第1話チャプター4 「輝く星の光」2
ラピズが玉座から立ち上がると、
「“目覚めなさい、我が子らよ。そして、歌いなさい、遊びなさい。愛しい子らよ。さあ、目を醒ましなさい、私のかわいい子供たち”
ラピズは歌うように詠唱した。
魔導技士が、人間が、魔法使いの協力を得て作ったアーティファクトを使って、やっと実現出来る奇蹟の再現。それを魔法使いは、己の身、詠唱による世界への干渉によって、奇蹟を行使することができる。
それに応じるように脇に控えていた騎士が動き出した。
左右に二体ずつ。
フィルは向かってくる騎士達を左の二体をヨロイ1、ヨロイ2、右の二体をヨロイ3、ヨロイ4と自分の中で名前を付けた。
「レスリーは、端にいてくれ。アストルム、レスリーのこと頼む」
「はい、わかりました。レスリー、私の後ろへ」
「はい!」
下がる二人を確認して、応戦準備をする。
ポーチから魔石をいくつか取り出す。
「まずはお前達からだ!」
「なんだアストルムを使わないのか?」
「俺は自分でやれるだけはやってみるタイプなんだよ」
左手側のヨロイ1との距離を詰めつつ、手のひら魔石を握り、魔力を込める。
アーティファクトを作る際は部品として使用する魔石だが、本質的には魔法を封じ込めてるに過ぎない。だから、魔力を込めれば、その魔法自体を行使することができる。この使い方は、冒険者や戦場の兵士たちがよくおこなうものだ。
握りしめた魔石から魔力発光が洩れる。
「喰らえ!」
魔石をヨロイ1に向かって投げつける。
弧を描く魔石から炎と雷が発生した。炎が先にヨロイ1に命中してバランスが崩れたところに、追い打ちにする形で雷が貫いた。
それを確認するよりも早く、フィルは床を蹴り、飛び上がる。
ベルトにぶら下げていた小さなハンマーを取り出して、
「自在槌!」
魔力を込めるとアーティファクトが起動して、小さかったハンマーが一メートル弱ほどの大きさに巨大化する。
振り上げれば、柄が大きくしなった。一気に振り下ろす。
打撃音と共にヨロイ1が大きく陥没する。それだけのダメージを受けて、魔力で操作されていたヨロイ1が動かなくなった。
息を吐くよりも早くフィルは後ろを振り向く。
ガシャン、ガシャンと音を立てて迫るもう一体のヨロイ2が剣を振るう。それを寸前のところでどうにか半身をずらして避ける。足元に転がっているヨロイ1の兜を器用に蹴り上げて、目の前のヨロイ2へと蹴り込む。
しかし、それはたたき落とされる。
一度距離を取るも、すぐにヨロイ2は追撃してきた。
繰り返される斬撃をハンマーの柄で受け取る。その度に甲高い音が響く。押し返すことが出来ず、ジリジリと後退させられていく。
何度目かの攻防を経て、ヨロイ2が大きく剣を引いた。
繰り出されたのは高速の突きだ。
フィルがそれに反応できたのは、ただの偶然だ。完全には反応できず、刃が空を切る音がすぐそばで聞こえた。音に続いて、ワンテンポ遅れて、頬を熱が一直線に走り、血が滲む。
体勢を崩さないようにしつつポーチに手を突っ込んで魔石を摘まみ、魔力を通す。魔法が発動する。
拳大よりも大きな土塊が複数生まれ、ヨロイ2へと射出される。
大きな音が三度した。
一度目でヨロイ2の足が床から浮き、二度目でヨロイ2がフィルの視界の奥へと吹き飛ばされ、三度目は壁と土塊の間でヨロイ2がひしゃげた。
安堵の溜息を短く吐いた。
「フィル、しゃがんで!」
レスリーの鋭い声が聞こえた。
状況を把握したくなる気持ちをグッと抑え込んでレスリーの指示に従って、身を大きく屈む。
先ほどまで首があった空間を、ヨロイ3の剣が薙いだ。
「あぶっ……レスリーありがとな! って、くそ!」
アストルムの後ろにいるレスリーに目を向けて短くお礼を言うが、しゃがんだところにもう一体のヨロイ4の剣が真上から来る。これもハンマーの柄で受け止める。
目と鼻の先に鈍く光る刃がある。
「ぐ……ぃいいい! あああ!」
踏ん張りながら、全身の力で、剣を弾き返す。
「“一陣の風よ。駆け抜けろ。そして彼方へとお前の声を届けろ”
真横。
ラピズの金色の髪が靡く。
彼女の正面には、魔法陣がある。
魔石を手に取る。
薄い水色の魔石を選ぶ。
ラピズの方へ魔石を向ける。
フィルが手にした魔石の魔法が発動し、水の壁が展開する。
炸裂音と共に突風でフィルの髪が揺れる。フィルを襲っていたヨロイ3,ヨロイ4たちはラピズの
「自分の魔法で操作してたモノまで吹き飛ばすのはあんまりじゃないか?」
「あいにくそこまで愛着もなくてな。それにしても、お前は運動不足なんじゃないか? もう肩で息をしてるように見えるが?」
「余計なお世話だ」
軽口を交わしあい、少しでも息を整える努力をしながら、相手の出方をうかがう。
「まさかこの程度じゃ、あるまいな?」
「当然」
「それはよかった」
ラピズが手をスッと挙げると、カシャンと金属音がした。素早く周囲を見渡すと、動かなくなったヨロイたちが持っていた剣が四本宙に浮いていた。
ラピズが手を振り下ろすと剣がこちらを目がけて飛んでくる。
よろめきながらも走り出す。剣はフィルの後を追うように飛来し、床へと突き刺さる。
「フィル、右、もう一本あるよ!」
レスリーの声がした。
反射的に右を見る。
なにもない。
アストルムたちの方に目を向けると、レスリーは小さく首を振っていた。
「おお! 見事に引っかかりおった! どうじゃ、わらわの音魔法、人の真似事がうまいだろ?」
ラピズがそう言いながら、レスリーからアストルムへ、アストルムからフィルへと声色を変えながらせせら笑っていた。
反対側――左手側にいるラピズが魔法を展開し終えていた。
完全にやられた。
音魔法でレスリーの声を真似、それをアストルムたちがいる方向からそれを飛ばすことで、フィルに勘違いさせたわけだ。
「そろそろしまいにするか?
