第64話
その姿を見た時、あり得ないという言葉が初めに思い浮かんだ。
男は衣服も含めて何もかもかもが全くの無傷だった。
逆に攻撃した俺の方が重傷を負う最悪の結果。
右腕の肘より先は動かない。
「ん?なんだと?」
男は眉間に皺を寄せ、そう呟いた。
誰かと話している。
携帯電話などのそういう類のものを持っているようには見えない。
そういう魔法なのか。
隙があるように見える。
しかし、攻撃するという選択肢はすぐさま頭から振り払った。
いけない、今はダメだと勝てる気がしないと心の奥底で理解してしまっている。
魔法の相性なのかどうかはわからない。
一ノ瀬社長以上の水魔法使い。
防がれるとしたらそれだがそれなら衣服が濡れていないのは気がかりだ。
それにここまでの戦闘、奴は一度も魔法を使用していない。
……いや、考えるのは後だ。今は。
「ちっ、わかった。帰還する。」
「……!?」
「残念ながら帰還命令だ。
命拾いしたな少年。また、会お--」
「おらぁああ!!」
目の前で爆発にも似た衝撃波が起こる。
俺は目の前の土煙が晴れ、その男の黒田先生の後ろ姿を見て安堵の息を吐いた。
相手から与えられた希望なんかよりも確実性の高い希望。
「頼む、心。大丈夫ならすぐに傑の葵の所に。そこに回復魔法を使える誰かを連れて行くんだ今すぐ!!」
傑と葵の生命力が酷く落ちていると遠くからでもわかる。今すぐ、僕が行ってやるべきだ。
でも、目の前のコイツを倒すのは瞬殺とはいかない。
「何を焦っている?
最強ともあろうものが情けない。
みるに耐えぬぞ。安心しろ。
俺もお前とは戦う気はない。」
「なに?」
「まともに戦っては勝てない。
俺は勝てない戦はしない主義でな。」
バチバチッチッチ--
そんな音が鼓膜を揺らす。
目の前の男の姿がまるで今にも消えてしまいそうなテレビの画面のように霞んでいく。
「また、会おう。」
そして、男は空気に溶け、消えた。
僕の魔眼でも何が起こったのかがわからない。少なくとも身体強化の類の超高速移動系統ではない。
だが、今そんな事を考えている暇はない。
すぐに行かなければいけないと地面を蹴った。
頼む、頼む……--
いくら、俺でも死んだものを生き返らせる事はできない。回復魔法など端的に言えば細胞の活性化でしかない。
死んでいるものにはまるで効果がない物なのだから。
……お願い。
「……だめ。お願い。」
目の前で横たわる腹部に穴の空いた男の人。左脇腹から半分が大きく欠損した女の人。そんな怪我をした二人が目の前に横たわっている。
「私の魔法じゃあ、魔力じゃ足りない--」
もう魔力が足りず目の前が霞んでいる。
映る手も血色を失い、青黒い色をしていた。
鼻血も出し切った。
でも、治らない。
傷が塞がらない。
霜崎さんの大切な仲間を死なせてしまう。
二人の心臓の音がもうほとんど脈を打っていない。
止まってしまう。
動いてとどれだけ念じても。
出血が酷すぎる。
魔力を血液に変え、与えてもすぐに外に流れ出て傷を癒すどころではない。
血液の生成をやめた途端、二人は死ぬ。
地面は二人の血で赤い池を作り出していた。
「霜崎さん……。」
この場にいない人の名前を呼ぶ。
あの人がいてもなんの助けにもならない事はわかっている。
だって、回復魔法が使えないから。
じゃあ、何で呼んだのか。
その理由は考えるまでもない。
なぜなら、目の前の二人は死ぬ。
最後の別れになるとわかっているから。
それにこの二人がここまで酷い状態なのだ。
霜崎さんもとっくに死んでいてもおかしくない。
「日和ちゃん!」
「黒田社長!!四谷さんと新垣さんが!!」
「わかってる!」
ピチャピチャと赤い水飛沫を上げながら、2人に歩み寄る。
普通ならこんな状態になった時点で死んでいる。
でも、脈もある。息もある。
これなら、僕の魔法で治せる。
「日和ちゃんは晶の所に。
ありがとう。
よく、ここまでよくもたせてくれた。」
気づくと私の魔力は全快していた。
二人の傷もみるみるうちに治っていく。
「はい!」
「晶はこの通りを真っ直ぐ言った所。
気をつけて、まだ敵が近くにいるかもしれないから。」
「わかりました。」
私は急いで駆け出した。
模造の街並みが酷い有り様だった。
それだけで、この場で起きた戦いの激しさを物語っている。
赤黒い炎が道を建物を焼いている。
そんな、地獄のような景色。
でも、そこで彼の姿を視界に入れるのにそう時間は掛からなかった。
「霜崎さん!」
その人は仰向けで横たわっていた。
その場を滑り降りるように駆け寄っていく。
四谷さんと新垣さんの傷から同じような傷を負っていると思ったが意外にも右腕の火傷のみで命に別状は無さそうな状態だった。
だから、私の魔法でもものの数秒で傷が治り切る。
「……よかった。」
そう安堵の息を吐く。
しかし、改めて霜崎さんの倒れていた箇所から辺りを見渡すと息を呑まずにはいられなかった。
その場は霜崎さんを囲うように大きなクレームと呼べるべき状態ができていたのだから。
これが霜崎さん達が戦っていた相手が生み出したものの強さ。
だとしたら、この人はなぜ生きているのだろうと安堵とは別に疑問が湧いた。
しかし、嬉しいことには変わりなくその人を担いで黒田社長の元へと歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます