冬の日々(3) イリス、月にたつ
11、ルシーナ、くちごもる
前回、前々回と、姉どもにびっくりさせられたイリス。
今回は、その反対。
イリスのほうが、姉どもをびっくりさせることとなる。
「うちも、月に帰るえ」
それは、領地を視察した、その夜のこと。
ダークエルフの洞窟マンション。イリスに割り当てられた部屋。
イリス、ルシーナ、ガンメタ鬼神台。3人の会話の、ひと幕であった。
「は?」
ルシーナ、びっくりする。
「帰る? え? なんで???」
「きしにぃが月帰るやん? 便乗したいなー思うて」
「・・・どういうつもりえ。イリス?」
ルシーナ、怒りの表情となる。
「そなた、アルスを一体どう考えておる」
「え? どうって」
「なんとも思うておらn──」
ぶわっさ。
ガンメタ鬼神台、羽ばたきの音を発す。
「──なにえ?」
部屋の入り口。
ガンメタリックの、巨大なかぶと。
入り口に栓するがごとくして、ぬーっと鼻面突っ込んでおる。それ以上、中に入れんのである。でかすぎて。
ぶわっさ? ぶわっさっさ・・・。
そのガンメタ鬼神台の、かぶと。
ふわ~ん。上昇する。一時、入り口上方へと見えんようになる。
・・・ぶわっさ、ぶわっさ。
んわ~ふ。下降してくる。入り口に戻り、着地。
ぶわっさ?
「ん?」ルシーナ、首ひねる。
ガンメタ鬼神台は、鼻面ちょい浮かせて空を指し、そっからなんか落ちてくるのを見るがごときジェスチャーした。
「すぐ戻ってくる?」
ぶわっさ!
ビシリ! 『それや!』と言わんばかりに、ルシーナにうなずく。
「・・・イリス」
「はい」
「もしかして、そなた。
『ちょっと里帰りしてくる』と言いたいんかに?」
「そやけど?」
「なにえ・・・」ルシーナ、脱力である。「最初からそう言いなえ」
ルシーナたちは、寒い寒い領地視察から帰って来たところであった。
あったかい──とまでは行かんが、少なくとも寒風に晒されることはない──洞窟マンションで、ほっとしたところ。
そのタイミングでびっくりさせられて、ルシーナ、ちょっと疲れた表情しておる。
イリスの部屋、静かになる。
・・・代わりに、洞窟1階のホールから、楽しそうな男女の声が聞こえてきた。
男は、夕食の準備しておるダークエルフ兵と、この洞窟マンションの開発担当員ども。
女は、ルーン司令官とハルモニアーである。
ルーン司令官、自分が休むよりも先に、まず兵士や作業員と話をしとるのだ。
慰撫(いぶ)っちゅうわけである。
なんせ、洞窟マンションの警備・開発は、ものすごく退屈な仕事なのです。辺りには岩山しかない。酒場もなければ、家族の待つ自宅もないのだ。ただただ、仕事をして、眠るだけの日々である。不満がたまりやすいのだ。
それがわかっとるルーン司令官。
スカルドのハルモニアーに頼んで、ちょっとでも楽しい話をというわけだ。
・・・あ、ほら。
ハルモニアーの竪琴の音色、始まりましたよ。
「どうぞ! 司令官」
「いや、うち、ダンスなんかできへんって」
などと、楽しそうに騒いでおります。
「ははは・・・」
「どないしたん? 姉者」
「いや。私はまた。グレ姉みたいに、もう居らんようになる、いう意味かと」
「ちゃうえ。
・・・いつかはそうなる思うけど」
「いつか」
「嫁入りしたらば」
「ああ・・・」
「ハル姉の遠征出発には間に合うように戻ってくるつもりやえ。
帰りは、きしにぃ居らんでも、歩いてでも帰ってくるに」
イリスがそう約束すると。
ぶわっさぶわっさ。ガンメタ鬼神台、入り口の壁スレスレで首を振る。
「あ、くだりも、きしにぃ運んでくれる?」
ぶわっさ。
「良かった! そんな感じやえ。
えっとねぇ、予定はねぇ・・・」
イリス。
里帰りの予定語る。
ルシーナ。
(´・ω・`)こんな顔してからに、妹の話を、黙ーって聞く。
「・・・最初に、ルン姉からグレイスの姉者預かるやろ?
