第1話チャプター4 「輝く星の光」
第1話チャプター4 「輝く星の光」1
ミシュル西区の端にラピズの屋敷がある。ミシュルの端ということもあって、人通りは少ない。だが、それだけじゃなく、ここは滅多に人が通らない。ほとんどの人はわざわざ自分から厄介事に巻き込まれるリスクを背負うことはしたくない。
だから、この場所に近づかない。
フィルたちはわざわざ厄介事に首を突っ込むしかなくなったため、それなりの装備で来ていた。
腰に大きめのポーチを身に付けており、中の魔石が擦れるとその振動がフィルの腰にも伝わってくる。またポーチの外側に大きめのポケットがついていて、そこには夜染めの箱が収納されている。さらにはベルトに小さめのハンマーがぶら下がっている。
アストルムはいつもの白いブラウスという出で立ちではなく、黒いドレスのような、それでいて動きやすい服装にしている程度だった。
「ここが魔法使いラピズの屋敷?」
「正確には、この先にあるんだけど」
「いやいや、どう見ても、門があるだけじゃないですか!」
ラピズの屋敷を初めて訪れるレスリーが困惑するのも無理もない。
フィルたちの正面には古びた門がある。いや、門だけがある。その先に屋敷や家があるわけではない。そもそも続く道すらない。門から先は文字通りなにもなく、本来見えるハズの風景すらない。
ここに家があると言われても、信じることが出来ないだろう。
「この先に進む前に、レスリーに頼みがある」
「なんですか?」
「手を出して」
彼女の右手に小さな袋を置いた。
レスリーが袋の口を開けて中身を確認する。
「“ぐんぐん成長させるくん2号”じゃないですか」
「いいか、レスリー」
彼女に耳に口を寄せ、頼み事を告げた。
「――――」
「へ? ……いや……そんなこと……無理無理!」
「頼んだぞ」
拒否反応を示すレスリーの肩に手を置いて無理を押し通す。
「……わかりましたよ、どうなっても知りませんからね」
「それでいいよ」
さて、やれる準備はここまでだ。
「ラピズ! 俺だ! マリスから話聞いてないか? 頼みがあるんだよ。門を開けてくれ」
声を張って呼びかけるが、反応はない。
まったく。と内心、愚痴をこぼしながら、
「無視すんな!」
もう一度、声を出した。
そんな声にうんざりしたのか、門がゆっくりと開いた。わかったから、さっさと来いということなのだろうか。
門の向こう側は相変わらずなにも見えない。
「開いたからいくぞ」
「ここ、入って、大丈夫なんですか?」
「門の先は魔力が渦巻いていて道なんてわからない。この中をちゃんと歩けるのは、俺らの中じゃ、アストルムだけだ」
「万が一離れてしまうと、どこかに飛ばされるか、出てこれなくなるか、別の世界に飛ばされるか。何が起きるかわかりません。ですので、お二人と私から離れないようにお願いします」
アストルムがそういうとレスリーは、ひぃ、と声を上げてアストルムの左腕に抱きついた。
「フィル、どうぞ」
アストルムがスッと右手を差し出してきた。
小さく柔らかい彼女の手を握った。
「いきましょう」
アストルムを先頭にして門をくぐった。
視界に広がるのは絵の具を適当にぶちまけたような、極彩色のような不思議な光景だった。よく目を凝らすと、机や椅子などが乱雑に浮いていたり、時計の文字盤が逆方向にグルグルと回っていた。
上下左右の感覚が狂うこの場所では、ただ自分たちが何処にいるのかもわからない。
「では、参りましょうか。幸い、今回は道幅がそれなりにあるのでくっついてきていただければ平気かと」
「今回は!? 毎回変わるのここ?」
「前にアストルムと来たときはとんでもなく細いところを歩かされたかな」
「こわっ。というか、道見えないんですけど!」
「隠蔽魔法、高魔力濃度などさまざまな要因で視覚認識が阻害されていますから」
「でも、なんでアストルムさんには分かるの!?」
「それは……申し訳ございませんが、秘密です」
アストルムに手を引かれ歩き出す。
