五章 8

「一体何者だ、お主」

 血に汚れた手を湯で洗うシャルロットに、侯爵が呆然とした様子で問いかけた。

 彼女はあまりに異質すぎた。

 牛痘法に関しては、まだ理解できる。しかし今回魅せられた手術は、そんな程度で済ませられるものではなかった。


 人体に対する理解。

 病理に対する理解。

 そしてそれらを合わせて治療するための技術。

 どれをとっても異常だった。他国の奸計など考慮するまでもない。このような力は、この世界のどこにも存在しないのだ。

 侯爵は震える手を隠すように固く握る。畏怖すら覚えていた。


「私が何者か、ですか……」

 シャルロットは手を洗い終えると、カイエンから渡された布でしっかりと拭う。

 横目で台に横たわったままの兵士を見る。呼吸は規則正しく、鼓動も正常な状態を取り戻していた。

「私は、医師です……。一度は逃げ出したものの–−結局は諦めきれずに恥を晒している、ただの医師です」

 その声は、カイエンにはいつもより揺らいでいるように聞こえた。

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