冬の日々(3) イリス、月にたつ

11、ルシーナ、くちごもる


 前回、前々回と、姉どもにびっくりさせられたイリス。

 今回は、その反対。

 イリスのほうが、姉どもをびっくりさせることとなる。


「うちも、月に帰るえ」


 それは、領地を視察した、その夜のこと。

 ダークエルフの洞窟マンション。イリスに割り当てられた部屋。

 イリス、ルシーナ、ガンメタ鬼神台。3人の会話の、ひと幕であった。


「は?」

 ルシーナ、びっくりする。

「帰る? え? なんで???」

「きしにぃが月帰るやん? 便乗したいなー思うて」

「・・・どういうつもりえ。イリス?」

 ルシーナ、怒りの表情となる。

「そなた、アルスを一体どう考えておる」

「え? どうって」

「なんとも思うておらn──」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、羽ばたきの音を発す。

「──なにえ?」

 部屋の入り口。

 ガンメタリックの、巨大なかぶと。

 入り口に栓するがごとくして、ぬーっと鼻面突っ込んでおる。それ以上、中に入れんのである。でかすぎて。

 ぶわっさ? ぶわっさっさ・・・。

 そのガンメタ鬼神台の、かぶと。

 ふわ~ん。上昇する。一時、入り口上方へと見えんようになる。

 ・・・ぶわっさ、ぶわっさ。

 んわ~ふ。下降してくる。入り口に戻り、着地。

 ぶわっさ?

「ん?」ルシーナ、首ひねる。

 ガンメタ鬼神台は、鼻面ちょい浮かせて空を指し、そっからなんか落ちてくるのを見るがごときジェスチャーした。

「すぐ戻ってくる?」

 ぶわっさ!

 ビシリ! 『それや!』と言わんばかりに、ルシーナにうなずく。

「・・・イリス」

「はい」

「もしかして、そなた。

 『ちょっと里帰りしてくる』と言いたいんかに?」

「そやけど?」

「なにえ・・・」ルシーナ、脱力である。「最初からそう言いなえ」


 ルシーナたちは、寒い寒い領地視察から帰って来たところであった。

 あったかい──とまでは行かんが、少なくとも寒風に晒されることはない──洞窟マンションで、ほっとしたところ。

 そのタイミングでびっくりさせられて、ルシーナ、ちょっと疲れた表情しておる。

 イリスの部屋、静かになる。

 ・・・代わりに、洞窟1階のホールから、楽しそうな男女の声が聞こえてきた。

 男は、夕食の準備しておるダークエルフ兵と、この洞窟マンションの開発担当員ども。

 女は、ルーン司令官とハルモニアーである。

 ルーン司令官、自分が休むよりも先に、まず兵士や作業員と話をしとるのだ。

 慰撫(いぶ)っちゅうわけである。

 なんせ、洞窟マンションの警備・開発は、ものすごく退屈な仕事なのです。辺りには岩山しかない。酒場もなければ、家族の待つ自宅もないのだ。ただただ、仕事をして、眠るだけの日々である。不満がたまりやすいのだ。

 それがわかっとるルーン司令官。

 スカルドのハルモニアーに頼んで、ちょっとでも楽しい話をというわけだ。

 ・・・あ、ほら。

 ハルモニアーの竪琴の音色、始まりましたよ。

「どうぞ! 司令官」

「いや、うち、ダンスなんかできへんって」

 などと、楽しそうに騒いでおります。


「ははは・・・」

「どないしたん? 姉者」

「いや。私はまた。グレ姉みたいに、もう居らんようになる、いう意味かと」

「ちゃうえ。

 ・・・いつかはそうなる思うけど」

「いつか」

「嫁入りしたらば」

「ああ・・・」

「ハル姉の遠征出発には間に合うように戻ってくるつもりやえ。

 帰りは、きしにぃ居らんでも、歩いてでも帰ってくるに」

 イリスがそう約束すると。

 ぶわっさぶわっさ。ガンメタ鬼神台、入り口の壁スレスレで首を振る。

「あ、くだりも、きしにぃ運んでくれる?」

 ぶわっさ。

「良かった! そんな感じやえ。

 えっとねぇ、予定はねぇ・・・」

 イリス。

 里帰りの予定語る。

 ルシーナ。

 (´・ω・`)こんな顔してからに、妹の話を、黙ーって聞く。

「・・・最初に、ルン姉からグレイスの姉者預かるやろ?

