お猿さんと、ポタージュ(6) 鬼神、姿なし

28、義勇兵、謎の声をきく


「うおお! イリス!」

 ごっついおっさんの声がした。

 戦争真っ最中の、丘の街。

 とある建物の、屋上である。

 その声は通りまでよく響き──

「ひっ!?」「なにえ。いきなり」

 見回っておった義勇兵が、びくっとする。

 ハイエルフ義勇兵。若い男の2人組(まあハイエルフ、実際の年齢はわかりませんが)。

 市内安全のため、てくてく歩いて見回ったおった2人が、声のした建物へ駆けつける。

「こっから聞こえたえ!」「ほんまかに?」

 走ったためにズレた革のかぶと直し、屋上を見上げる。

「・・・。」

 建物。

 3階建てのマンションであった。

 このあたりでいちばん高い建物である。大通りに面しておる。日当たりよし。良物件である。

「ここからは、見えぬに・・・」

 屋根は平らな造り。

 下から見上げても、屋上の様子、わからぬ。

「か、か・・・確認せねばならぬ」「むむ・・・」

 2人。

 びくびくしつつ、マンションに入る。

「はあ。こづかい稼ぎのつもりやったに、」ぼやく。「どうか、敵だのどろぼうだの、居りませんように」

「ま、万が一、敵であったならば」

「んなもん・・・助けを呼び、逃げるよりなし」

 1階入ったとこは、暖炉のある集会室であった。

 大きな暖炉。マンション全体を温める、かしこい設備である。

 ただ、いまは市内全域『火つけるな』の命令下。敵軍の遠距離攻撃で火事になる恐れがあるので。ゆえに、火はついておらぬ。寒いのに。

 冷え切った暖炉の前。住民と思われるハイエルフの男どもが、3人立っとった。

 1人は腰にショートソード差し、も1人は手に包丁と鍋を持つ。最後のは物干し竿かまえておる。

「だれえ? なにえ?」ショートソードが、きびしく誰何(すいか)してきおった。

「えー・・・義勇兵見回りでございまする。第67連隊のー・・・」

「ちがうに。第17連隊、第67部隊、第201班やえ」

「はあ。たしかに。

 17の67がこの地域担当と、聞いておりまする」

 ショートソード、態度やわらげる。

「私は、当マンションの所有者。こちらは、住民有志の方々ですえ。

 ──して、義勇兵どの。何事?」

「いま、屋上で声がしまして」

「すわ! 敵か! 火事場どろぼうか!」

 ショートソード、色めき立つ。

「武器抜け! 気合入れよ! 賊、撃退すべし!」「わー」「わー」

「あ、その、敵と決まったわけでは。聞き違いかもしれず・・・」

 義勇兵が言うが、聞いとらん。階段駆け上がってゆく。

「あなや」「ちょうどえええ。後からついてくべし」

 ついてく2人。

 階段ぐるぐる登って、はね上げ戸(すでに住人が開けておる)から、屋上へ。

 屋上は、平ら。手すりとか一切なし。雨樋(あまどい)の半尺足らずの段差あるのみ。

 ショートソードや包丁ギラつかせながら、うろうろする住人。

 義勇兵、その気迫にちょっとびびる。

 ・・・ちなみに、丘の街。マンションのオーナーは、従軍経験者が多かったりします。

 農家の三男などの、家も土地も相続できん者どもが、軍に入り、金貯める。マンション買ったら、退役する。

 これ、人気の人生プランなのだ。

 永遠に若い種族なのに、堅実なことですね。

 たぶん、ここのオーナーも元軍人だったんであろう。義勇兵より、ずっと武器が似合っておる。

 その迫力のショートソード。ギロリと振り向いてきた。

「・・・誰も居りませんに!」

「あなや。では、聞き間違いかもしれませぬ」

「なんと! 人騒がせ! 報告は正確に!」

「あいすみませぬ」「ご協力まことに」

 義勇兵2人、ムニャムニャ誤魔化して、階段駆け下りる。

 通りに出る。まだ屋上から睨まれとる。首すくめてスタスタ立ち去る。

「・・・そなたのせいで、怒られたに!」

「はてな? たしかに声がしたのやが」


 はてさて。姿なき声。いったい、誰の声であったのか?


29、鬼神、姿なし


 屋上。

 義勇兵が去り、マンションのオーナーも去り、誰も居らんようになったあと。

「・・・声出したら聞こえると、注意したに」

 女の声がした。

 綺麗な声。

 鈴の音がごとき声である。

「よりによって、『うわあ』などと、大声。うかつなり」


 ──屋上には、誰も居らぬ。ねこ一匹、居らんのである。

 にも関わらずの、女の声!

 いったい、なんの怪奇現象か!?


