お猿さんと、ポタージュ(2) 犬の女神団、せまる

8、イリスと、ポタージュ


 ポタージュ。

 つばさのある、娘。

 手はつばさ。足は人間。顔も人間。

 温かそうな羽毛に包まれ、青いドレスに白い襟巻きしたみたい。はだかなのだが。

 髪の毛も羽毛になっており、びっくりすると、フワッと逆立つ。

 尾羽もある。くじゃくみたいに長く、扇みたいにたたんだり広げたりできるようである。

 背はイリスよりだいぶ小っちゃい。ハイエルフよりすこし小っちゃいぐらいか。

 つばさは1尋(ひろ)を優に超える。つまり、ハイエルフが寝そべったよりでかい。


 ・・・と、ここまで説明いたしますと、「それはハーピーでは?」とおっしゃる方も居られるかもしれない。

 たしかに、『ハーピー』として知られる伝説の鳥女と、似た部分はありますね。

 イリスもそう思うた。それだから、訊いてみたのだ。


「ポタージュって、ハーピー?」とイリス。

「ポタージュは、ポタージュ」とポタージュ。

「種族は、ハーピー?」

「しゅぞく?」ポタージュ、首かしげる。「わかんない」

「そうなん。お父とお母はだあれ?」

「おっ父は、高い湖のナウマーズ」

「なうまーず」

「ナウマーズ。高い湖のヌシ。こーんな口して、なんでも、ぺろん。ひげも、とても、長ぁーい」

 ポタージュ、つばさをファサーと広げて見せた。

「こーんな口して。・・・もっと、でかい」

「でっかいお父さんやに」

「うん。でかい」

 胸を張って、ほほえむポタージュ。

 それから、へにゃっと伏せる。

「お腹へった・・・」

「お肉持ってくるから、待っとって」

「おにく・・・」


 イリスは、ガンメタ鬼神台と妙雅のオクトラをその場に残し、館にもどった。

 館では、ダークエルフどもが宴の真っ最中である。

「どないしよ・・・」

 イリス、困る。

 姉たちを見るが、声かけれる状態ではない。

 ルシーナはルーンと共にピンクのダークエルフに囲まれ、にこやかに利権を争っておる。

 ハルモニアーは竪琴に白い指をすべらせ、演奏中。

 周り見ると、カバリオ隊長と目が合うた。

 カバリオ隊長。またイリスのとこにやって来てくれた。

「イリス。こっち来て一緒に呑まへんか?」

「あ、隊長」イリスほっとする。「外に、変な子が来ておるのえ」

「なんやと? ほな行こか」


「なんやこいつ!?」

「ぴぃーーーっ!?」

 ポタージュ、飛び上がる。

 ひとっ飛びで3尋ぐらい飛びすさった。

「なに? なに? だれ!?」

「誰ておまえ、そんなんこっちのセリフじゃ。ひっく」

 カバリオ隊長、しゃっくり。

 顔には出しとらんが、かなり驚いたようである。

「・・・あ、こいつアレちゃうか? 昼に、街のうえ飛んどったやろ?」

「そうらしいねん」とイリス。「ポタージュ? これ、カバリオ隊長」

「かばりおたいちょー?」

「カバリオでええぞ」

「かばりおでえーぞ?」

