お猿さんと、ポタージュ(4) イリスの、なんか

16、ルーン司令官


<おはよう、イリス。調子はどう?>

「おはようルン姉。──あ、おはようございます、ルーン司令官閣下」

<やめてw 人の居るとこだけでええって>

「うん」

 イリス。

 洞窟の中にあぐらかいて、しゃべる。

 話相手は、黒い筒状の浮遊オブジェクト──オクトラである。イリスの目の前にふわ~んふわ~んと浮かんでおる。

<隊長から聞いたけど・・・、>

 オクトラから聞こえてくるのは、ルーン嬢の声。

 茶のダークエルフの美女。神剣“グレイス”の持ち手。いまや、司令官閣下である。えらい出世したもんである。

<怪我、大丈夫やったみたいやね。安心したわ>

「うん大丈夫。犬の女神さまが治してくれたに。

 ルン姉のほうはどう?」

<ちょっと寝不足。元気やけど。

 相手そろそろ動くやろうって話やわ。

 いまハル姉と一緒に窓から見てんねん。相手、テント畳んどるわ>

「そっか。ハル姉ぇー」

<は~い>ハルモニアー、声ちょっとふるえておる。<なに?>

「がんばってねー」

<そんだけ!? ・・・がんばるえ~>

 敵軍、移動中! という声が、かすかにオクトラから聞こえてきた。

<動いたみたいやわ。ほな行くね>

「うん」

<またあとでね。イリス>

 声、途切れる。

 しかし、すぐに、別の女の声、響いてくる。

<・・・イリス。待機はしてもらうが、のんびりしたほうがえええ>

「ルシ姉」

<今日は我々も──ぇっくしゅ! さっぶ!>

 三姉妹の長女ルシーナ、くしゃみ。

 ひょうひょうと、いかにも冷たそうな風の音が聞こえてくる。

「寒いん?」

<めっちゃ寒いえ・・・妙雅が低空はアカン言うて、降りてくれぬのえ>

<はい。低空はいけません>

 妙なる響きの声が割り込む。妙雅であった。

<敵には、私の姿を見せたくありませんので>

<なにもこんな雲の中やのうても・・・くしゅっ!>

<雲の中やないと、敵に見つかるじゃないですか。

 低空だと戦場が把握できませんし>

「・・・雲の中から、下見てるん?」

<そうです>

<なんも見えぬ。寒いだけえ>

<ですから、中で話しましょうと言ったのに>

<兵士ががまんしておるに、私が中に逃げ込むわけにゆかぬ>

「どうやって見てるんやろ」

<機密です。ですが、機会があれば、イリスさまにもお見せしますよ>

「うち妙雅乗ったことないからに」

<嫉妬すな>

「してないに」

<しておるにぇックシュ! くしゅん!>

「大変やに」

<うむ。そやに、そなたほどではない。イリス、・・・良かったえ>

「うん」イリスうなずく。「うまいこと収まったに」

<まさに。昨夜の戦い、極めて大きかったえ>

「うん」

<今日は我らも活躍をする予定ゆえ、楽しみに待っておるがよい>

「うん」

 と言うたあとで、イリスは背後を見た。

 背後は、洞窟マンションの内部。朝食のキノコスープの匂いがただよっておる。

 イリスが居るのは、横穴の中。建設中の2階の一室であった。崖に横穴掘って造った部屋(予定)である。

 入り口には、カバリオ隊長が立っておる。こっちに気付き、「なんや?」と言うてきた。

「人居る?」

「居らん。外そか?」

「隊長はえええ。て言うか、隊長には聞いとって欲しい」

「わかった。聞いとく」

「妙雅。ルン姉には繋がってへんよね?」

<ルシーナさまと1対1です。他のオクトラには伝わってません>

<重要事項か。しかし、手短かにたのむ>

「・・・ちゃうねんけど。えっと、うち、なんか、気になんねん」


17、イリスの、なんか


<なんか気になる>

「なんかありそうな気ぃすんねん。奥の手みたいなん」

<敵にか? あるかも知れぬ。『気がする』だけでは対応しようがない>

「それはわかっておるに、そやに、」

 イリス。

 胸を押さえる。

「そやに、・・・うち、『丘の街』行ったらアカン?」

<その必要はない。また、よろしくない>

「アカンかに」

<アカンくはないが、不必要にして、よろしくないのえ。

 ルーンを甘やかしてはならぬ。また、手柄で揉める原因になりかねぬ>

「・・・私じゃ、アカンかに」

<アカンくないて言うておるにェッくしゅ!

