第1話チャプター2 「それは誰かの願いを引き受けること」3

 その日の夜、ライラの依頼について考えていると、フィルの部屋ドアを控えめにノックする音がした。

 ドアを開けると、アストルムの姿があった。

「どうした?」

「フィル、少し話をしたいのですが、よろしいですか?」

「いいよ。どうせ、まだまだライラさんの依頼の解決方法を考えないといけないし」

 アストルムを部屋の中に招き入れる。

 彼女を椅子に座らせて、フィルはベッドに腰掛けた。

「話って?」

「なぜライラ様の依頼を請けたのですか? 日中の話からすれば、依頼内容は明確ではないです。判断基準も曖昧なので――」

「言いたいことはわかるよ。報酬面で不安が残るんだろ」

 そこで一度言葉を切った。

 正直な話、あのライラの言葉だけであれば、フィルも依頼を受けないのが正解だと

考えていた。

 曖昧な達成条件を考えると、アーティファクト作成に掛けたコストに合うだけの成果が得られるか疑問が残る。

 でも。と前置きして、

「今回の依頼は、アストルムにも必要なんじゃないかと思ったんだ」

「私にですか?」

 アストルムはフィルが言っていることの意味を理解してない様子だった。

 だから、フィルはアストルムに質問した。

「なあ、アストルム。ライラさんはなんで今回の依頼を出したと思う?」

「それについては理解できません。あの場では言うべきではないと判断したため、口にはしませんでした。なぜ人は亡くなった人がどう想っていたのかを知りたがるのでしょうか? 確認することもできないのに」

「どうしてだと思う?」

「推定でも良いですか?」

「構わないよ」

 フィルが頷くと、アストルムは視線を落とし考え、数秒後にフィルに視線を向け直した。

「おそらく、自分の想いが、考えが、間違っていないと安心をしたいからではないでしょうか?」

 彼女の答えに首を横に振った。

「半分正解だと思うけど、違うよ」

「では、なんですか?」

「ライラさんがモーリスのことを愛しているからだよ」

「愛しているから? それであれば、自分のそれを信じれば良いのではないですか?」

「人間はそれが簡単にはできないんだよ。――半分正解っていったのはね。自分の想いが間違っていなかったかだけじゃないんだよ。相手も同じに想っていてくれたか。お互いが歩んだ時間が正しくあったかを知りたいんだよ。ライラさんの場合は、モーリスの口から直接聞けない。だから、ああいう依頼を出したんだよ」

「……それが愛ですか?」

「それだけが愛じゃないけどね」

「やはり……わかりません」

 アストルムが眉間に皺を寄せている様に、

「俺も愛なんてわからないけね」

 と、フィルは笑う。

「答えは理解できませんでしたが、あまり作業の邪魔をするわけにはいかないので失礼します」

 アストルムは立ち上がって、部屋をあとにした。

「そんな君のために、ライラさんの依頼を請けたんだよ」

 小さな声でフィルが呟いた。


◇◇◇



「うーん、さっぱりアプローチが思いつかない」

 夜空に浮かぶ月の光が、自室で椅子にもたれ掛かるフィルを照らしていた。彼の机の上には多くの本や丸められた紙が散らかっていた。机の上の紙にはアイディアをメモっては、鉛筆でグルグルと消された痕跡がいくつも残っていた。

『想いの再生、再現』と書かれた紙と、何時間も睨めっこしていた。

 ライラの依頼を受けて三日、フィルはどうやって依頼を達成するかを悩んでいた。

 どういうアプローチを取ればいいのか。自分の中に手がかりすらない。さまざまな魔法理論書を読み、過去のアーティファクトの図面をイディニア国立図書館で読み漁った。

 キッカケになりそうなアーティファクトはいくつか見つけたが、肝心の魔法理論の開示まではされていなかった。

 そうなると自分で理論構築をするしかない。今回のライラの依頼はレスリーがキッカケではあるが、難易度を考慮してメインでフィルが対応している。理論検討はレスリーに頼んでいるが、それもどうなるか。