「カバリオ」と隊長。「『小っちゃい馬』いう意味や。身体小っちゃいからな。こんなあだ名つけられてもたんや」

「んーん?」ポタージュ、首ひねる。「小っちゃくないよ?」

「そうか?」たしかに、彼女よりは隊長のが背が高い。「そらありがとう」

「この子、ポタージュ言うらしいねん」

「ポタージュか」

「ポタージュ!」鳥娘、胸張る。すぐ切なそうにする。「おにく・・・」

「はい、どうぞ」

「お肉!」

 ポタージュ、鼻突き出し、目輝かせ、口半開きにし、首伸ばしてきた。

 皿に盛られた肉を眺め、イリスを見、カバリオ隊長を見、後ろのほうにおるガンメタ鬼神台を見る。

「もしかして、手で持たれへんのかな。置いた方がええ?」

「おいたほーがえー?」

「持てる?」

「持てるー」

 ポタージュは右のつばさ伸ばし、くいっと折り曲げた。

 人間で言うところの親指の付け根にあたる部分で、くるっと、丸め込むがごとくして、骨つき肉を取る。

「食べていい?」

「どうぞ」とイリス。

「いただきまーす・・・」

 はぐはぐはぐ。

 ポタージュ、噛み付き、引きちぎり、肉食べる。

「???」不思議そうな顔する。「にがい・・・」

「苦い?」とイリス。

「塩がアカンのちゃうか?」とカバリオ隊長。「いぬやねこは、塩ついた肉アカンぞ」

「じゃあ、味あんまりついてへんやつ。これはどう?」

 はぐはぐはぐ。

「うん・・・」微妙な顔。

「お嬢ちゃん、果物は食わへんのか?」

「食べるよ・・・」

「はい。アルフェの実」

 カバリオ隊長、イリスに赤い実わたす。

「あるふぇ?」

 ポタージュ、首かしげる。左のつばさで、アルフェの実受け取る。

 ぼと。つばさすべり、実落ちる。

「落ちた・・・」悲しそうにする。

「切ったげよか」

 イリス、ちょっと離れてから、ナイフ抜く。ポタージュびびる。

 イリス、アルフェの実を服でゴシゴシ拭いてから、手のひらの上で二ツ切りに。さらに四ツ切りに。イリスは手のひら大きく刃物の扱いも上手である。手品みたいに、スパスパとアルフェの実、八ツ切りとなった。

 1つ口に入れて、かじる。シャクシャク。

「はい」残りを出す。「アルフェの実」

「あるふぇのみー・・・」

 シャクシャク。ポタージュ、実を食べる。

「アルフェの実!」

 もひとつ。シャクシャク。もひとつ。シャクシャク。

「んんー!」笑顔になる。「おいしい!」

「ほな、お代わり取って来たるわ」

 カバリオ隊長が離れた。

「お肉は口に合わへんかった?」とイリス。

「うん・・・」

「そっか」

 イリス、ガンメタ鬼神台に腰掛けて、冷え始めた肉を自分が食べる。

 ポタージュ、イリスの手が届かんぐらいの距離で、左右に動く。右足をすっ・・・と右へ出して、そっちに動く。しばらくすると左足をすっ・・・と左に出して、そっちに動くんである。結果、同じような位置で左右にダンスするみたいになっておる。それになんの意味があるのか、それはイリスにはわからなんだ。