ほんで、『湖の神殿』にお邪魔するって話やったに?」
ぶわっさ。ガンメタ鬼神台うなずく。
「そこで、母上が『月の道』を通してくれるまで、ちょっと待つ。
道が通ったら、きしにぃに乗せてもろて、月にもどる。
半月かそこら過ごしたら、おりて来るつもりやねん」
イリス。
にっこにこである。
とても楽しそうな笑顔である。
ルシーナ。
なんかちょっとぼけーっとしておる。
ぶわっさ?
かぶとがにヘッド。ルシーナを気にする。
「ふむ・・・」ルシーナ再起動した。「ええと・・・母上には、言うてあるのかに?」
「うん! お祈りして了承もろてあるえ」
「早いに」
「きしにぃに便乗させてもらうだけやに。
母上は『やる事変わらんから気にすな』て、言うておったえ。
澄まーしておったけど、めっちゃそわそわしとったに」
「そうか」
ルシーナ、背中を延ばして座り直す。
「そこまで決まっておるなら・・・。
領地のほうは、どないするのえ?」
「あ、領地はねえ。
うちの領地、まず道路作らなアカン思うねん。
こっからルーン領行くのに、うちの領地通らなアカンし」
「うむ。『まず道路』は、正しい判断やと思うえ」
前回お話しした通り、ルーン領はイリス領の向こうっかわ。
イリス領が道路を通さん限り、洞窟マンションからルーン領には近付く事すらできんのである。
「そなたが道路を造らなんだ場合。
『女神イリスは、ルーン司令官を妨害しておる』と、みなされかねん」
「そやねん。うちにそんなつもりのうても(なくても)、言い出す奴は出てくるやろ?」
「うむ。煽動(せんどう)の種をくれてやることになる。
『まず道路』は、正しい判断やと思うえ」
「そやろ? そやに、道路が最初。そやに、」
イリスは手振り回して説明する。
洞窟マンションの小さな部屋。イリスの長い手、ぶつかりそうである。
「さっきちょっと部長に訊いたに。
『こない雪積もっておっては、なんもできませんで!』てことやった」
「開発部長?」
「うん」
洞窟マンション開発部長。土木建築の専門家である。
いまは1階でルーン司令官をはやしたてており、単なるおっさん状態であるが、専門家である。
彼が『できへん』と言うた工事は、できへんのである。
「そういうわけやに。
うち、いまはここに居らんでええねん」
「むー! ええことはないが!」
ルシーナ、いのししみたいに鼻息吹いて、ちょっと怒る。
「──ないが、活発に領主できる時期でもないわけやに」
「そえ! うち、そこまで考えたのえ」
「さよか(然様か)・・・」
ルシーナ、ため息。
「なるほどわかった。
雪解ければ領主の仕事も忙しゅうなる。
ハルの遠征が始まれば、軍人が足らんようになるゆえ、そなたを自由にはできぬ。
・・・たしかに、里帰りするなら、いましかないかも知れぬ」
「そえそえ! ちゃんと考えておるのえ!」
「はいはい。
ルーンには?」
「まだ。母上にお祈りして『道』乗る了承もろて、きしにぃに相談して、ほんで、いま、姉者に」
「そうか。
ほかに、なにかあるかに?」
「なし! うちの話は、以上やえ!」
「わかった」
ルシーナ、重い荷物背負っとるみたいにして立ち上がる。
頭かがめて(かがめんでも、彼女の身長ならぶつかりはせんのだが)洞窟部屋を出て行く。
ぶわっさ?
「うむ・・・そもそも、きしにぃが・・・」
ガンメタ鬼神台となんか話しつつ、ルシーナ、部屋を出て行った。
イリスは。
「あ!」
なんか振り向いて、荷物いじり出す。
「アルフェの実、入れとこ!
