お猿さんと、ポタージュ(3) イリスの、いっきうち

11、コボルドども、おしいらんとす


 カバリオ隊長と、イリス。

 ダークエルフの洞窟マンション(建設中)にて。

 『犬の女神』の、コボルド部隊を、迎え撃つ。


「すすめ! すすめ!」犬の女神が、吠え猛る。

 小さい木の盾、頭にかざし、コボルド槍兵、突撃してくる。

「わんわん!」「わんわん!」「わんわんわん!」


 コボルドども。

 武装は、粗末であった。

 木の盾は、薄い板切れを別な板切れで釘打ちに留めただけ。平らに持つのも苦労する、雑な作り。

 槍も、青銅の穂先かぶっとるのは、わずか10分の1ぐらい。

 黒くとがった木の槍がほとんどであった。

 ・・・あ、黒いのは、火で焼いて固くする工夫ですからね。色を塗っとるわけではありませんよ。

 ヨロイといえば革切れを身体に縛りつけておるのみ。ほんの数人が青銅のかぶとを宵闇に光らせておるだけである。

 しかし、数だけはわんさか居る。

 見える範囲だけでも、百以上なのは間違いない。


 守るダークエルフ。

 武装は充実しておるが、人数が足らぬ。

 青銅ヨロイした重装兵は、たったの12人。その他は新兵や荷物運びの軽装兵ばかりである。

 主力メンバーは『丘の街』に守りの陣を引いておって、洞窟マンションにこれ以上の兵は割けんのだ。

 イリスをこちらへ回したのは、ルーン司令とルシーナ参謀の、苦肉の策である。


 ──というわけで。

 コボルドども、初めっから勝ったつもりで、調子づいておった。


「押せ押せわんわん!」「勝利だわんわん!」「奪うぞわんわん!」

 洞窟マンション入り口に殺到してきたコボルド。

 わーっと、乱杭の柵に取りつく。

「今夜の、おうち!」「おいらの、おへや!」「かかあにやるぞ」「こづくりするぞ」

 勝手なことをわめきながら。

 小さい背丈をさらに小さくして、四つん這いに近い姿勢で、タックル。

 ダークエルフの洞窟マンションに。コボルドども、押し入らんとす。

 グイグイグイグイ。柵を押す。

 ずりずり、ずりずり。柵、ズレはじめる。

 どかん!

 イリス、柵蹴る。

 蹴りもどす。コボルドごと、ズズン! と。

「わふっ!?」「ぎゃん!」「ぎゃおん!」

 コボルドども。

 はじけ飛ぶ。

 悲鳴上げ、洞窟入り口から、ばらばらと扇に散らばって逃げる。

「ぎゃうん! ぎゃうん!」「怪力女、ここにあり!」「山姥でござる! 山姥でござる!」

「やまんばちゃうわ」イリス怒る。

「わんわん! うろたえるのではありません!」

 犬の女神、どやしつける。

「おんおん! もどって来るのではありません!

 わんっ! すすめ! すすむのです! わんわんわん!」

「わうーん・・・」

 コボルドども、眉根を寄せ上げ、(´・ω・`)こんな顔になってからに、命令どおり再突撃して来よる。

 イリスも(´・ω・`)こんな顔して、柵蹴りもどす。

 しばらく、押しくらまんじゅうみたいなやりとり、続く。

「手ぬるい!」

 犬の女神、キレる。

「槍で突きなさい。ころせ! ころすのです!」


12、生命のルーン


「わんわん!」

 コボルドども、槍で突いてくる。

 が、腰が引けておる。しかも乱杭の柵の向こう側からなので、届く距離が知れておる。

 イリスとカバリオ隊長、盾でコボルドの槍を押しのけて、逆に突き返した。

 ぶすり。ぶすり。

「ぎゃん!」「ぎゃいん!」

 コボルドども、鼻面突かれ、あるいは脇腹突かれ、悲鳴を上げて逃げてゆく。

 犬の女神のところへ駆け戻り、『やられました!』っちゅう感じで傷を見せる。

 女神はどうしたか。

「おお。よしよし。いま治して上げますからね。ぺろぺろ」

 コボルドどもの傷口を舐めてやり・・・


「『生命』のルーン! 傷よ、ふさがれ。よくなーれ」


 なんと!

 そう唱えたかと思うと、コボルドどもの傷は、またたく間にふさがったではないか!

「さあ、もう大丈夫ですよ。さっさと行って、戦いなさい」

「わんわん!」

 直ったコボルドども、性懲りもなく(しょうこりもなく)突撃してくる。

「わんわん!」「我ら、無敵でござる!」「『生命』のルーン!」「『生命』のルーン!」

「もどって来よったえ」とイリス。

「あれはなんや。傷治しとるんか?」とカバリオ隊長。

<『生命』のルーンとか言ってますね。ちょっと専門家に訊いてみます>

「あ、ついでにや!」

 コボルドの槍をしのぎつつ、カバリオ隊長。

「司令官に、伝わっとるかどうか、わかりますか? 天空大臣閣下」

<はい。こちらの状況は、もう伝わっております。

 対応、協議中です。

 ルーン司令官は『敵軍の一部を壊滅させるチャンスだ』と主張しています。

 丘の街は『陽動だ。主力を動かすことはできない』としております。

 巨人の国は態度を保留しています>

「ハイエルフ会議やないか!」

<どういうことです?>

「『助けてくれ!』言うたら『意見が割れている』って返ってくんねん」

<ははあ>

 妙雅はそう答え、それから、

<・・・あ、専門家と替わりますね。エスロ博士です>

「はいな!」

<替わりました。巨人の国の魔術師、エスロですえ。

 『生命』のルーンは、犬の女神が所有するルーン。

 主なわざは、子を産みふやすこと、生命を保つこと、生命を見分けること。

 それから、変身のわざもあると伝えられておりまする>

「変身のわざ?」

<はい。コボルドを、おおかみにする>


13、おおかみ兵あらわる


「槍兵、もどれ!」

 犬の女神の命令。

「おおかみ兵、前へ!」

「あおーん!」「あおんあおん!」「わんわん!」

 森の中から。

 あおん、あおんと叫びながら。

 出て来たのは──素っ裸のコボルドどもであった。

「一緒やに」とイリス。

「・・・どこがおおかみなんや?」と隊長。

「わからへん」

 素っ裸、素手、ヨロイも着とらんコボルドども。

 5、6、7・・・10人か。犬の女神の周囲に、集まった。

「よろしい。おまえたち。出番がやってきたのです。吠えなさい」

「あおーん!」「あおんあおん!」「わんわん!」

「血を、解き放て! 眠る力を、呼び覚ませ!」

 犬の女神、唱える。


「『生命』のルーン! 『先祖にかえる』!

 コボルドどもよ、おおかみになーれ!」

 

 アオーーーン!

 めきめきめき! ごりごりごり!

 いかついおっさんが拳ごきごきいわすような音立てて、10人のコボルド、でっかくなってゆく!

 背が伸びる! 毛が伸びる! 鼻面伸びて、凶悪な顔になる!

 丸くて黒かった目が、白目の多い三白眼になる!

 口がギューッと長くなり、ギラリと白い牙かがやく!

 トスッ。

 二足歩行から、四つ足に!

 黒い、四つ足の、馬のごとく大きな、けだものに──


 ──おおかみになって、駆け上って来た!


「なんやと!?」

「おおかみや」

<・・・なるほど。うわさは本当でしたか>

 おおかみ兵。

 あっちゅう間に洞窟入り口までの坂道を駆け抜けて。

 ガウウウウ!

 吠え猛りながら、飛び掛かってきた!

 その迫力。コボルドどもとは比較にならぬ。

 その跳躍力。コボルドどころか、人間の背丈よりも高く跳ねる!

 乱杭柵を一気に飛び越して、イリスの頭に飛び掛かってきた!

「せりゃ!」

 イリス、あわてない。

 盾パンチ。

 おおかみ兵1、ぶん殴られて、吹っ飛ぶ。

 おおかみ兵2、1の巻き添え喰らって柵の上に落ち、もんどり打って向こうへ落下。

 おおかみ兵3、イリスに飛びつくも、逆に抱えられ、ブン回され、放り投げられる。3尋も吹っ飛んだ挙句、見守るコボルドどものど真ん中へずでんどうと落下。コボルド巻き込み、ゴロゴロ転がる。雪だるまがごとし! 徐々に被害者を殖やしつつ転がり落ちて、犬の女神にどかーん! ぶつかって、ぼてんぼてんとそこらに転がった。

 だが。

 おおかみ兵4、投げた直後のイリスの右腕に、喰らいつく!

