第1話チャプター2 「それは誰かの願いを引き受けること」4
懸念であったモーリスの毛髪や血液については、アストルムからライラに確認してもらった結果、彼の血液がついたハンカチがあるとのことで、当初想定していた方式でアーティファクトを作るのは問題なさそうだった。
フィルが黒猫の住処から帰ってから、数日が経っていた。
その間、フィルは自室で理論構築し、工房で図面を引く。それだけを繰り返していた。レスリーとアストルムも、フィルから鬼気迫るものを感じ取ったのか、極力邪魔しないようにしていた。
「ここの魔力経路をこっちにバイパスさせないとダメか。でもこの距離回すと、魔力が減衰するから増幅させて……」
フィルがブツブツとつぶやきながら図面を引いて、全体を眺めては書き込んだ数値を見直して、全体を整えていく。
「よし、これで……できた!」
最後の線を書き加えたところで、顔を上げた。目の下には大きな隈があり、疲労の色が窺える。
「うわっ、びっくりした!!」
「レスリーも工房にいたのか、驚かしたな。悪いけど、アストルムを呼んできてくれ。あとなんか温かい飲み物も頼むわ」
「わかりました。ちょっと待ってください」
レスリーは作業を中断して立ち上がり、店の方へと小走りで向かっていた。彼女が出ていたドアから視線を外して、薄く目を閉じた。
ただそれだけで意識が温かい沼に引きずり込まれていく。頭を振って、何度か抗って見たが、その抵抗は虚しく終わった。
「……フィ……ねぇ……ル……って……」
「あっ……寝てた?」
目を開けるとレスリーとアストルムの顔が近くにあった。
「ええ……およそ15分ほどです。最初はレスリーもフィルが疲れるだろうから寝かしておこうかと言っていましたが、起きる気配がなかったので仕方なく起こすことにしました」
アストルムは相変わらずの無感情で、ブラックコーヒーが入ったマグカップを差し出した。
フィルはそれを受け取って、一口飲む。ブラックコーヒーの苦みとカフェインで頭が覚醒し始めた。
「アストルムさん、余計なことはいいの。――それでライラさんの依頼の図面できたんですか?」
重たい身体を起こし、中央の机の上に図面を広げる。
「これで想いを再生する」
それをレスリーとアストルムが覗き込む。
「うわっ、細かい」
「……つまり、これはどういう方法でライラ様の依頼を達成するのですか?」
「それを説明する。まず前提として、残留魔力についてはわかるな?」
「魔法やアーティファクトの行使、物に残った魔力ですよね」
レスリーの言葉に頷いて、説明を続ける。
「普通の残留魔力は数日単位で揮発してしまうから難しいが、今回はモーリスが長年綴っていた日記が媒体になる。それなら思い入れも強くて残留魔力がまだ残っていると考えられる。残留魔力からの音声再生は、名前と魂の情報を用いて対象者を特定、残留魔力に残っている情報と一致しないと不可能だ」
「魂の情報はわかるんですが、名前はどうしているんですか?」
「名前を書いた紙を特殊な液体に馴染ませて、魂の情報と一致するかを見るんだ。その上で、魂の情報と残留魔力の一致を見る。めんどくさいが、この認証プロセスを通さないと、音魔法を封じ込めた魔石が残留魔力を活用できない、これは誰もが気軽に残留魔力から想いを再生することを防ぐためだ」
でも。と、レスリーが異を唱える。
「残留魔力といっても音魔法を起動するだけの出力得られますか?」
彼女の疑問にフィルが頷く。
「それが問題だった。なので解決策として、残留魔力に魔力をぶつけて、その魔力波をコピーさせて増幅させる。音魔法は言葉を魔力変換してるというのは正しいけど、それも突き詰めれば、魔力の揺らぎを読み取っているだけ。魔力の揺らぎは使用者の精神状態にも左右され、魔力自体が常に揺らいでいるから残留魔力として留まっているものでも同様だ」
「つまり……残留魔力を増幅させて、音魔法に変換すれば、モーリスが日記を書くときに想っていたことがわかる?」
「そういうことだ!」
レスリーは、おおっと感嘆の声を漏らして、目を輝かせていた。
「大まかな内容は今説明した通りだ。ここからは実際に物を作ることになるが、当然、俺一人じゃ手が足りない。ということで、レスリー手伝ってくれ」
「もちろん」
「アストルムは、さっき頼んだライラさんへの確認と、このアーティファクトの外観になる箱の作成を頼めるか? 箱用の図面は用意してあるから」
「問題ありません。知り合いの細工屋にも手伝ってもらいます」
「レスリーは、ここの部分の魔導板の組み上げだ」
フィルが図面を指差す。そこに示されている魔導板は、日記の残留魔力を増幅した魔力受け止めて、核となる魔石へと魔力を流すために転写と保持する役目ものだ。
「重要な部分じゃないですか!」
「今回のアーティファクトでは、どこも部品も大事になる。やれるのか、やれないのか?」
フィルが真っ直ぐとレスリーの瞳を見つめる。
彼女の視線は揺れ動いたが、やがて見つめ返してきた。
「やります!」
「よし、アルスハイム工房、総力戦だ!」
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