一章 2
ルーカス・アインドルフは有能な男である。
若かりしときからアインドルフ公爵家当主として一領地の切り盛りするのみならず、トラヴァリア王国の宰相として国政でも辣腕を振るっている。
高位文官でありながら魔法も修めており武芸にも秀でる。国王からの信頼も厚く、まさに貴族の鑑とでも言うべき非の打ち所がない人物だ。愛する妻との子宝にも恵まれ、3人の子も授かり、家庭も円満である。
しかし、そんなルーカスをもってしても、シャルロットの言葉をそのまま飲み込むことは難しかった。
「何だって? もう一度聞かせてくれるかな、シャーリー?」
ルーカスは我に帰る。
聞き返してしまったのも無理はないだろう。ルーカスは魔法の造詣も深いが、前世の記憶などといったものは聞いたこともない。
「私には前世の記憶、なおかつここではない別の世界の記憶があります」
シャルロットの返答は変わらなかった。
むしろいっそう眉を顰めるものに変わった。
ルーカスは一旦シャルロットから視線を外し、目を揉む。長時間による書類仕事で肩凝りや目の疲れを感じていた。
再び視線を娘に戻しても、シャルロットは変わらぬ無表情のままだった——理知的な瞳の光も。
ルーカスが黙して硬直していると、シャルロットはゆっくりと言葉を選ぶように語り出した。それはルーカスには想像もつかないような話だった。
シャルロットは前世では地球という星の日本という国にいたこと。
地球には魔法がなかったこと。
そのかわりに科学技術が発展していたこと。
医者という職業についていたこと。
それらの記憶を今も覚えていること。
冗談を言っているようには見えなかった。
そもそもルーカスはシャルロットが冗談を言っているのを聞いたことがない。
慣れない冗談であったとしてももう少し笑い飛ばすためのきっかけがほしいが、シャルロットは普段通りに落ち着き払っている。
地球? 日本? 科学技術?
初めて聞く言葉ばかりだ。
子供の想像の話かとも疑ったが、それにしてはあまりに明確なイメージを持った内容だった。
しかも話しているのはシャルロットだ。
この子が無意味にルーカスに嘘をつくとは思えなかった。
というか、シャルロットであればこのような嘘をついたところで何らメリットがないことはわかりきっているだろう。大人顔負けの知性と理性を普段から発揮しているのだから。
では、なんのために?
「父上、私もこのような話を簡単に信じていただけるとは思っておりません。ですがもし信じていただけるのであれば、父上がお悩みの問題に多少の改善策をお渡しできるかもしれません」
「——私の悩み?」
「はい。この半年ほどで国や領地に蔓延る流行り病についてです」
ルーカスは目を見張った。
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