 おおかみ兵5、カバリオ隊長に飛び掛かり、押し倒す!

 おおかみ兵6、イリスの脇を駆け抜けて、2列目のダークエルフ兵に頭突き! 押し倒し、のしかかり、噛みつかんとする!

 洞窟入り口の守備が、乱れた!

「いまぞ、好機にございまする!

 槍兵、おおかみ兵を支援せよ!

 おせ、おせ、おすのです!」

 犬の女神が命令。

 コボルド槍兵、ふたたび「わんわん!」と詰め寄せて来る。

「隊長!」「イリス!」「通すな! 食い止めろ!」

 ダークエルフども、狭い洞窟入り口を必死に防衛。

 イリスは右腕におおかみ兵4噛みつかせたまま、後列に噛みつく6の頭を、盾で殴った。6、ふらりとする。イリス、そのしっぽを盾持つ側の手で、むんずと握った。

「ぎゃん!」しっぽ掴まれ、悲鳴上げる6。

「ここは、あんたらの、おうちと、ちゃうねん!」

 イリス!

 おおかみ兵6を、ぶっこ抜きに、ぶん投げた!

 しっぽ投げである!

 おおかみ兵6、経験したことのない痛みに泣き叫びながら宙を飛ぶ。落下する。槍兵にぶち当たる。ごろごろごろ。雪だるまならぬ、いぬだるま。ふたたび発生。雪崩と落ちてゆく。

「どろぼう、山賊は、お断りや、ねん!」

 イリス。つづいて、カバリオ隊長に噛みつく5の脇腹蹴り上げる。5、壁にぶつかり、跳ね返ってくる。その跳ね返ってきたのを、もう一回蹴る。ボレーシュート! 5、目を回して吹っ飛び、槍兵巻き込み、いぬだるまとなる。

 イリス。

 おおかみ兵4を睨む。

「グルルルル!」

 4、うなる。イリスの右腕にぶら下がったままで! ものすごい咬筋力(こうきんりょく)!

 4、四つ足の爪でキックしてきおる! 青銅のヨロイ、ガッチンガッチン凹んでゆく! ものすごいキック力!

「フシャーーー!」 

 イリス。牙むいて、ねこみたいにうなり返した!

 腕振って、盾捨てる。空いた拳で、ボディブロー!

 密着状態から、ボディ! ボディ! ボディ!

「ぎゃん!」

 身をよじる4を壁に押しつけ、とどめのボディ!

 苦悶のあまり、噛み付きゆるむ! イリス、右腕引き抜いて、4の頭を両手で掴む!

「いぬも、おおかみも、お断り、や!」

 乱杭柵の向こうへ、ぶん投げる!

 首投げ!

 おおかみ兵4、これまた、いぬだるま起こして、転がり落ちてゆく!

 おおかみ兵7、仲間の負けっぷりにちょっと腰引けたところに、いぬだるま! なんもせんまま落ちてゆく!

 おおかみ兵8、いぬだるま回避! どうしようか、悩む!

 おおかみ兵9、逃げ出した!

 おおかみ兵10、犬の女神の顔色うかがい、悩んでから、突っ込んで来る!

「フシャーーー!!!」

 イリスの、ねこシャウト! 10、逃げ出した!


 入り口クリア!

 イリス、おおかみ兵を撃退である!