「もぐもぐ」イリス、食べながら訊く。「ポタージュ、なんでここ来たん?」

「お腹減ったから」

「急に出て来たんは、どないしてやったん?」

「・・・ひみつ」

「秘密? そっか。ここ来る前は、何しておったのえ?」

「飛んでた」

 要領を得ない会話である。

 しかし、イリスは特に気にせぬ。

「ふーん」と受けて、話をつづける。「街の上飛んでおったに? あれは、なんで?」

「それ」

 ポタージュ。

 ガンメタ鬼神台をつばさで指した。

「お父ちゃんみたい。だれ? って思って、見てた」

「へえー。ポタージュのお父ちゃん、こんな感じなん?」

「もっとでっかいよ」

「ごっついでっかいお父ちゃんやに」

「うん」

「イリスのおっ父もでっかいよ。鬼神ていうねん」

「きしんてゆーねん?」

「腕6本あって、目ぇ3つあんねん」

「めーみっつあんねん?」


 イリス、いちいち訊き返されるのに慣れてきた。

 どうやら、ポタージュ。意味を知りたくて訊き返しとるわけではないらしいのだ。

 相手の声を真似するのが、クセのようなんである。

 ものまね。いや、声まね。それが好きなようなんである。


<声まね、上手いですね>

 イリスの頭上をただようオクトラがしゃべった。

<イリスそっくりですよ>

「そうかに?」

「だれ? だれ? なに?」ポタージュびびる。

「これ、妙雅」

<オクトラです>

「おぉくとっらでーす?」

「ほんまや。妙雅そっくりやに」

<似てませんよ。私そんなじゃないですよ>

「わたっしそんなじゃないでっすーよ?」

「こっちは『きしにぃ』。私のおっ父の相棒」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、音出す。

 ポタージュ、首をすっと伸ばす。ぴょこんと頭の羽毛が立つ。

「つばさの音したよ?」

「きしにぃはね、つばさの音でしゃべんねん」

 ポタージュ、ガンメタ鬼神台をぐるぐる回る。

「・・・つばさないよ?」

「ないけど、空飛べんねん」

「!」ポタージュ、びっくりする。「きしにぃ、ルーン持ってる?」

 ぶわっさぶわっさ・・・ぶわっさ、ぶわっさ。

「えーとね」イリスは考える。「うちのおっ父が分けたんが、あるんやったかに?」

 ぶわっさ。

「おっ父と一緒!」

「ポタージュのおっ父も、ルーン持っておるん?」

「うん! きしにぃ、湖のヌシ?」

 ぶわっさぶわっさ。

「ちゃうえ。きしにぃは、空飛ぶ台の勇者」

「そらとぶだいーのゆーしゃ?」

 ガンメタ鬼神台。ぺたん、ぺたんと、しっぽ上下する。

 ポタージュ。右に、左に、その場ダンスする。

 ガンメタ鬼神台。ポタージュに合わせ、首振る。座っとるイリスもゆらゆらする。

「きしにーい?」

 ぶわっさ。

 ポタージュ、首をにゅーっと伸ばし、ガンメタ鬼神台に近付いて来た。

「乗っていーい?」

 ぶわっさ。

「ええって。ここどうぞ」

「ぴぃー、ちゅちゅちゅ!」

 ポタージュ、綺麗な声でそう鳴くと、ひょいと飛んで、イリスの隣に乗った。

 つばさ、ばさばさっとする。イリスの髪、ちょっとはたかれる。

 つばさ、たたむ。

 フワーとふくらみ、満足そうにふーっと息をつくポタージュ。


 カバリオ隊長が戻ってきた。

 ポタージュ、びびる。ガンメタ鬼神台から降りてあっちに離れる。

 隊長、イリスにかご渡す。アルフェの実が3つ入っておる。

「イリス、任した。俺は中に連絡回しとく」

「うん」

 隊長去る。

「アルフェの実?」

「切ったげるね」

 イリス。ナイフふたたび手に取って、手のひらでスパスパ。手品切り。

 ポタージュ。まだか、まだかと、左右にダンスして待ち、うれしそうに甘酸っぱい実を食べた。


 結局ポタージュ、アルフェの実を全部平らげて、飛んでった。

 どこに飛んでったのかはわからん。まあ、どっかに塒(ねぐら)があるんであろう。

 で、翌朝。

 イリスが散歩しとると、耳の後ろで、ばさばさっ! とつばさはためく音がした。危うく武器抜いて反応しそうになる。

 ポタージュであった。

