お猿さんと、ポタージュ(7) イリス、兄者にあう

36、戦の、そのご


 アルフェロン同盟は、戦に勝った。

 丘の街は、門を2つ破壊されるという大きな被害を出しながらも、防衛に成功。

 祝勝会は後に回し、雪の舞う中、ぶっ壊された門の修理を急ぐ。

 巨人の国は、引き揚げた。巨人のお弟子さん3人を残して。

 お弟子3人。門の残骸ヒョイヒョイつまみ、綺麗にして「任務完了」と言うて、帰った。

 ルーン司令官率いる新生アルスは、『国』の再建設。

 洞窟マンションの完成を急ぎ、アルスの国民に安らかな眠りを取り戻すのだ。


 で、負けたほうは?

 『猿の神の湖の帝国』は、どうなったのか?

 これが、さんざんなありさまであったらしいのだ。

 丘の街を襲った軍団はばらばらとなり、行方不明をたくさん出した。

 雪が舞い、夜ともなれば霜が降りる時期の行方不明。たくさん亡くなったことであろう。

 また、なんとか生き延びて、拠点まで帰り着いた者も・・・


「なんで?」「なんで、灰に?」

「我らの、水軍基地。たった一日で、なんで、廃墟に?」


 ・・・燃え尽きた拠点を見て、愕然とした。

 アルフェロン湖のほとりに築かれた、水軍の基地。

 まあ、基地と言うても、港と倉庫と宿泊所があるだけですが。

 無骨な集落だが、あったかい飯とベットだけは、用意してもらえる。

 そう思うて、兵士どもは逃げて来たのだ。

 その基地が。

 灰塵(かいじん)と帰して、雪に埋もれておった。

「空から、かみなりが・・・」

 ヨロヨロと現れた、基地の守備兵が、泣きながら説明する。

「丸っこい、空飛ぶ円盤が、雲ン中から降りて来てよぉ・・・。

 ぼーん、ぼーんって、かみなり落として・・・。

 ビカッって光って、煙がもくもく、火が上がり・・・。

 俺たちゃ、何もできずに、ただ、ただ・・・おお!」

「そいつぁ・・・巨人の国だ!」

 逃げてきた者どもの、1人。

 弩砲船の班長が叫んだ。

「巨人の国の、空飛ぶ円盤だ!

 俺らの弩砲船も、そいつにやられたんだ」

「きょ・・・巨人も、空を飛ぶのか。エルフだけじゃなくて」

「ああ! エルフなんぞに、戦ァ仕掛けたのが、馬鹿だった!」

「おいてめー、いらんこと言うな。大将にぶん殴られるぞ」

 兵士ども。

 見回す。

「そういえば、大将はどこだ?」

「え?」と、基地の守備兵。「基地には帰って来てねーぜ」

「なんだって」

 兵士ども。

 焼け跡を探し、港に残った船を探し、あっちこっちを探し回った。

 『帝王』──猿の神の居場所を、探しつづけた。

「い・・・いねえ」

「どこにも、いねえ」

 ヒューマンども。

 雪の中で身を寄せ合い、呆然とする。

「大将・・・いったい、どこに居られるんで・・・?」


37、猿の神の、そのご


 猿の神は、いったい、どうしておったのか?

 それは、こんな話となって、伝わっております・・・


──

 『猿の神、南の島にひとりぼっち』


 猿の神。女神イリスに、飛ばされて。

 気がついたらば、森の中。

 「なんだ? こいつァ? いったいどこだ?」


 高い木の上、するすると、登って、周りを見たならば。

 あにはからんや! この場所は! 海に浮かぶ、無人の孤島!

 お猿さん、驚き、がっくり、納得す。

 「なるほど、なるほど・・・こいつァ、歩いちゃ帰れねえ」


 何千日もの、島暮らし。嘆きの日々の、その果てに。

 猿の神。沖にひとつの小舟を見た!

 釣り人乗ったる、釣り小舟! 千載一遇の機会なり!