「あいすまぬ」

 今度は、男の声がした。

 おや? この声。先ほどの『うおお!』の声ですよ。

「──しかしな。お月さんや。

 可愛い娘が、ピンチだったのだ。

 声ぐらい、出るわい」

「その声がうるさいのえ」

「そうは言うてもな! 私はもともと、生まれつき、声でっかいのだからして!」

「しーっ」

「む! ・・・それにだ。おまえだって『ひっ』となっとっただろうに」

「なっておらぬ」

「なっとったわい! イリスが、路地に逃げ込んだとき。

 『ひっ』って言うたわ!」

「言うておらぬ」

「言うたわい!」

 ぶわっさ、ぶわっさ・・・。羽ばたきの音がした。

「む」

「言うておらぬ」

「・・・わかったわかった。わかった」

 男。

 深呼吸したしたようである。

「私たちの娘が、勝ったのだ。けんかはすまい。

 可愛いイリスを褒めたたえるとしよう」


 ・・・はい。もうおわかりですね?

 『うおお!』の声は、鬼神でした。

 鬼神。

 娘が心配で見に来たものの、人間の戦に関わるつもりはない。

 それで、姿を隠して観戦──と、こういうわけだ。

 それにしても、どうやって姿を隠したのでしょうね?


「しかし、『隠蔽』のルーンはな・・・」

「なにえ。文句あるのかに?」

「いやいや、すごいルーンだ。さすがは、お月さんじゃ」

「よろしい」


 なんと。

 月の女神の『隠蔽』のルーンが、その答えでありました。

 『隠蔽』は、どんなものでも思いのままに隠せるというルーンだ。

 完全に消えることもできるし、姿隠して声はそのままなどということもできる。

 じつに、便利。いんちきみたいなルーンなのだ。


「ただほら。ちょっと、不安になってのう。

 おまえと私は、くっついて、相棒に座っとるだろう?」

「うむ」

「なのに、おまえにさわっとる感じがせぬ。

 相棒に座っとる感じもせぬ。

 声だけ聞こえる。

 まるで、幽霊になったがごとしじゃ。不安にもなるわい」

「そういうルーンやからに」

「うーむ。おまえは『隠蔽』に慣れとるものな。

 相棒よ。妙雅よ。おまえらはどうじゃ?」

 ぶわっさぶわっさ。

 羽ばたきの音、応答す。

「なんじゃ。平気か。適応力のあるやつ」

<私も、きしにぃにくっついてるだけですからね>

 妙なる(たえなる)声、響く。

<恐いのは、むしろ、おじちゃんです>

「なんでじゃ」

<さっき、腕振り回したでしょう>

「ああ。イリスが斬られそうになったときな。ついな。

 よくわかったな」

<ぶうん! て音が聞こえましてね。ぶうんて>

「ああ、そうか。音でわかったのか」

<当たってたら、木っ端微塵でしたねえ!>

「あいすまぬ。気をつけてはおったのだが」

<どこが>

「相棒の形は頭に入っとる。お月に当たらんよう、注意もしとる」

<私は?>

「失念しとった」

<私の扱い!>

「すこし、動いてはどうかに?」お月さんが話を変えた。「同じ場所で何度も気付かれては、よくあるまい」

「たしかに。

 妙雅よ、いま、どんな感じなのだ?」

<はい。

 姫君たちは、警備兵詰め所へ戻られました。

 正門はご覧の通り、小康状態ですから>


 マンション屋上からは、正門の様子がよく見える。

 バラッバラになった残骸。猿の神が『ものまね』グレイスで斬ったアーチ門の残骸である。

 その内側に、荷車や手押し車がずらっと並べられておる。

 なんで荷車か?

 壊れた城門の代わりである。荷車並べて敵を阻んどるんである。荷車バリケードである。

 その荷車バリケードの内側に、ハイエルフ兵が並んでおる。

 つい先ほどまで、正門は陥落寸前であった。

 それを、ここまで押し戻したんである。


<水門は戦闘中ですが・・・>

 どおん!

 という音が、妙雅に応じるように聞こえてきた。

 敵軍による砲撃の音である。ずーっと、轟いて(とどろいて)きておる。

「苦戦しとる感じだな」

<はい。まさに。

 しかし、その流れも変わるんじゃないですかね。

 敵軍きっての武将を撃退しましたからね>

「うむ! さすがは、我らの娘じゃ!」

「・・・戦をやらせるために、つくったわけではないに」

 月の女神の、不満そうな声。

 鬼神。

 それには、こう応えた。

「仕方がないのだ。人の世で生きてゆくなら、戦は、避けて通れぬ」


30、鬼神、娘の気持ちをおもいやる


「うちの娘が戦う必要はないに」

「だが、誰かは戦わねばならん。

 人を殺し、国を犯し、宝を奪う悪人が、この世に居る限りは」

「ずっと月に居ればよい。

 月に、そのような悪人は居らぬ」

「ずーっと母に守ってもろうてか?