「イリス! 大丈夫か」「手見せぇ、手ぇ!」「包帯持って来い!」

 ダークエルフどもがイリスを取り囲む。

「はぁはぁ。大丈夫やえ。ヨロイ、抜けてへん」

 イリス、さすがに汗かいておる。

 右手、イリスが自分で買うた、真新しい青銅のこて。べっこべこに凹んでおる。

「ええから外せ。骨確認せなアカン」「打ち傷あるやろ」「内側は大丈夫なんか?」

 男ども、大騒ぎである。

「大丈夫やに」

 言いつつ、イリス、こて外し、見てもらう。

 外すときちょっと顔歪める。さすがに無傷ではないようである。


 イリス、湿布薬を包帯で巻き付け、治療してもらう。

 コボルドどもは、女神の回りまで後退し、『どうしましょう・・・』っちゅう感じで見上げておる。

 犬の女神はイライラしておるが、次の命令も出しあぐねておる。


「・・・大臣閣下」

 カバリオ隊長。

 ちょっと引っ込んだところへ、オクトラを手招きした。

<なんです? 隊長>

「・・・イリスさまの友だちのよしみで、助けてくれへんか?」ひそひそ。

<・・・イリスさまのためなら、喜んで>

「おお、ほんまですか」

<それで、確認なのですが。

 ここはイリスさまご所有のマンションでしたでしょうか?>

「いや。アルスの領地ですわ」

<そうでしたね。失礼いたしました>

「・・・まあ、そやわな」カバリオ隊長、イリスを見る。「時間稼ぐしかないか・・・」

 

「ええい! 歯がゆい! なんと、手強いおんなが居ったもの!」

 犬の女神。

 大槍を杖がごとくズシンズシンと地面に立てて、近付いてきた。

 でっかい身体。でっかい腹に、ふさふさの毛。

 前足に持った大槍でイライラと地面を突きながら、言うてきた。

「そこな、赤い肌した女。

 なぜ、抵抗するのです」

「なぜて」

「私は、女神なのです。えらいのですよ」


 犬の女神。

 攻めるに難し(かたし)と見て、イリスに問答を仕掛けてきおった。


14、イリス、もんどうす


「女神やったら、偉いん?」

 イリス、問答す。

「そうですよ。神は、偉いのです。

 なんで、おまえは神に抵抗をするのです?」

「なんでと言うて、ここ、うちらの土地やからやえ」

 右手に包帯したイリス。

 柵に足かけたまんま、いつもの柔らかい口調で答える。

「ここ、『新生アルス』のみんなが苦労して手に入れた領地やに。

 ルーン隊長やカバリオ隊長が下見して、工事のおっちゃんが建設したん。

 武器振りかざした山賊がどろぼうに来たら、防ぐん、あたりまえやん」

「さんぞく! どろぼう!? 女神に向かって!」

「女神でも、山賊したら、山賊や」

「わ、わ、わ・・・わん!」

 犬の女神、激怒する。

「よくも! よくも! 神に向かって! 人間のくせに!」

「山賊する神より、家建てるおっちゃんのほうが、ずーっと偉いのえ」

「ぐうううう!

 も・・・、もはや、許すことはできませぬ!

 神に逆らう愚女! 山姥! 死ぬ前に、名乗るがよい!」

「おいこら、野良犬ゥ!」

 カバリオ隊長が飛び出して来た。

「黙って聞いとったらなんじゃコラァ!」

「わんわん! また、の、のらいぬと!」

「野良犬やろがぃ。首輪もせんと人の住処に入り込んで、わんわんわんわん叫びおって!

 女神女神て、おまー、自分がこの御方より上のつもりか!」

「わん? 当然にござります。神は人間より強いのですから」

「ド阿呆! まぬけ犬!」

「ぬぐううう! ぼっ、暴言は、ほどほどになさいませ」

「じゃかましゃ! ここに居られる御令嬢を、どなたと心得る!」

「し、知りませぬ。ですから、名乗れと、申しておりまする」

「名乗れやと? 頭が高いんじゃ!」

 カバリオ隊長、威張る。

「ここにおわすは、誰あろう!

 夜空に輝くあの土地の、白い白い宮殿のお生まれ。

 高貴な血筋は母方の、赤い肌は父方の、立派な血をば引いたもの!」

「わぅ・・・?」

「え、ちょっと」イリス、隊長の肩に手置く。「ちょっと隊長」

「あいやお嬢、もうこれ以上、御身が口利く必要などありませんで!

 こんな野良犬、俺が相手したら十分や!

 ええか! 野良犬神!」

「の、のらいぬではないと・・・!!」

「聞いておどろけ! ここにおわすは!

 月の女神の愛娘。赤き六腕神の血を引くもの。

 その名も高き、女神イぃーリスさまじゃ!」

「えっ・・・!?」犬の女神おどろく。

「えー・・・」イリスひきつる。

 コボルドども。

「なんの話でござる?」キョロキョロ。「月の女神?」「赤き神の血?」「そんなもったかき?」

「そ、そんな・・・そんなばかな。そんなばかな」

 犬の女神、うろたえる。

「お月さまの? あ・・・あの、ハイエルフを滅ぼすという、鬼神の?