 「しめた! 『ものまね』のルーン! あの舟を、ここへ!」

 お猿さん。得意のルーンで、舟をまね、

 そいつに飛び乗り、漕ぎだした!

 「おうい、おうい、そこの舟! 助けるがよい、この俺を!」


 「おや? 君は、何者だね?」

 ひょろひょろとした、釣り人は、お猿を眺めて、そう言うた。

 「はん! 耳ィかっぽじって、聞きやがれ!」


 「この俺さまは、猿の神! ヒューマンの祖にして、湖の帝王!

  『ものまね』のルーンの所有者さァ!

  わかったら、俺を陸まで、案内しろ!

  好きなお宝、くれてやる!」


 すると釣り人、バシン! と釣り竿叩きつけ、

 「私には、きらいなものが、ふたつある。

  天の女神の御剣(みつるぎ)と、愚かな王の命令だ」


 「話のわからぬ、ばかなやつ!

  頭に来たぞ、殺してやる!」

 と叫ぶや、電光石火!

 お猿さんは、飛び掛かった!


 「おっと、危ない」

 釣り人は、ひらりと避けて、ばしゃーんと。

 海に飛び込み、ぶくぶくもぐる!


 なんと、なんとも! 釣り人は!

 さかなの姿に、化けよった!

 すいすいすいー、すいすいと、

 泳いで逃げてゆくではないか!


 「なんだと!? さかなに、なっただと!」

 猿の神。びっくり仰天!

 口をぽかーん、腕だらり。おさかな見つめ、不思議がる。


 「いやいや、待て待て。

  他人にできる、ことならば!

  この俺さまに、真似のできぬはずはなし!

  『ものまね』のルーン! 俺さまよ、あの姿になーれ!」


 お猿さん、こちらもさかなに、ばしゃーんと。

 海に飛び込み、ぶくぶくもぐる!

 すいすいすいー、すいすいと、丁々発止の、おさかなレース!


 「なかなかやるな。では、こうだ」

 釣り人、ふたたび、化けよった。

 なんと! こんどは、くじらになった!

 大口開けて、お猿さんをば、呑み込まんとす!


 「喰われてたまるか、『ものまね』のルーン!」

 お猿さんも、くじらとなった!

 くじらとくじらの、大激突! 海を割っての、たたかいだ!


 頭をごっつん、尾びれでばしーん!

 大激戦を、くり広げ。いつまで経っても、勝負がつかぬ。

 釣り人、あきれて、こう言うた。

 「きりがない。君が負けたと認めるならば、陸に案内してやろう」

 

 「本当か? 本当ならば、認めるぞ。

  俺の負けだ! 着いたらば、宝もたっぷり、くれてやる!」

 「よし、負けを認めたな? それじゃ、宝は頂くよ」


 釣り人と、お猿さんとは、くじらのまんま、

 ざんぶらがんぶら、海をゆく。

 やがて、陸地が、見えてきた。

 大きな河口が、見えてきた。


 「あれなる河は、アルフェの大河。

  さかのぼったら、アルフェロン。あんたの故郷に、着くわけさ」

 「やれ助かった! 礼を言う!」


 「礼はいらんよ。宝でいいさ」

 「もちろんさァ。国まで来いよ。いやと言うほど、くれてやらァ!」

 「いいや。とっくのむかしに、もらったよ。

  それじゃ、これで、さよならだ」


 釣り人くじら、そう言うと。

 海の彼方へ、泳ぎ去った。

 お猿さんを、浜辺に残して。


 「なんもやっては、おらんのに。宝はもらった、などと言う」

 お猿さん。不思議がるが、すぐ忘れた。

 「まあいい! この、故郷の大地に、立てたのだから!

  どんな宝であろうとも、引き換えにくれてやろうとも!」


 お猿さんは、帰国した。

 湖の国の都にもどり、正門行って、呼ばわった。

 「──おおい、ヒューマン! 息子ども! この俺さまが、帰ったぞ!」


 「俺さま? 誰だ? みじめな、馬鹿の、蛮人め!」

 「はっ! 馬鹿は、どっちだか。

  『ものまね』のルーン!

