冬の日々(2) ルーンとルシーナ、けんかする

4、ルーンとルシーナ、けんかする


 先日、ハルモニアーが倒れてびっくりさせられたイリス。

 今日は、ルーンとルシーナのけんかで、びっくりさせられる羽目となる。


 延期になった領地視察。

 どうするのか? を、カバリオ隊長らと話し合っとったところに。

「イリスさま。伝言です。ハルモニアーさまから」

「はーい」

 イリス、紙切れを渡される。

 走り書き。なのに綺麗なハイエルフ文字。ひと目でわかる、二の姉の筆跡。


『ルーンとルシーナ、けんか。できれば来て』


「ええ・・・?」

 イリス、またかいなと思いつつ、呼ばれた部屋へ向かう。

 仮庁舎1階、奥のほう。石造りの頑丈な部屋である。

「そやから、それがアカンっちゅうとんねん!」

「なにがアカンのえ! 悪い虫は駆除すべし!」

 声が洩れておる。

 ノック。

 声、収まる。

「イリスやけど。えっと、ちょっと相談が」

「はーい」

 ドアを開けてくれたのは、ハルモニアーであった。

 イリス、ぼそぼそっと、「・・・うち、入ってええの?」

 ハルモニアー。目配せ。

「うん。うん。なるほど! ・・・任しなえ。

 ──司令官。イリスが、領内の犯罪の処理のことで相談したいって」

「え」

「ええよ。入って」

「お邪魔します」イリス入る。

「なにえ。犯罪。誰も居らぬ森やに」とルシーナ。

「うん。いまは居らんけど」

 そんな突っ込みされても困る。

 イリスも知らん話なんであるから。

「火付けされたりしたら、恐いもんに」とハルモニアー。

「あ、うん」

「殺せ」

「そやからそういうのアカンっちゅうとんねん!」ルーンがまた怒り出した。

「アカンくないえ! 敵には厳正に対処すべし!」ルシーナもキレ返しよる。

 イリス。

 およその状況、把握である。

「もしかして、姉者らも、犯罪の話?」

「・・・いや」ルシーナが、いのししみたいに鼻息を吹く。「犯罪というか、身内の敵」

「なんで怒鳴り合っておるん?」

「怒鳴っておらぬ。ルーンがわからんことを言うから」

「わからんのはあんたや」

「そなたえ!」

「あんたじゃ!」

「えっと、」

 イリス、割って入る。

「うち、考えてんけど。火付けやったっけ?

 そういうことされたら、刑はやらなアカンと思うねん」

「それ見よ」ルシーナが得意がる。「妹はわかっておる。2対1」

「あんたもか!」ルーンが怒り出す。「あんたもか、イリス」

「ルン姉どしたん?」

「どうしたもこうしたもないわ! もう!」

 イリス、首をかしげる。

 けんかの原因は、犯罪とか、間者(かんじゃ)とかへの対処であろう。

 ルシーナが厳正な対処を主張し、ルーンが待ったをかけたのだ。

 それはわかった。

 しかし。

 どっちかというと我慢強いルーンが、語気も鋭くキレておるのがわからぬ。

 なんでルーンが?

 それはわからぬ。

 わからんが、この方向で進めばええらしい。

 二の姉のハルモニアーが、机の下で『そのまま進め』のサインしとるからである。

 イリス。話を続ける。

「えー・・・それでやねんけど。相談しよっかなって」

「なにをえ」

「間違うたらアカンなーとか」

「なにえ。間違う」とルシーナ。

「犯人取り違えるってこと?」とルーン。

「そうそう」

「阿呆。間違うな」

「そやに、ルシ姉」

 ハルモニアーがイリスの味方をしてくれた。

「ハイエルフの国でも、ようあるらしいえ。間違い」

「阿呆やえ」ルシーナ毒吐く。

「ほら、エスロ博士なんかも。

 いま『巨人の国の魔術師』と名乗っておられるに。

 それも、誤審のせい。国を出ざるを得んようになったとか」

「らしいね」ルーンが乗った。「多数決の裁判で」

「そやん。ハイエルフは、裁判でも多数決。

 その多数がみーんな間違いをした。

 結果、ハイエルフは、人材を取り逃がすことになったのえ」

「ふむ」

「・・・うちが言いたいんも、それよ。ルシーナ」

 ルーンが、お茶を呑んでから口を開いた。

「あんたなんでも1人で決めて実行するやん。

 それやと、歯止めが利かへん。間違いの修正ができへんっちゅう話やねん」

「そうは言うがに。

 集団でわちゃわちゃ話しておったら、決まるものも決まりはせぬ。

 責任もあいまいとなり、ピンクどものようなことになる──


 『えっ? ハルモニアーさまが屋根裏部屋に?

  ホンマですか? 誰がそんな、ひどいことを?

  えっ? いえいえ! 私どもは決して、そのような!