 う、嘘でしょう? 嘘でございましょう?」

「嘘やあるか。阿呆! この御方のお顔、鬼神さまにそっくりじゃ!」

「そ、そんな・・・」

「・・・隊長、おっ父見たことあったっけ?」

「・・・ええから任しとけ。お父(おとん)には『すんません』言うといてくれ」

「おお! おお!

 わ、私は、大変なことをしてしまいました。

 お月さまに噛みつくなど。暴れ者の戦の神に、恨まれるのですか?

 どうしましょう。どういたしましょう」

「どや! わかったんなら、頭が高い!

 ひざまずいて許しを乞え!」

「きゅ・・・きゅーん・・・」

 犬の女神、腰引ける。

 耳垂れ、しっぽ丸まる。

 しかしそこで、まだ粘った。

 かろうじて、こう言い返してきた。

「しょ・・・証拠は?

 そうです。証拠は?

 証拠はあるのですか?」

「阿呆め! まだ疑うか!

 よっしゃ! ほんならそこで待っとけ!」

「はあ・・・」

 犬の女神。

 半信半疑ながら、『待て』と言われて、素直に待つ。

「・・・隊長。証拠言われても、なんもないに」イリスがささやく。

「・・・なんか考えろ。それっぽいの」と隊長。

「・・・無理やえ。そな、急に」

「・・・まあ無理ならええわ」

「・・・ええんかい」

「・・・アカンならアカンでしゃあない。次の手打つだけや」

 と言うておきながら、隊長。イリスの肩に手置いた。

「そやけどな、イリス」

「なに?」

「おまえは神さまの娘や。俺らを助けてくれた、女神さまや」


 イリスは考えた。

 一瞬、父に祈ろうか? と思う。

 父に祈り、『力』のルーンでも貸してもらえば・・・と。

 そして、打ち消した。

 それではアカン。

 そんな気がしたんである。

 直観であった。父譲りの直観である。

 ではどうするか? 自分には、何があるのか?

 ルシーナの知恵でもない。ハルモニアーの歌でもない。自分には、なにが?


「・・・ほな、一騎討ちしてみる?」

 イリス。

 そう切り出した。

「一騎討ち・・・?」と犬の女神。「この私と?」

「そう」

 イリス、乱杭の柵に手をついて、ぽーん・・・と軽く、飛び越える。

 その軽々と飛ぶ姿。先ほどの、おおかみ兵にも劣らぬ。

「うち、ほんまに鬼神の娘、月の娘やねん。

 ほんで、おっ父に似とるとこいうたら、この身体やから」

 イリス。

 ぱあん! 手のひらを、顔の前で打ち合わせた。

「──かかっといで。犬の女神さま。

 うちが鬼神の娘にふさわしいかどうか。

 直接、確かめてみ?」


15、イリスの、いっきうち


「わぅん・・・?」

 犬の女神、とまどう。

 彼女は、巨大コボルドである。

 背丈はイリスより高く、腹ふくよかである。

 体重ならば、イリスの何倍もあるであろう。

 背高きイリスも、犬の女神の前では、スマートで可愛らしい小娘にすぎぬ。

 加えて、牙。

 太く、硬く、鋭い、いぬの牙がある。

 そんな犬の女神と。素手で、けんかするつもりなのか?

「・・・あなたは、馬鹿なのですか?」

「ばかちゃうで」

「大きさの差を、考えなさい。

 重さの差を、考えなさい。

 武器もなしに、この私に敵うと思うてお──」

「一騎討ちするん? 逃げるん? どっち?」

 イリス。

 犬の女神の言葉をあっさり切り捨てる。

 両手を広げる。ほほえむ。

「逃げるんやったら、逃がしたってもええで?

 百、数えたげよか?」

「ぬ・・・ぬううう!」

 踏み出すイリス。

 取り囲むコボルド槍兵。

「フーーーッ!」イリス威嚇。

 コボルド兵、わーっと逃げる。

 逃げて、犬の女神の周囲に集まる。して、女神を見上げる。

 『女神さま』『戦わないんですか?』との、黒いつぶらな目で。

 犬の女神。

 こうなっては、逃げられぬ。

「ぬ・・・う・・・わん! わんわん!」

 大槍投げ捨て、牙むいた。

「鬼神さまの娘とやら。本当か嘘かは、わかりませんが。

 生命知らずの娘ということは、わかりました!

