五章 4

 シャルロットとカイエンがその男に出会ったのは、牛痘法の接種で派遣された侯爵領でのことだった。

「お主らが医学とやらの元凶となった者どもか」

 まずは牛痘法の説明会を開くべく、侯爵家に赴くと客間にて待つこと数刻、現れたのは熊と見間違うほどの大柄な男だった。

 比較的長身のカイエンよりも更に頭ひとつ身長が高い。鍛え抜かれた肉体は分厚く、鋭い眼光と相まって重みのある存在感を放っていた。

 グラファイド・アストリア侯爵。

 トラヴァリア王国軍で最高位を持つ軍閥貴族にして、このアストリア侯爵領の領主である。

 睨みつけるかの如き視線にカイエンが体を硬くする。爵位上はアインドルフ公爵家が上だが、令嬢に過ぎないシャルロットと平民のカイエンでは格が違った。

「本日はお招きいただきありがとうございます。アインドルフ公爵家の次女、シャルロットでございます。こちらはカイエン。私の助手のようなものと思っていただければ」

「うむ、聞き及んでいる。では始めるが良い」

「承知いたしました」


 牛痘法について説明を始めるシャルロット。時折カイエンも補足を入れつつ、順調に説明は進んだ。そしてひと通りの説明会が終わると、アストリア侯爵は重々しく頷いた。

「なるほど、実に興味深く、そして気に入らんな」

「は……?」

 カイエンは絶句した。感触は悪くなかったはずだ。だからこそ頭越しに否定の言葉が飛んで来るとは思ってもいなかった。

「勘違いするな。お主らがもたらす牛痘法とやらに疑問はない。気に入らんのは、お主らが一体全体どこからそのような面妖な技術を知ったかということだ。聞いたことがないような話をお主らのような若造が簡単に発見できるはずもなし。しからば他国の奸計を疑いかねん事態だ」

「私が……アインドルフ公爵家が、他国と通じていると?」

 視線に冷たさを宿すシャルロットに、侯爵は首を振る。

「いや、お主はあのアインドルフ公爵の娘だ。あの男がそのような真似を許すとは思えんし、子に出し抜かれるほど甘い男でもない。それは隣にいる男も同様だろう」

「では、何故?」

 侯爵は懐から葉巻を一本取り出すとシャルロットに示す。彼女が首を縦に振ると、葉巻の頭を切り落として指先に火を灯した魔法で着火した。

 侯爵がゆっくりとひと口吸い煙を吐き出す。独特の香りが客間に満ちた。

「お主らには悪いが、俺は侯爵家当主であり軍人だ。まるで未知の技術が発見されたからとて、手放しには喜べん。国防のためにも、疑いの余地はなくとも念を押すのが俺の仕事だ。後から間違いに気づくなど許されん」

「それは––理解できます」

「俺から見てもお主らは十中八九、奸計などと関わりがないことは調べがついている。しかし中にはお主らを危険視する貴族がいるのも事実なのだ。そしてそれは俺も同様であり、お主らを全面的に信用することはできん」

「ではいかがいたしますか? 牛痘法は侯爵領ではお止めになりますか?」

 問いかけるシャルロットに、侯爵は深々と紫煙をふかした。

「いや、牛痘法は受ける。王国としても侯爵家としても必要なものだ。だからこそ気に入らんのだ」

 なるほど、とシャルロットとカイエンは首肯した。

 必要なものだと理解しているからこそ、それを信用しきれない者から授かるのに拒否感が働くのだろう。軍人としての責任感がそれを助長している可能性も高い。

 しかし、この点に関してはシャルロットは信じてもらえるように努めるしかなかった。侯爵の懸念を解消できるのであれば、最初から民相手に理解を求めるのに苦労などあるはずがないのだ。


 しばし無言の時間が続く。

 静寂を破ったのは、侯爵が葉巻を一本吸い尽くしてからだった。

「ひとつお主らに問いたいことがある」

「伺わせていただきます」

「お主らの技術が魔法と異なるものであることは充分に理解した。その上で問うが、お主らはこの牛痘法以外にも、このような技術を持ち合わせているのか? 病院とやらの計画を企むからには、治癒魔法のような技術が他にもあるのではないのか?」

「は、——その問いの答えは肯定であり、否定です。私は牛痘法の他にも技術自体はありますが、それらはまだ実用性の低いものや治癒魔法に劣るものが大半です。そういったものの研究も病院の設立の意義となっております」

「……天然痘のように、治癒魔法で治らぬものを対処することは可能か?」

「場合による、としかお答えできません」

 侯爵は目を光らせた。

 見てもらいたいものがある、と侯爵は立ち上がった。

 シャルロットとカイエンに否はなかった。

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