 可愛らしい娘の顔して、カニみたいに左右にダンスして、こちらを見てきおる。

「おはよう。ポタージュ」

「おはよー。イーリスー♪」

 綺麗な声で、イリスの仮名を歌い上げよる。

 イリスはよい気分になった。

「アルフェの実あるえ」懐から取り出す。「食べる?」

「アールフェの実ぃー♪」

「切ったげるね」

 イリス。手品切りして、アルフェの実を八ツにする。

 ポタージュ。羽毛がイリスにふわふわするぐらい寄ってきて、うれしそうに実を食べた。


 こうして仲良くなった、ある日のこと。

 ポタージュは、自分の生い立ちの話をしてくれた。

 それはこんな話であった・・・


9、ポタージュの、おいたち


──

 『ポタージュ、高き湖の鳥女』


 西方に、『竜ヶ峰(りゅうがみね)』という山あり。

 いと高きその峰、雲かかり、白き雪かむるその中に、『高き湖』あり。

 大いなる口したナウマーズ。この『高き湖』のヌシなり。


 ある夜、雲に月光かがやいて、光の精霊、あらわれる。

 「なんと綺麗な雲なりや! 交わらずには居られんぞ」

 ナウマーズ、よろこび飛び跳ね、かがやく雲と交わった。

 雲はたまごを産み落とし、ナウマーズの元に残していった。


 生まれた、たまご。雲のごとし。

 あっちへふわふわ、こっちへふわふわ。風の吹くまま、飛んでゆく。

 「こりゃあ、困った。困ったわい」ナウマーズは、困り果てた。


 そんなとき、やって来た男あり。

 ひょろひょろした旅人。ナウマーズを見て、こう持ちかけた。

 「やあ、『高き湖』のヌシどの。御身に頼みがあるのだが。

  私をかくまってもらえまいか? ちょっと追われているのでね」


 「おぬし、これ見てわからんか? いま、人を助けるどこじゃない」

 「私をかくまってくれたなら、たまご、落ち着かせて見せるとも」

 「そう言うならば、やってみよ。わしの口に、隠れてな」


 そこに今度は、つばさへび!

 白いつばさ持つへびが、大空いっぱい、飛んで来る。

 冷たい蛇眼で、ギロリ、ギロリ。なにやらものを探しておる。

 ナウマーズは、なんも言わなんだ。口に旅人を含んだままで。


 「助けてくれて、ありがとう。約束どおり、これをあげよう」

 旅人、差し出す。目に見えず、手にも触れぬ、お宝を。

 「『空間』のルーン。ものごとを、自由に動かせるルーンさ」

 

 ナウマーズ。半信半疑で、やってみた。

 「『空間』のルーン。たまごよ、岸辺に落ち着け」

 すると、なんとしたことか!

 タマゴは岸辺に落ち着いて、ぴたっと留まってくれたではないか。


 「おお! これで安心じゃ。礼を言うぞ、ありがとう。

  して、そなた一体、何者じゃ?」

 「私は旅人、名はレガー。ちょっと追われているだけさ」


 ナウマーズとかがやく雲の、子供たち。

 たまごから孵った(かえった)その子らは、つばさ持つおなごであった。

 エサねだり、ぴょんぴょん跳び、つばさ広げて飛び立った。

 ある日、おそろしい竜震で、何もかもが壊れるまでは。


 ナウマーズの幸せは、なくなった。おそろしい竜震によって。

 峰たおれ、岩は裂け、『高き湖』は干上がった。

 「ああ、もうだめじゃ。おしまいじゃ。娘どもよ、逃げるがよい」


 空へ飛び立ち、逃げる子ら。

 しかし、1人は、逃げなんだ。最後に生まれた、その子だけは。

 「おっ父。一緒に逃げようよ。おっ父、一緒に空飛ぼう?」

 「ポタージュ。わしは、飛べんのじゃ。おまえだけでも、逃げるがよい」


 そうして言い合いするうちに、高き湖は、崩れ落ちた。

 真っ二つに裂けてゆく、暗き地割れのその底へ、みんな呑まれてしもうたのだ。

 落っこちていってしもうたのだ。ナウマーズと、ポタージュも。


 「おお。おお。なんとしたこと。この子を巻き添えにしてはならぬ」

 ナウマーズはあせったが、ポタージュ、しがみついて、離れない。

 「なんとかせねば。なんとしてでも、この子は生かしてやらねばならぬ」

 そうして彼は、思い出す。自分にルーンのあったこと!


 「『空間』のルーン! わしらを、安全なところへ落ち着かせよ!」

 叫んだ瞬間! 効果てきめん!