 死んでも知りませんよ?」

 イリス、無視。

 また一歩踏み出す。

「本当に知りませんからね?

 いまなら降参も認めて差し上げますよ?

 あ・・・あとから、文句をお言いではありませんよ。

 鬼神さまが復讐に来るとか。月の女神さまに呪われるとか。そんなのはなしですよ。

 いいですね? 恨みっこなしで──」

「フーーーッ!!!」

「わ、わんわん! うーーーっ!」


 コボルド兵ども、逃げ散る。期せずして、円えがく。

 円の中央。

 イリスと、犬の女神。

 睨み合い。

「フー」「うー」と唸りながら、ぐるぐる回る。

 イリスは、長い足で、軽やかに。

 犬の女神は、でっかいお腹揺らし、その場を動かずに。

 背後をうかがうイリス。

 そうはさせまいと、どたどた回る犬の女神。

 して、突然!

 イリスが、タックル!

 犬の女神の左後ろ足めがけ、矢のように低く突き刺さった!

 女神、反応遅れる!

 イリス、足首取った! 腕で締め上げ、関節をきめる!

「ぎゃんっ!」

 犬の女神、大声で吠え、後ろ足キック! すかさず噛みつき!

 だがイリス、キックに逆らわず飛びのいて、噛みつきを回避。

 ふたたび、睨み合い。

 イリス、犬の女神の右手側へ回る。犬の女神、身体を開いて対応す。

 イリス、犬の女神の左手側へ回る。犬の女神、四つん這いとなって、牙をむき、威嚇。


「・・・効いとんな」 

 と、カバリオ隊長。

 洞窟入り口で観戦中である。

<効いてますか>

「効いてますわ」

<あの一瞬で、関節にダメージを与えた>

「イリス怪力やからね。あれダークエルフやったら骨折か脱臼や。

 相手が油断しとるうちに穴開けとこ、いうわけやね」

<あな>

「堤防の穴や。

 あとは時間かけて、自然に崩れるのを待つわけや」

<ははあ>

「ルシーナ仕込みやな」

<ルシーナさま>

「えげつない御方やんか。

 イリスと姉妹げんか──すもうするとき、色々やってくるらしいねん。

 力で勝たれへん相手にどうするか。勉強になった言うとったわ」

<イリスさまからそういう愚痴を聞かされた>

「・・・いや、愚痴やない。思い出話やね。

 要はルシーナさまとの鍛練の成果っちゅうこっちゃ」

<しかし、そもそもなんですがね>

「うん?」

<なんで、武器を捨てたんでしょう。槍のほうが有利では>

「イリスはすもうのが強いんや」

 カバリオ隊長、笑う。

「あいつが鬼神さまから引き継いだん、たぶん、すもうのわざや」


 イリス。

 四つん這いになった犬の女神の左手側に回りつづける。

 犬の女神、回転が遅れる。

 イリスは側面に回り込む。が、仕掛けはせぬ。

 犬の女神が正対するまで、待った。

「うーーーっ・・・」

「ふーーー」

 睨み合う。

 イリス、ゆっくり近付く。

 犬の女神、顔を起こし、前足を前に出す。

 組み合う。

 イリス、巨大な女神の胸元に頭をつけた。

 女神、喉元にイリスの頭が来るのを嫌がって、頭を右手の側へ避ける。

 すもう。

 まさに、すもうであった。


<相手を待ちました>

「うむ。力比べしましょう、いうことやね」

<足を傷つけておいて、力比べ>

「その組み立てがルシーナ流なわけや」

<ルシーナさま完全に悪者ですね>

「言わんといてや?」


 がっぷり組んだ女2人(片一方は、いぬですが)。

 まず、イリスが仕掛けた。

 犬の女神の左足側へ投げを打ってみる。

 犬の女神、逆らうかと思いきや、そうはせず、流れのままに身体を傾け、イリスに体重を預けてきた。押しつぶし!