 ほんで、『湖の神殿』にお邪魔するって話やったに?」

 ぶわっさ。ガンメタ鬼神台うなずく。

「そこで、母上が『月の道』を通してくれるまで、ちょっと待つ。

 道が通ったら、きしにぃに乗せてもろて、月にもどる。

 半月かそこら過ごしたら、おりて来るつもりやねん」

 イリス。

 にっこにこである。

 とても楽しそうな笑顔である。

 ルシーナ。

 なんかちょっとぼけーっとしておる。

 ぶわっさ?

 かぶとがにヘッド。ルシーナを気にする。

「ふむ・・・」ルシーナ再起動した。「ええと・・・母上には、言うてあるのかに?」

「うん! お祈りして了承もろてあるえ」

「早いに」

「きしにぃに便乗させてもらうだけやに。

 母上は『やる事変わらんから気にすな』て、言うておったえ。

 澄まーしておったけど、めっちゃそわそわしとったに」

「そうか」

 ルシーナ、背中を延ばして座り直す。

「そこまで決まっておるなら・・・。

 領地のほうは、どないするのえ?」

「あ、領地はねえ。

 うちの領地、まず道路作らなアカン思うねん。

 こっからルーン領行くのに、うちの領地通らなアカンし」

「うむ。『まず道路』は、正しい判断やと思うえ」


 前回お話しした通り、ルーン領はイリス領の向こうっかわ。

 イリス領が道路を通さん限り、洞窟マンションからルーン領には近付く事すらできんのである。


「そなたが道路を造らなんだ場合。

 『女神イリスは、ルーン司令官を妨害しておる』と、みなされかねん」

「そやねん。うちにそんなつもりのうても(なくても)、言い出す奴は出てくるやろ?」

「うむ。煽動(せんどう)の種をくれてやることになる。

 『まず道路』は、正しい判断やと思うえ」

「そやろ? そやに、道路が最初。そやに、」

 イリスは手振り回して説明する。

 洞窟マンションの小さな部屋。イリスの長い手、ぶつかりそうである。

「さっきちょっと部長に訊いたに。

 『こない雪積もっておっては、なんもできませんで!』てことやった」

「開発部長?」

「うん」

 洞窟マンション開発部長。土木建築の専門家である。

 いまは1階でルーン司令官をはやしたてており、単なるおっさん状態であるが、専門家である。

 彼が『できへん』と言うた工事は、できへんのである。

「そういうわけやに。

 うち、いまはここに居らんでええねん」

「むー! ええことはないが!」

 ルシーナ、いのししみたいに鼻息吹いて、ちょっと怒る。

「──ないが、活発に領主できる時期でもないわけやに」

「そえ! うち、そこまで考えたのえ」

「さよか(然様か)・・・」

 ルシーナ、ため息。

「なるほどわかった。

 雪解ければ領主の仕事も忙しゅうなる。

 ハルの遠征が始まれば、軍人が足らんようになるゆえ、そなたを自由にはできぬ。

 ・・・たしかに、里帰りするなら、いましかないかも知れぬ」

「そえそえ! ちゃんと考えておるのえ!」

「はいはい。

 ルーンには?」

「まだ。母上にお祈りして『道』乗る了承もろて、きしにぃに相談して、ほんで、いま、姉者に」

「そうか。

 ほかに、なにかあるかに?」

「なし! うちの話は、以上やえ!」

「わかった」

 ルシーナ、重い荷物背負っとるみたいにして立ち上がる。

 頭かがめて(かがめんでも、彼女の身長ならぶつかりはせんのだが)洞窟部屋を出て行く。

 ぶわっさ?

「うむ・・・そもそも、きしにぃが・・・」

 ガンメタ鬼神台となんか話しつつ、ルシーナ、部屋を出て行った。

 イリスは。

「あ!」

 なんか振り向いて、荷物いじり出す。

「アルフェの実、入れとこ!