 父と娘は姿消え、遥か下界へ、運ばれた。


 ぼちゃんと水に落っこちて、見回してみれば、湖の中。

 見渡す限りの黒い水。温かきその水は、豊かににごって、さかながいっぱい。

 その名も偉大なアルフェロン。

 偉大なルーンの力によって、父娘は運ばれて来たのであった。


 アルフェロン湖に暮らす日々。やがて、時がやって来た。

 「ポタージュよ。わしを助けた末っ子よ。

  そなたにふさわしい贈り物をやろう」


 ナウマーズ、差し出す。目に見えず、手にも触れない、お宝を。

 ポタージュ、受け取る。2人を救った、お宝を。

 『空間』のルーン!

 高き湖のポタージュは、こうしてルーンを授かった。


──


「・・・ポタージュ、ルーンもろたん?」イリスおどろく。

「うん」ポタージュ、うなずく。

「秘密て言うてたん、『空間』のルーンのことやったんやに」

「うん。好きなとこ、行けるよ」

 ポタージュ。

 トテトテトテ・・・と離れてから、こう唱えた。

「『空間』のルーン! ポタージュを、イリスの横に落ち着けよー」

 ぱっ。ポタージュ消える。

 ばさっ!

 ポタージュ、出現す。イリスの隣に。

「あなや!」イリスおどろく。「へえー! すごいに」

「すごいよ」

 ポタージュはにこにこした。

「イリスも、やってみる?」

「ええのかに?」

「ええのかにー?」

 ポタージュはにこにこして、つばさでイリスの肩に触れた。

「『空間』のルーン! ポタージュとイリス、綺麗なところへ、飛んでけー」

 ぱっ。2人消える。


 ばさっ! 2人、出現する。

 雲の上であった。

「え?」

 イリス、落っこちる。

 あっちゅう間に雲突き抜け、下界へ。

 眼下に広がるは、アルフェロン湖。

 雲の高さから見渡す巨大湖。

 ポタージュにとって、いちばん綺麗な光景──ということであったろうか?

 たしかに、絶景ではあった・・・。

「『空間』のルーン! イリスを、さっきのとこに、落ち着けよー!」

 ポタージュの叫び声がした。

 ぱっ。イリス消える。

 どてっ。地面にこけた。

 さっきのとこであった。

 ちょっと間があって、ばさっ! ポタージュ、出現す。

「イリス。ごめんなさい」

「ちょっと、危ないルーンやに」


 こんな失敗もあったけれども。

 ポタージュは、やがて、このルーンでイリスを助けることになる。

 それは、このあとしばらくして。『猿の神の湖の帝国』との、戦でのことであった。


10、犬の女神団、せまる


 その冬の、ある日。

 『猿の神の湖の帝国』を名乗る使者が、『丘の街』に現れた。


「偉大なる『猿の神の湖の帝国』より、臣民たるべきエルフどもに申す。

 我が国の川の利用には、税金が発生する。速やかに税を納めること」

「何を言うておる? そなた、気ちがいか?」

 丘の街の領主は首をかしげた。

 ところが、使者は本気であった。

 『猿の帝王』の印の入った文書をかかげ、こう言うてきたんである。

「支払いを拒否するなら、脱税である。責任者の出頭を命じる」

「ど阿呆! ばか猿! 山賊どもの寄せ集め!」

 丘の街の領主。

 キレた。

「その首飛ばされたくなくば、いますぐ我が国から去ぬる(いぬる)がよい!

