冬の日々(1) ハルモニアー、たおれる

1、ハルモニアー、たおれる


 イリスはそのとき、隊列組んで、雪の山道を歩いておった。

 ダークエルフ兵の隊列である。重たい水や食料をしょって、のっし、のっし・・・と歩く隊列である。

 そのとき、伝令が追いついて来たんであった。

「伝令! 新生アルス伝令や!」

「ぜんたーい、止まれ!」

 カバリオ隊長が命令。

 兵士ども、止まる。荷物重たいので、動きにぶい。よろっ・・・と止まる。

 イリスは兵士と同じ荷物しょっとるが、動き軽い。いつでも動ける態勢で、すっと止まる。

 最後尾のカバリオ隊長が、伝令の所属などを確認。

「──イリス! ルシーナ参謀閣下から伝令や」

「はーい・・・?」

「はあ、はあ。イリスさま」

 息切らせた伝令。顔色変えて、言うた。

「ルシーナより、イリスへ。

 ハルモニアー、執務中に気を失い、倒れる。

 ベットで静養中。生命に別条はなし。

 イリスのみ、戻れ。──以上です!」

 

 イリス。

 足につばさ生えたがごとく、疾走。

 山道駆け戻り、『丘の街』郊外にあるお屋敷へ。

 ルーンとルシーナが購入した屋敷。イリスが、青い鳥女のポタージュと出会うた、あの屋敷である。

 着くと、衛兵が「こちらです」と迎え入れてくれた。

 1階へ。ピンクのダークエルフどもが、うじゃうじゃと行き来しておる。

 2階へ。近衛兵に止められ、確認。

 3階へ。梁(はり)剥き出しの、低い廊下。背高いイリス、屈むようにして歩く。

 扉の前へ。誰も居らなんだ。

 ノックして「イリス、もどりました」と伝える。

「はーい。どうぞー」

「・・・あれ?」

 イリス。

 ドア開け、小さな戸口をくぐる。

「ごめんね。仕事中やに? いま、お茶いれるね」

 ハルモニアー。

 イリスの二の姉が、パジャマ姿で出迎えてくれた。

「あれ? ハル姉。大丈夫なん?」

「うん。休養命じられたに、ここで寝ておるけれども──」

 ハルモニアー。

 小さなストーブにパジャマでしゃがみ込みながら、へんじ。


 そこは、屋根裏部屋であった。

 暗い。

 寒い。

 建物の屋根がそのまんま部屋の天井となっておる。斜め。息苦しい。

 窓なく、明かり取りの小さい穴も、いまは閉じられておる。よって、とても暗い。

 小さなストーブで、しゅんしゅんとお湯が沸いておる。しかし、屋根からしみ込む冷気に負け、寒い。

 そんな寒い暗い部屋で。


「はい、お茶」

 倒れたというハルモニアーが、お茶いれてくれた。

「え・・・大丈夫なん?」

「うん・・・」

 ハルモニアーは困ったみたいに笑うて、イリスの腕、お茶持っとらんほうの腕を撫でた。

「仕事中にね。急に目の前が暗ぁなって──」

 こんこん。

 ノックの音。

「はーい」とハルモニアー。

「ルシーナやえ。トリフェーラさまをお連れしたのやが」

「どうぞー」

 白い絹ぐものマント纏ったルシーナが入ってきた。参謀の制服である。

 その背後に、茶のダークエルフの女。こちらは、月の巫女の姿である。

「どないです? ハルモニアーさま」

「トリフェーラさま。お騒がせしましたに。

 立ち上がっても、めまいや吐き気はせんようになったえ」

「少し診てみましょか。ベットに座って、ゆったりしてください」

「はーい」

 ベットに座るハルモニアー。

 トリフェーラが布団をかけてやり、肩掛けをかけてやり、甲斐甲斐しく世話をする・・・。


 巫女、トリフェーラ。

 このお話では、当3章の『お猿さんと、ポタージュ(1)』に、ちらっと出てきましたね。

 『湖の神殿』の巫女長の名代(みょうだい)。妙齢のダークエルフの美女である。

 同盟組んで以降、出番なかったが、いまふたたびご登場というわけだ。

 湖の神殿。

 月の女神の神殿である。