 ええい、時間ないに!

 私かて彼方此方(かなたこなた)でそなたを使いたい。

 ルーンのそばに一生貼り付けて守らせたい。

 そやに、そなこと、できまい?>

「一生護衛? ・・・うーん」

<そやろ?

 ゆえに、みなにも経験を積ませねばならぬ>

「それはわかるに。そやに・・・」

<すまぬイリス。そろそろ>

「あ、うん」

<そなたの、なんかは、覚えておく。

 またあとで。勝利の女神イリスさま>

 通信終わる。

「なにえ。言い切り」イリス、照れる。

「・・・なんか気になるんか?」とカバリオ隊長。

「うん」

 イリス、真顔となる。

「はっきりはせえへんねんけど、なんかが来るのえ。それがわかる」

「何がわかるんや?」

「それは──」イリス、立ち上がる。ごつん。洞窟の天井に頭ぶつけた。「あいた」

「おい。こんなとこで怪我すんなよ」

「してへん。痛・・・」

 イリス、頭をさする。

「隊長」

「おう」

「昨日、コボルド、勝つ気満々やったに?」

「そやな」

「コボルドにそう思わせた、なにかが、ある思うねん」

「犬の女神やろ? 女神来たら、やる気なるやんけ」

「ちゃうねん。もっと別なもん」

 イリスは横穴出口まで身をかがめて歩き、穴を出た。

 崖に横穴が掘られておるので、出てくるといきなり崖っぷちである。崖沿いに造られた廊下が、狭いバルコニーのごとく出っ張っており、その一歩先は空中となる。いまはまだ、手すりもない。