 古(いにしえ)の種族を侮るな(あなどるな)と、おまえたち山賊の頭に伝えよ!」


 戦の始まりであった。


「た、隊長! コボルド、コボルドが──千人以上!」

 洞窟に響く兵士の声。

 立ち上がるダークエルフども。

「ほんまか? ちゃんと数えたか?」

 カバリオ隊長。

 立ち上がり、青銅のかぶとかぶりつつ、歩き出す。

「ほんまです!」報告してきた、若いダークエルフ。隊長の後ろについてゆく。「数は・・・はっきりはしませんが!」

「そうか。わかった。

 イリス。おまえら。装備してついて来い」

「はーい」「は!」「は!」

「そっちは、柵、用意せえ。入り口ふさぐ。乱杭(らんくい)のやつやぞ」

「は! 乱杭の柵、入り口へ運びます」

 カバリオ隊長、イリス、ダークエルフども。

 ゆるやかな下りをすたすた歩く。

 真っ暗闇だが、誰もつまずいたりはせぬ。

 青銅のヨロイがかすかに音立てる。イリスたちは青銅装備である。報告してきた若いのだけは、革ヨロイだが。

 洞窟の出口へ。

 夕暮れの弱い光が差し込んでおる。

「盾かまえ」とカバリオ隊長。

 がしゃっ。全員、一斉に盾をかまえる。イリスも。

「イリス、右」

「はい」

 隊長が出口の左の壁に。イリスが右の壁に。それぞれ身を隠し、外をうかがう。


 夕焼けの空。

 アルフェロン湖までつづく深い森。

 出口すぐそばの岩に、白い雪がうっすらと積もっておる。

 雪とねずみ色の岩。白と灰色は、そのまま眼下へ広がり、森に消えるあたりまでまだら模様がつづいておる。

 その模様を踏みしめて。

 ハッ、ハッ、ハッ。

 けだものが、迫って来ておる。

 舌垂らし、キラリ、キラリと目輝かせ、斜面を登ってくる、いぬ。

 びっしりと。

 岩肌が見えなくなるぐらい、びっしりと。

 コボルド兵どもが、迫って来ておった。


「猿の軍かに?」とイリス。

「そやろな」とカバリオ。「コボルドは洞窟好きやからな。このマンション、取りに来たんやろ」


 ──イリスたちが居るのは、洞窟マンション。

 以前、ルーン隊長と一緒に荷馬車を連れてやって来た、あの洞窟マンションである。

 開発は順調であった。

 部屋となる横穴がいくつも掘られ、井戸が掘られ、下水溝も整備された。

 開発部員たちに、試験を兼ねて部屋が割り振られ、「寝心地よし」と確認もされた。

 春にはこちらに移れると、アルス避難民、よろこんだ。

 そんなタイミングで、戦争。

 司令官ルーンと、参謀ルシーナ。

 悩んだ。

 『丘の街』から、主力を離すことはできぬ。だが、もしも、洞窟マンションが襲われたら・・・


「・・・こっち来て、当たりやったに」とイリス。

「おう。イリス。ほんま助かるわ。

 ──あ、天空大臣閣下? やったか? もな」

<お褒めにあずかり、光栄です。カバリオ隊長>

 イリスの頭上の暗闇から、妙雅の声。

<イリスさまとは、生まれたころからのお付き合い。

 このオクトラ。通信のみですが、お役に立って見せますとも>

 オクトラ。

 『同盟国・巨人の国からの通信支援』という位置づけ。

 まあ、同盟関係なく仲良しなのだが、今回は形式も整えたっちゅうわけである。

「助かるえ。妙雅」とイリス。

<どういたしまして>

「姉者らのほうは、どうかに?」

<まだです。斥候より『敵軍、川沿いに移動中』との報。しかし、交戦はまだ、なし>

「巨人の国にも、コボルドは居るんやったか?」と隊長。

<はい。

 ですが、大丈夫です。

 表にいるのは、よそのいぬ>

「そうか」

<うちは、いぬのしつけ、厳しいですからね。仲間に牙むいたりはしませんよ>

「ほな、遠慮はいらんな」

「そやに」

 イリス。

 表情を引き締め、篭手(こて)の紐を締め直す。

「・・・ヨロイ買うといて、良かったえ」

 青銅の篭手(こて)と、すね当て。イリスが個人的に買い足した装備である。