ここ置いといても、萎んで(しぼんで)まうし。
半分はみんなに上げて、半分持って帰って・・・」
「うまいうまい! さすが三日月の姫!」
「姫言うん、やめえ! うちはキノコ農婦や!」
ホールからは、竪琴の音と、笑い声。
ハルモニアーがじゃんじゃか鳴らす竪琴に合わせ、ルーン司令官と男どもが踊り狂っておる。
「ひゃー」「うおー」奇声上げておる。結構うるさい。酔っぱらっとるんかも知れん。
「はあ・・・」
ルシーナ、それ見て、ため息をつく。
ぶわっさ。ガンメタ鬼神台、ルシーナを慰撫である。
ルーン司令官と、イリスたち三姉妹。
今夜は、この洞窟マンションで過ごす予定であった。
──というか、『洞窟マンションの視察』こそ、本来の予定であったのだ。
ガンメタ鬼神台のつばさによって、領地まで回れただけなのだ。そっちが本番みたいになりましたがね。
仮庁舎では、ピンクのダークエルフとの軋轢(あつれき)が耐えぬ。
ときどき距離を空けたほうが、互いに良かろう・・・という、ルシーナの深謀遠慮(しんぼうえんりょ)であった。
それが、ルーンやイリスの転機となってしもうたんである。
「きのこも入れとこ。アルフェ酒も持って行こ。
月は食べもん少ないに、巫女の人ら喜ぶはずやえ。
あ! 絹ぐもの布も買うて帰ったろ! くも農家に現金も入るし。
月の女神像も、買うて帰ったら、母上喜ぶかに?
・・・あ、そう言えば、父上にお祈りするん、忘れておった。いましとこ」
イリス。うっきうきで、里帰りの準備を進めるのであった。
12、トリフェーラ、とりいそぐ
「イリスさまが、月にお戻りになられるのですか?」
日は替わって、翌日。
丘の街。とある宿屋さん。
ダークエルフの巫女とハルモニアーが、会談をしておった。
「うん。『里帰りする』言うて・・・」
ハルモニアー。
(´・ω・`)こんな顔してからに、妹の話をする。
「きしにぃに乗せてもらうから、旅路の心配はないのやけれども」
「ああ。鬼神台殿が一緒やったら、そら、安心ですわ」
ダークエルフの月の巫女。
トリフェーラ。
『湖の神殿』の巫女長の名代。先日、ハルモニアーが倒れたときに駆けつけてくれた巫女さんである。
「うちの神殿にお立ち寄りになられるんですよね?」
「うん。ごめんに。急に」
「いえいえ。光栄なことです。
もともと、鬼神台殿が待ち合わせをなさると、事前に聞いておりますので。
イリスお嬢さまがいらっしゃるとなれば、もちろん、歓待いたさねばなりませんが」
「間に合わんようやったら、お忍びっちゅうことにするから・・・」
「ご安心ください! 『湖の神殿』は、間に合わせます!」
湖の神殿は、月の女神の神殿である。
その月神の愛娘が神殿を訪れるのに、『間に合いませんわ』などと言えるはずがない。
「サステリアをここへ!」「はい」
もう1人、巫女が呼び出される。
トリフェーラと同年代の、妙齢の巫女である。
「あ、どうも。お元気?」とハルモニアー。
「はい。ハルモニアーさまも」と、巫女のサステリア。「お急ぎの御用ですか?」
「うん。湖の神殿まで、至急連絡せなアカンのよ」
「・・・いま、手紙も止まってますけど」とサステリア。「雪で」
温かい宿の部屋であるが。
窓の外は、まっ白な、雪景色である。
「あ、使いを出すなら、きしにぃに乗ってったらどうかに?
到着が同時になってまうけれども・・・」
「ホンマですか!?」
「ホンマですえ。
ただし、寒さに注意──めっっっちゃ寒いに、ホンマに注意してね」
「まあ・・・!
ほな、お言葉に甘えて、サステリア。あんたが」
「2人までは大丈夫ですえ? イリスがめっちゃお土産積みよったに、ちょっと狭ぁなるけど」
「ぜひとも、と申したいところですが・・・うちも、人手が」
トリフェーラ。
綺麗な目を泳がせる。『余裕さえあれば、うちが乗りたいです!』とその目が言うておる。
「お任せください。その任務、私が」
サステリア、頭を下げる。うれしそうである。
ちなみに、この同世代の巫女2人は、『お面劇』の2人である。
・・・え? おめんげきって何かって?
