第1話チャプター3 「つまずいて、起き上がって」
第1話チャプター3 「つまずいて、起き上がって」1
ライラの依頼期限まだあと十日。
フィルが図面と理論を構築してから、アルスハイム工房は文字通りフル稼働状態だった。竜の大鍋への納品を始めとした通常業務、比較的手間が掛からない依頼をこなし、残りの時間をライラの依頼に割いていた。
何日も睡眠時間を削りながら作業を続けているフィルとレスリーは疲労の色が濃かった。アストルムだけは問題ない様子で自分の仕事をこなしていた。
工房の中では、フィルとレスリーの二人が黙々と作業を進めていた。進捗度で言えば9割を超えているところで、あと少し言ったところまできている。
「レスリー……」
フィルは作業をする自分の手元を見つめながら、隣のレスリーの名前を呼んだ。レスリーは小さな声で返答する。
「わかってます。あと少しですから……ここを削って……できました!」
彼女は魔導板を持ち上げて、安堵の笑顔を浮かべた。
「よし、じゃあ、組み上げてみるぞ。――アストルム、きてくれ!」
それに満足して頷いて、自分が組み上げた部品と、アストルムが作成した箱を持って、中央の作業机に移動する。さっき声を掛けたアストルムが丁度工房に顔を出した。
「出来たのですか?」
「ああ、これから組み上げるところだ」
今回のアーティファクトは、ライラが提示した日記よりも一回りほど大きい長方形の箱だ。外装は薄いピンク色で塗られており、上部の開閉する蓋にはスイートピーを元にしたシンボルが描かれている。箱の下部三カ所スライドするようになっていそこに必要な素材が収まるようになっている。
フィルは箱の中にいくつかの魔導板を設置し、最後に箱の上層に音魔法の魔石が配置された魔導板をはめ込んだ。各部品が外れないか、軽く左右や上下に振って確かめる。
「これでよしっと……これで断想再生機の完成だ」
「相変わらず、フィルのネーミングセンスがわからない。可愛くないですよ」
「お前に言われたくない」
「えー、何でですか!?」
「それはともかく、なんか断想再生機に入るものあるか?」
レスリーは、あー、といいながら周囲を見渡して、自分の作業机に駆寄った。
「ここ何日も私を苦しめた図面の切れ端でどうですか?」
「それでいこうか。そうしたら、レスリーに名前を書いてもらうのと、髪か血か爪かあとは唾液とかなんでもいいから魂の情報になるものくれるか」
フィルが問うと、レスリーは顔をしかめながら、
「用途がわかってても、髪や唾液とかを要求されると引きますね……」
「仕方ないだろ。それにに他意があるわけじゃないんだから」
「わかってますよ。髪でいいですかねっ……って、いたっ」
彼女は髪の毛を数本抜いて、差し出してくる。
フィルはレスリーの薄いピンク色の髪と彼女の図面の切れ端を受け取って、断想再生機にセットする。さらにレスリーのフルネームを書いた紙を、特殊な液体に浸して、箱の下段の左端に入れる。
これで準備は出来た。
「じゃあ、いくぞ?」
フィルがアストルムとレスリーの顔を見る。
二人が頷いたのを確認すると、フィルが魔力を断想再生機に込めて、蓋を開けた。音魔法の魔石が黄色く光ると、声が聞こえた。
『……おわらない……おわらない……フィ……ぜっ……ゆる……ねむ……』
その声はノイズ混じりでハッキリとは聞こえない。
また平坦で無感情のものだった。
聞こえた声に、一同が首を傾げた。
「とりあえず、レスリーの不満が再生されたな」
「では成功ですか?」
「いやー、でも……これは……」
レスリーが苦笑いを浮かべた。
彼女が言わずとも、フィルもわかっていた。
聞き取りに声であったが想定した理論通り、動作していることは確認できた。これが大きい。しかし、これではない。
これでは何を言っているのかわからない。
「ノイズまみれでわかりませんね」
「それもあるけど、なんか違うんだよな」
ノイズが解決したとしても、自分が思い描いてたものとは違った。
フィルは成果物に対して、思考を加速させる。
何が違う?
何を改善する?
脳内に図面や理論を思い浮かべて、問題点を探す。なにが自分が思い描いた完成形とのギャップを生んでいる。
「あのー……」
レスリーの遠慮がちな声で、意識を引き戻した。
「改善しないといけないことはたくさんあると思うんですが……まずは休憩しません? いい加減、体力の限界なので……」
レスリーの言うことももっともだった。
不完全ではあるが、切りがいいところまでアーティファクトが出来たわけだし、休憩も必要か。
疲れてる状態でこれ以上考えてもいい案が出るとも思えない。
「そうだな。今が昼だから、俺とレスリーは一休みして、夕方は竜の大鍋いくか」
「そうしましょう!」
「というわけで、アストルム、悪いけど、あと頼めるか?」
「ええ、問題ありません。ゆっくり休んでください。いい時間になったら、お二人を起こしますから」
アストルムの言葉に感謝して、工房を後にした。
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