 地上階には、朝食の準備をしておるダークエルフ兵ども。調理番。空気穴完備の調理場にて、スープ温め中。ただようキノコスープの匂い、源流は、そこであった。

「別なもんて、なんや」

「わからへん」

 イリス、首振る。

「さんぽしてきてもええかに?」

「声の届く範囲な」

「隊長は?」

「いやや」

「いやなん」

「外、雪積もっとんねん」

「そうなん」

「そや。雪、眩しいから、好かん」

 カバリオ隊長はひらひら手振った。

「大将連れてったれ。顔見せたったほうが、コボルドも落ち着くやろ」

 でっかい腹した巨大コボルド。ダークエルフの調理番のそばに立っておる。

 犬の女神である。その可愛らしい手には、縄がかかっておる。

「・・・縄ほどいてもええ?」

 カバリオ隊長、犬の女神を見た。

 女神はこちらではなく、スープの鍋をじーっと見ておる。

「・・・そやな。おまえが同行するあいだは、ほどいてよし」

 イリス。

 部屋ん中にストックしてる赤い実をひとつ、懐へ入れる。

 バルコニー状の通路を歩き、まだ凸凹の残っておる岩壁階段を降りる。

 調理番のダークエルフどもが気付いて、あいさつしてきた。

「おはようイリスさま」「おはよう」

「おはよう。ええ匂いやね」

「なんや。味見要求か?」「一杯やってくか?」

「やってきたいけど。つまみぐいはアカンて言われたに」

「誰にや?」

「三日月姫司令官閣下」

「長ったらしい称号やのう!」

 軽口をかわし、犬の女神のところへ。

 女神さま、頭を下げてきた。

「おはようございまする。イリスさま」

「おはようございます、犬の女神さま。

 さんぽ行くけど、一緒に来る?」

「よろこんでご一緒いたしまする」

「ほな」

 イリス、犬の女神の縄を解く。

「よろしいのですか?」

「外に、まだ、コボルド居るに」イリス、女神を見る。「縄つけて引き回したりは、できぬえ」


18、イリスと、ともだち


 外。

 冬の朝。

 清冽なる(せいれつなる)空気であった。

 見渡す岩山の姿は、昨夜の黒から、雪化粧した白になっておる。

 しゃく、しゃく。

 赤い肌してすらっと背の高いイリス。雪を踏み、眩しい朝日の中へ。

 茶色の毛した、でっかいでっかい犬の女神。ついて来る。

「わふん!」

 黒い目をキラキラさせて、息を吐く。ふわぁっと白く、けむり立つ。

 イリス、目を細める。「まぶし」

「イリスさまも、陽の光がお嫌いなのですか?」

「そなことないえ。好き」

 ダークエルフは日光あんま好きでないが、イリスはダークエルフではない。

 ただ、夜の方が好きかも知れんと、訊かれてみて思うた。

「・・・そやに、朝寝坊のほうがちょっと好き」

「わふん。冬の朝には、寝床ほど幸せな場所はありませぬ」

「まさにやえ。

 女神さま、朝ごはん食べた? アルフェの実いる?」

「ありがたくちょうだいいたしまする」

 犬の女神。

 澄ましてそう言うが、舌がのぞき、鼻がひくひくしておる。

 イリスがふところから赤いアルフェの実を取り出すと、もうよだれを垂らさんばかりとなる。

 実切って、種分けて、あげた。

 犬の女神、拝んで受ける。巨体にくらべれば、小さな可愛い手であった。

「いただきまする。

 はぐはぐはぐ、しゃくしゃくしゃく!」

 犬食いである。

 大きな口、ニヤーッと吊り上がり、牙のぞく。うれしそうである。

 イリスは3分の1を女神にあげ、3分の1を自分で食べた。

 空を見上げる。

 冬空は清らかである。

 透き通って、輝いておる。

 昨日の争乱など、なかったかのごとく。

 その空に、ぱっ!

 青い鳥、出現す。

 空の色より、くっきり青い、おおきな鳥である。

「わんっ!?」

 犬の女神、吠え猛る(ほえたける)。

「くせもの! くせものです。であえ、であえ! わんわんわん!」

「わんわんわん!」「わんわんわん!」「わおーん!」

 森の中より、コボルド現る。

 ワラワラワラワラ・・・!

 犬の女神とイリスの周囲に、ワラワラと集まって来た。

 守り刀だの石ころだのマントだの鍋だの、なんやかんや手にとって、果敢にも女神を守ろうとする。

「鳥でござる!」「おんなでござる!」大騒ぎである。「奇天烈でござる!」「玄妙でござる!」

 ダークエルフ兵も飛び出してきたが、こっちはイリスが『問題ない』と手で合図する。

 青い鳥は。

「ぴぃーーー!」

 びびった。

 青い頭の羽毛、ぴこん! と逆立て、8の字描くように舞い飛びよる。

「イぃーリスぅー!? てき? てき?」

「ポタージュぅー! だーいじょうぶ、やえー」

 イリス、犬の女神の背中に手をやった。『ともだち』のアピール。

「だーいじょうぶ、やからー、おいでー」

 イリスの声、岩山にこだまする。

 アルフェの実(の残り3分の1)を頭上にかかげる。

 すると。

 青いつばさした、鳥。いや、鳥女。

 イリスのともだち、ポタージュは──踊った!

