六章 5

「私がなんとか用意した義足も、彼女に合わなかったのかまともに立つことも難しかった。どれだけ訓練しても、別の義足に変えても、まるで効果がなかった」

「もういいのよ」

「よくないだろうっ!?」

 諦めを口にするアリスに、ブリジットは食ってかかる。ブリジットにとって彼女は数少ない本音を語り合える友人だった。親友と言ってもいい。そんな彼女が死者同然で朽ちていくのは嫌だった。理屈ではなく嫌だったのだ——たとえ元通りに背中を預けられることがなかったとしても、アリスには精一杯の幸福な人生を歩んで欲しかった。それだけの想いで必死だった。シャルロットも初めて見る姉の姿だった。

「よろしければ、義足をつけた状態を見せていただけませんか」

 ともあれ見てみないと始まらない。

 アリスは初めは無意味だと嫌がったが、ブリジットが拝み倒して承諾させた。脇のクローゼットから大切なものを触る手つきで義足を取り出すと、アリスが装着するのを手伝った。


 シャルロットは義足をつけたアリスを見て、眉をわずかにしかめた。

 義足は専門外だったが、素人目に見ても出来栄えは良くなかった。ほとんど真っ直ぐの棒と変わらない木製の義足が、アリスの右脚に装着されている。

 関節もなければつま先も足首に値する部位も存在しなかった。

「立ってみてください」

 シャルロットは更に観察を続ける。

 嫌そうな顔でアリスは立ち上がろうとするが、当然のようにバランスを崩して倒れそうになる。横からブリジットが支えて事なきを得た。

「姉上、彼女を支えてください。アリス・バックマン、姉上の肩を借りて構いませんので、真っ直ぐ立ってみてください」

 アリスはブリジットにしがみつくと、おっかなびっくりで立ち上がった。肩から手を離そうとすると、すぐにバランスを保てなくなっていた。


 シャルロットの目から見て、気になる部分があった。

「私は義足に詳しくないのですが……姉上の用意したというこれは、一般的な物なのでしょうか」

「そうだな。そもそも義足を取り扱う職人自体が少ないが、稀に見る義足はだいたいこんな感じだな。私もかなり無理を言って作ってもらったのだ」

 その義足は、あまりにも技術が足りていなかった。

 必要な部分に欠けているだけでなく、長さが合っていなかった。地面と設置する箇所もガタついていて重心がズレている——これではどれだけアリスが努力しようと、立てるはずがなかった。

 おそらくこれを作った人物は、人体の構造を理解していない。

 シャルロットはふと、教習生のトーマスが木工職人の家系であったことを思い出す。彼を呼び寄せると、自分の考えを伝えた。

「ええっ? そりゃできるできないならできると思いますけど……。そんなことして意味あるんですか?」

「あるはずだ。いいからやれ。——姉上、一旦義足を外してください」


 外された義足を受け取ると、シャルロットはトーマスにそのまま渡す。怪訝な顔のブリジットとアリスを前に、シャルロットはとんでもないことを言い放った。

「この義足、少し削らせていただきますよ」

 唖然とする姉とその友人に説明も少ないまま、トーマスを促す。不安げだったがシャルロットに退く気がないとわかると、持っていたナイフで義足の接地面を削っていく。

「もう少しだ。……よし、もういいぞ」

 再び義足がアリスに装着された。見た目の変化は感じられない。

 一体何だったのかと問おうとするが、シャルロットは意に介さず立ち上がるよう告げた。

 立てるはずがないだろう——アリスは激昂する。久しく覚えた感情の昂りだった。


 友人の妹だからと、我慢していたのは確かだった。けれども人をおもちゃのように弄ぶのは耐えられなかった。

 歩けない、立てないことにアリスは傷つき果てていた。

 そんな彼女の神経を逆撫でするシャルロットに怒りが沸き上がっていた。

 ——ぶん殴ってやる。

 違和感に気づいたのは、その直後だった。

 バランスが崩れなかった。これまでどんなに訓練しても立てなかったアリスが、自らの足で地面に立っていた。

 その状態は長く続かず、やはりベッドに倒れ込んでしまう。しかしアリスの頭はそれどころではなかった。

 隣にいたブリジットも瞠目していた。三年間為せなかったモノが、わずかだが形を現していた。


「足というのは単純なようで、非常に複雑で高度な機能が備わっています。特に四足歩行の動物と違い人間は二足歩行です。少し機能が足りないだけでも、本人には強い違和感となって返ってくる。それどころか、場合によっては彼女のように充分な性能を発揮しないこともあり得ます」

 シャルロットは呆然とするアリスを見ながら、ブリジットに言った。

「この義足は見ての通り人の足とは程遠い物です。装着者との調整もされていない。作成者を責めるわけではありませんが、技量不足でしょう」

「あんなにわずかに削っただけでも、こんなに差が出るというのか……」

「片方だけ足が長ければ誰でも倒れます。自由に動かせない義足なら尚更です」

 ブリジットは納得した。

 アリスは何度も何度も立ち上がっていた。やはり長く立つことはできないが、直立できている。どれだけ望んでも叶わなかった希望がアリスの胸に輝いていた。その横でトーマスは己の行為の結果を口を開けて眺めている。

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