災いの前(1) 火竜バロウモ、鬼神にこたえる

1、鬼神、らっかする


「ぬう! 道が切れとる」

 鬼神。

 複雑な顔をした。

 月から、地球まで。

 輝く『月の道』をたどって、走って来たのだが・・・。

 その道が。

 切れておる。

「そうか。

 『待てと言うに!』と、やかましく言うと思うたら。

 こういうわけであったか。うーむ・・・」

 眼下、アルフェロン湖。

 偉大なる巨大湖。夜明けを前に、静かに眠っておる。

 冷たい冷たい冬風が、雲を切れ切れに飛ばしてゆく。それで、湖が見えたり隠れたりする。

 鬼神。

 雲よりも高いとこに居るんである。

 『月の道』が、雲より高いとこで、終わっとるせいである。

「・・・ええい。やむを得ん。

 そーれ!!!

 無策のジャンプ!!!」


 ぴょーん。


 鬼神、跳んだ。

 『月の道』から、飛び出して。

 ぐるーん・・・。制御不能に回転しつつ、雲の下へと、落下するのであった。


 ──さて、その、雲の下。

 アルフェロン湖の岸辺では。

 ひとつの事件が、持ち上がっておった。


 水のドラゴンと、火のドラゴンが、一触即発になっとったんである。


 かたや、水のドラゴン。

 水辺に黒々とそびえ立つ。

 鉤爪ついた前足と、こうもりのごときつばさをかまえ。

 しゃー、しゃー、舌を出す。じゃぶ、じゃぶ、波立てる。

 黒水竜。

 その名もみなさん御存知の、ウミ=ジャブジャブ!

 ずるがしこくも臆病な、アルフェロンの女王竜!


 かたや、火のドラゴン。

 赤い炎をメンラメラ、その全身から噴き上げる!

 生きながらにして、火炎に巻かれる巨塔のごとし!

 輝く瞳で、ジャブジャブを睨んで!

 燃ゆるドラゴン!

 赤き火竜!

 その名はいまだ世に知れぬ、新たなドラゴン、ここにあり!


「──バロロロロ!」

 その、名も知れぬ赤火竜。

 もんのすごい吠え声もらして、火を吐いた。

 炎は砂浜に垂れ落ちて、じゅう! ちりちり! 砂を焼く。

 なんと、その砂! またたく間に溶け合って、ガラスになってしもうておる!

「ジャブジャブ!

 くじらのごとき、でぶ竜め!

 我らが太母(たいぼ)を、裏切ったな!」

「はてさて?

 一体、なんのことやら?」

 のらり、くらり。黒水竜、左右にくねる。

 ざぶーん、ざぶーん。あまりに巨大なその身体。くねっただけで、波が立つ。

「この私。

 ウミ=ジャブジャブは、あなたなんかとは、ちがうのです。

 かしこい竜なのです、このジャブジャブは。

 なんといっても、『力』のルーン。

 盗まれた、あのルーンを見つけたのは。

 ほかならぬこの私。ウミ=ジャブジャブの、手柄なのですから」

「おのれの手柄を吹聴する(ふいちょうする)!

 そうして太母に取り入りながら、裏では人間と手を結ぶ!

 貴様のやりそうなことだ! たましい暗き、邪水竜めが!」


 水と火の、巨大なドラゴン。

 双竜、一歩も退きはせぬ。

 交わす言葉、吐く息は、だんだん厳しくなってゆく。


「おやおや! この私、ウミ=ドラゴンたる私を前にして!

 放浪の、独身の、タマ産みもせぬこわっぱが!

 お嬢ちゃんが、頭が高い!

 かしこまりなさい。

 鼻も曲がる臭いやつ。硫黄の毒吐くシルバーイーター(銀喰らい)!」

「我はこうべ(頭)を垂れることなし!

 火は燃え上がる! 立ちのぼるものなれば!」

「ほほほ。

 たき火のごとき、お嬢ちゃん!

 エレメントたる力もなく、知恵すら持たぬ、お馬鹿ちゃん。

 勝てると思っておいでですか。このアルフェロンの女王に!

 ほほほほほ!」

「だまれ!」

「さあさあ、いまなら許してあげますよ。

 あなたのごとき馬鹿竜も、やがてはウミになるのです。

 我らドラゴンの世界を支える、ひと柱とはなるのですから」

「この世に2柱のウミはいらぬ!