 空中でひらりひらりと、粉雪みたいに舞いはじめた。

「アぁールフェーの実ぃー♪」

 イリス、サックサックと雪の中を歩いてゆく。

「ぴぃーーー! ちゅちゅちゅ!」

 ポタージュ。

 くるくるくるりっ! と、イリスに巻きつくがごとく、曲芸降下。

 ふわー。と羽毛をふくらませながら、イリスにくっつく。

 犬の女神とコボルドども、顔見合わせる。

「・・・女神さま。あれはなんでござるか?」

「さあ?」

 犬の女神、首をかしげる。

「私にわかるのは、女神イリスさまのお伴らしい、ということだけです」


19、戦況、きゅうへんす


 爽やかな朝を過ごしたイリス。

 洞窟マンションにもどり、キノコスープで固いパンを食べ、ゆったりする。

 鍛練でもしようか、それとも毛布にくるまって横になっておろうか・・・と考えていたところで。


<こちらルシーナ。緊急連絡。カバリオ隊応答されたし。

 緊急連絡え! カバリオ隊、応答せよ!>


 緊急の指令が、オクトラから飛んで来た。


「こちらカバリオ隊、カバリオ。連絡どうぞ」

 カバリオ隊長が応答する。

 ちょうど部屋にもどるところであったイリスも駆け込んで来た。副隊長も駆け込んで来た。

<丘の街の戦況、急変した。

 至急、援軍されたし。

 カバリオ隊から、ルーン司令官の護衛に、補充3名、送れ。どうぞ>

「補充・・・!」

 3人の顔色が変わった。

 補充ということは、死傷者が出たということである。

「司令官の護衛に、補充、3名。了解」

<できればイリスを>

「了解。もちろん、イリスは入れる。状況は?」

 ルシーナの声の代わりに、しばし、激しい風の音だけが返ってきた。

<・・・正門部隊、打ち破られ、ルーンが交戦中との由。

 その直後、ハルのオクトラが流れ矢で落ちた。

 私も、とんぼ返り中。飛行中え。詳細不明。

 いまは・・・・・・・・・援軍の、用意を>

「・・・うち、用意するえ」

 イリスは隊長に小声で言うて、革のシートに並べてあった青銅のよろいを身に着け始める。

 副隊長が、イリスの背中当て装着を手伝ってくれた。胸当てと別体式なので、1人では装備しづらいんである。

「こちらカバリオ。用意はすぐできる。出発間もなく」

<いや! 動くな! 用意して待て。台を飛ばッ・・・飛ばすに、>

 風の音。

<迎え、飛ばすゆえ、マンションで待・・・!>

「了解。護衛の補充、3名、洞窟マンション入り口で待機。どうぞ」

<・・・よろしい。・・・ルシーナ・・・以上>


 青銅装備したイリス、かぶとの緒締め、洞窟入り口へ。

 背後で、カバリオ隊長の声。兵士を2人呼び、装備を命じる。

「・・・なにがあったんや?」「ルーン隊長は?」「隊長になんかあったんか?」

 兵士ども、動揺しておる。

「護衛の増強や!」カバリオ隊長怒鳴る。「イリス含め3名、丘の街にもどる。他は飯食っとけ!」

「は!」

「補給班長! 食事終わったら俺んとこ来い。指示する」

「は!」

 洞窟マンション、にわかに騒がしくなる。

 イリスは洞窟マンションの外へ出た。


 空は爽やかで、透明である。

 今日はすこし温かくなりそうな、よい天気であった。

 イリスは丘の街のある方角を見る。

 丘は、ここからでもよく見えた。

 目で見るぶんには、すぐ近くなんである。

 あいだに横たわる岩山と森さえなければ・・・まっすぐな舗装路が通ってさえおれば。

 イリス。

 空駆ける舗装路を空想した。

 洞窟マンションと丘の街をまっすぐに結ぶ、空駆ける道路を。

 イリスたちの生きた時代にはいまだ存在せんかった、『高架道』と呼ばれるものを。


「どうなっとるん?」とイリス。

<ルーン司令官はおそらく健在。グレイスさまの反応からの推測>

「反応?」

<『生命探索』に、グレイスさまは強い反応が出ますので。

 ハルモニアーさまは、司令官のすぐそばに居られました>

「・・・妙雅。

 助けてくれへん?」

<はい。もちろん。

 しかし、イリスさま。私も現在、別の作戦中なのです>

「・・・そっか」

 しゃく、しゃく。

 雪を踏みしめて、カバリオ隊長が隣にやって来た。

「ルシーナさまのことや。最善の手を打っとるはずや」

「・・・。」

 イリス、隊長を見る。

 彼女の黄色い目は、宝石のように光り輝いておった。

 隊長、うつむく。

「・・・やっぱ、外は眩しいわ」


 青空に赤いかぶとがにの姿が現れたのは、そのときであった。


20、敵のどほう


 ぅぅぅぅううううおぉぉぉん・・・!

 冬空かっ飛ばす音、岩山に反響させてからに、赤い飛行かぶとがに。

 釣り針のごとき急カーブ描いて、洞窟の前に降りてきた。

 ぶわっさ!

