六章 8

「やった、やりましたよ、アリス様!」

「うるさいわよ、トーマス。あたしたちが本気を出したんだから当然よ」

「そんなことを言って、お前も満面の笑みだぞアリス。私も鼻が高い」

「まさかこんなに早く国に認められるとは思ってなかったな」

 トーマス、アリス、ブリジット、カイエンが喜びを口にする。

 そんな彼らを少し遅れてシャルロットが続く。

「義足技術はこれからが勝負だろう。トーマスの技術はもちろん、アリス・バックマンのリハビリ記録や義足での歩行訓練——それら全てを体系化し、普及できるようにシステムを整えていく必要がある。気を緩める時間はないぞ」

「それはそうだけどよ、お嬢。今日はその一歩目として大きな成果があったのも事実だろ? もうちょい手応え感じてもいいじゃねえか」

「まぁそうだがな。今回はすんなりいきすぎて逆に怪しく感じる面もある。油断はできない」

「あぁ、閣下も裏で動いていたみたいだし、アストリア侯爵もかなり積極的だったもんなぁ。牛痘法のときは認めつつも一線は引いてた感じだったけど」

「義足技術が発展すれば軍にとって利益は大きい。それを差し引いても、な」

「前回に比べると明らかに妨害がなかったよな」

「母上も何かしているようだが、用心に越したことはない」

「へいへい。しかしこれから一層忙しくなるな」

 苦笑いを浮かべながら、カイエンは背筋を張った。

 横を見れば、よろけそうになったアリスを、トーマスが咄嗟に支えている。どこか義足に問題が起きていないかと、跪いて点検する彼をアリスは頬を赤くして見下ろしていた。

 随分と仲が良くなったようだ。毎日四六時中顔を合わせて義足の調整をしていたのだから当然かもしれないが、それにしては雰囲気が甘ったるい。

 そんな二人をニマニマしながら眺めるブリジットに気づいたアリスが怒り始める。わざとらしい謝罪にアリスの顔面が更に真っ赤に染まるが、トーマスのせいで動けず口だけでわめいた。


 シャルロットの言う通り、義足技術の発展はこれからが本番だ。合わせて本業である病院の設立に関しても着実に前進している。トーマスは義足技術に傾注しつつも医師としての知識を着実に増やしており、他四名の新人医師たちも座学に関してはすっかり吸収しきった。後は開院のためのうんざりするほどの仕事量が待っているが、今だけはそれを忘れて喜びを分かち合っていたかった。


 王宮から馬車に乗り去っていく五名を、見下ろす影がある。

 王宮、その最上部に位置する最も高貴な者の部屋のひとつ——王妃の寝室。

 王妃キャンベリーは鈍く光る瞳で、遥か下方の五名を注視していた。

 唇はかすかに歪み、その美貌は欲に濡れていた。

 王妃キャンベリーは野心に溢れる女だった。元は侯爵家の令嬢として生を受け、当時王太子であったオーギュストと婚約した彼女は、幼い頃より欲望に忠実な人間だった。

 歴史に名を残すような勲を残したい。それがキャンベリー妃の行動原理である。

 王妃として王国で最も尊い貴婦人となってからもそれは変わらず、彼女の胸を焦がし続けている。王の補佐や王妃としての政務に力を入れるのも全ては歴史に名を残すためだ。

 そんな彼女が目をつけたのは、変わり者で知られた公爵家の次女が築き上げたという新たな技術だった。


 これはいける——キャンベリーはそう思うと、夫であり国王であるオーギュストにも精力的に働きかけた。

 オーギュストは優れた君主だが、目立つ功績は少ない。国が荒れることは避け、リスクの高い政策は自己判断だけで良しとせず慎重に採決を取った。

 堅実さが具現化したような王だったが、キャンベリーには物足りない。

 もっと目立つ、もっと大きな功績を——そう思っていた矢先に現れたのだ。あの『医学』というものが。


 実現すれば民と国への功績は多大であり、間違いなくオーギュストは名君として語り継がれることになるだろう。そのとき合わせて語られるのは、横にいる王妃であるキャンベリーだ。

 仮に失敗したとしても、発案はアインドルフ公爵家とその当主である宰相である。オーギュストに進言して早めに切り捨ててしまえば王家に対する被害は極わずかになるだろう。それだけの影響力がキャンベリーにはある。


 口が歪むのを咎められない。

 己の野望が形になるのは目前に迫っていた。

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冷血医師の転生 ちのあきら @stsh0624

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