 世に出づるよろこびも知らずにか?」

「それは・・・」

「私が、娘の気持ちを思いやるにだ、」

 鬼神。

 おごそかに言うた。

「娘たちは、世に出づるよろこびを知ったのだ。

 その、素晴らしいよろこび。

 みんなに、経験させてやりたい。

 ──ハルモニアーは、そう思ったにちがいない。

 そのためには、人殺し、山賊、強盗から、弱い者を守らねばならぬ。

 ──ルシーナは、そう考えておるにちがいない。

 それで、誰が拳を振るうのか?

 ──イリスは、それをやってあげたのだ」

「・・・。」

「ルーンお嬢さんに3人がついていくのも、そこじゃ」

「そことは?」

「あの娘さんは、世に出づるよろこびも知らんうちに、災難に見舞われた。

 私と出会うたときには、ただの、か弱い子供であった・・・」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台の声。

「そうだ。

 そのルーンお嬢さんが、剣にぎり、ダークエルフのまとめ役をする。

 自分の家族は守ってもらえんかったのに、他人の家族は守ろうとしておる。

 ルシーナが惚れたのは、そこであろう」

「・・・ルーンだけが苦しんでおるわけではない」

「そうだな。

 だが、ルシーナは、真面目に守護者をやっておる。

 みなが食うのに困っておるとき、ひとり贅沢な飯を食うたりはせぬ。

 どっかの誰かさんによく似た娘だわい」

「・・・。」

 月の女神、ため息。

「そなたは立派なことを言う。

 そやに、心配やないのか? 娘が・・・」

「・・・いや」鬼神の声、元気がなくなる。「心配じゃ」

「そやろ? 心配やろ?」

「うむ。万が一を考えたらば、この身が萎む(しぼむ)思いじゃ」

「それ見よ」

 会話途切れる。

 ・・・ぶわっさ?

 羽ばたきの音、うながす。

「ああ。そうそう。

 移動するか? という話であったな。

 しかし、大丈夫かのう?」

「なにえ。大丈夫」

「この状態で空飛ぶと、あぶないだろう」

「?」

<ああ、うちの飛行部隊や、ハイエルフの空警と、衝突する恐れ?>

「そういうことじゃ」

<我が国王に一言伝えてはいかがでしょう?>

「元鬼(げんき)か。

 あいつならうまいこと調整しそうだが・・・。

 お月さん、どうじゃ?」

「『隠蔽』のルーンのことは、伏せて頂きたい。私の大切な手札ゆえ」

<かしこまりました。では一報入れますね>

 妙雅、通信に入る。

 しばし沈黙。

「・・・連絡が済んだら、水門へゆくか」と鬼神。

「なぜ、水門なのえ?」

「私の勘じゃ」

「ふーん」

「当たるんだぞ」

「ふーん」


31、水門のようす


 水門は、苦戦中であった。


 まずもって、水門がすでにない。ぶっ壊れ、瓦礫となっておる。

 そこから、敵軍がどかどか入り込んでくる。

 ヒューマン歩兵。攻めたてる。

 ハイエルフ義勇兵。ここでも、荷車バリケード。長い槍で敵を突き放し、鉛弾投げつけて、追い払う。

「いてえ!」と泣き叫んでヒューマンが下がる。コボルド歩兵がその穴を埋める。

 鉛弾当たってヒューマンが倒れる。その弾を隣のヒューマンが投げ返す。当たってハイエルフが倒れる。

 荷車に飛び乗るヒューマン。ぶすぶす刺さる槍。

 刺した槍が抜けず武器なしになるハイエルフ。その革かぶとに当たる棍棒。

 バリケード乗り越え、飛び掛かってくるヒューマン。ごろごろ転がって取っ組み合いするハイエルフ。

「エルフめ! ヒョロ長の妖怪め! 死ね! 死ね!」

「山賊め! 野良犬め! 去ね(いね)! くたばれ!」

 水門から市内へつづく路地、どこも、こんな状態であった。

 その兵士どもの頭上を、空警が飛ぶ。

 空中警備隊、空飛ぶ魔術兵である。

 銀色に輝く盾浮かべ、自由自在に空を飛び──

「魔弾!」紫の魔砲弾にて、敵兵を吹っ飛ばす。

「蛇魔弾!」実体なき黒蛇にて、乱戦中の敵だけを正確に仕留める。

「マナ使いますえ──『八岐蛇魔弾』!」

 太陽神殿の司祭との連携によって、無数の黒蛇を戦場にばらまき、ヒューマンどもを恐怖させる。

 しかし。

「隊長! 弩砲(どほう)!」

「退避! 空警、退避!!」


 どん!

 ・・・ごおおおおっ!


 ──発射音と、恐ろしい唸り声に、その空警魔術兵が追い散らされてしまう。

 ずっ・・・ごおおん!

 建物に命中!

 石造りの壁に、大穴あく!

 がらごろがら! 石材転がり落ちてきて、ハイエルフに当たる!