  ただ、書類でいっぱいやと、質問にお答えしたまででございまして!』


 ──あなクソ文官! 粛清して見せしめとすべし!」

「だからそれじゃアカンっちゅうとんねん。ホンマにもー・・・」

 ルーンとルシーナ、睨み合う。

 しかし、先ほどまでの勢いはない。

 イリスが部屋に入ったことで、空気、やわらいだ。

「うち、」

 そのイリス。

 一拍置いてから、言い出した。

「名指しで領土くれたん、狙いもあるかなー思うねん」

「なにえ。狙い」

「やらしい狙い」

「なにえ。やらしい」

「うちらが領土持つと、ピンクの人ら、焦るやん?」

「うむ」

「うちら同士も意識するに。誰が上、自分は下とかって」

「うむ」

「そやに、アルス、バラバラにする効果、あると思うねん」


 イリスたちが戦功の褒美にもろうた領地。

 位置関係、ごく簡単に書けば・・・

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 ルーン領

  イリス領 洞窟マンション ルシーナ領


         丘の街

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 ・・・こんな感じであった。


「うむ」「そやね」

 ルシーナとルーン、同時にうなずく。

 2人でしゃべり出す。

「ルーンの領地が遠すぎる。これは明白に嫌がらせと言うてよい」

「ルシーナんとこも反対側やもんね。1人だけ」

「うむ。洞窟マンションを私とイリスに挟ませ、ルーン領を孤立させる」

「けどね、ルシーナ。ハイエルフの大王は、諸侯に領地を世話するもんなんよ。それが甲斐性なん」

「うむ。敵意で領地くれたとは思わぬ。そやに、領地ひとつひとつが、政治のコマ」

「そらそうやわね」

 2人うなずく。茶を呑む。

「うちら、子分ってこと?」とイリス。

「子分ではない。『諸侯』にカウントされたと言うべきやえ」

「貴族ってこと?」

「いや。丘の街には、世襲の貴族、存在せぬ。

 まあ世襲したとしても、口出しはされまいが」

「子供居らんけどに」

「作ればよい」

「そやに」


 ・・・まあ、この領地のお話ですがね。じつは、覚えて頂く必要はないのだ。

 なんでといって、このお話は、神さまのお話。

 六腕三眼、鬼の神。

 鬼神の人生(?)のお話だからです。

 それにくらべたら、人間の領地なんぞ、儚い(はかない)話に過ぎぬ。

 ま、その儚い世界に鬼神の娘どもが生きたので、こうしてお話ししておるのですがね。


「・・・ま、分断効果は、あった思うわ」

 ルーンが机をトントンと叩いた。

「事務局長、イラッと来てるもん。めっちゃイヤミ言われた」

「私も言われたえ。思うつぼやに。ボンクラめが」

「うち、言われてへん」

「イリスが恐いんちゃう?」

「うち、恐ぁないえ」

「フローリア局長はね、ネチネチしとるけど、怒鳴られたらビクッてなんねん」

「うち、怒鳴らへんもん。姉者のほうが怒鳴っておる」

「怒鳴っておらぬ!」

 ルシーナ怒鳴る。

「ま、丘の街の狙いは、イリスとルーンの言う通りやと思うえ。

 自国の甲斐性を示す。盟主、王であると、暗に示す。

 ついでにアルスを分断できれば、なおよし」

「茶とピンクは仲悪いからね・・・」

 ルーンがため息をつく。

 ダークエルフの抱える亀裂の話を、ちょっと口にした。


5、茶とピンクのはなし


「どうしてもね。茶は表、ピンクは裏みたいになんねん」

「おもて」

「光刺す地上のことね。

 うちら茶ぁのんは、真夏はしんどいけど、春・秋なら大丈夫。

 ピンクは冬でもちょっと厳しいねん。日光」

「亡者(もうじゃ)などと悪口叩く奴も居るようやに」

「それ絶ッ・・・対に、言うたらアカンよ」

「うむ。不当な侮辱と思うておる」

「そう言えば」とイリス。「フレイミニア隊長も難儀して(なんぎして)おったに」


 イリス、思い出す。

 『猿の神の湖の帝国』との戦争のとき。

 戦況急変で、イリスとダークエルフ兵2人、陸号(りくごう)に乗って、飛んで来た。

 フレイミニア隊長が迎えに出て、正門へ案内してくれたときのことである。

 その彼女が、冬の日光で肌やけどして痛そうにするわ、日差し浴びると目細めてフラフラするわで。

「あんな隊長いらんわ!」と、イリスの所属するカバリオ隊に、密かな罵倒を浴びておるのだが・・・


「あの御方は、がんばっておる」

「うん。向こうが押しつけて来たんやけど、悪くない人材よ」

 ・・・2人の評価は、悪くないようであった。

「あれ?」

「どないした」

「いや、べつに」