 ジャブジャブ! 貴様は、ここで殺す!」


 双竜、カッ! と、牙を剥いた!

 いまぞ、まさに、激突のとき!


 ひゅ~~~ん。

 ──空から、なんか落っこちてきた。

 どっっぱあああああん!!!


「・・・は?」

 双竜。

 おどろき、のけぞり、湖に突き刺さった、そいつを見る。


 ざばあああ・・・!

 落っこちてきた、なんか。

 水の中から、這い上がってきた。

 全身、泥まみれ。どろっどろ!

 6本生えた手でもって、その泥を払っておる。

「腕の多いやつ」と赤火竜。「怪物か?」

「ひい!」と、ウミ=ジャブジャブ。「き、き、き、」

「やれやれ・・・」

 ざぶ、ざぶ、ざぶ。

 6本腕のどろどろ怪物。

 顔の泥を、湖水で洗った。

「・・・慣れてしもうたわ。

 こんな登場の仕方にのう」

「き、き、き・・・鬼神!!!」


 鬼神が。

 双竜のあいだに、立ち上がったのであった。


2、鬼神、双竜をせいす


「ひえええ!」

 ウミ=ジャブジャブ。

 ざっぶーーーん!!! 跳び上がって、横倒しになった。

 ざんぶらがんぶら、どんぶらごんぶら! 岸辺に、津波、押し寄せる。

「うん?

 なんじゃ、おまえか。

 久しぶりだのう、ウミ=ジャブジャブよ。

 しっぽの具合は、どうじゃ?」

「ひい!」

「何をグネグネしておるのだ」

 どうやら、ジャブジャブ。

 おどろきと恐怖で、身体がうまく動かんらしい。

 雨後のみみずがごとく、荒波立ててのたくっておる。

「そう慌てるな。

 おまえを殴りに来たんではないのだ。

 ──で。

 そっちの燃えておるのは、一体、なんじゃ?」

 鬼神。

 赤い火竜を、見上げるようにした。

 夜空を焦がす、その巨体。メンラメンラと燃えておる。

「おまえ、熱くないのか?

 そんな、全身、火ダルマで」

「鬼神だと?」

「ん? おう。いかにも!」

 鬼神。

 がば! 六腕かまえる。

 カッ! 三眼開く。

「六腕三眼、鬼の神とは、私のことだ!」

「『力』のルーン、貴様、持っておるのだな?」

「おう。持っておるとも!」

「よこせ!」

「なんと?」

「それをよこせ! 『力』のルーンを!」

「・・・ほほう」

 鬼神。

 ニヤリと笑うた。

「久しぶりだのう。私に、そんな口を利くやつは」

「バロロロロ・・・。

 よこさぬのならば、ここで死ね!」

 赤火竜。

 ドロドロドロ! と、猛火を吐いた。

「おっと、危ない」

 鬼神は火を避けた(よけた)。

 じゅううう!