それはあれだ。ほら。地球に降りて来たころ、イリスがやったやつだ。ルシーナとハルモニアーが倒れたとき、暇つぶしにやった。
イリスが、表裏の面をかぶって、棒読みで演技した。面の表が太陽で、裏が白骨の神さま。生と死の寸劇であった。
トリフェーラとサステリアは、あのとき、緑色のもしゃもしゃした仮面かぶっとった2人なのだ。
つまり、以前から月の三姉妹のお相手務めとった巫女なのだ。
実は、2人はライバルで、もうちょっと若かったころは、けんかもしたらしい。これはハルモニアーだけが聞いた話である。
「どこも人手不足やに」とハルモニアー。
「ハルモニアーさまも、お悩みですのん?」
「うちはそんなに。姉が」
「ああ・・・イリスさま抜けたら、軍は大変ですわね」
「姉者、心の中で泣いておるえ」
「そやけど、このところ、戦の気配もありませんし。
おだやかな春になるんやないですか?」
「そう願っておるえ」
会談終わり、ハルモニアー引き揚げる。
トリフェーラ。取り急ぐ。
もうその場で手紙書き始め、書きながらサステリアに指示を出す。
「イリスさまの御気性は、わかっとるやんね?」
「はい」
「神殿への連絡は、いま手紙書いとるから。
あんたはイリスさまに集中したらええ」
「はい。ありがとうございます」
「第一に、せっかくの里帰りのお楽しみ、お邪魔したらアカン」
「はい。お任せください」
「第二に、イリスさまをうちの陣営に引きずり込むこと」
「・・・矛盾してません? それ」
「なにが」
「イリスさまの邪魔すんな。うちの陣営に誘い込め。とは」
「これは神聖にして重大な任務なんよ」
「それはわかります。そやけど、方針が矛盾してますよね?」
「月の女神さまは、ご令嬢が人間の世界に深く関わること、望んではおられへん。
これが巫女長の見立てなんよ。うちらは、それに従って行動するだけや」
「わかっておりますが、矛じゅ──」
「神殿からは、『本命はハルモニアーさま』て言われとるんやけど。
ハルモニアーさまは、遠征やからね」
トリフェーラ。
抗議、受け付けぬ。
サステリア、折れる。
「・・・はい。『妹に手出しすな』っちゅう、ルシーナさまのメッセージを感じます」
「そやから、狙える相手を狙うしかないっちゅうわけよ」
「ルシーナさまの不興を買う(ふきょうをかう)のでは?」
「我らの祭神(さいじん)は、月の女神さまや」
トリフェーラは決然と言うた。
「これも任務や。お怒りは、私が引き受ける」
「ハルモニアーさまのお怒りも?」
「・・・。」トリフェーラ、顔をそらす。
「・・・。」サステリア、半目になる。
トリフェーラ。
手紙を中断して立ち上がり、ライバルであった巫女の肩を、ぽんとする。
「あんたに任したで。サステリア」
「お任せください」
サステリア、おじぎ。退出。
自室に戻る。
扉締めて、
「あれ絶対覚悟してへん顔や」
ぼやく。
「成功したら『ハルモニアーさまに嫌われてもた・・・』とか言い出すやつや。なんなんもう」
イリスの里帰り。
かくのごとく、いろんな陣営をバタバタさせたのであった。
13、ルーン、グレイスとわかれる
洞窟マンション正面。
先の戦いで、イリスと犬の女神が一騎討ちしたあたり。小さな広場。
雪かきされて、そこだけ冷たい岩場が剥き出しとなったスペース。
冬の朝日浴びて、眩しく輝く空間。
ルーン司令官。
正装して、地面に片膝をつく。
地面には絹ぐもの白い布。陽光に、なめらかな波のごとく輝いておる。
腰の長剣を、ベルトから外す。
左手で柄元を。右手で鞘の切っ先の側を、捧げて持つ。
「新生アルス司令官、ルーンです。
グレイスさまに、長いこと、お導き頂きました。
今日、御主人さまの元へ、お見送りいたします」
女神イリス。
おじぎ。
両手を差し伸べて、ルーンが捧げた長剣を受け取る。
右手で柄元を。左手で鞘の切っ先を。ルーンとちょうど逆──利き手が柄に来る向きである。
イリス、振り向く。
