五章 7

 シャルロットは、まず侯爵家に仕えるふたりの治癒士に協力を求めた。

 同時にカイエンに必要な物の準備を指示すると、それらを徹底的に煮沸消毒していく。患者を清潔な台に移し、服を脱がせる。自身も手を消毒し口元を布で覆うと、他の者にも同じように促した。

 全ての準備を終えると、カイエン、治癒士、侯爵に顔を向けた。

「これより先、用意した器具と患者以外を決して手で触れるな。また、不用意に大きな声を出したりするのも極力控えろ。いいな」

 いつにも増して冷たい声でシャルロットは告げると、いよいよ手術が開始された。


 それは、またしても未知の技術だった。

 彼女の手に薄い刃物が握られると、横たわる男の胸に極自然な動作で滑らせる。肋骨の間を見事にすり抜けて刃物が通った。

 当然血液が溢れるが、治癒士ふたりが事前に指示されたように、血が止まる程度の小さな魔力で治癒魔法をかけ続ける。数瞬後、兵士の体内があらわになった。


 カイエンは必死にシャルロットを補佐した。練習はしてきた。それを実践するだけだ。そう自分に言い聞かせた。

 侯爵が息を呑む音が聞こえた。ここにいる誰もが、生きている人間の体内など初めて見るのだ。未知の技術であってもシャルロットの腕が卓越しているのは素人目にも明らかだった。

 そしてついに鼓動を続ける心臓が見えるようになる。そこには予想した通り獣の牙が突き立っていた。

「治癒魔法のせいだろうか、心臓に癒着しているな。初めて見る現象だ」

 シャルロットが小さく呟く。その声には微塵の動揺も感じられなかった。

「予定変更だ。ただ除去するのは困難なため、心臓そのものにメスを入れる。治癒士の御二方、役割分担だ。貴方は胸の血止めをこのまま頼む。貴方は私が作業中に心臓に治癒魔法をかけ続けてくれ。目視できていれば心臓にも魔法がかけられるはずだ。危険だが、やるしかない」

 治癒士はびくりと震えたが、ゆっくりと頷いた。シャルロットの言う通りやるしかなかった。

 凄まじいプレッシャーだが、同時に魅入られていた。

 魔法も使わず、このようなことが成し遂げられるとは想像もつかなかった。もはや神の御業だった。

 これが——シャルロットの医学。

 彼らは押し寄せる疲労を実感することもできずに、シャルロットの指示に必死に食らいついた。

 そして、永遠にも思える時間の後、男の心臓から獣の牙が切り離された。

 治癒士が全力で治癒魔法を行使したおかげで、心臓はいまだ正常に鼓動している。

 体内を傷つけぬように慎重に胸を塞いでいくシャルロット。最後に切り開いた胸に治癒魔法をかければ、そこには傷跡すら見つからなかった。

 違うのは、摘出した獣の牙が目の前に転がっていることだった。

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