第62話

右手から肘にかけて黒い影が包み込んでいる。

そこから、空気に霧散し、浮遊している魔力すらも吸収して俺の魔力量はこれまでにない程上昇していた。

信じられないほどの魔力量。

どんな敵も倒せるとそう思えるほどの魔力の高まりを感じている。

でも、そんなことはどうでもいいと感じる目の前の光景。

イラを倒して、すぐに二人を黒田先生のところに連れていかなければならないという焦燥感。

大地を割り砕かんばかりに地を蹴り抜いた。

体は何層もの空気の層を突き抜けて、イラの懐に入り込んだ。


右手に持つ、新垣の短刀。

龍衝を発動させ、イラの胴体を切り裂く光が目の前を瞬く。

その光はこれまでは青空のような青色。

だが、目の前を過ぎ去った閃光は光すらも内にとどめたような黒い光。


「ぁあああああ!!」


イラの表皮はこれまでに感じたことない硬度を誇っていた。

しかし、今この瞬間にある掌にある抵抗感はないにも等しくイラの体を切り裂いた。

それと同時に手元からイラの魔力を吸収して、魔力が更に沸き立ち、1秒時を刻む毎に空気中の魔力を吸収して力が際限なく上がり続ける。


イラはこの一撃では死なない。


そう、誰かの記憶が感覚が教えてくれる。

追撃しようと黒い魔力に飲まれ、吹き飛ばされていくイラを追った。

身体強化の凄まじい向上。

僅か数歩で吹き飛ばされたイラを追い抜いた。


左手に持つ刀は蒼い光を放つ。

影に侵蝕されていない鮮やかな青い光。


「はぁあああ!!」


終わりだと全魔力を刀に集中させ、振り下ろした。


ガキッ!!


そんな、鈍い音。

イラは体を反転させ、俺の刀を右手で受け止め、刀はイラの体を切り裂けずにいた。

なぜと思ったがすぐにその理由となるモノが視界に入る。

イラの体をさっきまでなかった赤色の魔力が覆っている。


「霊章まで解放できるとはな。

中途半端な解放みたいだが--」


「……ッ!!」


切れない。

刃は完全に止められている。

火花を散らし、魔力同士が衝突しあっている。

不味いとこの状態から一歩でも勝ち越さなければやばいと本能が叫ぶ。

だが、刃は進まない。


「--霊章解放--」


イラがその言葉を放つ。

その言霊に反応して、イラの内側から凄まじい魔力の本流が溢れ出す。


「テメェは邪魔だ。早く死ね。」


赤黒い魔力の中から2本の長いツノを生やしたイラの姿。

人の姿ではない。瞳孔も鋭くなっている。

その姿はまさしく鬼の姿だ。

……鬼人だ。


「……うっ!?」


頬に焼かれたような痛みが走る。

首はいつのまにか右を向いていた。

そして、次に背中を空気が叩き、大地が俺の体を擦り減らしていく。


「……まだ!!」


地面に刀を突き刺して、減速させ地に足を着く。

そして、すぐに足を止めてはダメだとイラの姿を視界に入れる前に右に向かって飛び、さっきまでいた場所は溶解し、赤黒い炎が揺らいでいた。


1秒毎に強くなっている。

なのに、イラの急激な力の上がりは俺を追い抜いていた。


「は!!さっきの勢いはどうした!!」


イラの拳を右手の剣で受け止める。

龍衝を纏っていなかったら一撃で砕かれているほどの威力。

防御したのに腕が衝撃で感覚が麻痺している。


「ちっ!!」


上体を捻り、イラの拳を後ろへ流す。

しかし、イラはすぐに体勢を立て直し、蹴りが俺の肩を撃ち抜いた。

視界から景色と言えるものが消え、背中にビルを砕いた感触と痛みが走る。


……まだ、足りない。

もっと力が--


「いる!!」


体の奥底にある、影を引き抜く感覚。

肘まで達していた影は一気に方々まで侵蝕した。

本能が限界だと叫んでいる。

しかし、それ以上に力が上がっていく高揚感とイラを倒さなければいけないという焦燥感、更にその先にある達成感を思考が求めた。


「ぉおおおおお!!」


先程よりも数段早い。

そう自覚できるほど景色が変わる。

イラに向かって短刀を振るった。

しかし、避けられるが地面が切られたような痕跡が現れる。

そして、影から力を振り絞れば振り絞るほどに影は伸びてきた。

俺を飲み込まんと首筋まで来ている。

危険だと思いながらもこの力が無ければイラには勝てないと思い、引っ込められない。


頭の芯がズキズキと痛む。

右目の視界も2割ほど真っ暗で映らなくなっていた。


それでも追撃し、目の前にイラの拳と俺の二本の剣が数十もの火花を散らした。

僅かな隙も逃さないと目を見開く。


「早く死ねって言ってんだろうがぁああああ!!」


イラが故意に距離を取り、右手に巨大な炎を灯す。俺もココが決める場所だと新垣の短剣を捨て、両手で刀を持ち全ての魔力と力を込め、大地を蹴った。


「はぁああああああ!!!」


赤い光と黒い光が目の前を覆った。

周りからありとあらゆる物が崩れていく音が響く。

手には確かにあった手応え。

しかし、意識は遠のいた--



「凄いなこの子。」


晶の目の前にペルビアの姿があった。


「ごめん、イラ。

黒田に結界破られちゃった。

この子を持ち帰ってる暇は無さそう。」


「はぁ!?てめぇ、ざけんな!!」


イラの右手は負傷していた。

しかし、かすり傷もいいところだろう。

時期に治るほどの傷。


「いや、ごめんごめん。

さあ、文句言ってる暇あったらすぐに逃げるよ。」


しかし、この子も傷は酷いが致命傷とは程遠いダメージ。

少しの回復魔法で治ってしまうだろう。


「黒田が動き始めた。」


そう言うとイラは舌打ちをしながらも渋々私と一緒に地を蹴った。

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