<陸号(りくごう)です>

 赤いかぶとがにの内側から、妙雅の声がした。

 ・・・おや? オクトラは、イリスの頭上に居るのだが。

 と思いきや。

 ふわ~ん。陸号から、別なオクトラ、浮かび上がる。

<ルシーナさま随伴機です。カバリオ隊長に随伴せよと言われました。許可を頂きたい>

「助かるわ。許可する」

<イリスさま随伴機は、このまま随伴します>とイリス上空のオクトラ。

 ダークエルフの兵士、恐る恐る赤いかぶとがにの巨大ボディに乗り込む。

 イリスが乗る。手すり、がっちり掴む。お腹のとこに、オクトラ飛び込む。

「ええか? よっしゃ、やってくれ!」


 ぶわっさ!


 陸号。

 礼儀正しきはばたきひとつ。大空へ舞い上がる。

 ダークエルフ兵士ども、悲鳴を噛み殺す。

 洞窟に暮らすダークエルフには、大空へ舞い上がるというのは刺激が強いらしい。

 ぶわっさ?

 陸号、気づかう。

「かまへん。やって!」イリス、非情に命令した。

 ぶわっさ。

 陸号、冬空かっさばいて飛び始める。

 初めはゆるく、やがて猛烈に加速したかと思うと、さらにぐん・・・! ともう一段、加速する。

 丘の街が見る見る近付いてくる。

 イリス、見る。

 眼下、白く雪化粧した丘。

 その向こう側、ゆるい下り坂にへばりつく、石造りの都。


 初めに見えたのは、巨人の姿であった。

 目がひとつしかない巨人。8人。丘の街を取り囲むがごとく、立っており。

 足元を気にして、右往左往しておる。攻撃しておるというよりは、困っとる様子である。

<うちの巨人ですね。肆番(しばん)隊>

 その頭の上あたりをブンブン飛び回る小さな影。

<国王戦隊ですね。元鬼(げんき)陛下とコボルド落雷兵です>

 巨人軍は健在のようであった。


 次に見えたのは──破壊される水門であった!

 アシ戦争で激戦の舞台となった、あの水門。

 ああ! あの、水門が!

 いま、まさに!

 飛んで来た黒い物体によって!

 どがぁん!

 水門を形成するアーチが、一部、粉砕された!

 水門の上に立っとった門番、転落!

「いまの・・・!?」

<敵軍の弩砲です>

「どほう」


 イリス、川を見る。

 平たい箱みたいなもんが、いくつか浮かんでおる。

 ぺちゃんこの木箱みたいな、不細工な物体。

「・・・船?」

<はい。平底船(ひらぞこせん)。川船ですね>

 その平底船の、甲板。

 大きな木枠と2本の丸太が、鎮座しておる。

 イリスの見たことない構造物である。でかい。家よりは小さいが・・・納屋ぐらいか?

 ヒューマンの水兵が、その見たことないもんを操作しておる。なんか、大きな糸車みたいなもんを回しておるんである。

 ぎりぎりぎり・・・2本の丸太が、動く。

 ちょうど、人間が両腕を背中のほうへギューッと反らすがごとく。

 巻き上げ完了。別な水兵がごっつい太い槍を抱えてきて、2本の丸太のあいだに設置。

 水兵離れる。

 掛け声。レバー操作。


 どおん!


 2本の丸太、広がった!

 背中へ反らした両腕を、一気に前へ、打ち振るがごとく!

 セットされておった巨大槍、消滅!

 いや、発射! 目にもとまらぬスピード!

 ごうん!

 おっそろしい音立てて──空を飛び──水門に、ぶっ刺さる!

 水門にさらなるダメージ!

 どおん!

 さらなるダメージ!

 どおん!

 クリティカルヒット!

 水門の上にあるクレーンに、巨大槍が命中してしもうた!

 2台あるクレーンの1台、めげる!

 丸太格子、傾く!

 残るクレーンに負荷かかる!

 丸太格子はかろうじて耐えるも、青息吐息(あおいきといき)! もう1発は耐えられぬ!

 どおん!

 次の巨大槍は、水門を飛び越した!

 はずれ──ではあるが、ノーダメージではない!

