おかしな話

Aris_Sherlock

おかしな話

夜の繁華街の道から裏路地に入る。

最近はサツどもが見回りしてるせいでロクにお天道様に顔を出して歩けやしない。

胸ポケットからココアシガレットとライターを出して、火を着け、口に入れた。


廃れた小さなビルの前で止まる。煙草を地面に捨て足で踏みつぶす。

裏手に回って勝手口の戸をたたいた。

「たけのこの?」

「里」

「きのこの?」

「山」

鍵が開けられ、扉が開く。

「どうぞお入りください。」と、胸プレートに「亀田」と書かれた仕様人服の男が出迎えた。

中に入り、エレベーターに乗る。四階まで上り目の前の扉を開けた。


「おお、森永さん。いらっしゃいませ。」

「どうも、暮江(くらしえ)さん。例のブツは入荷してるかい?」

「もちろんです。ただいまご用意いたします。」

彼は一度、バックヤードに入ってすぐに戻ってきた。

「上質なものが入っておりますよ。」

「それは楽しみだ。」

カウンターの上に布でくるまれた包みを置き、広げる。

中には銀紙でできた袋があった。

「ねるねるねるねの2番の粉です。輸入元はコロンビア、香りと味で最高の快楽を手に入れられると大人気でございます。」

「ほう。今から吸うのが楽しみだ。」

「それもいいですが、別の召し上がり方も推奨しておりまして。」

「なんだと?」

彼が胸ポケットからまた違う銀紙の袋を取り出す。

「こちらは私共めが開発した『一番の粉』でございます。この粉と水とを混ぜることによって、また違った風味と快楽が得られます。」

「水を混ぜた水麻薬か。」

ジャケットの内ポケットから札束が入った封筒を取り出し、手渡す。

「お買い上げで?」

「そのためにここへ来たんだ。」

「まいどあり。」

笑みを浮かべながら封筒を手にとって中身を確かめる。

「確かに、頂戴しました。」

部屋の扉が開く。俺でも暮江さんでもない。新しい客だ。

「次のお客さんだ、俺はお暇しよう。ここで一服できる場所は?」

「上の階は屋上になっていて灰皿もあります。」

客とすれ違ってエレベーターに向かう。

「新しいお客様ですか。」

「ああ、ハッピーパウダーが欲しい。」

「お客様わかってますね~。ハッピーターンにまぶすあの粉をそのまま吸うのは至高ですよね。」

「早くよこせ。」

「わかりました。ご用意します。」

エレベーターの扉が閉まる。

客の首元にはフエラムネがかかっていた。


屋上へ出た。空を見上げると、オリオン座がとても綺麗に煌めいている。

胸ポケットからオレンジシガレットとライターを取り出し火をつける。

思えば昔と生き方はかなり変わってしまった。変わったのはあの日からだ。午後の紅茶を午前に飲んだあの日から。

道を外れたもの。日を浴びられない人間が唯一、見ることができる希望の光の下。

この生活も、もうすぐ終わりかもしれない。


銃声が聞こえる。それと同時に階段を駆け上がってくる音がした。

さっきとは逆方向の内ポケットに手をかける。

「森永さん!」

暮江さんが息を切らしながら、こちらへ来る。内ポケットから手を抜いた。

「暮江さん、生きてたんですか。」

「ええ、かろうじて。しかし、うちの亀田が…。いや、今はそれよりも、森永さんの命が!」

「ってことはやっぱり――」

メガホンによって拡張された大声が言葉を打ち消す。

「逃げるのは、諦めろ!お前らは私たち、明治警察のものが完全に包囲されている!」

顔を見合わせる。多分俺らは、ここで終わりだ。

「まだ諦めないでください、森永さん。こっちに隠し非常階段があります。一緒に逃げましょう!」

彼の指示のまま階段を降りる。

「いたぞ!追え!」

ピー!っと甲高いフエラムネの音が夜の街に響く。やっぱりさっきの客はサツだった。

音が鳴る方向とは逆へ走り出す。

「奴ら、わたしたちを問答無用で殺すつもりです。すみません、私の杜撰な危機管理のせいで。」

「そんなこと言ったってこの状況は変わらない。安全なところまで逃げるぞ。」

——パァン!後ろから銃声がした。

俺の体には何も問題はない。

だが横を走る人影はいつの間にか消えていた。

「暮江さん!」

彼に近寄ろうとしたが、再び放たれた銃弾によって遮られる。

近くの遮蔽物へ身を隠す。

あまり荒事はしたくなかったが、俺みたいな人間にも優しかった暮江さんを撃った者たちを生きて帰すつもりはない。

「元ルマンドー部隊隊長をナメるんじゃねえぞ。」

内ポケットから拳銃を取り出す。

愛用のベビーチョコ口径の0KC型ピストルだ。


遮蔽物を使いながら確実に全員を仕留めた。

頬に一発だけベビーチョコを受けてしまったがそれ以外には怪我はなかった。


「暮江さん!」

彼の元へ近寄る。彼の体からは大量のいちごジュースが流れていた。

「私はどうやら、もうだめみたいです。最期に、最期に一服させてくれませんか。」

彼の願い通り胸ポケットから出し、火をつける。

「抹茶シガレットですか。最高の最期ですよ。」

それを最後に彼は動かなかった。

俺の目から三ツ矢サイダーがこぼれ落ちた。とても甘くて苦かった。

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