 ここ置いといても、萎んで(しぼんで)まうし。

 半分はみんなに上げて、半分持って帰って・・・」


「うまいうまい! さすが三日月の姫!」

「姫言うん、やめえ! うちはキノコ農婦や!」

 ホールからは、竪琴の音と、笑い声。

 ハルモニアーがじゃんじゃか鳴らす竪琴に合わせ、ルーン司令官と男どもが踊り狂っておる。

「ひゃー」「うおー」奇声上げておる。結構うるさい。酔っぱらっとるんかも知れん。

「はあ・・・」

 ルシーナ、それ見て、ため息をつく。

 ぶわっさ。ガンメタ鬼神台、ルシーナを慰撫である。


 ルーン司令官と、イリスたち三姉妹。

 今夜は、この洞窟マンションで過ごす予定であった。

 ──というか、『洞窟マンションの視察』こそ、本来の予定であったのだ。

 ガンメタ鬼神台のつばさによって、領地まで回れただけなのだ。そっちが本番みたいになりましたがね。

 仮庁舎では、ピンクのダークエルフとの軋轢(あつれき)が耐えぬ。

 ときどき距離を空けたほうが、互いに良かろう・・・という、ルシーナの深謀遠慮(しんぼうえんりょ)であった。

 それが、ルーンやイリスの転機となってしもうたんである。


「きのこも入れとこ。アルフェ酒も持って行こ。

 月は食べもん少ないに、巫女の人ら喜ぶはずやえ。

 あ! 絹ぐもの布も買うて帰ったろ! くも農家に現金も入るし。

 月の女神像も、買うて帰ったら、母上喜ぶかに?

 ・・・あ、そう言えば、父上にお祈りするん、忘れておった。いましとこ」


 イリス。うっきうきで、里帰りの準備を進めるのであった。


12、トリフェーラ、とりいそぐ


「イリスさまが、月にお戻りになられるのですか?」

 日は替わって、翌日。

 丘の街。とある宿屋さん。

 ダークエルフの巫女とハルモニアーが、会談をしておった。

「うん。『里帰りする』言うて・・・」

 ハルモニアー。

 (´・ω・`)こんな顔してからに、妹の話をする。

「きしにぃに乗せてもらうから、旅路の心配はないのやけれども」

「ああ。鬼神台殿が一緒やったら、そら、安心ですわ」

 ダークエルフの月の巫女。

 トリフェーラ。

 『湖の神殿』の巫女長の名代。先日、ハルモニアーが倒れたときに駆けつけてくれた巫女さんである。

「うちの神殿にお立ち寄りになられるんですよね?」

「うん。ごめんに。急に」

「いえいえ。光栄なことです。

 もともと、鬼神台殿が待ち合わせをなさると、事前に聞いておりますので。

 イリスお嬢さまがいらっしゃるとなれば、もちろん、歓待いたさねばなりませんが」

「間に合わんようやったら、お忍びっちゅうことにするから・・・」

「ご安心ください! 『湖の神殿』は、間に合わせます!」


 湖の神殿は、月の女神の神殿である。

 その月神の愛娘が神殿を訪れるのに、『間に合いませんわ』などと言えるはずがない。


「サステリアをここへ!」「はい」

 もう1人、巫女が呼び出される。

 トリフェーラと同年代の、妙齢の巫女である。

「あ、どうも。お元気?」とハルモニアー。

「はい。ハルモニアーさまも」と、巫女のサステリア。「お急ぎの御用ですか?」

「うん。湖の神殿まで、至急連絡せなアカンのよ」

「・・・いま、手紙も止まってますけど」とサステリア。「雪で」


 温かい宿の部屋であるが。

 窓の外は、まっ白な、雪景色である。

 

「あ、使いを出すなら、きしにぃに乗ってったらどうかに?

 到着が同時になってまうけれども・・・」

「ホンマですか!?」

「ホンマですえ。

 ただし、寒さに注意──めっっっちゃ寒いに、ホンマに注意してね」

「まあ・・・!

 ほな、お言葉に甘えて、サステリア。あんたが」

「2人までは大丈夫ですえ? イリスがめっちゃお土産積みよったに、ちょっと狭ぁなるけど」

「ぜひとも、と申したいところですが・・・うちも、人手が」

 トリフェーラ。

 綺麗な目を泳がせる。『余裕さえあれば、うちが乗りたいです!』とその目が言うておる。

「お任せください。その任務、私が」

 サステリア、頭を下げる。うれしそうである。


 ちなみに、この同世代の巫女2人は、『お面劇』の2人である。

 ・・・え? おめんげきって何かって?

