四章 1

 トラヴァリア王国の王宮は、王都の中で最も栄えた中心部から若干外れた場所にある。過去の王である第十二代国王、シャルル・ブルトガング・トラヴァリアが王都の拡張政策を試みたとき、流通や警備上の観点から王宮を中心にしなかったためだ。

 よって中心部から王宮へ通じる大通りは、人通りこそ多いものの喧騒さとは無縁となっており、貴族の馬車も静かな環境で悠然と向かうことができる。


 王宮の執務室、その主人であるオーギュスト・ブルトガング・トラヴァリアは、手渡された資料を熱心に熟読している。

 このオーギュストこそトラヴァリア王国の第二十代目に当たる現国王である。

 発想力には特段秀でた点は見られないが、決断力に優れており、かつ周囲の家臣の声もよく聞く寛大さも持ち合わせている。

 総合的に見れば、堅実さと柔軟性を両立した賢王だった。

 そんな王と並ぶのは、王妃たるキャンベリーである。

 少々派手な格好や言動が目につくが、王をよく支えているとの評判もある。彼女は資料に夢中になる王を横に、目前にて佇む貴族を眺めていた。


 ルーカス・アインドルフ公爵。

 言わずと知れた王国の筆頭貴族にして、宰相をも務める重臣である。

 彼が声を挙げたのは、実現すれば王国の将来を明るくする、非常に興味深いものだった。

「天然痘の予防法の提案と、それに伴う治癒局とは異なる施設『病院』の設立、か……」

 それは、王妃も近頃社交にて聞き及んでいた、病への新たな対策だった。


 天然痘は恐るべき病である。

 一度罹ってしまえば、半数近い者が為す術なく死ぬ。集団で病が流行してしまえば、最悪の場合は村ごと焼き払わねばならないときすらある。そうまでしても天然痘はなることはなく、今日まで多くの国民の命を奪い続けてきた。

 だがアインドルフ公爵の資料によると、そんな天然痘に対する強い予防策が発見されたということだった。


 いわく、牛痘に罹った者は天然痘に罹りにくくなる。そのため牛痘を人為的に広めれば、天然痘の死者を大幅に減少させられるといったものだった。

 一見眉をひそめるような内容だが、資料には既に公爵家が独自に試験した際の数字が記載されており、偽装がない限り効果があるのは間違いなさそうだった。

「無論、牛痘もまったくの無害というわけではありませんが、天然痘とは比べるまでもないことでしょう。牛痘は牛があれば簡単に人の体に入れることができ、予防法と広めることも決して不可能なものではありません。その資料の元となった我が公爵家での運用も、王都から外れた公爵領内の小さな村でしたが特に問題なく対処することができております。とは言っても、最終的にはやはり専門の施設が必要となるでしょうから、それを新施設である病院で担わせていただければと」

「うむ、対応が易しく効果が高いのは素晴らしいな。しかし人の手で病を広めるというのがな……」

「確かに不安や反対の声も多く上がるでしょう。そうしたものは全て当家で対処するつもりでおります。我が家が直接関わることですので、金銭面でも援助はさせていただきたく」

「左様か、うむ……」

 オーギュストは迷う。横に立つ王妃に目をやるが、彼女も決めかねているようだった。

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