「ひい!」ハイエルフ義勇兵、びびる。「弩砲、恐るべし」

「いいぞ、弩砲船!」ヒューマンども、士気回復。バリケード乗り越えて来よる。「こわせ、こわせ!」「ころせ! ころせ!」

「──フォームラー隊長! 建物、崩れます!」

 被害を受けた建物から、悲鳴が聞こえる。

 マナの輝きが、壁の隙間から、ぶわっと吹き出した。

 太陽神殿の司祭が、中にいるのだ。

「蒼空隊、ボレアス班! 陽光班を救出せよ!

 空警! 飛べ! 弩砲を引きつけよ!」

 空警の、フォームラー隊長。

 白いタスキたなびかせ、空へ。

 みずから弩砲に身を晒し、攻撃を誘導する。

 その間に、ハイエルフ義勇兵の一部が、崩れかけの建物へ突入。

 砂ぼこりにまみれた司祭たちをかばって、走り出してくる。

 それを追いかけるように、建物が崩れてくる。

「ぬう! ──『土石立身』! 立ちふさがれ! 壁となれ!」

 少年のように若々しい魔術師がそう唱え、巨大な土石の人形が出現。

 崩れてくる建物の前に、土石の巨人が立ちはだかる!

 どが、どが、どがっ・・・! 崩落する石材、木の柱、床、家具!

 だが土石人形、一歩も引かず、ハイエルフを守る!

「1人巻き込まれた!」

「ボナス閣下! 敵が、敵が、すぐそこまで!」

「救出は私がやる!」少年みたいな魔術師叫ぶ。「我が班員は、蒼空隊を支援せよ!」

 そこにまた、砲撃が飛んでくる・・・。


 弩砲こそ、今回の、水門の戦いの支配者であった。


 数は、わずかなのだ。

 川に浮かんだ、たった7隻の船に過ぎぬ。

 その甲板に1基ずつ設置された弩砲。たったの7基である。

 発射間隔だって、大したことはない。

 歯車回して弓たわめ、留め金で固定しておいて、丸太のごとき槍を2人がかりで装填。

 そこまでして、やっと1発である。ふつうの弓の10倍は時間かかっておる。

 だが、弾の重量が。速度が。

 『力』が、ちがうのだ。


 弩砲はこの戦いの支配者であった。

 ──アルフェロン同盟が、返しの一手を打つまでは。


32、落雷隊、ばくげきす


 イリスとポタージュが、猿の神を撃退したことによる、戦況の変化。

 それは、ただ単に『強い武将が消えた』というだけではなかった。


 同盟の総大将である、丘の街の領主。

 彼は、正門の防衛塔に雪隠詰め(せっちんづめ)となって戦っておった。

 猿の神が消えて、敵の圧力が弱まったため、防衛に成功。敵を追い出すことができた。

 警備兵詰め所までもどった領主は、同盟軍の連携回復に務めたんである。


「水門フォームラー隊長より伝令。

 陽光班に負傷者。弩砲の砲撃激しく、防衛困難」

「正規兵1班、来い!」

「は!」

「水門防衛に加われ。また伝令。敵砲兵への攻撃は策定中、あと半刻防衛せよ」

「は!」

「巨人軍に使者を立てる。ええと・・・」

「殿、私が走りまする」ハイエルフのスカルドが申し出た。

「よし、たのむ!

 巨人軍にはすでに弩砲の対処をお願いしたが、私が指揮に復帰したゆえ、空警も協力できると伝えよ。

 しかし、打ち合わせの時間がない。巨人空軍に攻撃計画を一任し、空警が協力する形が最良と考える」

「かしこまりました!」

「ええと、あとは新生アルス軍に──おや? そちらの姫君は、たしか」

「はい閣下。新生アルス軍、スカルド、ハルモニアー。ルーン指令への伝言、承ります」

「では。新生アルス軍の勇者よ。猿の大将の撃退、心より称賛する。

 いま一度、その武勇をたのみたい。半刻(約1時間)のち、正門へ再出撃。可能か?」

「はい。可能ですえ」

「うん?」

「再出撃の要請あれば受けよと、ルーン司令より言いつかっておりまする」

「話が早い。助かる!」


 こうして、指揮を回復したアルフェロン同盟軍。

 反撃す。

 その嚆矢(こうし)となったのは、コボルドどもであった。


「敵弩砲、こちらに気付いたでござる!」

「かまわぬ! 『疾風犬(しっぷうけん)』号、そのまま進むでござる!」

 ぶわっさ!

 小型の空飛ぶ台。

 コボルド2人と緊迫した会話しつつ、飛ぶ。

「『大きな扉』の広場にて、くたばる寸前まで訓練した、急降下けむりだま!