 それはあれだ。ほら。地球に降りて来たころ、イリスがやったやつだ。ルシーナとハルモニアーが倒れたとき、暇つぶしにやった。

 イリスが、表裏の面をかぶって、棒読みで演技した。面の表が太陽で、裏が白骨の神さま。生と死の寸劇であった。

 トリフェーラとサステリアは、あのとき、緑色のもしゃもしゃした仮面かぶっとった2人なのだ。

 つまり、以前から月の三姉妹のお相手務めとった巫女なのだ。

 実は、2人はライバルで、もうちょっと若かったころは、けんかもしたらしい。これはハルモニアーだけが聞いた話である。


「どこも人手不足やに」とハルモニアー。

「ハルモニアーさまも、お悩みですのん?」

「うちはそんなに。姉が」

「ああ・・・イリスさま抜けたら、軍は大変ですわね」

「姉者、心の中で泣いておるえ」

「そやけど、このところ、戦の気配もありませんし。

 おだやかな春になるんやないですか?」

「そう願っておるえ」


 会談終わり、ハルモニアー引き揚げる。

 トリフェーラ。取り急ぐ。

 もうその場で手紙書き始め、書きながらサステリアに指示を出す。

「イリスさまの御気性は、わかっとるやんね?」

「はい」

「神殿への連絡は、いま手紙書いとるから。

 あんたはイリスさまに集中したらええ」

「はい。ありがとうございます」

「第一に、せっかくの里帰りのお楽しみ、お邪魔したらアカン」

「はい。お任せください」

「第二に、イリスさまをうちの陣営に引きずり込むこと」

「・・・矛盾してません? それ」

「なにが」

「イリスさまの邪魔すんな。うちの陣営に誘い込め。とは」

「これは神聖にして重大な任務なんよ」

「それはわかります。そやけど、方針が矛盾してますよね?」

「月の女神さまは、ご令嬢が人間の世界に深く関わること、望んではおられへん。

 これが巫女長の見立てなんよ。うちらは、それに従って行動するだけや」

「わかっておりますが、矛じゅ──」

「神殿からは、『本命はハルモニアーさま』て言われとるんやけど。

 ハルモニアーさまは、遠征やからね」

 トリフェーラ。

 抗議、受け付けぬ。

 サステリア、折れる。

「・・・はい。『妹に手出しすな』っちゅう、ルシーナさまのメッセージを感じます」

「そやから、狙える相手を狙うしかないっちゅうわけよ」

「ルシーナさまの不興を買う(ふきょうをかう)のでは?」

「我らの祭神(さいじん)は、月の女神さまや」

 トリフェーラは決然と言うた。

「これも任務や。お怒りは、私が引き受ける」

「ハルモニアーさまのお怒りも?」

「・・・。」トリフェーラ、顔をそらす。

「・・・。」サステリア、半目になる。

 トリフェーラ。

 手紙を中断して立ち上がり、ライバルであった巫女の肩を、ぽんとする。

「あんたに任したで。サステリア」

「お任せください」

 サステリア、おじぎ。退出。

 自室に戻る。

 扉締めて、

「あれ絶対覚悟してへん顔や」

 ぼやく。

「成功したら『ハルモニアーさまに嫌われてもた・・・』とか言い出すやつや。なんなんもう」


 イリスの里帰り。

 かくのごとく、いろんな陣営をバタバタさせたのであった。


13、ルーン、グレイスとわかれる


 洞窟マンション正面。

 先の戦いで、イリスと犬の女神が一騎討ちしたあたり。小さな広場。

 雪かきされて、そこだけ冷たい岩場が剥き出しとなったスペース。

 冬の朝日浴びて、眩しく輝く空間。


 ルーン司令官。

 正装して、地面に片膝をつく。

 地面には絹ぐもの白い布。陽光に、なめらかな波のごとく輝いておる。

 腰の長剣を、ベルトから外す。

 左手で柄元を。右手で鞘の切っ先の側を、捧げて持つ。

「新生アルス司令官、ルーンです。

 グレイスさまに、長いこと、お導き頂きました。

 今日、御主人さまの元へ、お見送りいたします」

 女神イリス。

 おじぎ。

 両手を差し伸べて、ルーンが捧げた長剣を受け取る。

 右手で柄元を。左手で鞘の切っ先を。ルーンとちょうど逆──利き手が柄に来る向きである。

 イリス、振り向く。

 朝日に向かって、ルーンと同じように、片膝をつく。

「鬼と月の三女、イリスです。

 グレイスの姉者を、月まで、お預かりいたします」

 2人、礼。

 その先に、ハイエルフの女が立っておる。

 菜の花色した綺麗なローブに、銀鼠色(ぎんねずいろ)の肩掛け。

 太陽の神官の、冬服姿であった。

「ハナ司祭さま。よろしくお伝えください」と2人。

「はい。司令官閣下。女神イリスさま」ハナ司祭、礼。「奏上つかまつりまする」


 神剣“グレイス”、奉還の儀式であった。


 ハナ司祭。

 アシ戦争のとき、ガンメタ鬼神台に一緒に乗った、あの御方である。

 今回、グレイスが帰還するということ、持ち主でいらっしゃる太陽の女神にお伝えせねばならん。

 しかし、どうやって? ・・・となり、ルシーナとイリスが、ハナ司祭に相談に行ったのだ。

 したところ、ハナ司祭。

「やはり、グレイスさまであらせられましたか」

 笑って、仲介を引き受けてくれた。

 忙しいところ、従者1人だけ連れて、わざわざ洞窟マンションまで飛んで来てくれたのだ。

 ・・・文字通り、飛んで来たのですよ。ガンメタ鬼神台に乗ってね。


「では、行って参りますえ。司令官」

「よろしく、イリスさま」

 イリス。

 神剣グレイスを、漆塗り(うるしぬり)の櫃(ひつ)に納め、立ち上がる。

 櫃の内側は、絹ぐもの布で綺麗に柔らかく包まれており、まるでベットのようである。

 グレイスは鞘ごと、音もなく、その絹布のベットに寝かされた。

 イリス、フタせず、しばらく待つ。

 赤子をみんなに見せるみたいなポーズで、待つ。


 『みんな』とは言うたものの、参加者はわずかである。

 ルーン司令官と、月の三姉妹と、ハナ司祭。

 ガンメタ鬼神台と、ハルモニアーの胸に抱かれておる小っちゃい妙雅。(オクトラです!)