「イリスは、どう思うておる?」

「うち?」

「いまやそなたも、アルス派の諸侯の1人。意向は無視できぬ」

「えー? そんなあー!」イリス、にやける。「うち、困るえー」

「建前え」

「・・・なんや」

「そっか。イリスも昇格せなアカンやん」

「うむ。ひとまず単に『領主』とし、兵士ではなくすればよかろう」

「え? うち、カバリオ隊抜けなアカン?」

「そらそうえ」

「領主がヒラの隊員じゃアカンでしょ。イリスは体験入隊っちゅうレベルでもないし」

「そっか・・・」


 イリス、がっくりする。

 カバリオ隊長。口は悪いが、ダークエルフ兵がイリスを遠巻きにしとる頃から、声かけ、目かけてくれた。

 いまや女神にして領主のイリスであるが、彼のことはいまだに隊長と思うておった。口は悪いが。


「隊長のこと、うち、ずっと隊長と思うておるに」

「おー! カバリオ隊長聞いたら喜ぶで、それ」

「あ、アカン、ルン姉」

「なにが?」

「これ、カバリオ隊長のまね」

「え?」

「ほっほう。カバリオが、ずっと隊長と思うておる? 誰をかに?」

「ルン姉」

「え」ルーン司令官、ぎくしゃくする。「あ、あの人のほうが、軍歴長いのに」

「──で、結局どないえ? イリス」

「なんの話やったっけ」

「フレイミニア隊長」

「ああ。

 別に、うちは。

 ・・・イラッとしたけど」

「やはり」ルシーナうなずく。「カバリオ隊で悪評あるのは耳に入っておる」

「悪評っていうか。

 日の当たるとこ出たら、足遅うなるのは、アカンえ」

「ちゃうねんイリス」

 ルーンが手を上げた。

「ホンマはね。夜に交代してもらう予定やったんよ」

「夜勤担当やったん?」

「そうよ。でも、あの人はちゃんと軍服着てね。

 日の当たる窓のとこで、開戦、見届けてくれたらしいんよ」

「そやったんや」

「そやから、伝令もスムーズに通ったん」

「そえ。一般兵では、誰何(すいか)で手間取る恐れもあった」

「フレイミニア隊長なら、丘の街にもちゃんと面通ししてあったもんね」

「そうなんや」

 イリス、評価を改める。

「ほな、カバリオ隊の仲間にも言うとくわ」

「私らが言うたとは言いなえ」とルシーナ。

「アカンの?」

「恩は着せてはならぬ。相手が自然に感じるように仕向けるのえ」

「仕向けるて」

「──ま、ほんでね、」

 ルーン。

 茶を呑み、話をもどす。

「茶のダークエルフとピンクのダークエルフはね。

 それこそ、カバリオ隊長とフレイミニア隊長みたいに、ぎくしゃくすんねん。

 ハイエルフも、それは承知。戦になれば、分断工作をする。

 うちらは、茶とピンク分断されたらアカンっちゅうこと」

「それはわかる。ゆえに、大目に見ておる」

「大目に見て粛清なん?」

「大目に見ておるに、つけ上がってわがままを抜かす。

 あまつさえ、ハルを攻撃! 粛清するよりなし」

「あー・・・」

 イリス。

 これですべて理解である。

「それで、さっき怒鳴り合っておったんやに」

「怒鳴っておらぬ!」

 ルシーナ怒鳴る。

「廊下まで響いておったえ」

「うるさいえ。怒鳴ってはおらぬ!」


 ・・・これはですね。

 ルシーナ本人は『怒鳴っておらぬ』と本当に思っておるのだ。

 なんでそんなことになるのか? これには、単純な理由があったのです。


「姉者も、兄者みたいやに」

 イリス笑う。

「は?」

「いや、姉者も父上の娘やなーと思うて」

「は???」

「声でかいん、武鬼(ぶっきー)兄者みたいやに」

「・・・ああ」ルシーナも笑う。「たしかに、あの兄者は、父上みたいやに」


 そう。地声(じごえ)。

 地声でかい人は、ちょっと語気強めただけで、怒鳴っとるみたいになってしまう。

 本人にそんなつもりなくとも、周囲、びびる。

 これ、まさに鬼神がちょっとイラッとしたときに起こることだ。

 ──ルシーナ、見た目は綺麗だが、やっぱり鬼神の娘。ということであったのです。


「うちも最初はびっくりしたで」とルーン。「ごっつい押し強い姉ちゃんやなー思うて」

「なにえ・・・」

「ルン姉は、声まろやかやに」とハルモニアー。

「ふふ。ありがとう。洞窟は、反響するからね。

 これでも、うち、声デカいほうよ。キノコ農家やからね。住んどるとこが大洞窟やったから」

「それでか!?」とルシーナ。

「そうよ」

「そうか。ピンクどもが私におびえるのは、声のせい!」

「いやそれはちゃうで」

「ちゃうんか」

「粛清するとか言うからやん」


6、ルシーナとルーン、なかなおりする


「ルシ姉、ピンク殺すん?」とイリス。

「阿呆!