 いまこそ、陛下の御前に披露するでござる!」

「隊長。目標間もなく! 敵弓兵、こちらに反応!」

「負けぬでござる!」

 1人だけ、赤いかっこいいスカーフしたこのコボルド。

 隊長であった。

 くりっと黒い目輝かせて、気合を入れて、後ろ振り向く。

「全台、けむりだま用意!」

 命令し、両手をぱっと上げる。

 後ろにつづくのは、15台の小型空飛ぶ台である。

 すべて、コボルドを2人ずつ乗せておる。

 そのコボルドども、合計30人が、一斉に黒い玉を抱え上げた。

 1尺近い玉である。コボルドでは、両手で持たんといかんサイズ。

「かまえ!」

 隊長、横を向く。

 コボルドども、玉抱えた両手上げ、背中合わせにそれぞれ左右を向いた。

 眼下。

 いま丘の街の水門を飛び越えたところである。

 行く先は、川。

 敵軍の弩砲船が浮かぶ川である。

「降下開始!」

 隊長の空飛ぶ台、『疾風犬』号は、ぐいっと前のめりになり、45度よりもっと深くつんのめった角度で、急速に降下し始めた。

 見る見るうちに森の木が、敵の船が、弩砲が、近付いてくる!

 どおん! 敵が弩砲を放つ。隊長機をかすめて、丸太槍がぶっ飛んでゆく!

 敵弓兵が矢を放つ。びゅおんびゅおんと、恐ろしい音立てて矢が飛んでくる!

 仲間の悲鳴が聞こえたが、隊長は無視。両手を振り下ろした!

「攻撃開始ぃ!」

「わんわん!」「わんわんわん!」

 興奮した吠え声と共に、コボルドども。

 一斉に、玉を投げ下ろした。

 ひゅーん・・・玉飛び、川に、岸辺に、敵の船に、着弾する。


 ぼっふぁーーーん!!!


 玉。爆裂。

 白い煙を、猛然と噴き散らす。

 ぼっふぁーーーん!!! ぼっふぁーーーん!!!

 船の上で。水面で。兵士の盾にぶつかって。

 爆裂! 爆裂! 爆裂! ぼぼぼぼぼん!

 ぶわああああ!

 あっちゅう間に、視界、真っ白け!


「げえっほ!」「げほげほ」「熱っ、熱っ」「目が! 目が!」「げほげほ、喉が」

 白い煙の中。

 悲鳴が聞こえる。

 隊長の空飛ぶ台はぐいん! と急上昇に転じ、噴き上がる煙にわずかに絡まれながら離脱した。

 後続の空飛ぶ台は、煙に巻かれての上昇である。まるで、さかなの水面に飛び跳ねるがごとし。

 コボルドの何人か、煙を吸い込んだらしく、ぼろぼろ涙をこぼしておる。

 だが、空飛ぶ台は目もなく鼻もなく喉もないため、一糸乱れず離脱を成功させた。

 弩砲船の上を通過し、森の上に出る。

「停止! 敵を警戒するでござる!」

 と命じてから、自分の空飛ぶ台の風防にもぐり込んだ。

 風防の中に、小さな黒い玉が設置されておる。すぐ近くに、矢が1本刺さっておった。

「疾風犬号! 大事ないか!」

 ぶわっさ!

 隊長、返事を聞いて、矢を放置。玉に向かって叫ぶ。

「こちら落雷(らくらい)隊長。こちら落雷隊長!

 壱号応答されたし!」

 すると、黒い玉に緑の光ながれ、声が返ってきた。

<こちら壱号。どうぞ>

「陛下! 落雷隊、爆撃に成功!

 爆撃成功でござる!」

 コボルド、叫ぶ。

 小っちゃな両手で、黒い玉掴むがごとくして、叫ぶ。

<了解。よくやった!>

 褒めるのは、巨人軍、赤鬼国王陛下──元鬼(げんき)の声であった。

<つづいて突撃をする。落雷隊は、3町離れ、待機せよ>


 反撃の嚆矢を務めたコボルドどもは、『落雷隊』!

 巨人軍が新たに育成した、飛行けむりだま兵であった!


 ──さてその『落雷』喰らった敵弩砲船。

 どんなありさまであったか?

 それはもう、大変であったのです。

「げほげほげほ」「目が、目が見えん」「鼻が」「喉が、げっほげほ」

 白い煙。吸い込むと、鼻痛み、喉焼ける。

 息苦しいのに、咳き込まずにはおれんようになる。

「いったい、なに──うわあ!」ばしゃーん!

 船縁(ふなべり)に蹴つまずいた兵士、川に落っこちる。

 船、揺れる。「うわあ」ばしゃーん! 反対側の船縁からまた落っこちる。

 ぐらんぐらん。船揺れる。

 がこーん! がこーん! 弩砲が激しく音立てる。

「いかん。弩砲。上に向けねば・・・暴発、げほげほ!」

 弩砲の操作班長。

 あわてて、弩砲にすがりつく。

 ついさっき、装填を終えたばかりなんである。

「せめて・・・げほげほ。味方に当たらんよう、上空に・・・!」

 よい判断!

 だが、遅かった!

 船がガクンと揺り戻した瞬間。弩砲の引き金が、勝手に入ってしもうた。


 どおん!

 どがべきゃーん!!!


 なんたること!

 弩砲、暴発である!

「なっ、なにごと!?」「なんか当たっ」「げほげほ、見えん」「うわあ」

 味方の船から悲鳴! 水に落ちる音!