  そいつの武器を、俺さまの手に!」


 ところが!

 『ものまね』のルーン、はたらかぬ。

 ちっともさっぱり、効きはせぬ。


 「ありゃァ? なんでだ? どうしてだ?

  『ものまね』のルーン、はたらかねー!」

 ヒューマンどもは、大笑い。

 「『ものまね』のルーン? そいつァ、レガーさまの持ち物さ」


 「なんだって? レガーさんたァ、一体、誰だ?」

 「盗っ人の、ルーン盗みの、神さまさ。

  まぬけで野蛮なお猿から、『ものまね』のルーンを盗んだそうだ」


 「・・・ああ! そうか、そう言えば!

  あの釣り人め、言ったっけ!

  『とっくのむかしに、もらったよ』と!

  俺さまの、ルーンをそっくり、盗んだわけかァ!」


  地団駄踏んだが、あとの祭り。

  お猿さん、ルーンを持たぬ神さまに、なってしもたというわけじゃ。


──


 お猿さん。このとき、信者もずいぶん盗まれた。

 ヒューマンども。猿の神が帰って来んからというて、他の神々に乗り換えたのだ。

 犬の女神、太陽の女神、光の女神に、剣の女神。

 果ては、ルーンを盗んだ盗賊の神まで。

 ヒューマンの、色んな神を信じる文化は、このころ始まったことだとか。


38、イリス、兄者にあう


 戦のあと、しばらくして。

 正門と水門の応急修理が終わったころ。

 巨人の国の外交使節が、『丘の街』にやって来た。

 目的は、先の戦いにおける戦功について。それと、延期されとった祝勝会である。

 もちろんルーン司令官とルシーナ参謀もこれに加わって、「イリスに大いなる戦功あり」と、主張をした。


 主立った戦功は、こんな感じに評価された。

 ・敵水軍基地の破壊・・・巨人の国、武鬼(ぶっきー)近衛隊長。新生アルス軍、ルシーナ参謀。

 ・敵弩砲船の破壊・・・巨人の国、武鬼近衛隊長。丘の街、フォームラー空中警備隊長。

 ・猿の神の撃退・・・新生アルス軍、ルーン司令官。同、女神イリス。イリスのお伴、ポタージュ。


 そして、祝勝会が開かれた。

 主な戦功に名を上げられたイリスは、もちろん参加。

 アルス軍のダークエルフたちが徹夜して白銀のマント縫ってくれた。それを着て。

 ルーン司令官と並んで、褒美の目録を受け取った。

 ・・・え? なんで目録かって?

 そりゃあ、あなた。領土なんて、ポンと手渡せるもんじゃないでしょう?

