五章 5

 連れてこられたのは、侯爵家の屋敷から連なった小家だった。

「ここは我が侯爵家の家臣のための家だ。我らは軍人なれば、ときに帰らず寝ずの番なども必要となる。そういったときにここで兵士らが休息を取る」

 武の者特有の隙の無い立ち振る舞いで、奥にシャルロットたちを促す。

 たどり着いたのは、こじんまりとした部屋だった。

「入るぞ」

 相手の返答を待たずに侯爵が扉を開けた。

 中はほとんど物のない伽藍堂と言っていい内装だった。必要最低限の家具がわずかに置かれたその部屋に、カイエンはシャルロットの部屋を連想する。

 彼女の部屋と違うのは、部屋の隅のベッドに包帯を巻かれた男が力なく横たわっていることだった。


 侯爵は彼に近寄ると、彼の状態を確認する。

 かろうじて胸が上下していることから死んではいないことがわかるが、意識はなさそうだった。

「此奴は兵士のひとりでな」

 侯爵が言うには、彼は王国軍に勤める兵士であるとのことだった。

 軍人として任務に当たる中で、彼は胸部を負傷してしまった。大きな怪我であったが幸い治癒魔法が間に合い一命を取り留めた。しかし問題が起こった。

 傷は治癒しているにも関わらず、彼は激しい胸の痛みを訴え、それ以外にも身体の不調でまともに歩けなくなってしまっていた。

「治癒魔法は問題なく効いていたのは確認できている。後も局に連絡し定期的に治癒魔法を使い続けているが、一向に良くなる気配がない。此奴は特にひどい例だが、軍務につく者たちではこういった事例は珍しくないのだ」

「少々彼を診させていただいても?」

「当然だ、そのために連れてきた。何かわかるのであれば教えてくれ」

 シャルロットは懐から片眼鏡を出した。瞳孔で意識を確認し、脈を測りながら胸の辺りを熱心に診察する。そして持っていた片眼鏡を侯爵に渡した。

「なんだこれは?」

「私が助手に特別に作成してもらった、人の体の内側を見るための魔道具です。少しの魔力があれば簡単に使えますので、侯爵であれば問題ないでしょう」

「体の内側を見る? それがどうしたと言うのだ?」

「その片眼鏡を用いてこちらを御覧ください」

 兵士の胸を指すシャルロット。不審に思いながら片眼鏡をつけ、兵士を見る。すると片眼鏡のレンズには見たこともない光景が映っていた。

 人の肉を通り抜けて、骨と白い影だけのような景色だった。思わず顔を上げてシャルロットを見る。やはり片眼鏡にはシャルロットが白い影となって映し出されていた。自分の手すらも、肉がなく骨の白い影がくっきりと見えていた。

 それが、シャルロットの前世においてレントゲンと呼ばれた技術に酷似していることなど侯爵には知る由もない。これひとつでもとんでもない代物だがシャルロットも詳細を説明する気はなく、兵士の胸をもう一度指差した。

 侯爵は導きに従う。するとそこには、自分にもシャルロットにもない、真っ白い影のようなものがあった。

「ここは心臓——身体中に血液を送り出すための人体の最重要機関です。本来このような影が映る場所ではありません。彼はどのような負傷をされたのですか?」

 未知の光景を垣間見た衝撃に、侯爵はしばらく返答できなかった。


 かの兵士が負傷したのは、国境付近に現れた獣害に対処したときだった。

 獣の駆除はトラヴァリア王国軍では基本的な任務のひとつだ。ときに農地を荒らし、ときに人命を奪う獣の駆除には、軍での対応力が必要なことも多い。負傷した兵士は精鋭であり、侯爵と連れ立って派遣された内のひとりだった。

 現れた獣は、猪の亜種のような外見だった。

 非常に凶暴で既に民の数人が死亡している。侯爵含めて一切の油断なく、小隊で攻撃した。

 しかし、獣は死ぬ寸前まで暴れ回り、運悪く牙が兵士の胸を捉え宙を舞った。その後即座に獣は殺害されたものの、兵士は重体だった。

 至急治癒局に兵士を抱えて駆け込み治癒魔法を受けさせた。かろうじて心臓からは逸れていたようで命を救われたのだった。


「まさか、この白い影は……あのときの獣の牙、なのか?」

 瞠目する侯爵に、シャルロットは頷いた。

「確かに獣の牙と言われればそのような形状のようです。私もこういった症例はあまり診たことがありませんが……位置的に心臓の動きを阻害している可能性があります。心臓の機能が鈍れば、全身に血が行き届かなくなり人体に深刻な影響を与えることになるでしょう」

「何故このようなことが……治癒魔法は成功していたはずだ……」

「私が思うに、治癒魔法に傷を治す効果はあっても、体内の異物を取り除く効果がなかったのではないでしょうか。私には治癒魔法が使えませんので、あくまで推測になりますが」

「……このようなもの、どうすればいいと言うのだ……? 座して此奴が死ぬのを待つしかないと言うのか……」

「——私に提案があります」

 シャルロットは嘆く侯爵に構わず、淡々と続けた。

「私の学んだ医学の中には、人体を切り開いて体内を直接施術する方法がございます。もしも私に彼を託していただけるのであれば、この異物を除去できるかもしれません」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る