 あとは司祭の従者1人と、洞窟マンション警備兵や開発部長など、儀式を見守る数名。

 そんだけ。

 グレイスがあくまで『秘密の剣』として去ることを望んだので、こうなった。場所が洞窟マンションなのも、それ。


 誰も、なんもしゃべらぬ。


「グレ姉」イリスがうながした。

「・・・。」

「これでお別れやに、あいさつせんでええの?」

「お別れではない」

 グレイス、やっとしゃべる。

 太陽の神剣の声である。ハナ司祭、密かに感動しておる。

「え? また戻ってくる気ぃなん?」

「ちゃうえ」

「どういうことなん」

「・・・。」

 グレイス。

 どうやら、すごく不機嫌なようである。気配が、剣呑(けんのん)である。

 しかし。

 イリス。

 剣呑なときにも、いつもの声でしゃべる。優しく美しく強い女である。

「グレ姉。言うてくれな、うち、わからへん」

「・・・うち、グレイスさまの信者になってん」

 ルーン司令官が代わりに説明した。

「信者?」

「うん。お祈りしますて、約束させられてん」

「させてはおらぬ」とグレイス。

「はいはい。うちが自発的にしました」

「平(ひら)の信者でもない」

「・・・はい。司祭見習いに、して頂きました」

「え」イリスびっくりである。「ルン姉、司祭になるん?」

 イリスとルシーナ。ハナ司祭を見る。

 ハナ司祭、うなずく。「ルーン司令官より、お手紙で伺っておりまする」

「見習いやで。司祭見習い」「そんな簡単に司祭にはならせぬ」

 ルーンとグレイス、いつものように2人でしゃべり出した。

「グレイスさまの影武者、造ろうか? って話があってね。まだ造ってへんねんけど」

「私はいらんと言うたのやが」

「だって、恐いやん」

「恐ぁないえ。泥棒ごとき、真っ二つにするのみ」

「それが恐い言うとんねん。

 ・・・ほんでね。その、ぱちもんグレイスに、お祈りしたらええやんってことになったん」

「我が名に『ぱちもん』などと枕すな。言葉をつつしめ。司祭見習いならば」

「はい。我が女神さま。神像ね。御神像」

「そっか」

「そう。そやから・・・ほら、ハナ司祭さまの時間もあるし、」

 ルーン司令官。

 じーっとグレイス見つめる目が、潤んできた。

「なにえ」とグレイス。

「なによ・・・」

「鬼神台殿のときと、扱いがちがうに?」

 ルーン。

 しばらく考える。

 立ち上がり、櫃に鼻面突っ込む。

 グレイスの柄に、おでこをくっつける。

「さようなら。グレイス」

「達者で暮らしなえ、ルーン」


 ハナ司祭、ガンメタ鬼神台に乗る。司祭の従者、乗る。

 櫃を抱いたイリスが、最後に乗る。

 ガンメタ鬼神台。

 3人と、グレイスと、イリスが詰め込んだお土産いっぱい乗せて、地上を離れる。

 ゆっくりと。

 静かな湖面に、小舟をそっと押し出すがごとく。

 冬の空に見えないさざ波立てて、ガンメタリックの巨大かぶとがに、上昇してゆく。

「ほな、また!」とイリス。

「・・・うむ」

 声の出ないルーン司令官の代わりに、ルシーナが、言うた。

「ゆっくりしてくるがよい! 母上と父上に、よろしゅう!」


 ──このあとのイリスの旅路は、詳しくお話しするほどのこともなし。