 そうなのだ。

 イリスは、猿の神を撃退した褒美に、領土をちょっとばかりもろうたのだ。

 なんと、女神イリスさま。人間の世界で、領土持ちというわけである。

 ま、ただの未開の森ですけれどもね。住んでおるのは、へびぐらいだ。

「領土なんて、どないしたらええのかに?」

 と、イリス。

 すると、ルシーナが唇を寄せてささやいてきた。

「適当な人間を代官に選び、丸投げすればよい。私もそうする」

「ほな、カバリオ隊長」

「ああ」ルシーナ笑う。「奴、嫌がりそうやが」

「隊長放っとくとどっかで死にそうやに。縛りつけておこう思うて」

「なにえ。おかん(お母)」

 ルシーナはけらけらと笑うた。


 ちなみにポタージュも領地をもらうことになったが、本人、来ておらぬ。

 イリスが招いて、一応近くまでは来たのだが、逃げたんである。

 空警の隊員の青いレザーアーマー見たとたん、

「『空間』のルーン! あいつら居らんところへ、ポタージュを落ち着けよ!」

 ぱっ。

 ・・・と消えたっちゅうわけである。


 ルシーナが訊いてくる。

「結局、あれはなにえ。ポタージュ。人か、鳥か」

「うちらと一緒やに」

「一緒」

「人なんか神なんか、わからぬ」

「なるほどに」

 姉妹が談笑しとるところへ、ルーン司令官がやって来る。「あいさつ行こか」

 ハルモニアーもやって来た。ルーンお付きのスカルドがすっかり板についておる。

 4人。いずれ劣らぬ美女。

 歩くと、パーティー会場の人目を思いっきり引いた。

 中でも目立っておるのは、イリスである。でっかいので。

 次がルーン。とにかくこの娘は男装するとかっこいい。背高い。姿勢いい。凛々しい。ハイエルフの女どもが歓声上げておる。

 そしてハルモニアー。『可愛い』と『妖艶』のあいだを行ったり来たりする感じで、男どもがのぼせておる。

 ・・・なんでか知らんが、今日は全然目立っとらんのがルシーナ。いちばんの美人のはずが、なんか、くすんでおる。

「姉者、なにしておるん?」とイリス。

「なにてなにえ」

「なんかおかしいえ」

「あなや。失礼なり」

「わかっておるくせに」

「うむ」ルシーナ、にやり。「どえ? 研鑚(けんさん)の成果」

「あの神さまみたいな光、隠せるようになったん?」とルーン。

「うむ。神威(しんい)な」

 言われてみれば。

 ルシーナの仮名の元ともなった、輝くような美貌。今日はちっとも輝いておらぬ。

 ハルモニアーにはもやーっと輝かしい光がまとわりついておるが、ルシーナにそれがないんである。

「なくなったん?」イリス、心配する。

「なくなってはおらぬ。むしろ、隠すのに苦労しておる」

「なんで?」

「それはもちろん、女王より目立tt」「はいそこまで。もうよし」ルーン、すかさずカットである。


 丘の街の領主にあいさつをし、戦功の礼を述べ、また総大将としての見事な指揮を讃える。

 同じように、巨人の国の礼鬼(れいぎ)外務大臣ともあいさつ。

 武鬼(ぶっきー)近衛隊長から、「後で話さんか」と言われ、ルシーナが「よろこんで」と応じる。

 合間に有象無象から褒めたたえられ、いやみを言われ、笑って受け流す。

 ハルモニアーがスカルドらしく話題を操作してくれるので、イリスたちは楽ができた。


「イリスさま」

「あ、カバリオ隊長」

 茶のダークエルフのカバリオ隊長。礼装着て、イリスに深々と礼をする。

 この男、戦いになると「野良犬め」などと敵を罵倒するが、堅苦しい場面では堅苦しく振る舞える、頭のええ男である。

「ポタージュさまから、伝言が」

「なんて?」

「『ごめん。いや』」

「うちからも『ごめんね』言うて、アルフェの実、贈ってあげてほしいねん」

「かしこまりました」

「あと、たいちょー、うちの領地の代官よろしく」

「・・・は?」


 やがてパーティー終わり、それぞれの控え室へ。

 控え室で、しばしだらける。お茶呑んだり化粧直したり「さて次は女王」「もうええって」といつものネタをやったりしたあと、ルーンとハルモニアーが立ち上がり、出て行った。

