先輩、好きって言ったら困ります?
月猫
第1話 出会い
「せんぱい! カモせんぱーい!」
学校からの帰り道、背後から鈴の音のように弾んだ声で名前を呼ばれた。
「んー?」
「好きって言ったら困ります?」
「うん、困る」
「またフラれちゃいましたよ……」
シュンと縮こまるように肩を落とした小さな少女。
僕がこのみどり荘に越してきてから早一年、一人の小さい後輩ができた。
彼女の名前はーー
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「初めまして!
「大家さん、この子は……?」
町外れにあり、誰も近づこうともしないおんぼろ屋敷。そんなみどり荘に住もうと思う人などいる訳もなく、お酒が好きで何もかもが緩い大家さんと高校生の僕だけの二人のはずだったのだが……
「この人がカモせんぱいですねっ! よろしくですっ!」
「えーと、うん。よろしく」
新学期になり、新しいクラスで心身ともに疲れて帰ってきた。そこまではいいんだよな、うん。
それで? いざ帰ってくると居間に知らない女の子がいて? 今日から同じ屋根の下と。
「ちょっと大家さん」
僕は大家さんに向けて手招きする。そして耳打ちで事の経緯を尋ねる。
「新しい入居者なんて聞いてないんですけど……」
「そりゃ言ってなかったからねぇ」
「あの、色々と困るんですが……」
心の準備もそうだが物理的にまずいものだって男子高校生にはあるんだよ?
「まあ、今日からひとつ屋根の下だから仲良くしてね〜。あ、でも生々しいのやめてね?」
おばさん嫉妬で狂っちゃうかも、と大家さん。
「は!?」
あまりにも突拍子もないことを言い出すので大きな声を出してしまった。声の音量的に後輩にも聞こえているかもしれないが関係なかった。
「もう、うるさいわね…… せっかく女の子が越してきたんだから三人で♡みたいなことを期待しちゃうのもわからなくもないけど」
僕がそんな事を考えていると見られていることがショックだ……
「とりあえず彼女について詳しい説明お願いします。あと、二度と部屋に入れないです」
挨拶、ということで後輩と向かい合うようにソファに座る。大家さんは僕の隣で服をはだけさせてお酒を飲み始めた。
っておい、昼間から何してんだよ。
「改めまして白鳥舞ですっ! せんぱいと同じ花高に今年から通うために引っ越してきました!」
花高とは私立
だが今はそんなことはどうでもいい。そんなことよりもなぜこんな可愛い女子がみどり荘なんかに……?
白鳥舞と名乗るこの少女を改めて眺める。栗色のボブカットに丸い二重の目、ちょこんという擬音が似合いそうな小動物みたいな子だ。
「……せんぱい? 私の顔になにかついてますか?」
キョトンとした顔で僕にそう聞いてきた。
「あ、ごめん。えっと僕は
「大家さんから色々聞いていたのでお会いできるのを楽しみにしてましたっ!」
こちらは一切話を聞いていなかったのでドキハラを楽しませていただいてます。
じゃなくて……って僕の名前を聞いた途端に目をキラキラさせて身を乗り出している。グイグイ来る後輩に呑んだくれか……
収集もつかなくなってきたことだし、そろそろ僕は離脱させてもらおう。
「うん、とりあえず時間も時間だし僕は夕飯を作ってくるよ」
このみどり荘では一日ごとにご飯当番が決まっているーーはずだったのだが、こんな大家さんが料理なんてするはずもなく毎日僕が作っている。
今日来たばっかりのこの子にご飯を作らせるのは気が引けるし、一秒でも早くこの場から離れたかったからちょうど良かった。
しかし、どうしたものか。買い物には明日行こうと考えていたため冷蔵庫には二人分の食材しか入っていない。流石に初日からご飯抜きにさせるのも悪いし、今から買い物にでも行くか。
「大家さん、買い物行ってくるんで留守番お願いしますねー」
「片栗粉とこんにゃくは食べものよ〜」
よくもまあ、そんな最低な返しができるもんだな……
みどり荘共有の財布を持ち、玄関に向かう。すると白鳥さんは置かれたお茶を一気に煽って僕の後について来た。何か買って来て欲しいものでもあるのかな。
「どうしたの?」
「私も行きますっ!」
……ん? ついて来たいのか?