 『丘の街』着。太陽の司祭ハナと従者を下ろし、月の巫女サステリアを乗せる。

 冬空を飛ぶ。

 アルフェロン湖岸──かつて鬼神と月の女神が対戦した、あの虹の岬の向こうへ。

 『湖の神殿』着。歓待を受け、冬空を飛んだ疲れを癒やす。

 イリスは、ハイエルフのワイン、木の実、毛皮の防寒具を、神殿にプレゼントした。

 数日後。

 『月の道』が、夜空に輝く。

 にじむような光の弧に、ガンメタ鬼神台とイリス、入ってゆく。

 イリスは、こうして、月にのぼったんである。


 ・・・え? 湖の神殿の引き込み工作はどうなったかって?

 失敗しましたよ。

「イリスさま。お望みとあらば、いつまででも、ごゆるりと」

「気持ちはありがとう。でも、うち、ずーっと先まで、行く道決めてんねん」

 という感じでしたね。


14、イリス、月にたつ


「ただいまー!」

 輝く月の道から、赤い肌した娘、飛び降りてくる。

 ふわ~ん・・・・・・・・・

 着地!

 イリス、月に立つ!

 そこには、イリスの母。月の女神。ほほえんで、立っておる。

「ははうえー!」

 抱きつく!

 月神のなよやかな身体、赤い腕にがっしり抱き締められる!

「お帰り、イリス」

「うおお! イリス!」

 赤く巨大な六腕の鬼が、ふわ~んふわ~んと近付いてくる。

 跳ねるみたいな走り方になってしまっておるのは、興奮しとるせいか。

 がばあ! 腕広げる。

 母娘まとめて、抱き締めようとする。

 ところが。

「待った」

 イリス、手を上げて、『待った』かけた。

 六腕巨人(言うまでもなく、鬼神ですがね)。「え?」となる。

「な、なんじゃ?」

「父上には、まじめな話、ありますに。

 それが終わるまで、べたべたはなし」

「なんだと・・・」

 鬼神。

 硬直する。

 その背後に、ふわ~~~ん。

 ガンメタリックの巨体、降りてくる。

「相棒・・・娘が冷たいのだが。おまえ、理由を知っとるか?」

 ぶわっさ。

「さすが相棒。よし! 歓迎してやるから、理由を教えよ」

 がば。鬼神、抱き着く。

 すい。ガンメタ鬼神台、かわす。

「ちぇっ」

 鬼神、所在なし。

 ガンメタ鬼神台に積まれとる荷物を、横目でチラチラ見る。

 めっちゃギュウギュウ詰めに押し込まれたお土産。

 それとは対照的に、丁寧に安置された、漆塗りの櫃。

「相棒。その箱。グレイスさまか? イリスから、お祈りで聞いたぞ」

 ぶわっさ。

「ほほう・・・?」

「さわったらアカンえ」イリスが釘を刺す。

「さ、さわったりはせんぞ」鬼神、手を引っ込める。

 ・・・。

 ガンメタ鬼神台、無言でイリスの元へ逃げる。

 母娘、乗る。上昇。

 月の宮殿に──月のお山の洞窟に、入ってゆく。

「おおい! 私を置いてかんでくれ」

 鬼神。

「まじめな話とは、なんじゃ? おーい、イリスや!」

 追いかけて、走り出す。

 すった~~~ん、すった~~~ん・・・。

 月面ならでは。長~~~い歩幅で、追いかけてゆくのであった。

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