 残ったルシーナが、イリスを誘う。

「武鬼兄者んとこ行くえ」

「うん。ハル姉は?」

「ルーンと2人で丘の街。そのあと、ピンクの事務局長」

「そか」

 イリス、ルシーナと共に、巨人の国の控え室へ。

 新生アルスもそうだが、巨人の国の控え室も、領主の館の客間である。

 丘の街のような小さい街にしては十分に豪華な客間である──が、赤鬼が2人座っとると、おもちゃの部屋みたいに見えた。

「おお! イリス!」

 でっかい赤鬼兄弟の中でも、飛び抜けてでっかい赤鬼。

 鬼神そっくりな顔して、鬼神そっくりなうるさい声で、イリスを出迎えてきた。

「顔を見るのは──同盟結成の会議以来か?」

「武鬼兄者。お話しするのは初めてですに」

「そうだな。元気そうだのう!」

「そうですに」

 イリス笑う。

「あのときはもやもやしておったに。いまは、さっぱりしておりますえ」

「おお! そうか!」

 武鬼、母違いの妹の肩をばんばん叩く。

 男兄弟育ちらしい乱暴な態度だが、ちゃんと加減はしておる。武鬼、こう見えて結構ハイエルフの女どもと遊んでおり、女が怪我したり怯えたりせんような加減はうまいんである。この点は鬼神とはちがうところであった。

「いや、本当にびっくりしたぞ!

 猿の神をやっつけるとはな!

