴミ捨ては大家さんの仕事のはずなんだが……


 仕事どころか溜め込んで隠していたなんて。起きたらお仕置きが必要だな。今回は二週間禁酒にしよう。


「せんぱい? そんなわけなんでベットを共有し合いましょう?」


「もっと言い方どうにかしろよ……」


 とりあえず僕はリビングで寝よう。


「白鳥さんは寝具とかは持って来てるの?」


「むー、舞です。そう呼んでくれないと返事はしませんー」


 頬を膨らましてそっぽを向く白鳥さん。なにこの可愛い生き物。


 名前を呼んであげないと言うことを聞いてくれそうにないので仕方がない。


「ま、舞さんは寝具を持っていらっしゃるんですか?」


 うん、やっぱり僕はヘタレだな。名前くらいでドギマギして敬語になってしまうなんて……


 はあ、と自分に呆れつつ顔を上げると、


「ッ!」


 白鳥さんは茹でダコのように顔が真っ赤になっていた。照れているのか目が泳いでいる。


「舞さん?」


「ーーッ!」


 今度はわかりやすく顔を背けた。どうやら照れていることで間違いはなさそうだ。


 こうなれば話は早いな。


「舞さん、舞、まーちゃんなんかもいいな」


「もういいですせんぱいっ! もう十分ですからっ!」


 小さな手で僕の頬を挟んで無理やりやめさせようとする。まだまだ言えたんだが彼女が泣きそうな顔で懇願して来たのでやめてあげることにする。


 さすがに初日から女の子を泣かせるほど畜生になるわけにはいかない。それに酔いつぶれているとはいえ、大家さんが聞いているかもしれない。それだけは絶対に避けなければ。


「じゃ、僕はリビングで寝るから」


「えっ、そうなんですか。じゃあおやすみなさいー」


 僕が部屋を出た瞬間に部屋のドアを閉められた。


 ってええ!? あれだけせんぱいっ! って寄って来ていたのに突然そっけなくなるの!?


「お、おやすみー」


 扉越しではあるがとりあえず言っておこう。


 さて、僕もそろそろ寝ようかと階段を降りる。廊下にある物置部屋から余っている毛布をとってリビングに入る。


「あ、忘れてた」


 リビングのソファには腹を出し、白目を剥いていびきをかいている大家さんがいた。


 今日の寝床を失い、床でもいいかと思っていると、


「せんぱい? やっぱりソファは大家さんが使ってましたよね」


 階段の方から白鳥さんが顔を出していた。さっきまでのテンションと違い、落ち着いている。


「僕のことはいいからさ、白鳥さんはゆっくり休んで」


「そんなこと言わずにせんぱいがベットを使ってください。今日はいっぱいお世話になりましたからもう十分ですよ」


 パジャマの裾をギュッと握ってまっすぐな視線でそう言った。


 確かに今日一日のことで僕は疲れている。それはもうベットがあれば倒れ込んですぐに眠りに落ちれるくらいにはだ。しかしながら今日引っ越してきた後輩に床で寝させるわけにはいかない。


 僕だって先輩ヅラをしてみたいんだよ。


 答えが出ず、お互いにしばらく黙っていると白鳥さんが口を開いた。


「じゃあ、私が毛布を布団がわりにするのはどうですか?」


「逆なら乗った」


 そのあとは持っていた毛布を絶対に譲らず、白鳥さんを部屋に押し込んだ。


 少し硬い寝床だったが疲れのおかげですぐに眠りに落ちた。






 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢






「……ぱい、せんぱいってば! 起きてくださいー」


「んん……あと五分……」


 こんな朝っぱらから一体誰だ? そういえば目覚まし時計を止めたっけ?


 まだ不明瞭な視界の中、いつも目覚まし時計が置いてある方向に手を伸ばす。ポスッと音がなりそうな何かに手が乗った。


「せ、せんぱいっ!?」


「んー?」


 いまだに意識がはっきりしない。目覚ましのスイッチは確か横にーー


「せんぱいっ!」


 さっきとは比べものにならないくらいの大声が近くで聞こえた。その声によってようやく僕の意識は覚醒した。


 顔を上げると顔を真っ赤にして俯いている白鳥さんの頭の上に僕の手が乗っているではないか。


「ご、ごめん!」


 すぐに手を引っ込めて謝る。


 引っ込めてもなお、艶やかでサラサラとした髪の感触が手に残っている。


「そんなの照れますって……」


 正座で僕の隣に座っている彼女は口に手を当ててプルプルと震えている様だった。どうやら撫でられることに弱いみたいだ。


 これはいいことを知れた。と思いつつ朝ごはんの準備をしなくては、と急いで起き上がりキッチンに向かおうとする。


「あっ、せんぱい。ご飯は作っておきましたよ」


 そう言われてキッチンを覗くと味噌のいい香りと焼けた鮭の匂いが鼻を通った。


「これを一人で?」


「はいっ! 昨日のお礼にと思って張り切っちゃいました!」


 美味しそう。その言葉に尽きる朝ごはんだ。


 白鳥さんが料理ができることと、こんな美味しそうな朝ごはんに驚いて固まってしまった。


「何かまずかったですか? 使っちゃいけないものがあったとか」


「いや、ありがとう。ここ一年で初めて僕以外が作るご飯が見れて感動しかけてる」


 目頭が熱くなりそうなのを抑えつつご飯を運び、リビングのテーブルに二人で向かい合うように座る。


「「いただきます」」


 まずは味噌汁をひと啜り。


「おお、美味しい」


「お褒めに預かり光栄ですっ!」


 うちにはないはずの赤味噌の味だ。それに具が豆腐とワカメだけのはずなのになんだこの満足感。


 続けて鮭を口に運ぼうとすると、


 ピンポーン、とインターホンが鳴った。


「僕が出るよ」


 そう言って玄関に向かう。こんな朝から誰だろうと扉を開けるとーー


「司、アタシとの約束忘れたわけじゃないンだよな?」


 朝日をバックに立っていた。それはもう般若の顔の如く。


 口調と容姿が合致しない幼馴染がそこにはいた。

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