 ちょくちょく女神さま御本人が御休憩にいらっしゃる、由緒正しき神殿である。

 そんな神殿の巫女だから、月の女神の愛娘である三姉妹は、お姫さま扱いであった。


 ・・・トリフェーラが祝詞(のりと)を唱えたりして、ハルモニアーを診ておるあいだ。

 ルシーナは、ストーブからやかんを取り上げ、自分で勝手に茶をいれる。

 イリスは。

「なにえ、イリス。なに睨んでおる」

「ハル姉倒れたいうから、うち、びっくりして、飛んで帰って来たに」

「ほんまに倒れたのえ。仕事中に崩れ落ちて」

「・・・そうなん?」

「ごとーん! いうから何の音か思うたら、ハルが倒れておる。

 意識はすぐに戻ったが、私では原因がわからなんだ」

「貧血の症状が出とるみたいです」巫女のトリフェーラが説明した。「治療師には?」

「頼んではあるのやが。

 病が流行っておって、忙しいゆえ、往診はできぬと。

 そやに、無理を承知で、そなたのとこへ走ったわけやえ」

「女神さまのためですから、無理やないです。

 そやけど、本職の先生にちゃんと診てもらわなあきません」

「うむ。・・・うむ。助かった。ありがとう」

「どうしたしまして。

 真冬に戦しましたからね。みな、疲れておるのでしょう」

「うむ。

 ──というわけやえ、イリス」

「そか」

 イリス納得。

 反対に、ルシーナ怒り出す。

「なにえこの部屋、寒いえ!」

「そうかに?」

「イリスは鈍感やに、わかっておらぬ」

「どんかんちゃうもん。寒いのはわかっておるに。そんなにかな思うただけ」

「寒いえ! ピンクに部屋の手配任せたら、これ! まったく!」

「あ、ちがうえ。ルシ姉」ハルモニアーがさえぎった。「私が言うたに」

「なに?」

「ここでええって、私が言うたのえ」

「なにゆえ! そなた、司令官付きのスカルドえ。高官え。なにゆえ、こな物置部屋のごとき場所」

「下の階は書類でいっぱいで・・・て言われて。邪魔になると思うて」

「やはり! ピンクどものたくらみ!」

 ルシーナ余計にキレた。

「おのれボンクラ! 暖炉のそばでうつらうつら。

 人倒れても、書類どける程度のこともせぬ、ぼけなす!

 世の中、まちがっておる!」


 ルシーナはすぐキレるなあ、と、思われた方。

 ちがうのですよ。いや、怒りっぽい娘ではあるのだが、ちがうのだ。

 過去の流れ。経緯があるのだ。

 このお屋敷。

 もとは、ルーンやルシーナが自腹切って買うた屋敷なのです。イリスも、ハルモニアーも、金を出したのだ。

 さあ移り住むぞというところで。

 ピンクのダークエルフが、接近してきた。

「金は出してやる。この屋敷を、アルス政府の仮庁舎としよう」

 というんである。

 ルーンとルシーナ。相談をした。

「受け入れるしかないんちゃう? 事務員、必要やし」

「そやに、あのピンク、いかれておる」

「フローリアね」

「フローリア。アシ戦争当日に、文官どもとワインパーティーしとったそうやえ」

「うちも好かんねんけどね。ほな、文官だけ切り崩す? うち、コネないけど。ルシーナは?」

「ないに決まっておる」

 というわけで。

 フローリア事務局長、誕生。

 で、その事務局長閣下が。

「この部屋は財務局の仮事務所といたします」「この部屋は外務局の」「この部屋は軍務局」「この部屋は」

 あっちゅう間に、1階をぜーんぶ、事務室にしてしもうた。

 言うておきますがね?

 この時代、1階の部屋が、いちばん豪華だったのですよ。

 上の階は豪華にできんかったのだ。建物がつぶれてしまうからだ。

 最上階なんぞは、おまけ。余白。壁薄く、内装なく、暖炉もない。夏は蒸し風呂、冬は氷室(ひむろ)となる。

 そんな部屋に、倒れたばかりのハルを追いやったやと?

 ──ルシーナさまがキレるのも、当然ということ。わかって頂けましたでしょうか?


