五章 6
グラファイド・アストリア侯爵は威圧的な外見であり、それを自身でも自覚している。
なにせ娘を抱けば大声で泣かれ、後ろから妻に声をかければ悲鳴をあげられ、部下を呼べば大の男が震えながらやってくる。自覚するなという方が無理だった。
しかし彼を良く知る古参の軍人などは、グラファイドに対する信任は厚い。出軍すれば自ら先頭に立ち、味方を見捨てず、負傷した一兵卒にも心を砕く。強面なだけで部下想いであることがわかるのだ。
そんな彼が負傷した兵士を侯爵家で受け入れているのは知れ渡っていた。
どれだけ彼が優秀あったとしても、軍を動かせば死傷者は出る。治癒魔法でも治せないような負傷を抱えて、日常生活に苦しむ者も少なくない。ベッドに横たわっていた兵士もそのひとりだった。
『かの者は詐欺師となんら違うところはありませんよ。あるいは内通している場合もあるやもしれませぬ』
かの公爵家のふたりがやってくる前、一匹の狐が侯爵の耳で囁いた。
もちろんグラファイドは狐ごときの言葉に踊らされるほど愚かではない。だが、アインドルフ公爵家ということを加味しても、胡散臭さは消えなかったのも事実だ。だから牛痘法の普及と合わせて、彼らを試すことにした。
結果として、出てきたものは侯爵にも想定をはるかに越えていた。
治癒魔法でも治らず日々弱っていくのを見守るしかない部下の状態をものの数刻で看破したどころか、治せる可能性すらあると言う。
普段であれば戯言を抜かす阿呆を殴り飛ばすところだったが、貸し渡されたあの片眼鏡がそんな心境を全て吹き飛ばした。
依然として信用し切れるわけではない。だから条件をつけた。
あの者たちがいうその施術を、グラファイド自身も確認するということだ。
部下に対して怪しげな行為をすれば即座に首を切り落とすと脅しをかけたが、あの令嬢は眉ひとつ動かさずに頷いた。
あの氷のような公爵令嬢——シャルロット・アインドルフに、侯爵は言い得ぬ期待と不安を感じ続けていた。
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