朝日に向かって、ルーンと同じように、片膝をつく。
「鬼と月の三女、イリスです。
グレイスの姉者を、月まで、お預かりいたします」
2人、礼。
その先に、ハイエルフの女が立っておる。
菜の花色した綺麗なローブに、銀鼠色(ぎんねずいろ)の肩掛け。
太陽の神官の、冬服姿であった。
「ハナ司祭さま。よろしくお伝えください」と2人。
「はい。司令官閣下。女神イリスさま」ハナ司祭、礼。「奏上つかまつりまする」
神剣“グレイス”、奉還の儀式であった。
ハナ司祭。
アシ戦争のとき、ガンメタ鬼神台に一緒に乗った、あの御方である。
今回、グレイスが帰還するということ、持ち主でいらっしゃる太陽の女神にお伝えせねばならん。
しかし、どうやって? ・・・となり、ルシーナとイリスが、ハナ司祭に相談に行ったのだ。
したところ、ハナ司祭。
「やはり、グレイスさまであらせられましたか」
笑って、仲介を引き受けてくれた。
忙しいところ、従者1人だけ連れて、わざわざ洞窟マンションまで飛んで来てくれたのだ。
・・・文字通り、飛んで来たのですよ。ガンメタ鬼神台に乗ってね。
「では、行って参りますえ。司令官」
「よろしく、イリスさま」
イリス。
神剣グレイスを、漆塗り(うるしぬり)の櫃(ひつ)に納め、立ち上がる。
櫃の内側は、絹ぐもの布で綺麗に柔らかく包まれており、まるでベットのようである。
グレイスは鞘ごと、音もなく、その絹布のベットに寝かされた。
イリス、フタせず、しばらく待つ。
赤子をみんなに見せるみたいなポーズで、待つ。
『みんな』とは言うたものの、参加者はわずかである。
ルーン司令官と、月の三姉妹と、ハナ司祭。
ガンメタ鬼神台と、ハルモニアーの胸に抱かれておる小っちゃい妙雅。(オクトラです!)
あとは司祭の従者1人と、洞窟マンション警備兵や開発部長など、儀式を見守る数名。
そんだけ。
グレイスがあくまで『秘密の剣』として去ることを望んだので、こうなった。場所が洞窟マンションなのも、それ。
誰も、なんもしゃべらぬ。
「グレ姉」イリスがうながした。
「・・・。」
「これでお別れやに、あいさつせんでええの?」
「お別れではない」
グレイス、やっとしゃべる。
太陽の神剣の声である。ハナ司祭、密かに感動しておる。
「え? また戻ってくる気ぃなん?」
「ちゃうえ」
「どういうことなん」
「・・・。」
グレイス。
どうやら、すごく不機嫌なようである。気配が、剣呑(けんのん)である。
しかし。
イリス。
剣呑なときにも、いつもの声でしゃべる。優しく美しく強い女である。
「グレ姉。言うてくれな、うち、わからへん」
「・・・うち、グレイスさまの信者になってん」
ルーン司令官が代わりに説明した。
「信者?」
「うん。お祈りしますて、約束させられてん」
「させてはおらぬ」とグレイス。
「はいはい。うちが自発的にしました」
「平(ひら)の信者でもない」
「・・・はい。司祭見習いに、して頂きました」
「え」イリスびっくりである。「ルン姉、司祭になるん?」
イリスとルシーナ。ハナ司祭を見る。
ハナ司祭、うなずく。「ルーン司令官より、お手紙で伺っておりまする」
「見習いやで。司祭見習い」「そんな簡単に司祭にはならせぬ」
ルーンとグレイス、いつものように2人でしゃべり出した。
「グレイスさまの影武者、造ろうか? って話があってね。まだ造ってへんねんけど」
「私はいらんと言うたのやが」
「だって、恐いやん」
「恐ぁないえ。泥棒ごとき、真っ二つにするのみ」
「それが恐い言うとんねん。
・・・ほんでね。その、ぱちもんグレイスに、お祈りしたらええやんってことになったん」
「我が名に『ぱちもん』などと枕すな。言葉をつつしめ。司祭見習いならば」
「はい。我が女神さま。神像ね。御神像」
「そっか」
「そう。そやから・・・ほら、ハナ司祭さまの時間もあるし、」
ルーン司令官。
じーっとグレイス見つめる目が、潤んできた。
