第17話

「頑張ってね。」

玄関で母さんと父さん、そして夏帆がいた。

背中には黒田先生からもらった刀を包んだ紫色の袋。

右手にはスーツケース。

母さんが手伝ってくれて荷造りは1時間ほどで終えることができた。


「行ってきます。」

一日仕事体験からクローズワークスの入社を決めた。

給料と福利厚生の充実。

ハンターだから唐突な仕事が多い事は知っていたから休みは気にしていない。

ただ、やっぱり母さんは最後まで大きな怪我をする機会が増えるから不安と言って首をなかなか縦に振ってはからなかった。

でも、父さんと夏帆の説得でなんとか送り出してくれる今日が来た。

20年間過ごした家からついに出る。


「いままで、ありがとうございました。」


「おう!いつでも帰ってこい!!」

「バイバーイ、お兄ちゃん。」


「いってらっしゃい。」

母さんの目尻には僅かに涙が浮かんでいた。

しかし、その顔は俺が玄関の扉を閉めるまでずっと笑みを浮かべていた。


「行ってきます。」


玄関を出ると目の前に高そうな黒い車があった。そして、ゆっくり窓が空くと黒田先生が顔を出した。


「やっほ!迎えにきちゃった!」


……。

車のドアが開いた。

まだ心の距離感があったが黒田先生の隣に座らないという選択肢はなかった。

早くここに座りなよと椅子をポンポンと叩く。


「失礼します。

北川さん、よろしくお願いします。」


運転席の北川さんに声をかける。

俺がシートベルトを閉めるのを確認すると車は動き始めた。


「よし!晶の新しい家にしゅっぱーつ!」


車内で高らかに叫ぶ大人。

本当に25歳で日本一のハンター事業を立てた人物なのか……。


「社長うるさいです。」

そして、社長に容赦なく冷たい言葉をかける北川さん。

でも、北川さんが冷たいのは社長だけだ。

俺がクローズワークスに入社することを決めた時、親の説得させるための相談に心身になってくれた。


「霜崎さん。

これからよろしくお願いします。」


「いえ、こちらこそよろしくお願いします。」


「本社まで高速でも1時間程です。

椅子の横に置いてあるお飲み物とお菓子はご自由におつまみください。

席を倒して、お眠りになっても構いませんのでごゆっくりお過ごしください。」


「ありがとうございます。」

お言葉に甘えて置いてあった麦茶を手に取り、一口飲んだ。

さすがに社長の前で席を倒す度胸はなく両膝の上で拳を握る。


「そんなに緊張しなくていいよ。

これから一つ屋根の下で過ごすんだからさ。

スーパーアットホーム!

僕たちは家族!

これからずっと一緒だよ!」


「社長、ブラック企業みたいな謳い文句やめてもらっていいですか?

私自身、身の危険感じたらゲート・カーへの転職を志望いたしますよ。」


「えー、悲しい事言うのやめてよ。

僕、光ちゃん取られたの結構根に持ってるんだよ。北川さんまで取られたら一真にブチギレるし、僕大泣きしちゃうよ。」


「光ちゃん?」

つい、ぼそっと言葉が漏れてしまった。


「そ、光ちゃん。

最年少でS級になった高城光ちゃん。

あの子は僕が最初に見つけたのに断られて一真に取られちゃってさ。

本当にショックだったよ。

ほらあの子、面白い魔法使うでしょ。

僕がこの手で育てたかったんだけどなー。」


……すごい。

会話の内容についていけなかった。

有名人の名前がホイホイと出てくる。

高城光に一真というのゲート・カー社長の一ノ瀬一真のことだろう。

北川さんがゲート・カーに行く行かないの冗談を言い合って他にもハンターとして名を上げた人達の名前が出てただ俺は聞くだけでとてもじゃないが話に入らなかった。



***


「さあ、ここが君の部屋だ!」

クローズワークス本社31階の一室。

そこはまるでホテルの一室のような凄くきれいな場所だった。


「30階が食堂になってるけど希望すれば部屋に届けてもらうこともできるから。

一応そこでも自炊もできるけどね。

収納スペースは足りるかな?」


「……はい。」

黒田先生が扉を開けるとそこはウォークインクローゼットだった。

更にお風呂もしっかり足が伸ばせるほどに広く、ユニットバスではなくトイレとお風呂は別々。

普通に暮らしたらどれほどの家賃がかかるのか。

新人社会人の家賃は6万以下が基準と聞くがここは絶対にそれ以上。

まだ、会社になんの貢献もしてないのにこんな所に住んでもいいのかと不安になる。


「ここの維持費は全部会社持ち。

ハンター達は自分の好きな事にお金を使い貯金できる環境を完璧に整備。

更にここのビル内のジムやマッサージも完全無料で福利厚生はバッチリ。

他にも要望があったらどんどん言ってね。

それで、部屋の感想はどう?」


「はは、本当にこんないい所に住んでいいのか戸惑います。」


「もちろんさ。

だって、僕達は命を掛けて戦っているんだからこれくらいの恩恵は受ける権利がある。

ないとかいうやついたら僕がぶちのめしてあげるから遠慮なく使うといい。

それじゃあ、早く荷物を整理しちゃいな。

僕は先に訓練場で道門と待ってる。

訓練、頑張ろう。」


「はい!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る