六章 7
半年後、王宮——謁見室。
本日そこに招かれた三人は、今後のトラヴァリア王国の有り様に大きな影響を与えるはずだった。
脇に控える側近貴族たちは浮き足立っている。王座に座る国王と王妃も若干の緊張を滲ませている。そんな中で宰相アインドルフ公爵とその横に立つアストリア侯爵だけが泰然としていた。
「シャルロット・アインドルフ。アリス・バックマン。そして医師トーマス。面をあげよ」
厳かに告げると、国王の前に膝を折る三名が顔を上げた。
平民であるトーマスが緊張のあまり顔を真っ青にしているのが目につくが、それ以上に目を引くのがアリス・バックマンだった。
ドレスの裾から覗く右足が、どう見ても人間のものには見えなかった。それこそが国王や王妃、そして貴族たちの注目している根元だった。
「では、始めてくれ。アリス・バックマン男爵令嬢」
「はい、失礼いたします」
宰相が声をかけると、アリスがゆっくりとドレスの裾を手繰るように上げて右脚を露わにした。
太ももから先は、見たこともない義足だった。
膝は折れ曲がるような機能がついているし、足首も人間のように自在に動くようだった。関節部分の近くには板バネらしきものも付けられている。木製の人間の脚とでも言うべきだった。
そして驚くべきことに、アリス・バックマンは何の支えもなく立ち上がっただけでなく、国王と王妃に見事なカーテシーをして見せた。ゆっくりとした動作だったものの、言われなければ右脚を失くした人間とは気づけなかっただろう。
アリスはカーテシーを終えると今度は歩き出す。普通の人間とは異なる足運びな上ぎこちなさが残っていたが、危なげなく自力で歩行していた。
「なんと……」
「これは凄まじいですわね……」
義足の人間がここまで滑らかに歩けるのか——驚愕が思考を支配した。
これまで国王と王妃も医学のもたらす効果については逐次報告を受けており、知ったつもりになっていた。もたらされた現物をその目で見るのは、実感がまるで異なっていた。
脚を失くした者が歩けるようになったと聞いても、精々が杖などを使ってかろうじて動ける程度だと思っていた。
それが実際に見てみれば、足の欠損など遜色ないかのごとく滑らかに歩いて見せている。それは社会の在り方を変え得る技術だった。
「素晴らしいな、これは」
アストリア侯爵が思わず漏らす。
軍にとって負傷退役者は深刻な問題だった。重い傷を負った者は帰還しても働き口すら見つからず、かといって軍に居させ続けることも難しく、国のために力を尽くした彼らに報いているとはお世辞にも言えなかった。アストリア侯爵も様々な対策を試みていたが、負傷退役者にとって充分なものにはならず、かつての部下たちを守ることもできない有様だったのだ。
しかし、この技術があれば、少なくとも歩ける者は増える。そうすれば働き口の状況も変わってくるに違いない。全てではないにしろ、軍と国の抱える大きな問題に光明が差すのだ。
ここにきてグラファイド・アストリアは完全にアインドルフ公爵家に付くことを決めた。シャルロットに対する疑念は未だあれども、軍としても侯爵としてもメリットが計り知れなかった。
「我が娘シャルロットと、新人医師であるトーマスの木工職人としての技術。また彼の実家の技術提供。そしてなによりもバックマン男爵令嬢の歩行訓練。それらが噛み合って成された義足の性能は、陛下たちもご覧になった通りです。私は宰相として、この義足が今後王国の基準となるべきだと考えています」
まだこの義足は試験段階である。
トーマスは足繁くアリスの元に通い、日々試行錯誤を重ねている。単純な義足のメンテナンスだけでなく、アリスに合わせた微調整。合わせてアリス自身が義足を使いこなすためのリハビリテーション。それらがひとつに結実したのが、披露している義足である。
量産体制は整っておらず、ひとりの患者にかける時間と労力は途方もない。けれどもそれに見合う価値が確かにあった。
「いかがでしょうか、陛下?」
「——よろしい。これは牛痘法に次いで王国の有り様を変えるものだ。宰相、病院事業に合わせて義足技術の発展を図れ。予算を議会にかけるぞ。よいな、皆の者」
周囲の貴族たちが黙って首を垂れる。
義足の価値が認められた瞬間だった。
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