 粛清と言うたは、文官クビにするとの意味え」

「それでもアカンて」

「しかし、では、どうする?」

 ルシーナ。

 真面目な、穏やかな顔になった。

 静かな声で──母親である月の女神そっくりの声で、こう言うた。

「そなたを女王にするのは、人を殺させるためではない。人を否定させるためではないのえ。

 同胞を救いたい、何とかしたい、何でもやったるわ! ──との気持ち。

 それに、惚れたからやえ」

「惚れた惚れた言うな。ありがとう」

「え? あ、いや・・・うん。

 そやに、ええと、誰かが裁断をすべしと思うて」

「うちが言いたいんはね。

 やらなアカンときは、うちらがやる。それはもう、ええんよ。昔はグズったけどね。

 けど、やる人間と、やれと決める人間が同じではアカンのちゃう? てことよ。

 ──イリスも、それが言いたかったんやろ?」

「え? あ、うん」

 イリス、挙動不審となる。

「ちゃうんかいな」ルーンにバレる。「ははーん・・・ハル姉の入れ知恵か」

「・・・うん」

「ルーン。兼任がアカンという話やったのかに?」

「そう」

「なるほど」

 2人、茶呑む。

「──アルスでは、評議会が全部やっておったと聞くに?」

「・・・。」

「こら、秘密にすな。しゃべれ」

「いや秘密にするっちゅうか・・・説明しづらいねん。うち子供やったし。

 まあ・・・そやね。

 親が『評議会に怒鳴り込んで来る』とか言うとったのは、何回か聞いたことあるわ」

「評議会が、有力者の直談判を受けておったっちゅうことかに?」

「うん。商人、治療師、巫女、キノコ農家やね」

「ぐちゃっとせんか?」

「誰が何を提案して誰が決定したんか、誰にもわからへん・・・みたいになっとった気ぃするわ」

「そやろに」

「フローリア局長に聞くほうがええと思うけど」

「うむ。関係改善も必要やに、話はする。するが、秘密にすな。しゃべれ」

「しゃべってるやんか。

 ──あ、でも、もうそろそろ訓練行かな」

「ああ、そな時間かに。ほな行くえ」

「あんたも来んの?」

「先の戦いで、訓練不足を痛感した。話も終わっておらぬ。そなたを鍛えながら話をする」

「よっしゃ。しゃべれんぐらい運動させたるわ」

「できるものならば」

 ルーンとルシーナ、仲直りしたようである。

「イリスも来る?」

「うん」

 3人、出て行く。

 後に残ったハルモニアー。

 ふーとため息ついて、侍女を呼ぶ。

 控え室から、侍女3人出てくる。

「片付けましょか。そなたは司令官の訓練見に行く?」

「はい! ほな、すみません、お先に失礼します!」

 飛び出してったのは、ルシーナの侍女(まだ小娘)であった。

 ばたーん! ドア、音を立てる。

「あの子はほんまに・・・」

 ルーンの侍女(おばちゃん)が首を振る。

 ハルモニアーの侍女(若い女)は、明るく笑った。

「あはは。あの子、司令官大好きやからね。

 ──それにしても、お嬢さま。ええ感じで収まりましたね?」

 アルスの『侍女』。

 文字通り、主人に侍う(さぶらう)女。主人の会話に口突っ込むのも、アリ。むしろ、仕事のうち、という慣習である。

「そやに。伝言して正解やったえ」

「ほんまですわ。ナイス伝言ですわ」「イリスさまがいらっしゃると、なごみますもんねえ」

「イリス効果やえ」

 侍女ども、笑う。

 すっかり女主人が板についた、若きスカルド、ハルモニアーであった。


7、ガンメタ鬼神台、アルスをほうもんす


 ぶわっさ。

 久しぶりに聞く、渋い羽ばたきの音。

「きしにぃ! 久しぶりやに」

 イリス喜ぶ。

 雪蹴散らして駆け寄って、がばー!

