第2話

「霜崎さん!!」


日和さんの声と足音が聞こえた。


「来ちゃダメです!!」


ビクッと肩を震わせて、日和さんは足を止めた。

そして、ゆっくりと騎士を見上げてそこで違和感を感じた。


……おかしい。

殺すなら俺はもう死んでるはずだ。

なのに、まだこうやって騎士を見上げることができている。


「はぁ、はぁ、はぁ……。」


腹の痛みは歯を食いしばれば、我慢できる。

きっとこの違和感にヒントがあると思った。

なにか、なにかあるはずだ。


鎧が擦れる音とともに騎士が動き始めた。

先程まで尋常じゃない移動速度ではなくゆっくりと歩き始める。


どこに向かう気だ……。


周りの人達は騎士を注視しして、扉の前に人が集まる。


「待っててください!

すぐに治してみせます。」


「……ありがとうございます。」


その間に騎士は元いた場所に戻り床に剣を突き刺して、中央の石を見上げていた。


「何をしているんだ?」


全員が騎士を観察する。

しかし、騎士は微動だにせず動こうとしない。


「攻撃してこない?」

「助かったの??」


周りから安堵の声が漏れた。

まだ、目の前に二人を一瞬で殺したモンスターがいるにも関わらず気が緩み始める。


「なら、やることは一つだろ!

ここから出るぞ!」


ハンターの一人が扉に触れようとする。


「待ってください!!」


俺は反射的にそう叫んだ。

なんだかわからないがあの扉には触れてはいけない気がした。

しかし、その俺の直感を察してくれるわけがなかった。


「なんだお前……。

俺達にここで死ねってか?

冗談じゃない。

あの化け物が動かない内に俺は出る。

Fランがイキんなよ。」


そして、そのハンターが扉に手を触れる。


『まずい!!』

本能と思考が同時にそう叫ぶ。

しかし、腹の傷はまだ癒えてなくて激しい痛みが伴い足に力が入らない。


「その人から離れろ!!」


まだ、血が流れる腹に精一杯の力を込めて叫んだ。


その声に何人かは反応を示した。

言ったとおりに、もしくは危機感から俺の声に反射的反応して地を蹴り、そのハンターから距離を置いた瞬間、赤い光が目の前を過ぎていく。

そして、扉に触れたハンターと巻き添えを食らったもう一人は気づいた時には宙を舞っていた。


「……ッ…!」

4人、一瞬でこの化け物が殺した人数。

目の前で血を撒き散らして、舞う二人が近くにいたハンター達の服を肌を赤く染めて、血の匂いが鼻腔を突く。


それを機に限界を迎えていたハンター達は嘔吐する者、尿を漏らす者、その場で崩れ落ちる人が出始めた。

そして、俺は宙を舞うハンターをただ呆然と見ていた。



白銀色の氷の世界に湿った音が響く。

あたりを見渡せばいつの間にか地面は赤く染まっていた。

氷の床に落ちた二人はピクリとも動かない。

おそらく死んでいる。

二人とも体が真っ二つになりかけていて、そこから血が流れ続けているから。

さっき俺が刺された時、俺自身が直接扉を触らなかったから助かったのだとそう思った。

目の前で人が死んだのに安堵した。

扉に触れなくてよかったと。

四人の死んだのに自分がまだ生きているという安堵感から思考が止まりかける。


「霜崎君!」


しかし、道門さんの声が俺の思考を動かし始めた。


「さっき君は何かがわかったようなことを言っていたね。

それを聞かせてくれないか!

それがこの場でできる全てなんだ。

死ぬなら、できること全てやりたい。」


真っ直ぐ俺の目を捉える目。


期待されている。

今まで誰にも期待されていなかった俺が。

この危機的状況で。

……期待に応えたかった。


頭を落ち着かせるために息を吐いた。


腹の血はまだ止めどなく流れ続けている。

このままでは、俺も時期に死ぬ。

さっき、日和さんが回復魔法をかけてくれたけど傷が治っている気配がない。

きっと、日和さんが回復させられる限度を超えていたんだろう。


そして、その日和さんは目の前で四人も死んだ精神的ダメージでその場で下を向いて湿った声を流していた。


「……ありがとうございました。」


そう小さい声で呟いた。

俺が生きて帰るにはゲートを出て日和さんよりも上の回復魔法の治療を即座に受けるか急いで病院で治療を受ける必要がある。

でも、この奥地まで20分を要した。

この出血で生きて帰るにはあまりにも長い時間。


でもまだ、できることはある。

それにハンターに覚醒した、自分の生命力ならまだ助かるかもしれない。

そして、あの騎士の行動パターンは多分わかった。

きっと、大丈夫。


「道門さん、お願いがあります。

あの、文字が書かれた台まで俺を運んでくれませんか?」


「あそこにか?」


「……はい。」


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