 ルシーナも俺も、基地攻撃で活躍したつもりだったのにのう。

 すっかり消し飛んでしもうたわ! 大活躍じゃ!」

「まったくですえ。けらけら」ルシーナ笑う。

「ポタージュとハル姉のおかげですえ」

 とイリス。ルシーナ、脇腹つつく。

「・・・あとルシ姉」

「わっはっは」

 武鬼閣下、ご機嫌である。

 しばしそんな感じで豪快な会話がつづく。

 が、お茶を呑んだタイミングで、武鬼は神妙になった。

「──しかし、我らは、失敗もした」

「失敗?」

「楽勝だと思い込み、油断をした。

 そのせいで、正門でも水門でも、大きな被害が出てしもうた」

「油断?」

「弩砲のこと。猿の神のことだ。

 あの2つは、完全に手抜かりであった。

 そのため、ダークエルフに被害が出たと聞いておる」

「はい。我が軍では、ルーン司令官直属の精鋭兵が、2人」とルシーナ。


 ・・・この時代、兵士と兵士の斬り合いで、『即死』などということはまず起こらんかった。

 何回も斬られた末に失血死することはあった。また傷が化膿して(かのうして)死ぬこともあった。

 しかし、失血や化膿は、太陽の女神のわざで、治せるのだ。

 太陽の司祭がいれば、助かるのだ。


 神剣“グレイス”のような、例外を除いては。


 ものまねグレイス。

 猿の神が『ものまね』のルーンで生み出した、オレンジの二刀。

 斬られた者たちは、即死であった。


「・・・我らには、油断があった」と武鬼。「指揮官には、あってはならんことだ」

「そなたの勘を生かしておればと、私も、悔やんだ」とルシーナ。

「・・・。」

 イリスは口を閉じて、しばし、考えた。


 死んだ2人とは、洞窟マンションの建設のとき、一緒に護衛をした。

 ルーン隊とカバリオ隊は仲が良かったから、よく訓練もしたし、呑みにも行った。

 ハルモニアーの駆け出し時代、酒場に応援に来てくれた奴らでもある。

 そんな2人が、この世に居らぬ者となってしもうた。

 イリスとは裏腹に。名もない兵士のまま。


 イリスは口を開いた。

「やったのは、兄者でも姉者でもない。猿の神やえ」

「うむ・・・」

「うち、思うに。

 戦になったらば、こうなるのはやむなしえ。

 知り合いが死ぬ。友人が死ぬ。恋人が死ぬ。親子が死ぬ。

 そやに、避けれるものなら、避けるべし。

 避け得ぬならば、」

 イリス。

 がしっ! と、拳を打ち合わせた。

「力もて、勝つべし! 死を、減らすべし!」


 沈黙。


 ルシーナ、ふーんと鼻高々となった。「どえ」

「なるほどのう!」

「兄者」

 ここで、礼鬼が動いた。

 いままで黙っとった赤鬼外務大臣、起動である。

「団子でも出しますか?」

「おう、それがええわい!」

「お団子?」団子好きのイリス、反応する。

「おう。ハイエルフの麦団子に、なんか色々詰めたもんだ。でかいぞ」

 武鬼。

 『うまいぞ』ではなく『でかいぞ』と自慢する。

 礼鬼の説明はもう少し丁寧であった。

 イリスの握り拳ぐらいあるバカでかい団子を出しながら、

「巨人風麦団子です。

 ハイエルフ風の3倍ぐらい直径がありまして。

 肉と野菜のソースが、たっぷり入ってます」

「わあ!」

 イリス、わっしと握って、かぶりつく。

 ちょっと手にくっつく麦の部分は、あっさり、もっちもち。

 がぶりと噛みつきゃ、じゅるり! 飛び出す肉野菜ソース。こってり、ピリリ、濃ゆ~い味。

 粘つく麦を、水けたっぷりの根菜がほぐす。

 挽き肉に混ざった軟骨の、コリコリした歯ごたえに、柔らか~い麦がつるつる絡む。

「おいしい!」

「わっはっは、そうか! くっくっく。母上に言うたら、どんな顔するかのう?」

「えー・・・」礼鬼が微妙な顔をする。

「それ、その顔だ! そういう顔をするにちがいないわ。わはは」

 イリス、がぶがぶ噛みついて、平らげる。

 ルシーナは手をさまよわせておる。「・・・切ってもよろしいかに?」

「ああ、もちろん! ナイフと串はこちらに。

 エスロ博士なんかは、切った上に、スープをかけて食べたりなさいますよ」

「もぐもぐ。

 ・・・ん、なるほど、これはうまい」

「そうかそうか。口に合うか。

 女神さまだというから、なんか特別なもん食うかと思うておったわい」

「父上は一緒ですからに」

「ふはは。それもそうだのう」

 武鬼も団子をわしづかみ、がぶっと食べた。

「父上なあ」ぼやく。「まったく! のこのこ出て来たら、一発ぶん殴ってやったのだが」

 武鬼。

 ギロッと窓の外を睨む。

 鬼神の姿はない。戦のときなら覗いておったかも知れんが、いまはない。

 まあ居ったとしても『隠蔽』のルーンでコソコソと隠れておるだろうけれども。


 ・・・あれ? なんか鬼神、すごく情けないですね。


「やはり、怒っておられるのですかに? 巨人の国では」

「怒っておる」と武鬼。

「あきらめました」と礼鬼。

「おまえ! そんなんだから! 外交の責任者として!」

「はあ。兄者。いいですか?

 父上が出て行かなければ、妹たちは、この世に居らんのですよ?