どれほどの距離を歩けばいいのか、この道は合っているのか、自分には何もわからない。目に映る景色は変化しているような気もするが、それが順調に進んでいることを示しているのかも疑問だった。
極彩色の空間を抜けたと思えば、一面が花畑であったり、逆さまにそびえる山なども続いた。
「あの……魔法使いラピズってどんな方なんですか?」
このメンバーの中で唯一、ラピズと面識のないレスリーが訊ねてきた。
「そうだなー。同じ魔法使いのマリスとは違って、めんどくさいやつかな」
「言葉を選んでいえば、気むずかしい方です」
「事前情報がろくでもない……」
「会ってみればわかるよ」
更に歩くこと十分。目の前にドアが見えた。
「あそこで道が途切れてますから、終着点かと」
ここまでくれば大丈夫だろうと、フィルはアストルムの手を離して、ドアの見つめた。レスリーは掴んでいたアストルムの腕を恐る恐る離した。
「いつもここまで無駄に長いんだよ」
「そういう方ですから」
「わかってるよ」
ドアを開けた。
そこにはまるで謁見の間のような空間が広がっていた。謁見の間の奥にあうる玉座に、一人の少女が座っている。玉座の傍らには騎士のような人形がずらりと整列していた。
「まったく言いたい放題じゃの」
「ここに来るまでに回りくどいことされたら、文句も言いたくなるだろ」
腕を組み、こちらを不機嫌そうに見下しているのが ラピズ・アレクサンドライトだ。
流れるような金色の髪と幼い顔立ちからは十歳を超えたぐらいの少女に見える。しかし、彼女も魔法使いであるため、その外見の何倍も時を刻んでいる。
「見ない顔がおるな。そこの小娘……誰じゃ?」
「は、初めまして、レスリー・プリムローズです。フィルさんのところで、魔導技士として雇ってもらっています」
マリス以外の魔法使いとの対峙に、レスリーは緊張をしているのか、声に震えが混じっていた。
「ふむ。そう緊張せずとも良い。わらわは、ラピズ・アレキサンドライトだ。このミシュルの魔法使いの一人だ。小娘は魔法使いを見るのは初めてか?」
「いえ……あの……マリスさんとお会いしたことがあります」
「ならば、魔法使いにも慣れたものだな」
「あはは……そうですね」
ラピズは楽しげにケタケタと笑うが、対するレスリーは渇いた笑いを返していた。
「あんまりうちの新人を怖がらせないでくれ」
「そんな気はないのじゃがな。久しいのう、小僧。年に一度ぐらい挨拶にでもこい」
「今後はそうする。それで本題だけど――」
「マリスから話は聞いている。貴様らはわらわの音魔法のノウハウを知りたいのだろ?
「話が早くて助かる」
「うむ。――お前は、ふざけているのか?」
ラピズの声の温度が下がる。
それは彼女の怒りのスイッチが入った合図だ。
「ふざけるな! 研鑽の賜物である魔法のノウハウを寄越せ!? 論外だ、論外! マリスの頼みであるから、ここに来ることを許したが、ノウハウを教えてくれてやることまでは許していない!」
この反応は予想できていた。
魔法使いという存在は、魔法の探求による世界の神秘の解明が主たる使命だと、マリスから聞いたことがある。だら、大抵の魔法使いは自分の魔法を、魔石に封印して他者に譲渡するようなことを嫌うらしい。そう考えると、マリスは例外の存在なのだろう。
「……もちろん、タダでくれ。とは言わない。今回の依頼報酬の半分150万Jでどうだ?」
「金には困っておらん。イディニアから十分にもらっている」
「なら、ミシュルに新しくできた洋菓子屋のケーキは?」
「うぐ……それは魅力的だがダメじゃ」
ここまではフィルも想定していた展開だ。
そもそも金や食べ物で交渉が出来るとは思っていない。ここまではラピスとのお決まりのやりとりだ。
「じゃあ、交渉の余地はないってことか……?」
問いかけると、待っていたと言わんばかりに、ラピズが赤い唇をつり上げた。
「そこの人形を賭けて私と戦え。わらわが勝ったら人形が、貴様らが勝ったらノウハウが手に入る。どうだ?」
指差した先にいるのは、アストルムだ。