「なにえ」とグレイス。
「なによ・・・」
「鬼神台殿のときと、扱いがちがうに?」
ルーン。
しばらく考える。
立ち上がり、櫃に鼻面突っ込む。
グレイスの柄に、おでこをくっつける。
「さようなら。グレイス」
「達者で暮らしなえ、ルーン」
ハナ司祭、ガンメタ鬼神台に乗る。司祭の従者、乗る。
櫃を抱いたイリスが、最後に乗る。
ガンメタ鬼神台。
3人と、グレイスと、イリスが詰め込んだお土産いっぱい乗せて、地上を離れる。
ゆっくりと。
静かな湖面に、小舟をそっと押し出すがごとく。
冬の空に見えないさざ波立てて、ガンメタリックの巨大かぶとがに、上昇してゆく。
「ほな、また!」とイリス。
「・・・うむ」
声の出ないルーン司令官の代わりに、ルシーナが、言うた。
「ゆっくりしてくるがよい! 母上と父上に、よろしゅう!」
──このあとのイリスの旅路は、詳しくお話しするほどのこともなし。
『丘の街』着。太陽の司祭ハナと従者を下ろし、月の巫女サステリアを乗せる。
冬空を飛ぶ。
アルフェロン湖岸──かつて鬼神と月の女神が対戦した、あの虹の岬の向こうへ。
『湖の神殿』着。歓待を受け、冬空を飛んだ疲れを癒やす。
イリスは、ハイエルフのワイン、木の実、毛皮の防寒具を、神殿にプレゼントした。
数日後。
『月の道』が、夜空に輝く。
にじむような光の弧に、ガンメタ鬼神台とイリス、入ってゆく。
イリスは、こうして、月にのぼったんである。
・・・え? 湖の神殿の引き込み工作はどうなったかって?
失敗しましたよ。
「イリスさま。お望みとあらば、いつまででも、ごゆるりと」
「気持ちはありがとう。でも、うち、ずーっと先まで、行く道決めてんねん」
という感じでしたね。
14、イリス、月にたつ
「ただいまー!」
輝く月の道から、赤い肌した娘、飛び降りてくる。
ふわ~ん・・・・・・・・・
着地!
イリス、月に立つ!
そこには、イリスの母。月の女神。ほほえんで、立っておる。
「ははうえー!」
抱きつく!
月神のなよやかな身体、赤い腕にがっしり抱き締められる!
「お帰り、イリス」
「うおお! イリス!」
赤く巨大な六腕の鬼が、ふわ~んふわ~んと近付いてくる。
跳ねるみたいな走り方になってしまっておるのは、興奮しとるせいか。
がばあ! 腕広げる。
母娘まとめて、抱き締めようとする。
ところが。
「待った」
イリス、手を上げて、『待った』かけた。
六腕巨人(言うまでもなく、鬼神ですがね)。「え?」となる。
「な、なんじゃ?」
「父上には、まじめな話、ありますに。
それが終わるまで、べたべたはなし」
「なんだと・・・」
鬼神。
硬直する。
その背後に、ふわ~~~ん。
ガンメタリックの巨体、降りてくる。
「相棒・・・娘が冷たいのだが。おまえ、理由を知っとるか?」
ぶわっさ。
「さすが相棒。よし! 歓迎してやるから、理由を教えよ」
がば。鬼神、抱き着く。
すい。ガンメタ鬼神台、かわす。
「ちぇっ」
鬼神、所在なし。
ガンメタ鬼神台に積まれとる荷物を、横目でチラチラ見る。
めっちゃギュウギュウ詰めに押し込まれたお土産。
それとは対照的に、丁寧に安置された、漆塗りの櫃。
「相棒。その箱。グレイスさまか? イリスから、お祈りで聞いたぞ」
ぶわっさ。
「ほほう・・・?」
「さわったらアカンえ」イリスが釘を刺す。
「さ、さわったりはせんぞ」鬼神、手を引っ込める。
・・・。
ガンメタ鬼神台、無言でイリスの元へ逃げる。
母娘、乗る。上昇。
月の宮殿に──月のお山の洞窟に、入ってゆく。
「おおい! 私を置いてかんでくれ」
鬼神。
「まじめな話とは、なんじゃ? おーい、イリスや!」
追いかけて、走り出す。
すった~~~ん、すった~~~ん・・・。
月面ならでは。長~~~い歩幅で、追いかけてゆくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます