何を運ぶ人ぞ

 紙媒体のデザインラフや製図の青焼きや各種書類、PCの記録媒体や機械のパーツ及びユニットは、『より早く』を求められるバイク便の性質上、依頼されて当然の荷物だった。けれども時に、「?」が付いてしまう荷物の配送を依頼されることもある。勿論、基本的に宅急便と同じシステムなので、会社関係だけではなく、個人的な依頼があってもいい。ただし、『当日中』である以上、個人で利用するには料金がお高めではあったが。


 そんな個人的な依頼の中で、住宅街の中の営業しているのか、していないのか判らないような小さな洋裁店から、とある個人宅へ洋服の配送の依頼があった。荷物の中身を見たわけではないので推測だが、どうやら箱に入った女性用のスーツを一着───ということだったようだ。

 何故に一着の洋服を、わざわざバイク便に依頼してまで配送しなければならないのか?───疑問は尽きなかったが、会社からわざわざ「決して配送先の方に失礼がないように」との指令があったので、現場に到着するまでの間に、堅く口にチャックをして施錠しておくことにした。

 お届け先は、それは立派な豪邸だった。門に当たる入口近くに監視カメラがあり、セキュリティ会社と契約している家は、二〇二一年現在では珍しくないが、玄関どころか家の様子が外部から一切見えないように鉄板で覆われているような建物は、過去に一度だけしか見た事がない。そのたった一度の経験をしたのは、東京は有楽町にあったシリア大使館である。どうしてその場所を訪れたのかに関しては全く別の話になるので端折はしょるが、鉄板に覆われた建物を見て、「さすが長年政情不安定な国は違う」と思ったものだ。しかし、今回は個人宅なのだから、いったいどういうことなのやら……。

 インターフォン越しに訪問理由を告げると、受け取りに出て来られたのは、豪邸に相応しいきらびやかなマダムだった。「どうもありがとう。このスーツ、楽しみに待ちわびていたの」とおっしゃったところからすると、待ちわびるあまりにバイク便を使用したものと思われる。それでも、一般家庭とは思えない家屋の謎は残った。

 その謎が解けたのは、それから十年以上が経ち、現在のタクシー会社に入社してしばらくしてからである。何かの折にふとそのお宅のことを思い出し、何かと情報通の先輩方に訊いてみたところ、のお宅はとある反社組織の大御所のお宅だとか……。『なるほどねぇ』と思ったのも確かだが、一方で『あっさり解答を得られるタクシードライバーの情報ネットワークって……』と呆れる気持ちも大きかった。


 またある時は、ごくごく一般の御家庭からの依頼で荷物を取りに伺うと、該当の荷物がタッパーに入った手作りおはぎだったこともある。お届け先は、同県内ながら少々遠い田舎町で、受取人は御夫妻のどちらかの親御さんらしき御高齢の方だった。

 家庭持ちの現役世代が忙しいのは判っているが、それでもおはぎに高いバイク便の送料を払うより、束の間でも顔を見せて手渡しした方がよいのでは?───とは思ったが、まあ、それぞれに家庭の事情があったのだろう。


 そして次なるこの件は、個人依頼でも単発依頼でもない案件なのだが、時折、勤務時間の終わり際に、個人病院から検査センターへ検体を運ぶ仕事が入ることがあった。そのほとんどは試験管に入った血液で、我々は緩衝材の入った専用の封筒を常備しており、その中に試験管を収納し、検査項目を記していると推測される書類と共に検査センターに届ける。通常、個人病院の検体は、専門業者がルート集配で回収しているのだが、集配が終わったあとに採取した検体を運んでいるというわけだ。なにしろ検体というものは、新鮮であるに越したことはないのだから。

 ───と、納得はしていた。していたのだが、とある検体をお届けした時に、いつもと違ったことがあったのである。

 決められた段取りの通りに検体と書類の受け渡しが終わったあと、検査センターの職員さんに呼び止められたのだ。

「そこの洗面台で丁寧に手を洗って、横に置いてある消毒液で手を消毒してから退出してください」

 これまで、一度として言われたことのない言葉だった。

 ちょ……ちょっと待ってっ!

 私は検体を受け取って配送しただけなんだけど、本体には触れてもいないのだけど───いったい、何の疑いがある検体を運ばされたの?───とは、その時の私の心の叫び。


 二〇二〇年~二〇二一年のコロナ禍の最中には無かったことだが、当時は、配送業者が荷物の危険性を知らされることはなかったのだ。

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