二章 7

 マリアが最初に倒れてから、十日ほどの時間が経過していた。

 マリアは計四回の発作を起こした。

 その都度、シャルロットがもたらした薬を使い、念を押すように治癒士も呼ばれた。発作を起こしながらも徐々に顔色が良くなっていくマリアを見た治癒士は、見たことのない経過に目を白黒させていた。


 今もマリアの胸には、薬を含んだロケットが揺れている。

「そうね、やっぱり飲んでから少しの間は頭痛と吐き気があるけれど、痛みはすぐに引いていくわ。素晴らしい効果ですよ、シャーリー」

「恐縮です。副作用に関しては、現時点で重篤なものは無さそうですが、油断はせずに発作と服用後は必ず私と治癒士をお呼びください」

「心得ていますよ。貴女に無駄な負担をかけるのは本末転倒ですものね」

「父上も後ほど見に来るとのことです。今は体をお休めください」

 新たな薬を渡して立ち上がったシャルロットを笑顔で見送ってから数刻、騒がしい足音が響いてきた。

「マリア、無事かい!?」

「閣下、大声を出しすぎです。——奥方様、また発作があったとのことですがお変わりないでしょうか」

 カイエンを伴ったルーカスがやってきた。

 既に四度目というのに、ルーカスの心配は十日前となんら変わらない。夫の愛を感じながらマリアは笑顔を浮かべた。

「ええ、旦那様、カイエンくん。むしろ以前よりも調子が良いくらいですよ」

「無理はしないでくれ。むしろ今までが社交に費やす時間が長かったんだ。少しくらい休んでも誰も文句は言わせないから」

「ええ、そのようにお願いいたします」

 落ち着きを取り戻した夫にマリアは返した。

 流石にまだ社交に戻るつもりはなかった。公爵家の妻としては忸怩たる思いだが、無理をして悪化すれば家族に余計な心配をかけてしまうことくらいは考えずともわかる。

 それに、公爵家の妻として社交以外に、ひとつ気になることもできていた。

「旦那様。シャーリーは本当に素晴らしいですわね」

 妻の問いかけにルーカスはにっこり笑う。

「ああ、そうだね。私も流行り病のときはシャーリーに助けられたよ」

 後ろに控えていたカイエンに目を配る。

「私もシャーリーの技術には感嘆している。どうにかしてこの技術を広められれば、より多くの民が救えるかもしれない。カイエンくんにはその相談に乗ってもらっているんだ」

 話題を振られたカイエンは頷いた。

「そうですね。お嬢の知識がどれだけのものかは俺にも知り及ぶところではありませんが、有益なものであるのはこれまでで確かかと思います。何より治癒魔法とは別の技術というのが大きいですね。王国の治癒局に登録されている治癒士はせいぜい百人程度。魔法の才能のない者には遠い技術です」


 シャルロットの医学。

 それはアインドルフ家に革新を起こしていた。


 実際にその一端に触れたマリアにはわかる。これは後の王国——いや、世界に必要なものだと。

 カイエンの言うように、治癒士は数が少ない。生まれ持っての才次第であるから、増やすようなことも難しい。先の流行り病のとき、やはり治癒士は足りなかった——もっとも、治癒魔法の効果は薄かったが。

 そんな状況を憂う者たちにとって、シャルロットの技術は他の何にも勝る解決手段になり得るのだ。


 マリアはもしシャルロットが医学の普及を望むなら、己が全力を持って支援するつもりだ。その決心を既に固めていた。

 ルーカスには申し出てある。彼も同じ想いだったようで、大いに賛同してくれたた。あとはシャルロットの心ひとつだった。


 公爵夫妻の間で進む医学への議論を聞きつつ、カイエンは思い馳せる。

 どうやら逃げ道は無くなったようだぞ、と。

「さて、どうする。お嬢……」

 願わくば、彼女に後悔のない選択をしてもらいたい。

 どのような結果にしろ、自分の覚悟は決まっているのだから。

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