「あなクソピンク! 丸裸にして雪の上に放り出してやろうか」

 それを聞いて、ハルモニアーが笑うた。

「司令官閣下がおんなじキレかたしておったえ」

「ルーンが?」

「さっきちょっと見に来て、『・・・あいつここで水浴びさせたろか』て言うておった」

「ええアイディアやえ」

「アカンよ。ルン姉は優しいんやから、変な教育したら。

 『宿で休む?』とも訊かれたに。断ったけど」

「なんでことわった」

「・・・いま離れたら、戻って来れん気がするに」

「なにを言うておる」

 ルシーナ。

 トリフェーラの反対側に座り、ハルモニアーの肩をぽんぽんと叩いた。

「そなたは優秀なスカルド。

 ルーンはもちろん、丘の街からも『話がしやすい』とお褒め頂いておる」

「そうかに・・・」

「その将来有望なるスカルドを、こな部屋に入れるとは・・・」

「ええ」トリフェーラが同意した。「なんぼなんでも、この部屋はいけません」

「そやろ?」

 2人、固くうなずく。

 イリスはなんも言わんが、首ひねっておる。まだわかっとらんらしい。

「イリス。洞窟マンションはどうかに? 暖炉はもうすでに機能しておるはずやが」

「アカンアカン」イリス、手をひらひらする。「あそこ、いま、メッチャうるさいに」

「なにえ。うるさい」

「ガッキンガッキン穴掘っておるに。耳つぶれるぐらい、うるさいえ」

「ああ、そうか。まだ部屋増設中か。それはアカンに」

「うちがお迎えいたしましょうか?」

 トリフェーラが提案した。

「うちら『湖の神殿』が、アルスの高官をお迎えして、歓待──っちゅう形で。

 宿の部屋、ひとつ余分に押さえとるんです。うち、まだ、丘の街と外交してますからね。

 2・3日ゆっくりなさってはいかがでしょう?

 ハルモニアーさまの御降臨とあらば、我らは大歓迎なんですけども」

「ふむ」

 ルシーナは、巫女と妹の顔を交互に見た。

 巫女のトリフェーラは、陣営の利益からしても、また個人的にも、ハルモニアーを厚遇することは間違いがない。『来てほしい』というのは本音──もっと言えば『永久にこちらの陣営へどうぞ!』ぐらいが本音であろう。ま、安全ではある。

 妹のほうはどうか。

「ハル、どうえ?」

「そやに・・・」


 と、話が進みかけたところで。

 突然!


 ばさっ。


 イリスのとなりに、青い鳥女、出現す!


2、ポタージュ、うたをおぼえる


「ぴぃーーー!?」

 出現した、青い羽毛の鳥女。

 飛び上がり、甲高い悲鳴上げた。

「ひっ!?」ハルモニアーおびえる。

「なにえ!」ルシーナ怒鳴る。

 青い鳥女。イリスの友だち、ポタージュ。

 勝手におびえ、ばっさばっさと、おおさわぎ。

 飛んで逃げようとし、冷たい壁にぶつかって、ぼて。こける。

「だれ? どこ? なに?」「あ、ポタージュ」「イリス! ここどこ!?」

「こっちのセリフえ! 突然飛び込んで来おって!」

 大混乱である。

「ルシ姉、待って待って。ごめん、私のせい」

 イリスがポタージュをかばった。

「うち、約束しとったん。

 今日のお昼、一緒にご飯食べようって」

「は?」

 イリス。

 がくがくふるえるポタージュをかばい、頭撫でつつ、いつもの落ち着いた声で説明する。

「お昼には、洞窟マンション着いとる予定やったに?

 そやに、あらかじめ約束しておったのえ。

 『お昼一緒に食べよう』て。

 約束忘れて建物の中に居ったうちが悪いのえ」

「・・・そやに、さすがにこの建物に直接飛び込まれては、防衛上」

「うん。ごめん。うち、ちゃんと相談しとく」

 イリスはそう約束した。

 しかし。

 ポタージュ。あやまらぬ。

 青い羽毛を逆立て、じーーーっとルシーナを睨んでおる。

「・・・なにえ」

「きらい」

「は?」

「おまえ、きらい」

 ルシーナ、眉ぴくりとする。

 ゆらーっと立ち上がって、なんか言おうとする。

 そのルシーナの袖を、トリフェーラが掴んだ。

「いけません。妹君が」

 振り向くと。

 ハルモニアー、ベットに倒れておる。

 ──意識がないようである!