わかっていた。
その要求が来ることはわかっていた。わかっていても、胸の奥から湧き上がる怒りを押えることができない。
「ふざけるな」
「どうせ、お前はその人形持て余しているのだろう。ジェームズ・アルスハイムの忘れ形見だ、製作に関わったわらわに寄越せ。そのぐらいがノウハウを渡す条件としては対等だろう?」
「もう一度言うぞ、ふざけるな」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ラピスとのやりとりに割って入ってきたのは、レスリーだった。
「さっきからアストルムさんを人形ってなんなんですか!」
「人形に人形といって何が悪い……いや、もしかして、フィル、お前、その小娘に言ってないのか?」
「……」
図星だった。
積極的にいうことでもない。
だから、アストルムの正体を知っているものはごく僅かしかいない。
「レスリー……落ち着いて聞いてくれ、アストルムは――」
フィルがよりも先に、ラピズがアストルムの真実を口にした。
「魔導人形だよ。人間のように振る舞い、活動するように作られた人形だよ。わらわとマリス、そしてそこのフィルの祖父であるジェームズ・アルスハイムが作った、魔導人形アストルムだ。そして今回貴様らが求めるものは、そこのアストルムにわらわが組み込んでいるものだ」
「え……」
何を言っているのか理解できないレスリーは、フィルを見て、アストルムへと視線を向けた。
「ラピズ様が言っていることは正しいです。これを見てください」
アストルムは言いながら手首まで隠しているドレスをまくる。彼女の白く細い腕が露わになる。
アストルムが目を閉じると、彼女の関節が淡く発光する。
フィルはアストルムが魔力を自分の体内で循環させたことだと理解した。発光が収まると、そこにあるのは人間の腕ではなく人工的に作られたのがわかる白い腕と、球体で出来た、人形のような関節だった。
「私の身体を覆っていた認識阻害魔法を解除しました。――私は人形を素体にし、人造された魂を内蔵し作られました。ジェームズ・アルスハイムのハイ・アーティファクトです。レスリー、驚きましたか? 嫌悪されましたか?」
「そんなことはないです! 私が接してきたアストルムさんはアストルムさんです!」
二人のやり取りを見ていたラピズは、手を叩きながら、笑い出した。
「おお、なんと涙ぐましいことか。素晴らしいな。最後にアストルムを見たときより、感情が表に出るようになったな。疑似魂も多少は成長しているようだな」
ラピズはアストルムに満足したようで、何度も頷いた。
「改めて言うぞ、その人形を寄越してはくれぬか? そうしたらわらわのノウハウをくれてやろう」
「それはダメだ!」
フィルの三度目の否定は怒気を孕んだものだ。
アストルムは右手をスッと出し、今にも飛び出して行きそうなフィルを抑えて、一歩前に出た。
「私とノウハウを賭けて戦うことでラピズ様が満足するのであれば、構いません」
「ふむ。人形自ら己を差し出すか」
ラピズが、パチンと指を鳴らした。
周囲の空間が歪み、謁見の間から大広間へと切り替わった。
ラピズは変わらず、玉座に座ったままだ。
「人形の申し出にその所有者である小僧が、拒絶せんよな?」
「……勝敗は?」
「わらわが膝をつくか、お前らが全員倒れる。でよいだろう?」
「確認するけど、膝をつくは、お前が立てなくなるじゃなく、言葉通りでいいんだな?」
「ああ、理解した。よいぞ、それで。どうであれ、わらわが膝をついたら終わりで」
「安心した。ラピズをぶっ倒すとなると、俺らには無理だからな」
魔法使い一人を、ただの人間が相手にするのは分が悪すぎる。近年では戦闘向けアーティファクトが増えてきているが、それでも魔法使いを相手するには相当熟練な腕前を持っていないと難しいと言われている。
「じゃあ、はじめようぞ」
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