 猛炎が、湯気噴き上げて、砂溶かし、ガラスの浜辺を造り出す。

「むむ! やりおる」鬼神、感心である。「これは、喰らうとまずそうだ」

「バロロロロ・・・。

 やはり。レガーから、わざをもらっておるな」

「うん? なんのことだ?」

 首をひねる鬼神。

「──ジャブジャブよ」

 赤火竜は、そんな鬼神を無視をして、ウミ=ジャブジャブに呼びかけた。

「なんです? チョロ火のお嬢ちゃん。雨を知らぬ焚き火竜よ」

「一時同盟を提案する」

「なんですって?」

「目の前に居る、この盗っ人を倒すまで。

 同盟し、味方となって戦うことを、提案する」

「・・・なるほど、なるほど」

 ジャブジャブ。

 ようやく落ち着いたか。「よっこいしょ」と、鎌首もたげ直した。

「面白い提案です」

「おい」鬼神が口を挟んだ。「ジャブジャブ。おまえ、私との約束を違える気か?」

「なんの約束です?」

「人間を襲わんと約束した」

「ええ。その通りです。

 この私、ウミ=ジャブジャブは、人間を襲いません。

 人間がどうしようもなく困っているときには、力を貸します。

 これは、あなたと約束をしたところです」

 ジャブジャブ、ニターッと笑う。

「しかしあなたは、人間ではありませんね?」

「ぬ!」

「やはり手を組んだのだな」と赤火竜。

「些事(さじ)は置きなさい。同盟の申し出、考えてあげますから」

 ざぶ、ざぶ・・・。黒水竜、ウミ=ジャブジャブ。鬼神の背後に回り込む。

 メンラ、メラ・・・。赤き火竜、鬼神の正面に立ちふさがる。

 湖から。

 砂浜から。

 岸辺に立つ鬼神を、挟み撃つ形である。

「ほーう?」

 鬼神、ニヤニヤする。

「よかろう。受けて立ってやる。

 ──だが、その前にだ。

 名があるならば、名乗るがよい。

 メラメラ燃える、熱そうなドラゴンよ」

「バロウモ」

 火竜は答えた。

「我が名はバロウモ! 火のエレメントたる竜!」

「よかろう。バロウモ。

 そして、するがしこい、ウミ=ジャブジャブよ。

 かかってくるがよい!」

 鬼神が、そう言うた瞬間。

「ボロロロロ!!!」

 火竜。

 炎のブレスを吐きかけてきた!

「おっと、危ない」

 鬼神。

 ばしゃーんと湖に潜って、ブレスを避けた。

「バロロロロ!」

 赤き火竜、バロウモ。

 首めぐらして、鬼神を追いかける。

 じゅごおおおお! 湖面、あっちゅう間に、沸騰! 蒸発してゆく!

「うわっ熱っちゃちゃちゃちゃ!」

 鬼神、飛び跳ねる!

 水面跳ねる、小ざかなのごとし!

 沸騰する湖面から、右へ、左へ、逃げ回る!

「おまえを盾にしてくれるわ!」

 ジャブジャブの後ろに逃げ込もうとする!

 竜どもは、同盟を組んだようだ。味方を盾にすれば、火を吐くのをやめるだろう──との、考えであったが。

「好都合!」

 火竜バロウモ。

 火を吐くのを、やめようとせぬ!

「溶けてしまえ! ジャブジャブもろとも!!!」

 なんと!

 ウミ=ジャブジャブもろとも、鬼神を亡き者にせんとす!

 『鬼神に当たらんでも、ジャブジャブに当たればいいや』との勢い!

 あやうし! ウミ=ジャブジャブ! まあ死んでも誰も困らんが!

「ほほほ。そう来ると思っていましたよ。

 死ぬのはあなたです──

 『ジャブジャブの黒き奔流』!!!」

 がぱ。

 ウミ=ジャブジャブ。

 真っ黒な口を開き、砲弾のごとき黒水を、吐き出した!


 どっっっ・・・がああああああ!!!!!


 なんだかわからん轟音!

 巨大な岩石のごとき、真っ黒の水のかたまりが、砂を溶かす火炎のブレスと衝突した!

 激突! 爆散! 水蒸気!

 はじけ散った火炎のブレスが、また湖面を沸騰させる!

「うおおおお! 熱っっっっっっついわ!!!」

 鬼神、水面から、ジャブジャブの首に、ジャンプ!

 ましら(猿)がごとく、よじ登る!

「ひい!」ジャブジャブ恐怖!「やめて! 私にさわらないでください!」

「うるさい! 熱湯なのだ! スープになってしまうわ!」

 大騒ぎしながら、2人は岸辺でばっしゃんばっしゃん暴れ回った。

「だいたい、おまえたち、同盟したんじゃないのか!」

「提案はした」とバロウモ。

「考えると言いました」とジャブジャブ。「締結は、まだです」

 同盟、まだだった!

 提案し、検討したが、締結はしとらんという理屈!

「ええい、ずるがしこい竜どもめ!

 ──あっ」

 つるん。

 鬼神の手がすべり、ジャブジャブの頭から落っこちる。

 ざぶん! 「熱っっっつ!!!」お尻押さえて飛び跳ねる。

 どて。砂浜に逃げ上がり、こける。

「もらった! ボロロロロロロロ!!!」

 猛火炎が鬼神を追撃!

「うわあ! 危ない」

 鬼神、横っ飛びで避ける!

 砂浜、ガラスになる!