「仕方ない。魔法のことは魔法使いに相談するか」

 フィルは立ち上がり、今日の検討を切り上げた。三日間悩んで何の取っ掛かりも出てこな以上、自分一人で悩んでいても仕方ない。

 翌日、フィルは黒猫の住処のドアを叩いた。

「あら、珍しい。ホントにきたのね」

 マリスは気だるそうにフィルに視線を向けて、驚いてみせた。

「別にレスリーから聞いたからってわけじゃないよ。ちょっと相談にな」

「それこそ珍しい。まあいいわ、奥で話をしましょう」

 店の奥へと歩いて行くマリスに、フィルもついていく。

 マリスはソファに腰掛けると、

「それで、お悩みごとは? 言っておくけど、有料よ、30分で1万Jだからね」

 相談料として見れば1万Jは高いが、魔法使いと魔法について話を出来ることを考えたら、安いと考えている。

 魔法使いの絶対数は少なく、他の都市の魔導技士はこうやって魔法使いと話す機会自体が少ないだろう。

「わかってるよ。――今回、受けた依頼は『故人の思いを再生、再現する』ことなんだ」

 マリスに、ライラから受けた依頼の概要を説明した。

 彼女の依頼の背景、思いを再生する対象物、そして自分が魔法理論を構築する手がかりもないことを話した。

 ひとしきり話し終えたところで、マリスは紅茶を飲みながら、小さく息を吐いた。

「また難儀な依頼を受けたものね。もし、私がその依頼を魔法で解決するなら降霊術ね。媒介としても日記を一時的に死者を呼び寄せるかしら」

「降霊術? ネクロマンスじゃないのか、死者蘇生でもしそうな気がするんだけど」

「はっ。冗談。ネクロマンスなんてものは死者蘇生じゃない。あれは死体に疑似魂を入れるだけ。仮に死者蘇生するにも禁忌術だからやりたくないのよ。――それに魔法的意味での魂なら君の亡くなった祖父のアルスハイム翁の方が詳しいんじゃない? 今でも彼が作ったアーティファクトは素晴らしいと思っているわ」

 フィルの祖父であるジェームズ・アルスハイムとマリスが旧知の仲であることは知っていた。

 そもそもフィルが営んでいるアルスハイム工房は、ジェームズから引き継いだものである。フィルが魔導技士を目指す理由も祖父の後ろ姿を見て、憧れを抱いたというのが大きい。子供の頃はよく工房に忍び込んでは、祖父に怒られたものだ。

 そんな祖父はマリスがいうように魂という意味では第一人者と言える。子供の頃は、彼が作るアーティファクトや構築した理論の凄さを理解していなかった。フィルが駆け出しの魔導技士の頃に、祖父の残した魔導技士としての遺産に触れたときに、自分の想像以上の高みに祖父がいたと思い知らされた。

 遺産の中にはマリスがいうように魂についての研究が書かれたものが多くあった。そしてその共同研究者にマリスの名前があったのも憶えている。

「マリス、おじいさんのアーティファクトの話は、やめてくれ。確かに……おじいさんが作り出したアーティファクトはスゴイ物だと思うけれど」

「いずれにせよ、疑似魂に辿り着くならアルスハイム翁の研究か魔法使いになるしかない」

「その言い方だとマリスはできるのかよ……」

「できるかできないかで言えばできる。ただし、冥府の神々を説得するための材料を揃える手間を考えると、わりに合わない。それに魔法使い同士の規則に抵触するから大変なのよ。もしどうしてもというなら、このミシェルにいるもう一人の魔法使いラピズに声を掛けなさい。あの娘なら喜んでやってくれるわよ」