「あ、ハル!」

 抱きつくルシーナ。

 立ち上がるトリフェーラ。

「私は治療師ではありません。

 そやけど、言わせて頂きます。

 いま、ハルモニアーさまは静養中です。

 ここでさわぐのは、禁止です。

 さわいだら、どなたであれ、放り出します」


 巫女、女神の娘に、もの申すであった。


 ルシーナは口を固く結び、ポタージュとは目合わせず、出て行った。

「・・・びょーき?」とポタージュ。

「うん。私の姉者。ハルモニアーっていうねん。

 ちょっと調子悪いみたい」

「ちょーしわるぃみたぃ?」

 ポタージュはその場で左右ステップを始めた。

 やがて、ハルモニアーが目を開いた。

「・・・あれ?」イリスとポタージュを見る。「ああ、ポタージュやったんやに・・・」

「びょーき?」とポタージュ。

「ん? うん。そうみたいやに。

 なんか・・・地球に降りてきたときみたいな感じで。

 目の前が暗ぁなって、気付いたら倒れてるのえ」

「びっくりした?」

「そやに。びっくりしたえ。急に現れるもん」

「・・・。」

 ポタージュ。うなだれた。

 しばし足元見つめ、首かしげ、見上げて、

「ごめーんね?」

 あやまった。

 ハルモニアー、ちょっとびっくりし、優しい笑顔となる。

「うふふ。イリスのところに来たんやに?」

「うん・・・」

「イリスが、こんなとこ居ると、思うておらんかったのやろ?」

「うん・・・」

「そら、びっくりするえ。イリス、あやまり」

「ごめーん」とイリス。

「ぴぃー、ちゅっ・・・」

 『高き湖』の鳥女、青い羽毛したポタージュ。

 つばさない女どもを順番に見て、なんか、考える。

 ときどき「ちゅっ」「ちゅっ」と声を出し、左右にダンスしつつ。

 その声、なんとも可愛らしく、澄んでおる。

「・・・綺麗な声やに?」

 ハルモニアー。

 スカルドの本能か。その声に、反応した。

「んー?」

「ポタージュ、声、綺麗やえ」

「こえ、きれぇやゑー?」

「うん。綺麗な声、しておるに。

 歌、おぼえたら、えーえ感じになるえ」

「うた、おぼえたら、えーえかんじ?」

「うん」

 ハルモニアーは、かんたんな歌を口ずさんだ。


 ♪おそらには おひさま

  じめんには おいらが

  すんでおる はっはー


 寝ておるせいで声は弱々しいが、そこは本職。音はたしか。

 ポタージュ、目を真ん丸にする。

 にゅーっと首伸ばし、顔突き出す。


 ♪よぞらには おつきさん

  おうちには おっかあ

  ねむっとる ほっほー


「ほっほー♪」

 ポタージュ、さっそく、声まねする。

「おそらには」ハルモニアーは1番の歌詞をくり返した。「おひさま」

「おっそらにっはー」ポタージュ、声まねする。「おっひさまー」

 ・・・輪唱みたいになる。

 ハルモニアー、上体起こし、手を伸ばす。

 トリフェーラ、すっ・・・と、竪琴渡す。無言の連携である。

 ぽろろんろん。ぽろりろん。

 いつもほど繊細ではない、単純な調子で竪琴が鳴る。

 弾きながら、また歌う。

 ポタージュ、声まねする。

 不思議なことに、ハルモニアー、ポタージュ、竪琴の音が響き合い、ちゃんとした音楽になった。

「音楽いうのえ」

「おんがくゆーのゑー?」

「ほかにも色んなんあるのえ」

「いろんなぁん、あるのゑー?」

「教えたげよっか」

「うん!」

「ここ、おいで」

「ぴぃー、ちゅちゅちゅ!」

 ぽんぽんと叩かれたベットに、ポタージュ、ふわっと飛び乗った。

 さすがは鳥女。ベット、ほとんど沈まぬ。──足で乗るとは困った娘であるが。

 ハルモニアーはそんなことはとがめず、うれしそうに歌を教えた。

 ときどき咳き込む。さすがに寒すぎるか。

「だいじょーぶ?」ポタージュが気づかった。

「ありがとう。けほけほ。ちょっと、やっぱり、寒いに」