「そんな余裕があるのですか?

 『ジャブジャブの黒き奔流』!!!」

 ジャブジャブ、すかさず一発!

 鬼神──ではなく、横向いた、バロウモの頭に!

 ごばああ!

 黒き砲弾! 火竜のどたま(頭)に、ぶち当たった!

「ぐぬう!」

 ぐらりとよろめく、小山のごとき竜!

 もはや誰が誰と戦っとるんかわからん!

「しめた! いまのうち!」

 鬼神、立ち上がる。

 懐から、綺麗な黒い玉を出す!

「ジャブジャブよ!

 そなたの宝玉、みたび、使わせてもらうとしようぞ!」

 その黒玉!

 黒水竜ジャブジャブが、おえーと口から吐き出した、汚いけれども綺麗な玉!

 雨降らしの黒玉!

「そーれ!

 雨よ降れ!」


 ばちーん!


 猛烈な勢いで、ぶっ叩いた!


 どっがあああああん!!!!!


 猛烈な雨──いや、滝!

 空から、滝が、降ってきた!

 鬼神、水竜ジャブジャブ、火竜バロウモ! 全員、地面に叩き伏せられる!

「ぬおお! 『力』のルーン!」

「ぐぎゃあ! つぶれる! 強く叩きすぎです!」

「ぐあああああ!」

 アルフェロンの岸辺!

 人間ならぬ、偉大なるものども!

 叩きつける黒滝に、大騒ぎである!

「バララララ!」

 いちばん苦しんでおるのは、火竜、バロウモであった!

「やめよ! この雨を──やめよ!」

 絶叫!

 湯気立ちのぼらせて、どたんばたんと砂浜でもがく!

 その身体を包んでおった火、消え失せ、じゅうじゅう煙を上げるのみとなる!

「もろた!」

 『力』のルーンを極めた神。

 滝の中で、軽々と、ハイジャンプ!

 火竜の首に飛びついて、もがく前足逆手に取って、砂に頭を押さえ込む!

「とったり! 火竜バロウモ!」


 ・・・やがて、雨は弱まった。

 滝は、豪雨に。豪雨は、雨に。

 ざぶーん、ざぶーん・・・。一時は荒れ狂った湖も、ガラスの浜辺を優しく洗うのみとなる。


 岸辺に打ち寄せる波に乗って。

 黒い竜が、鬼神の背後に這い上がって来た。

「・・・。」

 ・・・がぱ。口を開く。

「──そうはいかんぞ、ジャブジャブ」

「ひっ!?」

 ガラスの弾。

 鬼神の手が、かまえておる。

 溶け固まった砂──ガラスの固まりを、拾ってあったのだ。

 ジャブジャブがなんかしたら、投げつけるために。つまり、手投げ弾である。

「私はおまえを、二度見逃した。三度目はない。

 今度こそ、この世に居らぬ者にしてしまうぞ」

「し・・・しませんとも!

 私は、何も、あなたを害するようなことはしていないのですよ。

 ただちょっと・・・『できるかな?』と、考えてみただけです」

「考えるだけなら、好きにせよ。

 だが『ジャブジャブの黒き奔流』とか、言うんじゃないぞ。

 『ジャ』より先は、口にできんようにしてしまうぞ」

「・・・・・・・・・はい」


 鬼神、双竜を制す! であった。


3、神竜の、せんぺい


「さて。それでだ。

 バロウモとやら」

「なんだ」

「おまえ、なんか言うことはあるか」

「私の負けだ。殺せ」

「性急なやつ。

 私は、いまのところ、おまえを殺すつもりはない。

 おまえはあんまり、うまそうでもないしな。ジャブジャブとちがって」

「私もおいしくありませんよ!」

「知ったことか。殺せ」

「勝った相手をみな殺しておったら、この世に誰も居らんようになるではないか。

 何か宝を差し出せ。さすれば、見逃してやろう」

「私は、いまだ放浪の身。

 宝など、ひとつも持っておらぬ」

「ほう?」

 鬼神はちょっと興味をひかれた。

 バロウモの言葉に、若き日の自分を重ねたんである。

「人間から奪ったりはせんのか」

「人間の宝など、私が近付いただけで燃え上がり、溶け果ててしまうわ」

「手下に集めさせたりはせんのか」

「放浪の竜に手下などおらぬ」

「さびしい人生だのう」

「バロウモよ」ジャブジャブが口を出した。「情報を差し出す手がありますよ」

「情報だと?」とバロウモ。

「あなたは、神竜に会って来たのでしょう?