「昔からラピズはあんまり得意じゃないんだよ」

 ラピズ・アレクサンドライト。

 それがこのミシェルにいるもう一人の魔法使いの名前だ。彼女はミシェル西区の一角の屋敷に住んでいるがほとんどの人間が近寄らない。マリスのように友好的な態度であれば良いが、気まぐれ、面倒事を起こす、魔法も簡単に行使する、そのため刺激しない方が無難とされている。

 確かにそんな彼女なら冥府の神々の説得や魔法使いの規則なんてものを気にすることはないだろう。

「そうなると、俺の選択肢は降霊術か?」

「そっちも冥府の神々との交渉になるから、魔法使い以外には無理よ」

「はぁ……」

 マリスの言葉に、フィルは両手を上げた。

 ネクロマンス……は最初から選択肢にいれていない、せいぜい降霊術あたりは候補にしたいとは考えていたが、それも魔法使いじゃないと無理ときた。

 お手上げじゃないか。

「じゃあ、なにか、いっそ、魔導技士をやめて、魔法使いにでもなれって?」

「もしくアルスハイム翁の研究を引き継ぐか。でも、今回の依頼については、別のアプローチを考えるのが賢明ね。降霊術を実現するには該当する魂を呼び寄せる媒体が必要になる。これはなぜかわかる?」

 マリスの問いかけに、フィルは思考する。

 降霊術は、対象の人物の魂を人や人形に降ろす。もちろん人以外に獣の魂を降ろすこともある。魔法使いの中には過去の戦士や凶暴な猛獣を媒体に降ろすことで、使い魔として行使する者もいるらしい。

 ただ伝説上の神や英雄、神獣のように実在が怪しいものを使い魔として降霊することができないとされている。

 それはなぜか?

 魂を冥府から呼び戻す必要があるからだ。

 じゃあ、呼び戻すための魂をどうやって特定するのか?

「降霊術に行使する媒体だって何でもいいわけじゃない。その魂と縁が強いモノ、思い入れのモノでなければならない?」

 核心はなく、言葉を口にした。

 マリスはそれに頷いた。

「そのとおり。ただもう少し補足するなら、その人物の魔力が強く込められているものが必要になる。よくいうでしょ、想いはモノに宿るって」

「……モノに宿る想い……魔力は想い……」

 マリスの言葉を噛み砕き、自分の中で何かを掴み、一つの理論を思い出した。

「残留魔力による思念や想いの再生か。なんで気が付かなかった……」

 答えがわかれば、自分の思考がこり固まっていたことが悔しくなってくる。

「ホントに気が付かなかったの? 警察が調査に使ったり、場合によっては司法の場でも使われるわね」

「でも、残留魔力からの想い、思念の再生って、個人でやっていいのか?」

 マリスがいうように残留魔力を用いて、故人の想いや思念を再生することは、警察や司法が用いている。それを個人で実施することで法律に触れないかの懸念があった。

「別に違法行為にはならないわ。そもそも人物の想いを再生するのはちょっと面倒なのよ。長年使ってる物や思い入れ物なら残留魔力も蓄積されるけど、そうじゃないものだと数日で残留魔力が揮発するし、再生するために、名前と、魂の情報が必要になる。理論構築が手間な上に、欲しい情報が必ず手に入るわけじゃないから、意外と使われる場面は少ないのよ」

「名前は分かってるとして、魂の情報……?」

「それは難しいものじゃないわ。対象者の毛髪でも血液でもいい、何かしらその人物の身体の一部があればいいのよ。そうすればそこから必要な情報はわかるわけだし」

「……名前はわかるとして、血液か毛髪とかはライラさんに聞いてみないとわからないか」

 マリスとの相談で、今回、必要な魔法理論は見えてきた。あとはイディニア国立図書館で魔法理論の詳細な調査やライラに確認しないといけないことがある。

 そんなフィルの思考を見透かしたかのように、マリスが唇の端がつり上がった。

「さて、入り用なものは? 特に音魔法の魔石はいかが?」

「商売上手め」

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