最高な日

そして次の日。不思議と生き生きしてたんだ。なんか、今日が最後だと思えばもうなんでもよくて。色んな人にありがとうっていってた。家族と食う飯が美味い。へぇ、こんなにも違って見えるんだって感心したね。


すごく幸せ。温かい家庭で、大切に大切に育てられて。そして、好きな大学に。いやいややってたバイトもいい人ばっかり。みんな私のことを思ってくれている。理解してくれる。そしてお客さんは笑顔で帰ってくれる。


でもね、今日で最後なんだ。切ないけれど。だからこそ綺麗で、幸せなまま終れるから。


午前2時。皆起きないことを確認。今日じゃなくなっちゃったけど神様はお許しくださるかな。ありったけの薬、200円、免許証、タバコ、遺書入のUSBメモリ。ちっちゃいバッグに入れて家を出た。最後に最高な謎解きを遺したい。


階段を静かに降りる。そうっと、気配を消して。玄関の鍵を開ける。ペットのカメに別れを告げる。ごめんね、幸せになってね。理解したのか、していないのかわからないが、頭を出して私をじっと見つめる。コートを着て家を出た。寒い夜の住宅街をスタスタあるった。第一の橋を渡る。ここでは飛び降りない。ここは水深が浅いし、高さが十分でない。もし死んだとしても、朝方発見するのは小学生だろうしバイト先も近い。家からも近すぎる。そして私の人生らしくない。私はもっと遠回りして生きてきた。だから大人しくここは渡る。


橋を渡ってしばらく行ったとこに公園のモニュメントがある。幼稚園児のときに見た記憶がある。いじめられっ子だった。少ない友達とここの変なモニュメントに登って遊んだ。ここは確かに私が居たところだ。私は煙草に火をつけた。2,3回ふかしたあと火を消して捨てた。こんな銘柄ポイ捨てするのは自分だけだろうな。


ああ、遠くにコンビニの灯りが見える。私はそちらに歩いた。このコンビニでよく弟にカフェラテ買ってやったっけな。冷ケースから適当にビールを1本持っていく。深夜に未成年が来るとは思わないだろう。レジのオバちゃんも少しも疑わなかった。これでもう、お金は使い果たした。高校生の頃、全てから逃げたくてここのコンビニがある高台の下で酒を呑んでた。開放感があって自由と非日常を感じられた。交番の近くで、捕まればそれで楽しいかと思っていた。生憎田舎の交番は夜に人が居ないのか捕まらなかったし、学校ではずっと優等生キャラ演じてたからそんなの喋ったって誰も信じないだから自分だけの秘密。ワクワクするよね。高台の上を渡る。まだまだ歩ける。


ホームセンターの脇で、タヌキに出会う。ほら道端でよく轢かれてるやつ。生きてるのは初めて見た。たくましく生きろよ。俺もそうやって人のゴミ漁るくらいの粘り強い気持ちが欲しかった。君には負けるよ。分かれ道信号の手前でタバコを吸う。渡った先で捨てた。


ここを真っ直ぐ行くと一里塚になる。ここは少し開けていて良くも悪くも憩いの場みたいになっている。父親との思い出がある。中学で不登校になったときケンカした。高校の親友の思い出もある。親友と会えないのは心残りかな……よく一緒に座ってた岩の上でまたタバコを吸う。一生懸命話しかけてくれる横顔が懐かしいな。これも岩の上に捨てた。


ここからは何の思い入れもない道が続く。ずっと歩き続ける。退屈。高校生の頃酔いつぶれて寝てた場所。歩道橋の下の柱。下品な落書きがいつの間にか増えている。タバコを吸う。捨てる。私の生きた証、ここを通った証。まぁ、やってることは落書きとかわんないよ。そういう気持ちで書いてたんじゃないのかな。勝手に納得したよ。


真夜中に酔っ払ったままのノリでどこまで歩けるか試したくなって今ぐらいの時間にここを通ったな。隣の市は大きな駅があって先進的だと思ってたけど、ここには畑が広がる。ここだけ見ればうちの方と同じなんだよな。そうしてる間に見えてくる。まもなく人生、終着駅……橋の上でごさいます。


靴と上着を脱いで、バッグと上着を手すりにかけ、靴は立てかけた。ここの高さは10mを超える。下は急流の川。強い風が吹き付ける。落ちても助かるかもしれないが、それを防ぐために薬とアルコールがある。少なくとも痛みと恐怖は和らぐだろう。缶ビールを開ける。タバコで喉はカラカラだ。プチプチとありったけの眠剤を取り出し、ビールで流し込んだ。寒い身体がマシになった。タバコ最後の一本を取り出し火を付ける。このまま座っていれば逝くだろう。穏やかじゃないか。最期なんて。ただただ生まれてきたものが、生まれる前のようにいなくなる。ただそれだけ。最初は家族も悲しむかな。友達にはどうやって伝わるのかな。死んだことも知らないかもね。知らなくていいよ傷つくから。いつか忘れるんだから。じゃーね。と呟いた。タバコの煙は川の上に流されていく。私も風に身を任せりゃいいんだ。燃えたままのタバコを缶のプルタブに引っ掛けた。人生の終わりのサイレンが聴こえる……私は手すりに座ったまま意識消失ブラックアウトした。

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