 神竜のこと、鬼神には、宝と呼べる情報になるでしょう」

「神竜だと!?」

 鬼神、おどろく。

 そもそも地球に降りてきたのは、そのためなのだ。

 地球に広がる恐ろしい雲を見て、慌てて娘の後を追いかけて来たのだから。

 その恐ろしい雲は、神竜だと、月の女神が言うておったのだ。

「おいバロウモ!

 おまえ! いま神竜が何をしておるか、知っておるのか!」

「知っておる。先日会って、話をした」

「ならば、それを教えろ!」

「ことわる」

「なに!」

「このバロウモを、そこの、くっちゃべりのヘドロ竜などと一緒にするな」

「生意気を言うと、呑み込んでしまいますよ、バロウモ」

「ふん」

「情報を差し出し、ぶざまに生き延びなさい。

 それがお似合いです」

「馬鹿を言うな」

「ばかではありません。私は、かしこいのです。

 若き竜、バロウモよ。生き延びなさい。

 あなたも、貴重な存在なのですから」

「なに・・・?」

「アシの段階を抜け出し、ドラゴンとなるのは、万に1つ、億に1つ。

 あなたは、その奇跡のひと柱(はしら)。

 簡単に死んではいけません。ぶざまに生き延び、竜の柱となりなさい」

「・・・ふん。ババアめが」

 バロウモは力を抜いた。

「よかろう。

 鬼神よ。

 3つだけ、貴様の質問に答えてやる」


4、火竜バロウモ、鬼神にこたえる


「けちけちするな」鬼神はごねた。「訊いたことには、全部答えよ」

「3つだ」

「せめて、20ぐらい質問させろ」

「3つだ」

「10でどうだ」

「3つだ」

「妥協をせよ」

「せぬ」

「生命が惜しくないのか」

「私は、私には、興味がないのだ」

「わっはっは!」

 鬼神。

 笑うた。

「この、頑固者め!

 よかろう。では3つだけ訊ねよう」

「しゃべりにくい。手を離せ」

「人間を襲わんと約束しろ」

「せぬ」

「神竜のことが収まるまででよい。人間に手出しをするな。ていせんじょうやくじゃ」

「停戦か・・・

 では、1年だ。

 1年間。このバロウモは、人間にも、人間の信じる神にも、手出しをせぬ」

「ていけつだぞ。『案を出しただけだ』とか言うなよ」

「言わぬ。いま言ったこと、約束する」

「よし」

 鬼神は、赤き火竜から手を離した。

「では、3つだけ訊ねるぞ。

 えーっとだな・・・」

「さっさとしろ。私は、腹が減った」

「うるさい。集中できんから、静かにしておれ。

 えーっと。

 ──よし。1つ目だ。

 神竜はいま、何をしておる?」

「飛び立とうとしておる」

「どういう意味だ」

「そのままの意味だ。比喩(ひゆ)ではない。

 神竜は、千年、地上で眠っておった。

 その目覚めの年。

 1年だけの、飛翔の年がきたのだ」

「ひしょうのとしだと」

「我らが太母は、千年眠るのです」とジャブジャブ。「そのあと目覚めて、1年だけ活動します。今年が、その年なのです」

「なんだと・・・。

 まるで巨人のように、長生きなのだな。

 変な雲が起こったのは、そのためか」

「そうです」とジャブジャブ。「神竜は大きいのです。つばさを広げただけで、恐ろしい嵐が起こるほど」

「そんなにでかいのか」

「それは2つ目の質問か?」

「いやちがう」

 鬼神は慌てて否定した。大きさなど、見ればわかることだ!