 ガンメタリックの巨大なボディに抱きついた。

 深みのある砲金色した、巨大かぶとがに。『空飛ぶ台』の、一族きっての勇者。鬼神専用機。

 ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台──アルスを訪問す。であった。

 白い雪の積もった森に、ガンメタリックのボディがよく映える。

 雪の白色がボディに映り込み、なんとも言えん綺麗さ。

「冷たー! いつからこっち来ておったん?」

 ぶわっさ・・・。

<1週間前でしたかね? 地球に降りてきたのは>

 ガンメタ鬼神台のおでこにくっついとる黒い物体から、妙なる声がした。

 9本の筒を束ねたみたいな、へんてこな物体。

 オクトラであった。

 妙なる声の主は、妙雅(みょうが)。空飛ぶ一族の女王。空飛ぶ母艦。

 本体はでっかいが、姉妹の前にはよく小っちゃいオクトラを派遣してくる。小っちゃい妙雅である。

<そのまま月へ帰ろうとしやがったのでね。

 私が命令して、こちらへお邪魔させました>

「えー・・・? 冷た・・・」

 ぶわっさぶわっさ! ガンメタ鬼神台、言い訳する。

 ルシーナとハルモニアーも近付いてきた。2人ともしっかり外套を着込んでおる。

「きしにぃ。妙雅。ええとこに来てくれましたえ」

「ほんまやえ」

 ハルモニアーは毛糸の帽子かぶっておる。白いぼんぼんのついた、可愛いデザイン。

「この雪の中、歩いて行くとなったら、イリスはともかくルシ姉はへたれるとこやったえ」

「へたれはせぬ。そなたこそ」

「私はへたらぬえ。遠慮するもん」

<お久しぶりです。ずっと、おそばでしゃべっていたいんですけどねえ>

「お互い、忙しい身やからに。うれしいことやが」

<たしかに>

 最後にルーンが、ざっしゅざっしゅと雪を踏みながらやって来た。

 ちょっとうつむいておると思っておったら、目を上げてガンメタ鬼神台を見つめる顔、紅潮しておる。

「・・・お久しぶりです。女王陛下。鬼神台殿」

<お邪魔しております。司令官閣下>

 ぶわっさ。

「・・・。」

「さて、さっさと出発すべし!」

 ルシーナがでかい声出した。


 森の中から、空へ舞い上がる。

 木々の向こうに、丘の街が見えた。アルスの仮庁舎の屋根も、ちらっと見える。

 今回は非公式・個人的な協力っちゅうことで、コソコソした感じの出発となった。侍女たちもお留守番である。

「やれやれ」とルシーナ。「役職がつくと、あれこれ配慮せねばならぬ。疲れる」

「そやに」とハルモニアー。「私も、遠征がちょっと待ち遠しいえ」

<遠征なさるんですか?>

「うん。

 遠ーい土地に住んでおる、別の国のダークエルフにね。

 新生アルスのこと、それと、うちら姉妹のこと、伝えておかなアカンに」

「ハルが団長やえ。ハルモニアー遠征団」

<それは大役ですね!>

「ほんまに。言われただけで、緊張するえ」

「同行したがる奴が多くて、人選に困っておる」

 ごおう。

 真冬の風が吹きつけてきた。

「寒っ!」とルシーナ。「座ろう座ろう。寒い寒い」

 ごそごそと、風防の内側に潜り込むようにして座る。

 空飛ぶのは便利だが、寒風浴びるのは、つらい。それはもう、地べた歩いておっては想像もつかんぐらい、つらいんである。

<風防の内側に内燃魔懐炉がございます。どうぞ>

「なにえ。ないねんまかいろ」

<小型暖房具です。文字通り、懐に炉を。

 けむりだまで使われておる発火材料をですね。長時間かけて、発熱させる>

「これかに?」

 ルシーナ、銀色のたまごみたいなもんを取り上げる。

 白い両手にいっぱいになるぐらいの、銀のたまご。

<そうですそうです。

 うちの技師連中とエスロ博士が、遊びがてらに試作したものでして>

「どないするのえ?」

<手で持った状態で『内燃魔懐炉よ、あたたまれ』と唱えます>

「すると、燃えるのかに?」

<内部でね。小さな燃焼がね。

 表面はちょうどいいぐらい、湯たんぽぐらいになる設計で。

 ですが念のため、何かでくるんでください。なんせ、試作品ですから>

「ふむ。ではこれで」

 ルシーナ、マフラー引っ張りだして、ぐるぐるくるむ。

 こうして座り込んでごそごそしとるあいだ、万が一にも落っこちたりせんよう、ルーンと最後尾のイリスがみんなを守っておる。

 しかし、ルーンはめっちゃつらそうに目を細め、イリスに風防の中へ押し込まれてしもうた。風が冷たすぎたようである。

 イリスも目はほとんど開けておらず、襟に顎うずめ、防御姿勢取っておる。それほどの厳しさなんである。

「では行くえ。内燃魔懐炉よ、あたたまれ!」

 ルシーナとハルモニアー。

 たまご転がす母鳥がごとく、銀色のたまご、手でぺたぺたし、変化を待つ。

「・・・むむ?」

「あ、ちょっとあったまってきたに? ほら、ルーン」

「うわホンマや。あったか!」

 ルーン、マフラー越しに頬ずりする。

 次、イリスが頬っぺたにくっつけてもらい(イリスは両手は手すり握ってふさがっておるので)、「ホンマや」と喜ぶ。

 最後に、ハルモニアーがぎゅーっと胸に抱き締める。

「妙雅、これ、買われへんかに? 遠征に持って行きたいのやが」

<伝えておきましょう。冬に出発なさるのですか?>

「冬の終わり。寒うなる日もあると思うに。海にも出る予定やし」

<冬の海ですか? ちょっと心配ですね。

 私がアルス所属でしたら、申し出ましたのに>

「じつは、妙雅。そなたに打診しようかなと思うておった」

<同行を?>

「オクトラを1機。受けて頂ければ、これほど安心なことはない」

<そうでしょうとも!>

「うちからもお願いします。陛下」とルーン。

<妙雅で結構ですよ。

 きしにぃのことも、『きしにぃ』に戻してやってください。ショック受けてますよ>

「え? ホンマに?」

 ぶわっさ・・・。

「ごめんなさい。きしにぃ」

 ぶわっさ!