「俺も買うといたら良かったわ・・・」イリスの後ろのダークエルフ兵が応じた。

「急に品切れになったもんな」別なダークエルフ兵。

「そやねん。売り切れるような値段やないのにな」

「ヒューマンに流れとんちゃうか」

「大将来るぞ」カバリオ隊長が注意をうながした。


 大きな影が、岩山を登って来る。

 巨大な、いぬ。ただし、二足歩行。コボルドと同じように。

 のっしのっし。のっしのっし。大きなお腹を揺らして、群れの先頭に出て来おる。

 巨大コボルド。

 ふんぞり返って、告げてきた。

「そこな洞窟に、ひそむ者ども。

 武器を捨て、ヨロイ脱ぎ、洞窟を明け渡しなさい。

 さすれば、生命ばかりは見逃してやりまする」

「ふむ」

 カバリオ隊長、ゆっくりと出口に姿を現わした。

「コボルドの大将よ!

 時間は、どんぐらい、もらえるんや?」

「あげませぬ」

「んな阿呆な。歩いて出ることも出来へんがぃ。

 一刻(2時間)くれたら・・・」

「では、百数えるあいだだけ、待ちまする」

「そら短いわ。もうちょっと何とかならへん?」

「なりませぬ。百」

「しゃあないなぁ。百やな? はいはい、わかったわ」

 カバリオ隊長、引っ込む。

 笑う。

「お上品な奴や。戦、慣れてへんな、あいつ」

「柵、間に合いそうやに」とイリス。

「そういうことや」

<コボルドはちょっと頭硬いですからね・・・>


「あと、50ですよ」

 ──などと、ふんぞり返る、巨大コボルド。

 その間に。

 柵、到着。

 先とがらせた、細丸太。ずらりと、外に向けて、並べられた。

「あっ!」

 巨大コボルド、気付く。

「ダークエルフども! だましましたね!」

「だましてへんわ! 人聞き悪いやないですか、コボルドの大将」

 とカバリオ隊長。

「百待ってくれる言うから、準備しただけのことや」

「ひきょうもの!」

「じゃかましゃ!(やかましいわ!) 野良犬が」

「のらいぬ!? ぐうう! この私を、誰と心得る!」

「知らんがな」

「ううう、ワンワン!」

 巨大コボルド。

 きばを白く光らせて、こういうふうに怒鳴ってきた。


「我は、おおかみ。

 我は、コボルドどもの太母(たいぼ)。

 犬の女神! それが、我が名にございまする!」


 なんと。

 敵は『犬の女神』の軍団のようである。

「なんやと?」「神やと?」「まじで?」

 ダークエルフ兵、おどろく。

「言われてみれば、でかいけれども」「神の相手せなアカンのか」「大事(おおごと)になってきよった」

「なにびびっとんじゃ」

 と、カバリオ隊長。

「こっちにも女神さま居るやろ。イリス」

「は?」とイリス。

 みな、イリス見る。

「あ、そやな」「言われてみれば、女神やったわ」「イリスたのむで」「また団子分けたるから」「団子の女神さま」

「・・・あほ」イリス、笑う。


「ええい! 49、48、47、46、45──」

 『犬の女神』と自称した、巨大コボルド。

 まじめな性格なのか。だまされたとわかっても、数えておる。めっちゃ早くなっとるが。

 ダークエルフは、柵に岩乗せて補強。予備の槍を壁に立てかけ。鉛弾(丘の街のアレ)の箱まで持って来た。

 準備万端である。

 巨大コボルド、歯ぎしりする。

「うーっ! 37、36、35、34・・・」

 まじめであった。


「──3、2、1、なし!

 コボルドどもよ!

 偉大なる、おおかみの末裔(まつえい)よ!

 すすめ! ころせ! ひきょうものから、うばいとれ!

 ダークエルフをみなごろし、良きあなぐらを、我にささげよ!」

 わおーん!

 コボルド兵ども。日の沈んだ空に、ほえる。

 巨大コボルド、手にした大槍を、イリスたちに向けてきた。

「せんとうかいし!」

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