第三章

第65話

合同訓練も終わり、あの時の傷も癒えた。日々の生活、ゲートを回るのは明日からだが。


「あれ?傑なんか目の色が茶色くない?」


「そうか?」


「うん、茶色い。

あんたの目の色、真っ黒だったのに。

どうしたの?」


「さあな。特に違和感はないが……。」


葵がスマホを取り出して、反転状態で俺に向けてきた。確かに目の色が茶色い。

特に視界に違和感はないから問題は無さそうだが。


「眼科行ってきなよ。

目の病気かもしれないしさ。」


「ああ、そうだな。

そういえば霜崎はどうした?」


「確かに。朝から見かけないわね。

まあ、休暇だしどっかに遊びに行ってるんでしょ。」


「そうか。」


***


強くならなくちゃいけない。

そう思った。

イラに勝たなければいけない。

なんで、そう思ったのか理由は見いだせていない。

けど、頭の芯。

思考の芯である本能がそう言っていた。

だからか、気づけばまだ未確認のゲートに俺は一人で足を踏み入れていた。


吹き荒れる魔力の風。

肌で感じるだけでも相当上のランク。

でも、誰かが進めて背中を押す。

勝てるわけがないと思考はわかっている。

なのに、足は坦々と前へ歩みを進めていく。


「GAAAAAAA!!!」


大きな歯を下顎から剥き出して、右手に茶色い血のついた棍棒。オークだ。

既に誰かを殺している。

暗がりの奥に一般人であろう影が見えた。


「……ッ。」


最序盤でオーク。

最低でもBランクのゲート。

とても、Dランクのハンターの強さでは勝てない。

でも、それは書面上だ。


『倒せ』


頭の中でノイズの混ざったような声。

その声に俺の口から「わかってる」っとそんな言葉を漏らす。

右手に持つ刀。

それを横薙ぎに一閃。

胴体に刃が入り、血が飛び散り、肉と骨が断たれる音が鼓膜を揺らした。


『倒せ』


しかし、その音は声は消えない。

あのイラとの戦いの後からずっと聞こえているその声は消えてはくれなかった。

俺の中に誰かがいる。

そう認識するまでに時間は掛からなかった。

驚きもしなかった。

心のどこか。無意識下でその存在を感じていたからだろう。

しかし、その声は今まで何度か聴こえていた声とは違う。

違和感のような物を感じていた。

理性的な声ではなかったから。

これまでの声はどこかそれを感じさせるものがあった。なのに今聞こえるのは違う物だ。


「なんなんだ。」


しかし、考える暇もなく奥から数体のモンスターの足音。

不思議と戦いに集中すればその声は気にならなくなる。

戦っている時の方が精神的に楽と感じるほどに。


龍衝を発動させて、目の前にいるオークを切り伏せた。だが、まだ奥から次々とモンスターが迫ってくる。

一瞬では数えられない量。

暗がりから赤い眼光が俺を照らしている。

しかし、恐怖は感じていなかった。

信じがたい事に感じているのは高揚感。

戦えば戦うほど体が動く。

洗礼されていく。


「はは。」


顔にオークの臭い血が掛かっても気にならないほどに集中していた。

もっと来いと刃を振るう。


「ははは!」


拳を振るい、蹴り、刃を突きつけた。

喉笛を切り裂いた。

心臓を止めた。

赤い絵の具が世界を描いていく。


……ああ。


「はははははは!!」


奥にいる巨大な魔力を持ったモンスター。

奴がこの世界のボス。

しかし、そんなものかと。

イラと比べればまるで羽虫そのものだ。


……俺は一体。


「はははははははははははは!!!!」


記憶が戦いの記憶が蘇るように次々と体に経験として刻み込まれていく。

身体能力だけではなく技が体に刻み込まれていっている。


……誰なのだろう。


「-霊章解放-」


黒い影が右手から右肘まで広がる。

青い光を放っていた龍衝は黒く染まる。

赤く染まる地を蹴った。

血油で滑らないほど足を地面にめり込ませるほどの勢いで。

加速する体。

風で引き裂かれそうだ。


「Ga……--」


オークの胴体が二つに割れる。

血油の生々しい音を響かせて、地面に落ちていく。

そして、俺は糸が切れたようにその場に膝をついた。


「はあ、はぁ、はぁ。」


自分が何をしていたのか。

それはわかっている。

意識はあったのだから当然だ。

しかし、今の出来事。

目の前の惨状を自分で作り出したとはとても思えない景色が広がっていた。

そして、あの声はひと時の間なのか消えていた。


……出ないと。


ボスは倒された。

すぐにゲートが閉じる。

せめてもと思ってボスの魔石だけ拾い上げた。

ゲート入って最初に転がっている死体。

それをズルズルと引っ張りゲートから出た。


「お疲れ様。」


「……黒田先生。」


「後の処理は僕がやっておく。

すぐに帰って休むように。それと……」


手や服に染みていた血の跡が霧になって消えていく。


「ありがとうございます。」


一礼をした。

黒田先生は終始ニコニコといつも通りの笑顔を浮かべている。

俺に何か言いたいことがあるはずだ。

しかし、全て見透かされているように肩を叩きスマホを耳に当て、話始めた。

黒田先生はわかっているのだろう。

俺が黒田先生の質問に答えられる言葉を持ち合わせていない事に。

だから、俺はただ、しばらくあの声が聞こえないことを祈った。

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ZEROの霊章 安太郎 @sen-yasu

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