<・・・正式な返答は、我が国王に確認してからになりますが。

 あ、非公式なほうがよろしいですか?>

「いいえ、妙雅さま。

 期間長いですし、正式にお願いしますわ。

 もちろん、友好国として一緒に出席して頂いても結構です。歓迎します」

<ほほう。交渉がお上手ですねえ>

「書類は後ほど。ルシーナさまから」

「書類書かすときだけルシーナ『さま』つけよる」ルシーナ文句言う。

<あはは。・・・あれ? 私も?>

「あ、見えてきたえ」

 イリスが、両手はしっかり手すり握ったまま、顎で前方を示した。

「うちの領地」


 前方の森に、三日月と虹の意匠の旗がひるがえっておった。


8、未開の領地


「・・・降りるとこないに」

<ありませんねえ>

 旗の上空に留まる、ガンメタ鬼神台。

 降りるスペースがないんである。

「なんという難所」ルシーナあきれる。「ようこんな場所によじ登ったもんやえ」

 イリス領の旗が立っとるのは、岩と土の盛り上がりのてっぺん。

 人間1人立つスペースもないようなとこ。

「あの人、身軽やからね」ルーンが褒める。

「猿の話はすな」

「してへんがな。カバリオ隊長やん」

 ぶわっさ、ぶわっさ?

<イリス領主閣下。木、ぶっ倒してもいいか? と、きしにぃが>

「そやに。ほな、そこの枯れた木、倒してもらえる?」

 白々と枯れ果てて、虚(うろ)にもひび割れが走り、骸(むくろ)といった風情の大木。

 ガンメタ鬼神台、みなを乗せたまんま、その枯れ木に乗っかると。

 ・・・ぶわっさ?

「うん。やってまえ!」


 ばきばきばき!


 『力』のルーンでもって、枯れ木を圧砕!

 巨人の、砂の城を踏みつぶすがごとし!

 枯れ木、砕け散った!

 イリス。

 ひらりと飛び降りた。

「ええ感じやに!」

 革の手袋して、砕けた木を、がっしと掴む。

 ポイ。ポイ。

 横へ投げて、片付ける。

「焚き木になりそうえ。後で取りに来よ」

 小石は蹴っ飛ばし、大きな石は引っこ抜いて、地面の穴を即席で埋める。

 ミニ飛行場、造成完了である!

 ガンメタ鬼神台そこに着地。みな、降りる。


「・・・森やに」とルシーナ。

「うん」とイリス。

 まさに。

 ただの、森。

 密生した木々に、白い屋根のごとく雪積もる。

 あまりに密生しておるせいで、地面にはほとんど雪が落ちておらぬ。

 しかし。

「ハル姉危ないえ」

 たまーに・・・


 ドサドサドサァ!