 水門よりずっと奥にある民家に、巨大槍命中! 流れ弾!

 あわれ民家! たった1発で、壁にドッカンと大穴開けられてしもうた!


「船で・・・あれを運んで来たのかに」

<はい。食料運搬の船に紛れて>

 妙雅が説明する。

<船の積荷は、食料である。

 目の前まで運ばせてから、沈めよう。できれば、食料は奪ってしまおう。

 丘の街がそう主張し、誰も反対はしませんでした。・・・私もです>


 陸号は、着陸の態勢に入った。

 警備兵詰め所の、建物2階。大きなテラスへ。

 テラスには、ダークエルフの女軍人が1人、苦痛に顔を歪めて立っておった。

 ルーンではない。肌が、極めて薄いピンク色をしておる。

 ピンクのダークエルフの女であった。

 ひょろっとした、背の高い女である。美人ではあるが、健康そうではない。

 ヨロイ、なし。絹ぐもの服を華麗にまとっておる。豪華な絹ぐものマントは、ルーン司令官のより、高価そうである。

 イリスと一緒に飛んで来たダークエルフ兵2人。

 ふらふらしつつ、飛び降りて、詰め寄った。

「フレイミニア隊長!」「司令官は。ルーンさまは?」

「司令官は正門で戦闘中。詳細はわからん。伝令が通らん」

 ピンクの女軍人。フレイミニア隊長。

 顔を歪めつつ、イリスたちをうながした。

 イリス、ダークエルフ兵2人、そして車輪でごろごろ走る陸号、ついていく。

 警備兵に一言伝えて外に出る。

 大通りへ。

 やけに豪華な絹ぐものマントをひらめかせ、よたよた走るフレイミニア隊長。

 遅い。

 イリス、苛立つ。

 ダークエルフ兵2人も、苛立っておる。

「・・・隊長。もしや、負傷しておられるので?」とダークエルフ兵。

「はぁはぁ。ちゃう。日光にやられただけ」

 なんと、彼女。

 ピンクの肌が日焼けして、肌がひび割れておる。

 目もあまりよく見えておらぬようで、片目閉じて歩いたりしておる。

「・・・。」

 ダークエルフ兵の1人。小さく、舌打ちした。


 どおん! ずずずず・・・。

 どおん! どおん! ずずず・・・ずーん・・・!

 地響きが絶え間なく聞こえてくる。

「水門が」「水門、破られたえ」「丸太格子、倒れてしもうた」との、ハイエルフの悲鳴も。

 チンチンチンチン!

 ベル鳴らす荷車が、こっちに突っ込んで来よる。

「どきゃれ! どきゃれ! 救急運送中やえ! 道開けよ!」

 ガラガラガラ!

 ハイエルフどもが引く荷車。イリスたちのすぐ脇を通りすぎてゆく。

 哀れな姿となったハイエルフが3人、荷台に並べられておった。


「・・・弩砲でやられたん?」

「いえ。正門は、敵の武将の・・・人外の突撃力による、と」

「人外」

 十字路。

 角曲がる。

 正門が見えた。


 ──メッチャクチャに入り乱れ、乱闘を繰り広げる、ヒューマンとハイエルフの向こう側に。


 入り乱れる、敵味方。

 白兵戦、というよりはもはや、取っ組み合い。

 小柄でほっそりしたハイエルフ。体格のよいヒューマン。

 右となり左となり、上となり下となって、斬り合い、殴り合い、つかみ合う。

 大通りいっぱいの、乱闘。その頭上を矢が飛び交う。運悪く当たった者は倒れ、人波に溺れるがごとくして消えてゆく。

 その、向こう側に。


 ──オレンジの剣かざす、ダークエルフの女が立っておる正門が。


 ──オレンジの剣を2本かざす、ヒューマンの男が立っておる正門が、見えたのであった。



※このページの修正記録

2023/10/25

「20、敵のどほう」

 唐突に『平底船』という単語が出てくる部分を修正。

 イリスと妙雅の会話を入れて、↓このようにしました。


   ぺちゃんこの木箱みたいな、不細工な物体。

  「・・・船?」

  <はい。平底船(ひらぞこせん)。川船ですね>

   その平底船の、甲板。

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