一章 4
「なるほどね。それが間違いないのであれば、細菌とウイルス?というものを殺してしまえばいいわけだ。細菌とウイルスとやらがいなくなれば病は消える。そしてその手段を考えるべきだ、ということだね」
だが、疑問は残る。
「はたして目に見えないものを無くしてしまうことなんて可能なんだろうか、シャーリー?」
父親から為政者としての顔に変わりつつあるルーカスに、シャルロットは変わらぬ無表情で真っ直ぐ父を見返す。
「父上の言う通り、流行り病の対応で一番の問題点はそこでしょう。細菌やウイルスというのは今、私と父上がいるこの部屋にすら無数に存在しています。それこそ、自らの掌にも」
ルーカスは己の手を見る。ここにも、細菌とやらがいるというのか。
シャルロットは頷く。
「細菌やウイルスを殺すだけならば大きな問題ではありません。私が何年か前にカイエンと行った実験では、治癒魔法の一種である浄化魔法に一定の殺菌作用が確認できています。ですがせいぜいが殺菌できてこの部屋ひとつ。国中の治癒魔法士を集めても王都全域の殺菌すら、まず不可能でしょう」
であればとうすればいいというのか。
ルーカスは考えた結果、ひとつの答えに辿り着く。宰相を務める男は、娘の言に心を乱されつつもやはり有能だった。
「原因たるものを殺し尽くしてしまうことができないのであれば——体に侵入してきたものだけに対処する、あるいはそもそも入ってこなくする——いうことか」
シャルロットは目尻と口元をほんのわずかに緩める。家族にしかわからないほどの些細な変化だが、それは確かに微笑みだった。
「ご明察です、父上。既存の隔離対策などはまさにその一種と言えるでしょう」
シャルロットはルーカスの正面に向き直った。
「父上が調べた流行り病の症状を見る限り、私の前世の世界でたびたび流行していたインフルエンザという病に酷似しています。多少タチが悪い性質があるようですが……同系統のものであれば、私の知る医学の知識が活用できる。絶対とは言えませんが、ある程度効果を発揮する可能性が非常に高い」
シャルロットの碧眼——ルーカスと同じ色の瞳が真っ直ぐと父の目を見つめている。執務室に入ってきたときと何も変わらない、透き通るような理知的な光を浮かべて。
「父上。ほんのわずかでも構わない。科学を–−いえ、私の医学を信じていただけませんか」
ルーカスはシャルロットを見返した。
思考を走らせる。
ルーカスはシャルロットの父だが、同時に民を守る貴族であり、国政を担う宰相だ。愛娘の言葉といえど、異世界の知識という未知の事柄を鵜呑みにして、国や民を傷つけることは許されない。それがどのようなことを引き起こすのか、まったく予想もつかないのだ。
だが、実際にわずかでも効果が見受けられるのであれば。
この手詰まりに近い状況を打開できるかもしれない。
静かに息を吸って、吐き出す。
ルーカスの返答は——
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