 ・・・人間をぺちゃんこにする勢いで、雪が落ちて来よる。

「ひぃ!?」

 イリスに抱き寄せられたハルモニアー、びびって妹にしがみつく。

「地面には積もってへんけど、上に積もっておるようやに」

「危ない。汚い」ルシーナが文句言う。「凹凸激し。歩きづらし」

「手入れしてへん森って、大変やね」とルーン。「想像よりずっと悪いわ。きっつい」

 イリスが先行。

 雪の積もった凸部をヒョイと飛び越え、凍りついた凹部にスタッと着地。残りのメンバーをサポート。

「そなた、そないに運動できるに、なんで落っこちたんかに」とルシーナ。

「アシ戦争のとき? あれは、うちも子供やったに」

 ぶわっさ・・・。頭上でガンメタ鬼神台が苦い声。

「きしにぃのせいやないえ」

 イリスの先導で苦労して進み、大きな岩の陰へ。

「ふう。やれやれ」

 ルシーナたちは軽く息切れ。

 距離としてはちょっとなのだが、なんせ、凹凸と雪と氷のコンボはしんどい。

 岩陰に、焚き火の跡がある。革のシートで包まれた荷物が置いてある。

「これやと思うえ」

 イリス。

 革のシートめくる。

 中から、焚き木を引っ張り出した。

「うん。よく乾いておる」

 火つける。

 ぱちぱちぱち・・・火がともる。

「お湯沸かそか。お水持って来たに」

 ハルモニアーが外套をいったん脱いで、外套の内側に背負っておった荷物出す。

 小さいやかん。水筒から、お水。

「雪溶かしたんじゃアカンの?」とルーン。

「汚いから、アカンえ」とハルモニアー。

「こんな綺麗のに」

「見た目はに。呑んだら、ホコリいーっぱい呑むことになるえ」

「ええ・・・知らんかった」

 やかんを火にかけるハルモニアー。ちなみに金属の棒を3本組んでそれに吊っておる。手際がよい。

 その姿を見ながら、ルーン司令官。思い出す。

「鬼神さまに助けられたときも、こんな感じやったなぁ・・・」

「それ、ジャブジャブのとき?」ハルモニアーが喰いついた。

「うんそう。

 助けられたあとにね、焚き火してん。

 したっていうか、うちは何もしてへんけど。濡れて震えとっただけで。

 みんなのお父さんがね。わざわざ火起こしてくれて。アルフェの実焼いてくれてん。

 あれめっちゃおいしかったわ・・・」

「実あるえ」

 イリスがベルトポーチから小さいアルフェの実をいくつか出した。

 ルシーナ、眉上げる。

「それは、あれ用ではないのか?」

「あれてなにえ」イリスが睨む。

「あれ」

 ルシーナ、空を指す。

 ひらりひらり。青い鳥女が、寒空を舞っておった。

「あ、ポタージュ」


9、ポタージュ、やきアルフェをしる


「イ~~リス~♪」

「ポタージュー! 降りられへんの?」

「降りれるよー」

 青いつばさしたポタージュ。唱える。

「『空間』のルーン! ポタージュを、イリスの後ろに落ち着けよー」

 ぱっ。

 ポタージュ消える。

 ばさっ。

 イリスの背後に出現す。

 ──ルシーナからいちばん遠い位置に、である。

「・・・。」

 ポタージュとルシーナ、睨み合う。ほぼ同時に目そらす。

「アルフェの実、焼こう思うねんけど。焼かんほうがええ?」

「夜行をもう寝んけどー?」

「1個残して焼いてみるに」

「・・・?」ポタージュ、首かしげる。

 イリスが串取り出す。アルフェの実ぶっ刺す。

「!?」ショック受けた顔する。

 さらにそれを火にかざす。

「ええ!」声上げる。「アルフェの実! 焼くの!?」

「焼いたらあったかいえ」

「ぴぃー!?」

 どうやらポタージュ、アルフェの実が焼かれることにショックを受けたようである

「焼いたら、甘くなるのえ」ハルモニアーが説明した。「あったかくなって、食べやすいえ」

「食べやすい・・・」

「お肉とかも、焼いたり煮たりしたら、おいしいえ」

「焼いたお肉、きらい・・・」ポタージュ半目になる。「にがい・・・」

 前回、『湖の神殿』に招かれ、人間のパーティーは経験済みのポタージュ。

 人間が料理で火使うことは知っておる。それは何とも思うておらん。しかしながら!

 大好物、アルフェの実までも、人間たちはあんな苦くしてしまうのか!?

 ──という、ショックの表情の、ポタージュであったが。

「はい。焼きアルフェ」

「やきあるふぇ・・・」

 イリス、ふーふーして冷まし、小さく切り分けて唇の下に当てて温度確認してから、串に刺し直して出して、あげた。

 ポタージュ、しょんぼりしつつ、一応、かじってみる。

「・・・?」

「どう?」

 はぐはぐはぐ。かじるポタージュ。

「!!?」

 ねこが熱いもの口にしたときみたいに、あぐあぐあぐ! と口開いてぶるぶるふるえたあと。

 はぐはぐはぐ。あぐあぐあぐ! はぐはぐはぐ・・・と、悶えつつ、一気にかじり切った。

「どない?」

「ふわっとする!」

「熱くない?」

「お腹あつい!」

「大丈夫かな。冷ましたつもりやねんけど」

「・・・・・・・・・大丈夫!」


 ポタージュ、焼きアルフェを知るの巻であった。


「おなべのなかみー、アルフェの実ぃ~♪

 おーさけかたてに、やきアルフェ~♪」

 ポタージュ。

 すっかり御満足。

 変な歌、うたいだす。

「なにえ。あの歌」

「うちが作ってん」とイリス。「歌詞ちゃうけど」

「替え歌か」

「うん。ポタージュ、聞いた歌、みな替え歌にしよんねん」

「元の歌も大差なさそうやが」

「そなことないえ」

「どな歌え」

「えー・・・?

 おなべのなかみー、やぎミルクー。

 おーさけかたてに、ごっくごくー。・・・て歌やえ」

「へたくそ。駄作なり」

「・・・ルシ姉は、口開く前に人の気持ち思いやったほうがええと思うえ」

「へたくそはへたくそ。駄作は駄作やに。

 月の女神の娘として、目を覆うばかりのセンスのなさ。あさまし。いたまし」

「いいすぎやえ」

 イリス、反撃する。

「ルン姉取られたからて、イライラしすぎやに」

「しておらぬ。ひま過ぎるに、そなたに絡んでおるだけえ」


 ルーンを取られたとはどういうことか?

 それはこういうことであった。

 ガンメタ鬼神台とルーン。温かい焚き火からちょっと離れ、寒空に浮かんどるんである。

 2人きりで。

 ・・・いや、ルーンの腰に神剣“グレイス”が居るから、3人か。

 オクトラは遠慮してこっちに残っておる。ハルモニアーに抱っこされて、黙ーっておる。


「ルシ姉とイリスのけんかも、久しぶりやに」とハルモニアー。お茶呑みつつ。「月のころは、いっつもやっとったに」

「月は人居らな過ぎえ。けんかするよりほか、どうしようもなかった」

「ハル姉と泳ごうとしたら溺れさせてしもうたに。あれ反省して」

「あー・・・そういうこともあったに」

「・・・ハル姉、大丈夫なん? 船」

「遠征? うん。最近、訓練しておるに。

 まだ泳ぐまでは行かぬけれども。顔、水につけて、目開けて、息止める練習」

「そっか」

「ハルは、身体は私とほぼ同じ。泳げんことはないはずえ」

「うん。そう信じてがんばるえ」


 三姉妹、ひさびさにのんびりする。

 イリス、さっき粉砕された枯れ木に、手斧喰い込ませる。斧の背、こぶしでゴン。木、パカリ。領主閣下、薪割りするの図。

 ルシーナは寝不足なのか、火のそばでぼーっとして、ときどきカクッとなっておる。

 ハルモニアーは姉がコケたりせんよう、密着して座っておる。ついでに姉を暖房具として使っておる。さっきのたまご、『内燃魔懐炉』は空に居るルーンに貸したので、こっちにはない。

