第3話
【その身が罪人でない事を示せ】
【王に力を示せ】
【王の出現をもって終幕とする】
石に刻まれているのはこの三文。
そして、これまでの騎士の動きは攻撃してきた人達に対する反撃と扉に触れた人への攻撃。
つまり、最初の一文。
【その身が罪人でない事を示せ】は動かない事が正解のはずだ。
もし、罪人であると疑われているのならどんな行動を起こしても疑う対象でしかない。
なら、身の潔白を示すのなら動かずにじっとする事。
「私達はこうしてただじっとしていればいいのか?」
「はい。」
俺達は膝をついてじっとした。
なるべく騎士に敵対心が無いよう思わせるために。
他の人達は精神的ダメージで地面に伏した形になっている人がほとんどだ。
ある意味では敵対心はないと取れるはずだ。
こうしていれば次の行動に移るはず。
「いつまでこうしていればいいんだ。」
しかし、いつまで経っても何も起きない。
何か他にしなければならないかと思った時、騎士が動いた。
右手を石に向け、ゆっくりと上に持ち上げ頭上に手を伸ばす。
それと同時に部屋の中央にある石とその台座がゆっくりと上がり始め、台座はピラミッドのような祭壇の形になった。
これで次のフェーズに進んだのだろう。
なら、次の一文へとフェーズが移行したはずだ。
【王に力を示せ】
「祭壇の上までお願いします。」
道門さんは黙って俺の肩を持ち歩き始める。
そして、ゆっくりと祭壇の頂上に向けて階段を登るが足取りは重たかった。
「これでいいのだろうか……。」
「え?」
「他にできる事がないのはわかっている。しかし、これまでこんなゲートはなかった。これまで、モンスターの掌で遊ばれるような事はなかった。
だから、この先に生があるのか……。」
最後は口に出さなかったが不安で仕方がないのだろう。
でも、それは俺だって同じだ。
このまま、あの文字の通りに行動しても先にあるのは何も残らない死だけかもしれない。
「こんなことを言ってすまない。」
「……いえ。」
最後の段を昇り終えた。
目の前にはあの大きな灰色の石。
しかし、ここからどうすれば良いのか。
「王に力を示せ……。」
王とはなんだ……。
この場にはあの騎士しかいない。
きっとあの騎士見た目から王の護衛だ。
なら、別に違う何者かがいるのか?
「この文の順番……。」
道門さんが呟いた。
「王に力を示せと書いてあるがその後に王の出現と書いてある。
つまり、王はまだここにいない。
そんな王にどう、力を示せばよいのだ?」
「……確かにそうですね。」
祭壇からはこの部屋全体を見渡せる。
ここから、何かヒントはあるのか。
しかし、下を見ても漠然と俺たちの事を見上げるハンター達とそれに背筋が凍るかのような騎士……。
「騎士?」
「どうした?」
「あの騎士はこの部屋に入ってからも、俺達が動かなければ必ずあの定位置に移動しました。そして、ずっと同じ場所を見ていた気がするんです。
なら、騎士が見ている場所にきっと…。」
騎士が見ている場所に回り込み、騎士が見ているであろう石の場所を見ると魔法陣のような模様が彫られている。
そして、ゆっくりに手で触れた。
「……っ!?」
体全体から力がハンターの生命力とも言える魔力が抜かれた。
「大丈夫か?」
「……はい。」
意識が朦朧とする。
だが、正しい行動だったようで石がわずかに青白く光り、その光は段々と強さを増していく。
「次で私達の命運が決まるのだな…。
どうか幸運である事を祈るよ。」
神にすがる気持ちで祈る。
この王の出現が幸運である事を祈りながら、目の前が青白い光に包まれていく。
ビシッ!