 イリス、さっと腕を抜いて投げを中断、組み直す。

 ざざっ・・・! イリスの足元に、土煙上がる。

 一瞬のうちに、イリスの組み手、元にもどっておった。投げの手から、がっぷり組む手に。


 じつは、イリスは連続して2発の投げを打ったのである。

 犬の女神の左足側へ投げたあと、押しつぶしに来た女神をうっちゃろうとした。

 だが、女神は身体の軸をぴたりとイリスにかぶせ、うっちゃりをもつぶしてきた!

 ゆえにイリスは素早く投げをあきらめ、リセット。土煙は、このときの土煙だったんである。

 イリスの電光石火のわざ。

 それについてくる犬の女神。

 無言。一瞬。双方、鋭いすもうのわざであった。


 今度は犬の女神が攻めたてる。

 体重を乗せて前に出て、イリスの上体を起こす。のけ反らそうとしてくる。

 イリス。なんと、犬の女神の腹を抱き、持ち上げた。

 ふわっ・・・と、女神の巨体が宙に浮く。

 女神、イリスの腹に後ろ足を当てた。

 後ろ足キックの体勢! さっき、おおかみ兵4がイリスの青銅のヨロイをべこべこにしたわんこキック!

 イリスあやうし!

 イリス、みたび、投げをあきらめる。女神をどすんと落とした。蹴り、封印さる。

 ふたたび、がっぷり組んだ状態にもどった。

「フーッ、フーッ」

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

 2人とも息切らしておる。イリスは、だらだらと汗流しておる。右腕の包帯も、ほどけておった。


<イリスさま、苦しそうですが>

「いや、そうでもない」

<汗がすごいですが。犬の女神は平気な顔してますよ>

「そうでもない。

 平気て言うけど閣下、いぬは汗かかへんがな」

<それはそうですが・・・疲労が汗となって出ているような>

「汗は弱点やない。逆や。汗かかんほうが弱点なんや」


 拮抗(きっこう)がつづく。

 イリスが投げようとすれば、犬の女神が体重で潰す。

 犬の女神がのしかかろうとすれば、イリスが投げ落とそうとする。

 ぼたぼたぼた。イリスの汗、冷たい岩肌に染み込む。

 人間サイズのイリス。

 怪物サイズの犬の女神。

 ふつうに考えて、イリスのほうが消耗激しいはずである。


 しかし・・・


 イリスが、ぴくっと、身体を動かした。

 犬の女神、即座に反応する。

 2人の身体は静止する。

 イリス、また身体を動かした。

 犬の女神、反応。

 静止。

 イリス、がっと前に出た。

 ──瞬間!

「ギャン!」

 犬の女神、悲鳴を上げた!

 みずから地面に転がった!

 どおーん・・・!

 岩肌に巨体倒れ、地響きする。

 女神。転がるように逃げ、3本足の跛行(はこう)となって、立ち上がった。

 もはや2本足で立とうとはせぬ──いや、できんのである。

 犬の女神。

 左後ろ足を、完全に殺されてしもうたのであった。


<いつのまに?>

「いまの組み合いのあいだにや」

<動いてないように見えましたが・・・?>

「そう見えて、踏ん張らせとったんや。

 投げるぞ、投げるぞって何回も脅しかけてな。

 踏ん張らな投げられる。

 そやけど、踏ん張ったら、足に負担が来るっちゅうわけや」

<二択ということですか>

「そや。敵の体重を利用した二択や」

<隊長、イリスの持ち手に詳しいですね?>

「さんざん投げ飛ばされたからのう。訓練で」


 だらりと舌垂らし、ハァハァ息を荒げる犬の女神。

 イリスは、汗だくながら、落ち着いておる。

「降参かに?」

「だ、誰が、ハッ、ハッ、ハッ・・・。

 『生命』のル──」

「ルーンはナシ!」イリス、飛び掛かった!

「ハフッ!?」犬の女神、迎撃!

 さすがは、いぬ。反射神経抜群!

 目にも止まらぬ、対空噛み付き!

 その速さ、人間の比ではない!

 イリスの右腕──包帯ほどけ、腫れの見える腕に、喰らいついた!

 ごりっ!

「あがっ・・・!」

「そこ狙うて来ると思うたえ」

 悲鳴を上げたのは──犬の女神のほうであった!


 イリス。

 右腕を、噛まれた──いや、噛ませたのだ!