「やっぱ、あったかい部屋やないとアカンのやに・・・」イリス、やっと理解する。

 ノックの音。

「ルーンです。ハル姉、大丈夫?」

「どうぞー。げほげほ」


 ルーン司令官が入ってきた。

 すっかり身に着いてしもうた、軍人の男装。首元には、羊毛の白茶色のマフラー。

 手に、なんかの包み。


「イリス。これ、差し入れ」

「なにかに?」

「アルフェの実」

「アぁールフェーの実ぃー?」

 アルフェ大好きな鳥が反応。首伸ばす。

「うちの参謀が、『ごめん』言うてたで」

「さんぼー・・・」

「さっきの恐いねーちゃん」とイリス。「私の姉者。ルシーナ」

「ルシーナ。きらい」ポタージュ半眼になる。

「許したげて。アルフェの実、切ったげるから」

「アールフェの実ぃー♪」

 ルーンはベットに近づき、首のマフラーをふわっとハルモニアーにかける。

「ありがと」

「ここ、やっぱ、寒いね。こらアカンわ」

 ルーンは簡素な丸椅子引っ張りだして、座った。

 飛び上がった。

「冷たっ! 尻、冷たっ! なにこの部屋! 椅子が凍っとる!」

 ハルモニアー、笑う。ベットぽんぽんした。「ここ座り」

 ルーン、座る。

 ベットの上、わやくちゃとなる。

 寝ておるハルモニアー、座っとるトリフェーラとルーン、立っとるポタージュ、ポタージュの後ろにぎしっと乗ってくるイリス。

 ま、あたたかいと言えば、あたたかい。

「はい、どうぞ」

「はーい、どーぞー♪ アルフェの実ぃ~♪」

 シャクシャク。

 みんな食べる。

「ハル姉。シャクシャク」とルーン。「トリフェーラさまのとこ、行ってもらおう思うねん」

「・・・。」

「ハル姉に出張してもろとるあいだに、部屋1つ、空けさせるわ。

 ほんで、トリフェーラさまを『お招きのお礼に』て、その部屋にお招きする。

 両方とも、ハル姉に任せる。これでどうやろ?」

「そやに・・・邪魔にならんかに?」

「邪魔になっとんの、ハル姉ちゃうし」

 ルーンは言い切った。

「いま、1階を臨時で空けるように強く言うてきたけどね。

 これでは済まさへんで。ちょっと今回は、うちもカチンと来たからね。

 外交で手柄立ててもろて、イヤミのひとつぐらいは噛ましたろうって、ルシーナさまと相談してん」

「外交?」

「文化交流。

 ハル姉、鬼神さまのお話、作ってるやん?」

「うん。途中やけど」

「あれなんかええと思うで」

「それはええ考えです!」

 トリフェーラ、賛成する。

「女神さまと鬼神さまの話を、ハルモニアーさまが編まれたやなんて。

 そんなん授けて頂けたら、光栄です。最高のお土産になります」

「うん・・・」

 ハルモニアー、ちょっと沈んだ顔をする。

「・・・ルン姉」

「なに?」

「私、やっぱり、軍では役に立たへんかな」

「なんでよ。役に立ったやん。

 ハル姉、正門ではみんな奮い立たせてくれた。連絡将校もやってくれたやん」

「けど、目の前で戦いになると・・・私、手ふるえるし」

「そんなん、私もや」

「イリスとくらべたら・・・」

「イリスさまとくらべたら、うちも、みじんこや」

「そやに・・・」

 シャクシャク。

 しばし、みんながアルフェの実かじる音。

「ハルねーえ?」

「なに、ポタージュ?」

「猿の神の、ルーン見抜いたやーん」

「・・・。」

「ハルねーえ、かしこい」

 ポタージュ。

 そう言うと、ハルモニアーの柔らかい髪にちゅっちゅっとキスをした。

「・・・ありがとう」

「ポタージュ、わかってるやん!」とルーン。

「ぴぃちゅっちゅ!」ポタージュはばたく。

「あはは」

 ハルモニアー、声立てて笑う。

「あ、そえ! ポタージュも一緒に行ったらアカンかに?」

「外交? イリスの友だちやし、こっちは問題ないけど」

「うちも歓迎です。ぜひ、ご一緒に」

「よっしゃ。ほんなら・・・」