 武鬼兄者は、そのほうがいいとおっしゃるのですか」

「ぬ!?」

「私は、いまこの世界のほうが良いと思いますなあ。

 妹たち、可愛いじゃないですか。とんでもなく優秀だし」

「この・・・おまえ! 卑怯者! 自分だけ売り込みおって!」

「外交の責任者ですからね」

「くそう!」

 やかましい兄弟である。

「・・・母上は、やはり、お怒りですかに?」

「・・・・・・・・・うむ」武鬼、顔が暗くなる。「ものすごく」

「私らが顔を出したならば・・・」

「いかんいかん!」

「それはいけません」

 武鬼と礼鬼が一致した。

「俺らは男だから、おまえたちに優しくできるのだ」

「母があなた方に会うたら、お月さまへの恨み、噴き出すにちがいない」

「絶対にいかんぞ。・・・ああ恐ろしい。鳥肌立ったわ」

「母は巨人ですからね。怒ると、何をするやら」

「何もせんときの方が恐いわ。あのババア」

「ババアは言い過ぎですぞ、兄者」

 ルシーナとイリス、顔を見合わせる。

 イリスは2つ目の団子をもっちゃもっちゃ噛みながら考え、呑み込んで、こう言うた。

「茨の道みたいやに」


39、イリス、力くらべする


「ところで、イリスはどのぐらい強いのだ?」

 武鬼が変なことを言い出した。

「兄者・・・いけませんぞ」

「なにがいかんのだ」

「ここで手合わせなんかしては。館が壊れますぞ」

「わかっとるわい。話のついでだ」

「話のついで級のことじゃありませんぞ。英雄同士の手合わせは」

「ま、」

 ルシーナが鼻高々に言うた。

「我ら三姉妹で最強。アルス軍においても最強。丘の街においても、最強と考えますえ」

「ルシ姉、言い過ぎえ。空警には手も足も出んに」

「ほう! 空さえ飛べれば、空警にも勝てるか!」

「うーん・・・『蛇魔弾』は手強いですに」

「おう! わかっとるのう!」武鬼、大喜びである。「あれはなんせ、鬼神台がやられる呪文だからな」

「きしにぃが?」

「うむ。昔な。まだ、四角い台だったころにな」


 武鬼。

 鬼神台が若かったころ、空中戦で『蛇魔弾』にぶっ壊された話をして聞かせる

 (このお話では、2章の『空飛ぶルーン魔術師(後)』でのことですね)。


「弓があったら、どないでしたかに?」

 イリスと武鬼、盛り上がる。

 『空警を倒すとしたら』という、丘の街には聞かせられん話題で。

「弓ではな。『銀貨の盾』で完封されるだろう」

「では、網?」

「そうだな。網なら。しかし、届かんのう」

「おでこ大砲で撃ち出せませんかに?」

「おう。鬼神台系の大砲なら、口径もあるしのう・・・弟に言うてみるか」

 その話題を。

 礼鬼がさえぎった。

「──兄者。もう、あまり、時間が」

「なぬ!?」

 武鬼、『そんな!?』という顔する。

 こういう表情わかりやすいとこ、じつに鬼神そっくりである。

「まだ、手合わせもしとらんのに!」

「手合わせはどっちみちだめです」

「残念ですえ」とイリス。「兄者に手ほどき願いたかったに」

「おお! そう言うてくれるか。いつかそのうち、ぜひやろう」

「喜んでやりますえ」

「手ほどきと言えば、ルシーナは、術が得意とか?」と礼鬼。

「はい。色々と研鑚しておりまする。いつか流派を開き、生徒を取るのが夢ですえ」

「そのときには、ぜひ、我らにも学ばせて頂きたい」

「月の術を?」

「まあ、色々と難題はありますが・・・」

 礼鬼はまた微妙な顔をした。

「我ら、巨人の国は、いくつかの問題を抱えております。

 ひとつは、我ら兄弟に妻が居らず、子も居らぬという一大問題」

「存亡の秋(そんぼうのとき)だわな」

「武鬼にぃは、落ち着いておられますに?」とルシーナ。

「焦って捕れるもんでもないからな。

 ハイエルフはずいぶん口説いたが・・・奴らは、ダメだ。

 永遠の春の、ほんの一日、我らと遊んでみたという調子でな」

「そですに。奴ら、そういうところありますえ」

 ルシーナ。ハイエルフには辛辣である。

「ダークエルフはいかがですかに?」

「母上が怒り狂いますね」と礼鬼。「それがなければ、巨人の国はダークエルフ向きだと思うのですが」

「地下の王国ですもんに」

「そうです。

 問題のもうひとつは、術師の不在ですね」

「なぜ術師が?」

「出産、収穫、怪我や病気の治療・・・ほか、色々なことで。

 ダークエルフだと、治療師、キノコ農家、月の巫女が分担しているようですね」

