一章 3

 流行り病。

 シャルロットの言う通り、ここ半年ほどでトラヴァリア王国全体に病が流行している。

 病に罹ったものは主に発熱や咳、呼吸の問題などの症状が確認されている。

 病自体はそこまで重い症状のものではない。だが流行は貴族平民問わず大きく広がっていること、多くが軽症といえど場合によっては死に至ることもあり、決して軽視できない状況だ。

 治癒魔法が何故か効きづらいこともあって、国としての対応も難航していた。

 何を隠そう、つい先ほどまでルーカスが頭を抱えていた書類も、この流行り病の対策のものだ。

 国王陛下との討議の元に罹患者の隔離や治癒魔法士の派遣、補償制度などには取り組んでいる。だが、あくまで対処的な施策であり、流行り病そのものへの対策が進んでおらず、今なお流行は拡大を続けていた。


 姿形のない病という敵に対して、トラヴァリア王国をどう守れば良いのか。

 既に死者は千人を超えている。一刻も早く更なる対処が求められているというのに、宰相としての答えはまだ出ていなかった。


 ところが、変わり種の次女は平然と改善策を提供すると言うのだ。

 ルーカスといえど驚きを隠せなかった。


「父上。そもそも病——発熱や呼吸器の問題はどういった原因から発生するものかご存知でしょうか」

「病の原因……かい?」

シャルロットは執務机に置いてあった書類を手に取り、内容に目を落としながら語り続ける。そこには、ルーカスが調べ上げた流行り病の症状や罹った者の数、流行の大きな地域や過去に発生した病などのあらゆる情報が詳細にまとめられている。

「今回の流行り病に限らず、大半の病の原因は、この空気や大地に存在する目に見えないほどの小さな生物である細菌やウイルスといったものが、人間の体内に侵入することによって引き起こされるのです」

「目に見えない……小さな、生物」

「左様です。それらが侵入した体内で毒素を発生させる。あるいは侵入した異物を体内から除去しようと人体が抵抗するのが発熱や痛み、または臓器の異常という形で発現されます。それこそが、病の正体」

コツコツと室内をゆっくりと歩くシャルロット。

「おそらく治癒魔法が効きづらいのはそれが原因でしょう。体内にある毒素に対して解毒魔法を的確に使用するのは困難でしょうし、人間側の抵抗による発熱であればそもそも治癒すべきところがない。すべきことは、細菌やウイルスへの対策なのです」

 ルーカスは黙って聞き続けていた。

 細菌やウイルスというものが病の原因たる論述など聞いたことはない。おそらく前世の知識というものなのだろう。

 完全に信じられるわけではない。愛しい娘の言といえど、宰相として分別は必要だ。しかし、ルーカスの調べ上げた流行り病の情報と、これまでの歴史に連なる病の傾向と対策などを鑑みると、一定の納得が得られるのは確かだった。

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