 決まり、と言いかけて、ルーンはイリスを振り向いた。

「あれ? イリス。アカンかった?」

「アカンくないけど」

「なんでふくれてるん?」

「えー・・・ふくれてへんもん」

「なんや。すねてるだけやったわ」

「すねてへんもん」

「ごめんね。イリス。予定あったん?」

「うーん」

 イリスは首ひねった。

「じつは、うちの領地、案内しようかなー思うててん。

 でも、いまやなくてもええし。雪積もったら、延期にするつもりやった」

「めっちゃ積もってんで」とルーン。

「そうなん?」

 イリス、明かり取りの小さな窓まで行って、ちょっとだけ開けた。

 それだけで寒々しい風の音がする。イリスすぐ締めた。

「ほんまや」


 白い雪で、世界は覆われつつあった。


3、冬の日のたのしみ


「本日はお招き頂き、ありがとうございます」

 ハルモニアー。

 胸に黒い物体抱えて、あいさつ。

 ぱちぱちぱち。

 拍手。

 広ーい部屋。大きな暖炉に、さかんな火。とてもあたたかい。

 ダークエルフが12人。ハルモニアーを囲んで、拍手しておる。

 湖の神殿。トリフェーラと巫女2人、護衛の女剣士1人、男剣士3人。

 新生アルス。カバリオ隊長と兵士2人。一般の避難民の代表が3人。

 以上である。

 ぱちぱちぱち・・・拍手、やむ。

「湖の神殿のみなさま。

 アルスの民の避難中、宿と食事を提供頂き、ありがとうございました。

 あらためて、御礼申し上げます。

 うちら姉妹も、お世話になりました。

 そんな湖のみなさんに!

 今日は!

 ちょっとした魔術を、お見せしたいと思います!」

 ぱちぱちぱち。

 ダークエルフども。

 拍手しつつ──あの黒い物体は、なんや? と、首ひねっておる。

 ハルモニアー、その疑問は放置。

 じつは妙雅の端末機・オクトラなのだが、説明はせぬ。

「それでは! 私のそばを、空けて頂いて・・・」

 オクトラを抱いたまま自分の周囲を片付けて、

「はい!

 では、私の妹とお友だちに、来てもらおう思います!

 イリス、ポタージュ! 私のそばに、あらわれよー!」


 ばさっ。

 イリスとポタージュ、出現す。


「きゃあ」「うわあ」「うおっ」「なんやと!?」「転送の術!?」

 ダークエルフども、びっくり仰天である。

 ・・・ちなみにカバリオ隊長も「うおっ」とか言うとる。へたくそな演技である。

「あはは。いかがですかー?

 私の妹、イリス。そして、お友だちのポタージュです!」

「ああ、イリスさま」「ポタージュて、猿の神をやっつけた?」「なんやと」「英雄やないか!」

 ダークエルフども、驚く。

 ポタージュ。

 ふわさー・・・と、青いつばさ広げた。

 左右にダンスしだした。

 何するんかと思うたら(打ち合わせにないアクションだったんである)、歌いだした。


 ♪おそらには ポタージュ

  じめんには イーリスー

  すんでおる ほっほー


  よぞらには おつきさん

  みずうみにゃ しーんでん

  アルフェの実ー ぴぃー、ちゅちゅちゅ!


「替え歌」とイリス。「2人で考えてん」

 沈黙。

 素人2人の唐突なアクション。これは、すべったか!?

 そこを、ハルモニアーがにっこり笑ってフォロー。

「いかがですかー?

 ポタージュの、うたごえ!

 猿の神さんを撃退した英雄っちゅうのは、みなさん、御存知でしょうけれども。

 こーんな可愛い、綺麗な声してるて、知ってましたー?

 私たちの友だち。よろしくお願いしますねー!」

 ぱちぱちぱち。

 ダークエルフども、ふたたび拍手。

 笑って、イリスとポタージュを歓迎した。


 雪の積もってゆく、丘の街。

 ぽかぽかと温かい暖炉の部屋で過ごす、冬の日のハルモニアーであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る