時が止まった機に好きな人に見合う男になろうとした結果

ミソネタ・ドザえもん

第1話

「桐谷さん、明日のクリスマス、俺とデートしてください」


 夕日の沈む図書館で、男は隣に座る少女に告白をしていた。


「嫌です」


「な、何故ですか」


「だって大谷君、変態じゃない」


 男は楽観的で小煩悩が多い男であった。小学校の時、友人に唆されて女子のスカート捲り数を競い、勝利した時の快感が忘れられず、今でも度々下品な視線で女子を見てしまい、とにかく異性からの評判は悪かった。


 男は何も言えなかった。

 自分が変態であることは否定しようもなく、それを問い質されれば最早黙る他なかった。


「き、桐原さん」


「話しかけないでくれます? それにあたし、頭が良くて落ち着いた人が好きなの」


 男は涙を流した。そんな男は、まるで自分とは真逆だったから。


 どうすればいいのか。悩んだ時、男は思った。


 十年くらい、時止まらないだろうか、と。


 男の粗末な見積では、十年あれば自分が少女の好きな人になれる、という確信があったのだった。しかし、このまま十年という時が流れれば向こうも成長していき、自分が追い付くことは不可能。

 故に男は、十年くらい、時止まらないだろうかと思ったのだった。



 男の願いは、何故か叶う。


「あれぇ?」


 いたたまれない気持ちになり立ち上がると、周囲の光景がまるで氷漬けになったかのように微動だにしなくなっていることに気が付いた。

 男は、最初アダルトビデオの撮影でも始まるのかと思った。つまり、全てがジョークだと思ったのだ。しかし、窓の外の茜空でカラスが空中で静止しているのを見て、男は時が止まったことを理解した。


 男は一人湧いた。何故なら男は、楽観的で小煩悩が多い男であったから。


 手始めに男がした事は、惚れた女子の体を触ることであった。


「うっひょー!」


 手を握り、乳房を服越しに揉んだ時、男の煩悩は爆発して奇声となって世に発せられた。

 惚れた女子の体は、柔らかかった。胸だけでなく、手も、膝も、太腿も。どこもかしこも柔らかくて、男はどうにも我慢ならなくなっていた。


「ようし」


 男は、惚れた女子に顔を近づけた。キスをしようとしたのだった。


 しかし、


「駄目だぁ!」


 男は、チキンだった。楽観的で小煩悩が多いクセに、チキンだったのだ。


「……せめて、桐谷さんの好きなタイプになってからキスしよう」


 男は自らが女子にキス出来なかった理由を棚に上げて、行った行為の免罪符とばかりに考えを改めたのだった。


 幸い、図書館という環境は惚れた女子が好きなタイプの人間になるための教材が揃っていた。


 男は、手始めに苦手な数学の勉強を始めた。

 お硬い参考書は、男の煩悩からのやる気をどんどん奪っていった。


「よし、乳を揉むか」


 モチベーションがなくなる度に、男は惚れた女子の乳を揉んだ。惚れた女子に惚れてもらうため、男はひたむきに、度々エロスを挟み頑張った。


 二年も勉強すると、男は最早高校の図書館の教材程度はすぐに解けるほど、学力が向上していた。


 男は、旅に出た。

 

 この頃になると、男は最早、とてつもない低俗な理由で勉強を始めたことをすっかり忘れていた。ただ学んだことが身につくことの喜びを知り、更に学びを深め、喜びを得たい、という感情だけしか残っていなかった。


 二年もの時間、時が止まったことに対しての不安などは一切なかった。不安よりも、学ぶことへの欲求が優っていた。

 

 向かった先は、東京にある国立国会図書館であった。この図書館に、日本で発行された蔵書が全てあると知ったからだった。図書館に着いたのは、旅に出てから三日後だった。



 男はそこで、ありとあらゆる蔵書を読み耽った。


 とりわけ男の興味を一層引いたのは、戦争に関する蔵書だった。


 人は、どうして争いを行うのか。


 奪い、奪われ、殺し、殺され。今の時代では考えられないほど、人命軽視された時代に、憤りのようなものを覚えるようになっていた。


 男が、戦争を行う理由としてそれらしい理由を見つけたのは、五年図書館で勉強を続けた頃だった。


 人々が戦争を続ける理由。

 それは、生存本能なのだと、男は思った。


 この世は全て、弱肉強食で出来ている。アフリカのサバンナを駆ける兎は、強者であるライオンに勝てはしないのだ。ただ食われるために、種を繁栄させて生きていくのだ。


 人も、所詮はそんな単細胞な動物と行っていることは変わらないのだ。強者は金のある人で、弱者は金のない人なのだ。

 金を得るため、強者になるため、人は戦争を、争いを止めないのだ。


「なんて馬鹿らしい世界だろう」


 楽観的で小煩悩が多かった男は思った。

 人という生き物は等しく同列であるべきであり、優劣を決めるべきではないと、そうなるべきだと思っていた。


 どうすればそんな理想郷が生まれるのか。


 男は理解した。


「俺がそういう世界を作ればいいんだ」


 男はそれから、様々な勉強に明け暮れた。いつ世界が再び時を刻み始めてもいいように。その時、自分が頂点に立ち、人々を指南出来るように、学びを深めた。


 そして、時が止まって十年目。



「あっれ。でもそれ、俺がただ邪魔者を淘汰して、強者になっただけだよな」



 男は、自らが打ち出した理想郷の脆弱性に気付いてしまった……!



 男は悩んだ。その脆弱性を打ち破る手段は何かなかろうか。悩んで悩んで、思い付かなくて、男はさらながら上京するも夢半ばで断念したシンガーソングライターかのように、志半ばで地元に帰っていった。


 ふと、地元の学校に足を運んだ。

 

 夕暮れ沈む図書館に入ると、いつか好意を抱いた女子が、今も変わらずに椅子に座っていた。


「そういえば、始まりはこの人のために学びを深め始めたのだったな」


 男は、自らが行ったこと、未遂に終わったことを棚に上げて、あたかも高尚な志で学びを深め始めたかのように呟いた。


「志は半ばで絶たれたが、思い返せば、とても意味のある十年だった気がする」


 時が止まったことの始まりであった、好意を抱いた女子の隣の席に座りながら、男は言った。


 この十年で、男は色んなものを得た。

 平均的大学卒業程度の素養。

 戦争に対する痛々しい記録。

 そして、弱肉強食の世界。


 色んなものを得て知って、すっかり男は成長した。色んな知見を得て、男は変わった。






「大谷君、まだいたの?」


 突然、世界が動き始めた。


「邪魔したな」


 男は立ち上がって、出口に向けて歩を進めた。


「ち、ちょっと待ちなさい」


 女子は、


「か、勘違いしないでよね」


 天の邪鬼な性格をしていた。


「ただ。ただね、クリスマスを一人で送る大谷君が可哀想と思っただけなの。折角誘ってもらったのもあるし。だから、と、特別に……クリスマス、デートしてあげる」


 だが。


「そういうの、やめてくれ」


 男は、変わってしまった。


「え?」


「勘違いするな、だと? こっちから願い下げだ。この世の人間……いいや、生物は、気付けば争い合い奪い合い、醜いことこの上ない。

 そんな人間という愚かな生き物とデートだなんて、ヘドが出る」


 十年の学びが男に与えたものは、高校生を優に超える素養と、愚かな行為を繰り返す人、生物への不信感だけだった。




 つまり、すっかりと男は人嫌いになっていたのだ……!




 男の背中が小さくなる中、女子は呟いた。


「あたし、何で叱られたんだろう……?」


 その疑問は、あまりにも正しかった。

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