「キノコ農家っちゅうたら、」とイリス。「ルーンがそやったに」

「秘伝のわざで、自由自在にキノコを繁殖させるとか。ま、うわさですが」

「知らんかった・・・」

 イリス、びっくりである。

 ルシーナを見る。なんか目そらされた。

「姉者、知っておったに?」

「いくらかは」

「なんで教えてくれへんかったん?」イリス、ショックである。

「ルーンが、めっちゃ渋い茶呑まされたみたいな顔したに」

「え? ルン姉、怒ったんや。なんで?」

「私がカッとなり、無理にほじくり返したゆえ」

「・・・なんでそなことしたん?」

「『ルシーナは知らんでええ』など言うて、そっぽ向きよったのえ。あいつ。

 この私が頭を下げて、参謀としてアルスの生活を知りたいと、お願いしたに。

 なんでもかんでも秘密にしおって!」

「あー・・・」イリス納得である。

「ダークエルフは秘密主義ですからね」

 礼鬼がまとめた。

「ま、そういう、社会のサポートをしてくれる知識階級がね。

 巨人には、いらんかったので」

「いらんかった?」とイリス。

「巨人はお産で死ぬこともないし、病気もしないのです」

「へー」

「でも、鬼はちがいますからね」

「俺らの子供は、俺らより弱いかも知れんからのう」

「なるほどに・・・」

「エスロ博士じゃアカンの?」とイリス。

「研究がお忙しいので。ルーン魔術師は、出産や治療は専門外ですし」

「わかりました!」

 ルシーナは膝を打った。

「私が弟子を取れるようになった日には、よろこんで相談に乗りまする。

 それまでは『湖の神殿』に頼み、治療の窓口を作ってもらうということでいかが?」

「おお、助かります! 条件は、あらためて話しましょう」

 ルシーナと礼鬼、がっしり握手。

「イリス。俺らもそのうち手合わせをするぞ」

「やりますえ」

 イリスと武鬼。がっしり握手。

 ・・・と。

 イリス。

 テーブルを見て、いらんこと言うた。

「腕ずもうなら、できますに?」


「時間がないというのにから・・・」礼鬼が愚痴を言う。

「ええから合図をせよ!」

「やれやれ。

 いいですか?

 よーい・・・はじめ!」


 イリスと、武鬼。

 腕ずもう開始である。


 体格で言えば、話にならぬ。

 イリスは女にしては背が高いけれども、まあ、人間の範疇である。

 武鬼は身長と言えば10尺でイリスの2倍ほどもあり、胴の太さ腕の太さなんかは2倍では利かぬ。


 だのにから。


「む・・・む・・・!?」

 武鬼が、驚いておる。

 初めは加減をしておったのだ。

 下手に体重を掛けては、イリスが怪我をするかも知れん。そう思って、腕の力だけで相手をした。

 びくともせぬ。

「もう少し行けますえ」と涼しい顔で言うて来おる。

「おまえ、どれだけ力があるのだ?」

「自分ではわからへん」

「私とハルを合わせたよりは強いですえ」とルシーナ。

「それじゃわからんのう・・・」

 武鬼、次第に力を入れてゆく。

「痛かったら言えよ」

「はい。もう少し行けますえ」

「むむ・・・・・・・・・痛かったら、言えよ?」

「もう少し行けますえ」


 ミシッ。


「そ、そこまで!」礼鬼が止めた。「引き分け! やめ! やめ!」

「なんで止める」と武鬼。

「テーブルが『痛い』と言うておりましたえ」とルシーナ。

「む」

 武鬼、テーブルの下覗く。

「足がめげとる」

「ええ!?」礼鬼あわてる。

「ハイエルフのもんは、やわくて(軟弱で)いかん」

 武鬼、立ち上がった。

 イリスの肩に手を置き、にっこり。

「強いのう。うちに欲しいわい」

「うちに?」

「うむ。おまえほど巨人の国にふさわしい女傑、この世に居らんわ」

「却下ですえ!」ルシーナあわてる。「イリスはだめ!」

「ふっふっふ。まあ、そうだろうのう」


 イリスとルシーナは、こうして兄者との面会を終え、部屋にもどった。

 この面会こそ、イリスの未来の定まった瞬間であった。

 イリスにも、世に出づるときがやって来たんである。


 だがイリスは、このときは誰にもそれを言わなんだ。


「・・・。」

「どうしたのえ?」

「うん」

 イリスはただ、にっこり笑って、こう言うたんである。

「楽しいなあと思うて」

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