「──2つ目は、こうじゃ。

 神竜の弱点は何か?」

「知らぬ」

「それでは答えにならんぞ」

「知らぬのだ」

「我らが太母、神竜は、無敵ですよ」とジャブジャブ。「弱点など、ありません」

「それはちがう」バロウモが反発した。「一度は死んだのだ。殺すことはできるはず」

「そのときに、『天』のルーンで、死を克服したのです。ですから、弱点などないと言うべきです」

「殺すことはできんというのか?」

「いや、殺すことはできる。その方法は、私にはわからぬが」

「殺したところで、死を克服しているのですから。蘇ってきますよ」

「ふーむ・・・」

 鬼神は考えた。

 よーく考えて、最後の質問をした。

「──では、3つ目じゃ。

 神竜は、何をしようとしておる?」

「バロロロロ!」

 バロウモは、笑うた。

「なにがおかしい」

「我らが太母は、眠りのうちに、ルーンを盗まれた。

 そのルーンを、怒り狂って、探しておった。

 『力』のルーンを! その盗っ人をな!

 その当の本人が、神竜の目的を知らぬとは」

「む・・・」

「神竜は、尖兵を放っておった」

「せんぺい」

「分霊を兵として、世界中を探っておったのだ」

「わけみたまだと?

 神竜も、わけみたまができるのか!」

「できますとも」

 ジャブジャブが、ニターリと、いやらしい笑いを浮かべた。

「何度も会ったはずですよ。

 最近では、世界中にあのへびがいますからね」

「へび」

「白い、つばさもつ、小さなへび。

 森の中に隠れ、人間どもを偵察する・・・」

「つばさへびのことか!」


 つばさへび。

 つばさ持つ、白きおろち(大蛇)である。

 鬼神は何度も仕留めたことがある。かば焼きにして、食うたこともある。

 灰沼の氏族のハイエルフと、こんな話をした記憶もある──


『こやつが現れるのは、この世の終わるとき。ゆえに『終わりへび』というのですえ』

『なに!? 本当か? つばさへびだと思うておったわい』

『はい。ふつうはそう呼びますに。

 私どもの氏族が、世界の終わりを告げるへびと、言い伝えておる次第』


「──あれは、神竜のわけみたまであったのか!」

「そうですとも!」

 ジャブジャブ、うれしそう。

 鬼神がショック受けとるのが、快感なようである。

「おほん。

 もっとも、つばさへびは、馬鹿ですからね。

 『力』のルーンがあるのか、ないのか、判断するほどの、かしこさはない。

 はっきりさせたのは、この私なのです」

「なんだと?

 ──あっ! そうか!

 私が自分で言うたのであった!」

「そうです」

 ジャブジャブ、満面の笑みである。

 でかい口が横に裂けたようになって、じつに、へび顔である。

「あなたは、『力』のルーンを持っていると、自分で宣言した。

 私はそれを聞き、また、実際に戦って、確認をした。

 それで。

 お祈りして、神竜に奏上したというわけです!」

「おいのりしただと!?」

「神竜は、私たちの神さまですからね」

「そうか・・・そなたらは、神竜の信者というわけか」

「うふふ。うふふ。

 あなたが、おしゃべりなおかげで。

 かしこい私は、手柄を立てることができたというわけです!」

「ぬうう!」

「神竜の敵は、本来は、貴様ではなかった」

 と、火竜バロウモ。

「神竜をたった一度だけ殺した巨人。

 巨人の王。彼奴こそ、神竜の宿敵であった」

「なんと。義父上が・・・」


 鬼神。

 心の中で、考える。

「義父上がいつも『秘密』『秘密』と、教えてくれなんだのは・・・。

 神竜のことではなかったか?

 義父上は、神竜が目覚める時が近いのを、知っておったにちがいない。

 何千年も生きておると、言うておいでであったもの。

 『秘密』と言うておったのは・・・

 神竜と戦うための、秘密のわざ。秘密の策。秘密の発明。

 そういったものにちがいない。

 そうだ。きっと、そうだ」

 鬼神。

 さらに、考えて。

 激しく、動揺した。

「──ならば、なぜ!?

 なぜだ!? 義父上よ!

 なぜ、この私に、言うてくれなんだのだ。

 『一緒に戦ってくれ』と、たった一言、言うてくれれば良かったではないか!」


「・・・つまり、そういうことだ」

 火竜バロウモ。

 話を、締めくくる。

「鬼神よ。

 貴様は、『力』のルーンを得た。

 貴様は、巨人の王の義理の息子となった──」


 火竜の瞳が、鬼神を見た。


「──よって、貴様も、神竜の敵となったのだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る