 みずから犬の女神の口に右手を突っ込み──奥の奥まで突っ込んで、ラリアット!

 犬の女神の右噛み合わせに、曲げた肘を叩き込んだ!

 犬の女神、「あがっ」となる!

 イリス。

 口に突っ込んだ右肘を支点に、ぐるりんこ! ダイナミックに回転!

 犬の女神の後頭部に舞い上がる!

 バックを取った! 犬の女神の両耳を、引っ掴んだ!


「ギャイン!」

 犬の女神、ブルンブルン頭を振るう。

 イリス、まるで暴れ馬を乗りこなすがごとく、平然と、女神の首にまたがっておる。

 太腿で女神の肩甲骨のすぐ上あたりをがっしりと挟み込んで、完全騎乗!

 掴んだ耳をギューッと引っ張り、女神に悲鳴を上げさせる!

 犬の女神、すんごい形相となる。

 目吊り上がり、よだれ垂らし、口半開き、ゼェゼェ息して、ふるえる。

 女神、地面に転がった。狂ったように、背中を岩にこすりつけた。

 だが、イリスは。

 いつの間にやら、女神の喉元に回り込んでおった!

 その身のこなしは魔術のごとし!

 へびが獲物に巻きつくがごとし!

 仰向けとなった犬の女神の、喉にマウント!

 両手で下顎をとらまえて、もはや首振ることすらできんようにした!

 犬の女神、見る見る動きが弱まってゆく。へなへなと、足で宙をかくだけとなる・・・。


<隊長。これは>

「言うたやろ? 汗かかんのは弱点やて」

 カバリオ隊長、得意げ。

「汗かかへん動物はな。身体冷やすんが苦手なんや。

 ましてあの巨体や。熱は貯まりやすいやろからなあ」

<あ、はい。

 私の訊きたいのはそこじゃなくてですね>

「ちゃうんかい。どこやねん」

<トドメ刺せそうに見えるのに、刺さないんだなと思いましてね>

「ああ。

 なんでやろな?」

 カバリオ隊長、首ひねる。

 オクトラ、傾く。

「もしかして、あのいぬ、気に入ったんかのう」


「降参しぃ」とイリス。

「くぅん・・・」

 犬の女神。

 可愛らしく鳴いて、白目剥いたギョロ目でイリスを見てくる。

「私の・・・子供たちは・・・どうなりましょう?」

「決めるんは隊長え。そやに、ひどいことにはさせぬ」

「うう・・・きゅーん・・・」

 犬の女神。

 ぽろぽろ、涙をこぼす。

「こうさん・・・いたします・・・。

 私、犬の女神は・・・女神イリスさまの、ほりょになりまする・・・」

「よろしい」


 イリスの、一騎討ち。

 見事、勝利とあいなった!


 犬の女神。

 よたよたと起き上がり、伏せの姿勢となり、イリスに頭下げた。

 イリス、女神の頭に、手、置く。

 周囲を見回す。コボルド兵ども、女神と同じように地面に伏せた。

「おとなしゅうするなら、怪我、治療してもえええ」

「それでは・・・」

 犬の女神、おそるおそる、鼻突き出した。

 イリスの右腕を、ぺろぺろぺろぺろ。

 舐める。

「『生命』のルーン。打ち身よ、治れ。よくなーれ」

「・・・。」

 イリス、右腕見る。

 青銅のこての上から噛まれ、腫れ上がって熱持っとった右腕。

 綺麗に治って、いつもの赤い肌の色にもどっておる。

「すごいルーンやに」犬の女神の首筋を撫でる。「自分も治しなえ」

「よろしいのですか。捕虜ですのに・・・」

「ゆるす」イリスはほほえんだ。「犬の女神さま、まじめやし」

「ありがとうございます。『生命』のルーン・・・」

 傷を癒やした、犬の女神。

 伏せの姿勢にもどり、イリスを見つめる。

 イリスは女神を見つめ、なんかちょっと考え、懐に手入れた。

「お団子食べる?」


※このページの修正記録


2023/01/03

「13、おおかみ兵あらわる」

 イリスが噛みつかれた腕が、1個所、『左腕』となっていました。

 正しくは『右腕』です。修正して、ついでにちょっとだけ描写を足しました。

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