フィルの身体が後方へと吹き飛ばされる。
浮遊感は一瞬。
すぐに衝撃が襲ってきた。
自在槌が手から落下する音がする。
「かはっ……!」
肺の中の空気が漏れ、床に叩きつけられる。
どうかに身体を起こして、そばにあった自在槌を手にし、揺らぐ視界を頭を振って立て直して、立ち上がる。
「
ラピズが新たな魔法を撃ってくる。せまる風の弾をどうにか避けようとするが、間に合わず、また吹っ飛ばされる。
立ち上がろうとするたびに。
走り出そうとするたびに。
ラピズの魔法が飛んでくる。
途切れそうな意識を繋ぎ止め、何度目かの
「はぁ……はぁ……いい加減まずいか」
動けないままでいるフィルの視界には、ラピズが更に追い打ちの魔法を発動させようとしているのが見えた。
「……くそ……」
「狂乱の――」
◇◇◇
正直言えば、なにもわからなかった。
アストルムが人形? そんなことを突然言われたってわからない。
理解が追いつかなかった。
「わからない……」
「どうしましたか?」
アストルムは、目の前で繰り広げられている、フィルとラピズの戦いから目を背けずに問いかけてきた。
「アストルムさんが人形だってこと……」
「それがなにか? 私は人形です」
「だってそれは――」
言葉を続けようとしたが、一際大きな音がした。
フィルがラピズの魔法で壁へと叩き付けられていた。
魔法。考えてみたら、自分がそれを目にする日が来るとは思っていなかった。
アーティファクトを作る上で魔石を取り扱うが、全然違った。
無機質な鎧が動き出したり、風の槍が飛び交ったり、そんなあり得ない奇蹟のようなことを、いとも容易く行使される。
それが目の前で起きているなんて、信じられないでいた。
フィルが次々と魔法を受けて、転び、倒れこんでいく。
見ていて辛くなる。
右手のフィルから渡された袋を強く握りしめた。
『ラピズとは絶対に戦闘になる。たった一度でいい。アイツが魔法で戦闘を終わらせようとした瞬間、“ぐんぐん成長させるくん2号”をありったけ使って、この袋の中にある種を急成長させろ』
それが彼から頼まれたことだ。
動けなくなったフィルに、ラピズが手のひらを向けて、詠唱を始めていた。
「狂乱の――」
このタイミングしかない。
袋に口を開けてラピズに向け、袋越しにぐんぐん成長させるくん2号に魔力を流し込んだ。
「今!」
◇◇◇
「今!」
レスリーの声が聞こえると同時に、ラピズの姿が消え、代わりにラピズのいた場所を無数の植物の蔓が埋めていた。
「や、やった!」
レスリーの喜びの声を聞きながら、ぐらつく身体を起こして、走り出す。
フィルが予めレスリーに頼んでいたことは、この一つだけあった。
それがぐんぐん成長させるくん2号でラピズの動き一瞬だけ止めること。
ラピズが警戒するのは自分とアストルムだけだ。ラピズはレスリーのことを何も知らない。知らないからこそ脅威として排除しきることは難しい、それでもこの三人の中で警戒する順位は下がる。
ラピズの中で、レスリーはいないも同然の扱いだっただろう。
だから、意識の外からの奇襲を成功させた。
「くそ、なんじゃこれ! 絡まって、あー、もう!」
“ぐんぐん成長させるくん2号”で成長させた蔓の先端に向かう。効果時間はあまりない。成長しきった植物が枯れてしまう前に、決着をつける。
走りながら、ポーチから魔石を取り出す。
「これで、どうだ!」
身動きが出来ないラピズとの距離を詰める。
放り投げた魔石が灯りを受けて煌めく。
炸裂。
轟音と爆発が起きる。
「さすがに……これは……効いただろ?」
爆煙が晴れていく。
そこにはスカートの裾をはたく、ラピズの姿があった。無傷というわけではない、彼女の衣服は少なからずダメージを受けていて、ところどころ破れている。
だが、それだけだ。
「勘弁してくれ……」
自分の想定ではラピズに決定打を与えるつもりだったが、そこには至っていない。
「なかなかによかったぞ。だが、わらわに膝をつかせるには、ちと足りんかったな。いい加減、アストルムを出したらどうだ? 出し惜しみして負けたら後悔が残るぞ?」
余裕があるラピズの言葉に、唇を噛みしめる。
どうしても、アストルムに頼るしかないか……。
「アストルム。すまない」
「いえ。お気になさらずに」
そういいながら、アストルムが隣に並び立つ。
ポーチにしまってある夜染めの箱を取り出して、
「三分頼む」
手のひらに載せた。
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