 ごぼっがぼっ・・・空気の抜ける音!

「うわあ、浸水! 浸水ぃ!」「沈むうー!」

 すぐ目の前に居った(煙で見えんが)味方の船が、大騒ぎ!

 敵弩砲船は、かかる具合であった──


「隊長! 敵弩砲船、混乱!」

「うむ!」

 赤いスカーフ巻いたコボルド。落雷隊の、隊長。

 通信終え、立ち上がり、満足げに部隊を見る。

 ・・・と。

 1台、誰も乗っとらん空飛ぶ台がある。

 また1台、コボルドが1人しか乗っておらん台がある。

「おい! そこ!」隊長怒鳴る。「おまえ1人で、相棒はどうしたのか!」

「わんっ! 落っこちたでござる!」

「落っこちたとは、どういうことか!」

「けむりだま投げた拍子に、落っこちてしもうたんでござる!」

「なんだと!」

 隊長、誰も乗っとらん空飛ぶ台を見る。

「そっちは、どうしたのか!」

 ぶわっさ・・・。

 誰も乗っておらん飛行台、悲しげに首を左右に振った。

「2人とも落っこちたのか!?」

 ぶわっさ・・・。

「ぬう!」

 コボルド隊長。白い煙に包まれた下界を見る。

 なんも見えぬ。煙が、濃すぎて。

<壱号より落雷隊。応答せよ>

「わん! 落雷隊でござる!」

<味方が突入する。衝突せぬよう、現在の位置を保て>

「りょ・・・了解!」

<どうした?>

「そ、それが・・・

 3名落下。行方不明になってしもうたんでござる」

<わかった。近衛隊長に伝えておく。おまえたちは、近付くな>

「了解でござる!」


 そのやり取りの直後。

 左右の空から、味方が飛んで来た。

 川の上流──丘の街からは、空警の魔術兵が。

 下流から、巨人の国の飛行戦隊。

 それぞれトップスピードでもって、白い煙の中へ突入していったんである。


33、弩砲、はかいせり!


 煙に突入した、空警の魔術兵ども。

 『生命探索』で敵の位置を確認し、『蛇魔弾』で撃ち倒す。

 そして。

「天の女神の御胸(みむね)の『火』、レガーの恵み、いまここに!

 『レガーの火』! 弩砲よ燃え尽きよ!」

 ゴッ!

 白い炎が噴き上がる。

 弩砲の基部から、天衝くがごとき勢いで!

 煙の中で詳しくはわからぬが、隣の船でも──

「レガーの火!」

 ゴッ!

「2号着火! ・・・げほ、げほっ」

「よろしい。離だっ・・・げほげほ! 離脱し、呼吸を整えよ!」

「了・・・かい、上昇・・・げほげほっ」

 白い煙は、敵味方を問わず、喉を焼く。

 空警のメンバーは咳き込みながら上昇。離脱を試みた。

 そこへ、びゅんびゅん弓矢が飛んでくる。

 『銀貨の盾』が矢を弾く。

 だが、矢が多い! すべては、止め切れぬ!

「む・・・!」

 1本、青いレザーアーマーに突き刺さる矢があった。

 白いタスキを縫い止め、青いレザーアーマーを撃ち抜いて。

 脇腹に突き刺さった矢、1本あり。

「いかん! 隊長! フォームラー隊長!」

 隊員が隊長を後ろから抱き、離脱を手助けする。

 途中、急に速度が落ちた。

「──いかん。隊長、失神なさった!」

 追い撃ちの矢が飛び交う中、空警は隊長を引っ張って後退するのであった。


 これと同時に、川下から煙に突入したのは、巨人の国の飛行戦隊。

 先頭は、赤きかぶとがに型の空飛ぶ台である。

 『弐』の文字も誇らしげなる、赤きかぶとがに。

 白煙蹴立てるがごとくして、敵船へと急降下。

 飛び降りたるは、甲冑の鬼!

 身の丈10尺!

 ずがっしゃあ!

 平底船の甲板ぶち抜く勢いで、着船!

 でかいメイス(金属製の棍棒。鎚鉾)と盾持って!

「な!?」「なにか来た」「敵か!?」

「おう!

 巨人軍、近衛隊長!

 武鬼(ぶっきー)とは、俺のこと!」

 甲冑の鬼。

 メイスぶん回し、右の歩兵の盾粉砕! 左の歩兵の腕へし折る!

「ぐわあ」「あわあ」歩兵、川へ落ちる!

 鬼の背後に、コボルド2人着船!

 ずしゃあ! がしゃあ! 1人はこけた!

 短い槍と長盾に、よろいは美美しい(びびしい)プレートメイル!

 甲冑鬼の背後をカバー、背中合わせに槍振るう!

 さらにさらに、小型空飛ぶ台が、次々に突っ込んでくる。

 乗っておるのはコボルド4人。うち2人が飛び降りてくる!

 すたっ! どたっ! がきんがきん! ぼてっ!