よく考えると、女の子から僕に頼みづらいものもあるよな。いやいや失敬、紳士たるもの余計な言葉は不要だ。
「私、引っ越して来たばっかりでここら辺よくわからないんですよね。なのでせんぱいっ! 色々案内してくださいっ!」
僕の中の紳士は邪だったみたいだ……
それはそれ、これはこれ。スーパーまではそこまで遠くないし買い物がてらならいいか。
「わかった、でもお菓子は自分のお小遣いで買えよー」
「えー、せんぱいが奢ってくださいよー」
なぜここまで馴れ馴れしくできるんだよ…… コミュ力お化けすぎて僕がついていけない。
「ほらほらせんぱーい、おいてっちゃいますよー」
白鳥さんは一足先に靴を履いて僕を急かしてくる。まだ春なのにTシャツにホットパンツで僕は目のやり場に困ってしまう。
エコバックと財布をポケットに入れて玄関を出る。外は茜色に染まっていて、僕と白鳥さんは並んで歩き始める。
「この辺を案内って言っても何が知りたいの?」
学校までの道は知ってるみたいだし、あとはスーパーの場所くらいでいいか。
「えっと……私は今日ここに来たので正直駅の場所すら曖昧なんですよねー」
「ことごとく僕の期待を裏切るね」
そっか、じゃあゆっくり案内でもするよ。
「なんか心の声と逆になってません?」
あ、しまった。つい思ったことが声に出ることってあるよね。
とりあえず、外に出ただけで迷子確定の後輩から目を離さずにスーパーに向かうことにした。道中の光景は目に浮かぶだろう。
「せんぱいっ! ここは?」
「せんぱいっ! あれ見てくださいよ! あれ!」
などと僕からは見慣れた光景に一喜一憂、もとい一見一尋してきて全てに答える僕の身にもなって欲しい。
けど後輩女子から結構近い距離で色々聞かれるのも悪くないかもしれない。僕の灰色の青春にも、ようやく色が入って来た気がする。
「なんかせんぱいって反応薄くてつまんないですー」
「え、理不尽っ!」
僕がツッコミ混じりにそう言うと、白鳥さんは元々大きい瞳をさらに見開いて驚いていた。僕がツッコむことがそんなに意外だったのか?
驚いた顔のまま、まばたきを数回して固まっている。
「僕ってそんなに根暗に見えるの……?」
「カモせんぱいが私の言ったことにツッコんでくれた……」
僕の話も聞かず、彼女は噛み締めるように笑った。つられて僕も笑ってしまう。
その後は嬉しいのか顔を真っ赤にした白鳥さんとのショッピングを楽しみ、みどり荘に帰った。スーパーの中では人の目も多く、あまりはしゃぐ事はなかったが帰り道は行き同様に質問攻めだった。
「そんじゃあ、みどり荘に新たな仲間が来たことを祝してカンパーイ!」
「「か、かんぱーい」」
すっかりベロベロに酔った大家さんの音頭の元、白鳥さん歓迎会が始まった。和やか、と言うには少し騒がしいかもしれない。
けどこれからの生活が楽しくなりそうな騒がしさだった。
二時間ほどジュース飲んだり楽しく談笑していたが、珍しく大家さんが酔い潰れた。時計を見ると日を跨ごうとしている時間で流石に片付けて寝なければ、と僕が歓迎会の片付けをしていると、
「あ、せんぱいっ! 部屋が余ってないらしいんで今夜はよろしくお願いしますね!」
……ん!?
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