そう鼓膜を震わせたのは砕ける音。
その音は何度も鼓膜を震わせ、最後に凄まじい音が鳴り響く。
青白く輝いていた石が目の前で粉々に吹き飛んだ。
「何が起きた!?」
俺も何が起きたのか分からず辺りを見渡した。
「道門さん!扉が!!」
下を見た。
固く閉ざされていた扉が開いていた。
下に残っているハンターもそれを見る。
「帰れるのか?」
道門さんもそう呟いた。
俺も安堵の息を吐きそうになったがすぐにおかしいと思った。
最後の一文である。
【王の出現をもって終幕とする】がまだ残っている。
終幕はまだのはずだ。
「帰れる!!」
石が砕けて扉が開いた。
絶望してうずくまっていたハンターの一人が立ち上がる、外に向かって駆け出した。
「待って!」
そう呼びかけるも一筋の希望の光にそのハンターは駆け込んでいく。
俺は振り返り、騎士の動きを見た。
「……動かない?」
「どう言う事なんだ。」
騎士はピクリとも動かない。
ただ、祭壇の上をじっと見つめていた。
それにつられて上を見上げた。
「青い光?」
頭上に7つの青い光が宙に舞っていた。
それは宙で弧を描くだけのモノ。
それをただ、じっと見つめていると顔に何か落ちてきた。
それは地面に落ちるとカラッと乾いた音を鳴らす。
そして次の瞬間、祭壇がゲート内部が大きく揺れ始めた。
「この揺れは!?」
一度でもゲートをクリアした経験がある人ならわかる揺れだった。
ボスが倒されて、ゲートが閉じ、外界と隔絶された世界になろうとしている時の振動だ。
「すぐに出よう!!」
しかし、この揺れが始まればゲートは数分も持たない。
「はい!」
祭壇から飛び降りようとすると俺は膝から崩れ落ちる。
うそ……だろ。
身体は限界に来ていた。
帰るだけなのに足は動いてくれない。
俺がいては道門さんも閉じ込められる。
「大丈夫か!霜崎君!」
命の優先順位。
俺の覚悟を決めている時間はない。
「……道門さん、日和さんをお願いします。」
ここまで、レイドメンバー全員の回復を一人で行ってきた彼女は魔力の枯渇と精神的なダメージで動けずにいた。
他の人達は既に自身の魔法の身体強化で我先にと言わんばかりこの部屋から出て行ってしまった。
死の淵に立っていた人の心情などそんなモノだ。
人間の根本は自分が助かればそれでいいのだから。
この状況でも、他者を気遣える道門さんが異常だ。
「道門さん、今までお世話になりました。こんな、使えない俺を何度もレイドのメンバーに加えさせてくれて。」
これがこの人に今までの感謝を言える最後のわずかな時間だ。
「本当にありがとうございました。」
この人はCランクだ。
持っている力はこの場にいる誰よりも強かった。それに力だけでなく心構えも、他者を気遣える思いやりも。
本当ならもっと上の、Fランクゲートなんかにいない人だ。
若ければ大手企業にいてもおかしくない人材のはずだ。
「日和さんをお願いします。
二人でなら、残り時間でも脱出できるはずです。それに、日和さんは貴重なこのレイドの回復役ですよ。
彼女にはまだ、生きる権利がある。」
沢山の人の命を救ってきた人だ。
ここで死んで良い人ではない。
どうか、これからもたくさんの人の命を救ってほしい。
「……お願いします。」
それをただ、黙って道門さんは聞いていた。
おそらく、まだ迷っている。
きっと、二人を救い出せる方法を模索している。
しかし、下唇を噛み表情が歪んだ。
「……今回、君には助けられた。
本当ならこのゲートの一番の功労者である君が助かるべきだ。
だが、……すまない。」
俺を台座にもたれさせた。
「日和さんは任せたまえ。」
「……はい。」
俺は精一杯の笑顔をしたつもりだ。
後腐れが残らないように。
これから、道門さんの重荷にならないようにと。
「……すまない。」
道門さんは祭壇から飛び降りて、日和さんを抱えた。
最後に日和さんと目があった。
「霜崎さん!!」
日和さんから精一杯の声が響く。
その声を聞いて、日和さんに何度も救われた命を最後に恩返しできたと思った。
俺の心にあった感謝は全て伝えられた。
そして、日和さんと道門さんが見えなくなった。
耳にはゲートが閉じていく音が響くだけになった。
「……ああ、ちくしょう。」
全ての感謝は伝えられた。
なら、俺の心の中に何が残るのだろう。
頭にチラつくのは真っ先に逃げたハンター達だ。
死に際になって、残るのがそんな怒りの感情だった。
そして、生きたいと言う感情。
あの場で動けたハンターで一人でも残ってくれれば俺は助かった。
「俺だって、生きたいんだ……。」
どれだけ、理由をつけたって功労者とか言われたってそんなの死んでしまったら意味がない。
涙が嗚咽が止まらなかった。
「……死にたくねぇよ。」
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