 着船し、戦う! こけたりもする!

「工兵! ほのおだま設置せよ!」

 甲冑鬼、戦いながら叫ぶ! 咳き込む様子なし!

「ほのおだま、設置開始するでござる!」

 箱持ったコボルド2人、弩砲に素早く駆け寄って来る。

 よく見れば、コボルドども、みんな口にとんがった覆いを着けておる。

 くちばしみたいな? 金属製。口、完全に覆っておる。咳き込まぬのは、これのおかげか!

 さて、箱設置。

 箱に付属のベルトでもって、弩砲の基部にグルグルッと固定!

「・・・・・・・・・設置完了でござる!」

「点火ァ!」

 かちかち。

 コボルド、巨人の国の文明の利器、ライター使用!

 しゃああああ。火縄に着火!

「・・・点火でござる!」

「帰台、帰台!」

 甲冑の鬼。

 赤いかぶとがにへ、飛び乗った。コボルド2人も、飛び乗った。1人落っこちかけたが、甲冑の鬼が引っ掴む!

「次の船だ!」

 帰台が済むや、隣の船への攻撃に入る!

 その間に──


 ぼおお・・・!

 ほのおだまが、火を噴いた!

 ドロリと気持ち悪い感じに垂れ下がりながら、猛烈に燃える液体!

 ジワジワと、弩砲を! 船を! 燃え上がらせてゆく!

 バシィィィン!!! もんのすごい音がした。弩砲のばねが、吹っ飛んだようである!


「・・・・・・・・・設置完了でござる!」

「点火ァ!」

 しゃああああ。

「・・・点火でござる!」

「引き揚げよ! 帰台! 帰台!」

 と、命じた甲冑の鬼であるが。

 本人は台に戻らず、キョロキョロと左右を見回しておる。

 白煙はそろそろ晴れ始め、水面が見えるようになってきておる。

「敵だァ!」「撃て撃て!」

 敵弓兵が撃って来るが、甲冑鬼、盾を軽くかざしただけで、無視。

 盾に矢弾け、ヨロイに矢折れ、かぶとに矢こすれるが、無視。

「むっ!」

 甲冑鬼!

 川の中に、飛び込んだ!

 どぼーん! ぶくぶくぶく・・・甲冑! 当然、沈む! 川底へ!

 赤いかぶとがに飛行台、あわてず騒がず、岸辺へ移動!

 いったいなぜ、岸辺に!? 岸辺には、弓兵が居るというのにから!

 ──その答え! それは!


 ざばあ・・・。

 甲冑の鬼、岸辺に上がる!

 川底歩いて岸辺まで移動しおった!

 その腕に、メイスなし。盾なし。代わりに、いぬの身体、2つあり!

「て、敵!」「撃て!」「撃て!」

 弓撃とうとする敵兵。

 赤きかぶとがに、大砲ぶっ放す!

 どおん! ぼっふぁーーーん!

「うわあ」「げほげほ」「こりゃたまらん」

 甲冑の鬼。

 白煙たなびく中、コボルド2人の身体を抱え、悠然と帰台した。

 台で待っとった随伴コボルド、受け取り、寝かせ、お腹を踏んづける!

 ぴゅー・・・! 倒れとる2人、水噴いた!

 赤きかぶとがに型の空飛ぶ台は、空へ舞い上がり、敵船燃ゆる激戦の川を後にする。

 びしばし。随伴コボルド、倒れた2人をひっぱたき、人工呼吸しておる!

「げほ!」「げほげほ!」

 ぱち。ぱちくり! コボルドども、目を開く。

「・・・はっ!? 閣下!」「武鬼閣下でござるか!?」

「おう、生きとったか」

 甲冑の鬼。

 面頬(めんぼお)上げる。

 さらに、口元がっちりカバーする、不思議な金属マスク、かぱっと開く。

 鬼神にそっくりの、赤くていかつい、小っちゃい黄色の目した顔が、現れた。

 武鬼。すっかり武将の風格となった、鬼神の次男の姿であった。

 にかっ。笑う。

「沈んどったから、死んどるんかと思うたわ。よかったのう!」

 ぶわっさ!

 武鬼。空飛ぶ台のかぶとの内側から、黒いオブジェクトを掴み出す。

<ふぎゃあ!>

「なんだ、妙雅。居ったのか」

<私の扱い!>

「国王陛下に連絡だ」

<はい。どうぞ>

「こちら弐号。壱号応答せよ」

<壱号だ。どうぞ>

「前方2隻、後方の4隻を焼却。敵の弩砲、1基を残す。

 落雷隊の2人を発見。1人は行方不明。

 ──弩砲6基、破壊せり!」


34、弩砲船、かいめつす


 1基を残すのみとなった、敵の弩砲船。

 大慌てであった。

「竿で突け! 距離を空けろ!」

 班長が怒鳴り散らす。

 みんなで竿持って、燃え上がる味方の船を突き放す。

 前も後ろも、燃える船ばかり。

「あきらめんじゃねーぞ!