 じーっと座って姉にくっついて、何もしておらんように見えるが、じつは、これ、仕事中なんである。

 頭の中で物語を書いて、それをそのまま暗記するという、神わざみたいな仕事である。・・・ま、女神なんですがね。

 ちなみに、ポタージュはどっか行ってしもた。あの娘は雲みたいなもんで、いつの間にか居らんようになる。


 さて、そうしておると。

 ルーンとガンメタ鬼神台が、やがて、ふわーっと降りてきた。


「ごめん。お待たせ」

「ふぁ!?」

 ルシーナが飛び上がる。

「寝とったん? ごめんね」

「うあ? いやかまわぬ。なにえ」

「みんなに最初に伝えとこう思うねんけど、」

 ルーンは改まって言うと、腰の神剣“グレイス”をゆっくり引き抜いて、冬の日差しに照らした。

 オレンジの刀身、陽に輝く。

「・・・グレイスさま、お日さまのところにお帰ししよう思うねん」


10、ルーン、けついする


「え?」とイリス。「グレ姉、帰してしまうん?」

「うん。もともと、太陽の女神さまの剣やから。

 今日、きしにぃと話して、決意したわ」

「なんで? けんかしたん?」

「してへん」「しておらぬ」

 ルーンとグレイス、口を揃えて否定である。

「いつかお日さまに奉還(ほうかん)せなアカンかったんよ」

「物扱いをすな」

「せえへんよ、そんなん。けど、歩いて帰る気も、ないねやろ?」

「できぬ。気ぃあるかないかの問題ではない。

 私は空は飛べぬ。天には戻れぬつもりでおった」

「うん。

 ま、そういうことでね。きしにぃに月まで連れてってもらおうって」

「月からはどないするん?」

「月までたどり着いたならば、叔母上にすがることもできる」とグレイス。

「あ、そっか」

 イリス。

 うなずいてから、首ひねる。

「・・・あれ? ほな、母上に来てもろうたら」

「アカンって!」とルーン。「そんな畏れ多い(おそれおおい)! うち死んでまう!」

「あ、そうなるんかに」


 イリスたちの母は、月の女神。

 月の女神は、ダークエルフの守護神である。

 ルーンが自分の都合(まあグレイスの都合だが)で、守護神を呼び付けたりしたならば・・・。

 イリスは軽い気持ちであったが、ルーンにとっては死の罠みたいな提案であった。あぶないあぶない。


 沈黙。

 会話、途切れる。

 ルシーナが凍りついたようになって、何もしゃべらんのが原因である。

「・・・グレ姉は、帰らなアカンのかに?」とハルモニアー。

 グレイス。

 わかりにくい返答をした。

「私は、私が選んだ持ち手の意志に従う。

 持ち手の意志に逆らうとき。それは、持ち手を見捨てるときに他ならぬ」

「ふうん・・・」

 ハルモニアーはこれでわかったようである。

 うながすように姉を見る。

 しかしルシーナ。声が出ぬ。

「・・・。」

「どしたん? 姉者」イリスが肩をぽんぽんとした。

「・・・何と言うてよいやら、わからぬ」

 ルシーナは首を振った。

 のそっ、と、立ち上がる。

「ひとまず、領地を巡ろう。私は・・・夜にでも、話をさせてもらいたい」

「反対されるかと思うとってんけど」ルーンが肩を落とした。

「そうする理由はいくらでもあるが、」

 ルシーナはため息をついた。

「・・・アカン。まとまらぬ。時間を無駄に使うてしまいそうやえ。出発しよう」

「ほな、鞘に戻しなえ」とグレイス。「寒いえ」

「うん」

 鞘に納められるグレイスの刀身は、影になり、暗かった。


 ガンメタ鬼神台に乗った一行。

 日が暮れる前に、残る領地を視察する。

「あ、うちの領主の旗あったわ」とルーン。

「これまた手強そうな地形やに」とルシーナ。

「下手に降りたら、何も見えへんね。凹凸激しすぎや。空から見れてよかったわ」

「降りぬのか?」

「降りぬのえ」ルーンが口まねした。「旗よし。賊なし。距離把握。問題なしや。次行こ」


 ・・・こうして、空から領地を偵察した1日。

 たった1日を、ルーンとルシーナはしっかりものにした。

 新生アルスの再建に、十分にこの情報を生かしたんである。


 ──ただ、イリスは、その再建を見届けることはなかった。

 女神イリスは、『月の道』を昇ってしもうたからである。

 神剣“グレイス”と共に。


 そのお話は、また次回。

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