三章 7

 シャルロットの部屋の扉の前、そこには三人が佇んでいる。

 ルーカス、マリア、そしてヨハン。彼らはブリジットには止められたものの、やはり気になってここまで来ていた。

 部屋には入れなかったものの、会話は聞こえていた。

 前世の話も全て聞いた。

 彼らは立ち尽くしていた。

 娘の過去は、それほどの衝撃を与えていた。

 三人とも押し黙り声を発せられない。仕方なくサロンに戻り、新しく紅茶を淹れると、そこでようやく落ち着きを取り戻した。

「旦那様、わたくし決めましたわ」

「なんだい、マリア?」

「この世界に下地がないというなら、わたくしたちが作りましょう。この世界でシャーリーの医療が受け入れられないというなら、わたくしたちが受け入れさせましょう。それによって死者の山を築くことになるのであれば–−わたくしたちも罪を背負いましょう」

「……マリア」

「わたくしたちはあの子の消えない痛みを掘り出してしまった。そうまでしてあの子を望んだのですから、誰よりも理解者でなければなりません。もしあの子を蔑む者が出てくるのであれば、わたくし自身がお相手しましょう。わたくしはあの子の過去を知ってなお、あの子が間違っていたとは思えませんわ。ならば今度こそあの子の希望はわたくしたちが守ってみせます」

 マリアは決意を新たに奮起する。

 シャルロットに救われた命は、彼女と医療の発展に捧げる——それがマリアの新たな指針となった。

「わたくし、近々社交に戻りますわ。あの子のために根回しが必要でしょうし。旦那様もお手伝いくださいまし。忙しくなりますわよ」

 先日まで病に冒されていたとは思えないほど気力に満ち溢れていた。

 アクセサリーのように首から下げたロケットを握る。シャルロットから渡されて以来、癖になった仕草だった。

 この薬を渡すときも、あの子は心を痛めていた。それを思うと、母であるマリアがこの程度で臥せっていられなかった。


 気炎をあげる母を横に、ヨハンは己の未熟を実感していた。

 父も母も長女も、家族ではないカイエンですらも、ヨハンでは思い至らないまでの覚悟をその心に宿していた。

 シャルロットの言葉が脳裏に蘇る。

 果たして覚悟ができていないのが誰だったのかと問われれば、ヨハン自身としか答えようがなかった。

 言い訳などできない。紛れもなく、考えが足りぬことを自覚してしまったのだから。そこに年齢は関係なかった。

 けれども、世にはヨハンのように簡単に考えてしまう民がたくさんいるだろう。

 ヨハンは公爵家嫡男として、高度な教育を受けている。しかし民はそんな教育環境などあるはずがない。そもそも『医学』というものを理解できるか怪しいところだ。

 先日、母に薬を渡す姉を見て、自分は何を思ったか。冷たい人だ、ひどいことを平然と言う人だと姉を評価してしまった。姉の過去を聞いた今ではそれが必要なことなのだと理解しているが、血を分けた肉親でも誤解があったようなことを、これから何も知らぬ民に広めていこうとしているのだ。

 父も母も姉たちも、そんな困難に立ち向かう意志を表した。

 どのような戦いになるのか想像もつかなかった。


 ヨハンはまだ大きくない己の手を見つめる。

 自分には何ができるのだろうか。

 そして姉は何を成し遂げるのだろうか。

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