 俺たちの帝王は、太っ腹な御方だ。

 船さえ──弩砲さえ無事なら、手柄ァ、認めてもらえる!」

「おう!」「えいさ」「ほいさ」

 兵士ども。

 その『帝王』がもう居らんとも知らず、がんばる。

 がんばった甲斐あって。

 前方の2隻が先に燃え落ち、逃げるスペースができた。

「はあ、はあ・・・な、なんとかなりましたね」

「おう・・・」

 班長も汗だくである。

「あとは、後ろの船が鎮火したら、下流へ逃げ・・・」

 言いかけた、班長の声を。


 ざぶーん! ざぶーん!

 ざぶーんざぶーんざぶーん!!!


 波蹴立てる音が、さえぎった。

 川の中を。

 真っ黒な泥の巨人が、ざんぶ、ざんぶと、歩いて来る、音が。

 1体。2体。3体。4体5体6体・・・。

「え? な、なんだ、あれ?」

「生きもの・・・じゃ、ないですよね」「怪物?」

 泥巨人。

 正体は『土石人形』であった。

 川の中を歩いてきたため、泥人形になってしもたんである。

 ぐわあ。

 泥人形。手を振り上げる。

 振り下ろす。

 ドカァン!

 先頭の船を、叩き割った。

「え、嘘」班長青ざめる。「嘘だろおい」

 泥巨人。ざんぶ、ざんぶと、2番目の船へ。

 すでに燃え尽き、まっ黒こげとなり、攻撃など不可能なのだが・・・

 ドカァン! バキィン!

 泥巨人、その船の残骸を叩き壊した。

 ざんぶ、ざんぶ。泥巨人。3番目の船に近付く。

 班長の乗っとる船に。

「うわー! くそー! ちくしょおーーー!」

 班長泣き叫ぶ。

「下船! 下船! 船捨てて、逃げろーーー!」

「うわー!」「ひえええ」「こっち来るう」

 ざぶーん。ざぶーん。ばしゃーん!

 班長以下兵士ども、せっかく火から救い出した船捨てて、逃げる。

 真冬の川に身すくみつつ、岸辺に上がり、ひいひい泣いて森へ逃げ込む。

 ずぶ濡れで走る班長どもの、すぐ後ろで。


 ドカァン! バキィン! ゴパァアアアン!!!


 がんばった甲斐もなく、船が叩き壊される音がした・・・。


35、戦、おわる


「勝ったな」

 と、鬼神の声。

 相変わらず、姿は見えぬ。声だけである。

<勝ちましたか>

「うむ。『猿の神のなんとか』の根拠、すべて、崩れた」

<『猿の神の湖の帝国』ですね。

 根拠とは?>

「勝てると思わせた根拠よ。

 ひとつは、猿の神だな」

<強かったですね>

「イリスのほうが強かったがな。

 あんな王さまが居ったら、『勝てる』と思うわな」

<なるほど。一昔前の、どっかの王さまみたいに>

「・・・おい。まさか、その王さまとは」

<鬼神とかいう>

「こら妙雅! 私をあんな、山猿みたいな奴と一緒に!」

「しーっ」

「お、おう。すまぬ。

 ・・・もうひとつが、いまのだ。どほう」

<弩砲ですね。たしかに、強かったですね>

「猿の神が正門で暴れたのも、囮(おとり)だったのかも知れぬ。

 主力を正門に引き付けとるあいだに、水門を破るつもりだったのではないかな」

<手強かったと>

「イリスのほうが強かったがな。

 くっくっく。わっはっは!」

 鬼神。

 気分が盛り上がったのか、大笑いする。

 すると、眼下の道路にて。

「あなや! また、声したえ」「ほんまか? おまえ、さっきもそない言うて・・・」

 などと、義勇兵のびびる様子あり。

「しもた」

「阿呆」

<少し上空へ離れませんか?

 正門に戦力を集めるそうですから。

 このあたりも、混み合うことになりそうです>

「そうするか」

 姿のない鬼神さま御一行。

 誰にも気付かれんうちに──いや気付かれはしたが。見られずに──上空へと、離れていった。


 アルフェロン同盟軍、最後の一手を指す。

 正門へ。

 未練がましく布陣したままの『猿の神の湖の帝国』軍に、三方から、迫る。

 正門から、ハイエルフとダークエルフが。

 水門から、空警・コボルド落雷隊・武鬼飛行戦隊の、混成空軍が。

 『森の門』からは、巨人のお弟子さんたちが。

 もはや、決着は明らかであった。

 ヒューマンの軍が動かぬのは、戦う意志があるからではなかった──


 ばらばらと、後方から、兵士が逃げてゆく。

 それは、砂の城の、波に崩れてゆくがごとし。

 『猿の神の湖の帝国』、アルフェロン同盟の怒濤の反撃に、儚くも(はかなくも)崩れてゆく。


 ──猿の神を失ったヒューマンには、『退却』という意志すら、残っておらなんだのである。

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