お猿さんと、ポタージュ(1) ポタージュ、しゅつげんす

1、ふたたび戦の話をすることについて


 ・・・さて、お話ししてきた、この3章。

 『月のうみ』の物語も、そろそろ、おしまい。

 鬼神がダークエルフと出会い、月の女神と出会い、三姉妹が生まれた。

 長女ルシーナ、次女ハルモニアー、人の世に出で(いで)、活躍する。

 あとは、三女のイリス。彼女のことが、最後のお話となります。


 ──ですがその前に、ふたたび戦の話をしなくてはならない。

 

 この戦は、重大なものではありませんでした。

 ハイエルフの歴史書でも、1ページも使われておらん。

 それだのにわざわざお話しするというのには、もちろん理由がある。

 『アルフェロン同盟』の初めての戦であったこと。

 そして、三女イリスの将来が、この戦の中で定まったこと──という、理由がね。


2、鬼神、イリスの祈りをきく


「ふわーあ。本を読むのは、つかれるわい」

 鬼神、あくびする。

 本。

 『神竜とその眷属(けんぞく)』という題名の、ハイエルフの本である。

 ぱたん。

 その本、閉じる。

 鬼神、ごろんと横になる。

「どれ、ちょっと、昼寝でもするか」


 ここは、月の宮殿。

 月の大地に、ありんこの巣のように広がる洞窟である。

 鬼神はその宮殿に、いちばん大きな客間を借りて、いそうろうしておった。

 『客間』というても、お月さんのこと。ほとんどは、神である。

 その神々の客間の中でも、最上級の部屋で。

 ごろり。鬼神、横になった。

 ぐー。ぐー。寝た。


「ちちうえー。聞こえますかー?」

「む? イリスか」

 鬼神、起きる。

 すぐそこに、イリスの姿があった。

 椅子に座り、手合わせ、目閉じて祈っておる。

「お祈りだな? なんじゃ、なんじゃ」

「あ、父上」

 イリス、目を開ける。ほっとした顔する。

「お話があるのですえ」

「うむ。ええぞ。言うてみなさい」

「えーと・・・」

 イリス。

 自分から話があると言うておいて、ためらう。

 鬼神は「あれ? イリスにしては歯切れが悪いな」と思うた。思うたが、黙って待つ。

「そのうー・・・。

 あ、そえ。ついさっき、ルシ姉から聞いたのですが。

 また戦になるらしですえ」

「戦だと? おまえたちの暮らしとる街でか?」

「そうですえ」

「そりゃいかんな」

 鬼神、目が覚めた。

 『戦』と聞くと、目冴え、頭冴えるのが鬼神である。

 くっきりぱっちり、きりっとしっかり、やる気になった。

「よし聞こう! いったい、どこの誰じゃ? 相手は」

「ヒューマンの国言うてましたえ」

「ヒューマンか・・・」

「湖の向こうに国ができたん。

 しばらく前から、武器やヨロイを集めとったのですえ。

 それが、いよいよ周辺に攻めて出て来たて、ルシ姉言うてましたえ。

 湖のこっち側の岸辺の村は、もうすでに、その国のものになっておる由」

「湖の岸辺に、村だと? そんなもん、あったかのう?」

「父上が居ったころは、なかったかも知れませんに」

 イリス。

 ちょこちょこと近付いてきて(イリスは背高いが、鬼神からすればちょこちょこして見えるんである)、座った。

「いまは、岸辺に、いーっぱいヒューマンの村がありますのえ」

「時が過ぎるのは、早いもんだな」

「ルシ姉、しばらく前から『戦になる』言うて、忙しそうにしておったに。

 今日は急に暇そうにしておるから、どないしたん? て訊いたら『始まるえ、イリス』て」

「すっかり参謀だのう」

「うん・・・」

 イリスは微妙な表情をした。

 それで、鬼神はぴんと来た。「ははあ。かつやくだな」と。

「ハルも活躍しとるそうだな」

「・・・・・・うん」

 鬼神はイリスの背中に手をやった。「おまえは、どうだ?」

「・・・・・・・・・べつに」

 いつも明るいイリスがうつむいておる。

 その時点で『べつに』なはずがないのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)。

 だが、鬼神。「ふーん、そうか」と受け流した。

「まあ、あれだ。イリスよ」

「どれえ?」

「あれだ。そのうち、なんかあるわい」

「なんかて何え?」

「きっかけだ」

「きっかけ」

「ちょっとおまえの心にピンと来るような、そんななんかだ」

「そんなのあるんかに」

「ある。そういうときは、あるのだ」

「そうかに・・・」

「まあ、いらいらはするだろうがな。

 もっとなんか、やらせてくれ!

 私にはもっと、なんかできるぞ! などと」

「・・・父上も、そんなんなるん?」

「いまなっとる」

 イリスは笑うた。「自分の話なん?」

「そうだな。私の話でもある」

「なにえ。私の話しとるのに」

「いやいや、イリスよ。人生っちゅうのはな、意外と似とるもんなのだ」

「えー? 父上と私が似とるはずないえ。父上、強いもん」

「それがな、そうでもないのだ。

 なんでといって、まわりは一緒なのだから」

「?」

「おまえと私がちがっても、生きとるのは同じ世界だろう?

 だから、似たような、なんか、そんなことがあるわけだ」

「あー・・・」

 イリスはぼんやりとうなずいた。

 ちょっと遠くを見て、憂鬱そうに(ゆううつそうに)する。

 その表情は──イリスも鬼神も気付かんかったが──鬼神の若いころに、そっくりであった。

「・・・そやに」

 イリス、立ち上がる。

「ほな、父上、またに」

「あ、ちょっと待て」鬼神呼び止める。「敵の国には、なんか呼び名はあるのか? 『なんとかの国』みたいなのだ」

「あ、言うてませんでしたに」

 イリス。

 こう答えた。

「『猿の神の湖の帝国』て、言うてましたえ」


「・・・さるのかみのみずうみのていこく」

 鬼神は目を覚まし、起き上がった。

 覗き込んでおった女と、あやうく顔ぶつけそうになる。

「うおっ」鬼神よける。

「あぶなっ」女のけぞる。美しい銀髪、ふわ~ん。

「またかいな」鬼神、ちょっとあきれる。

「なにえ。私が悪いみたいに」

 お月さん、怒る。

 綺麗な銀髪をくりくりねじる。

「見たらアカンのかに」

「いや、私は無駄に力があるからな。万が一にも、ということだ」

「ふん」

 鬼神はお月さんの背中を撫でた。

 お月さん、機嫌直る。

 穏やかな表情して、なんか耳をかたむける。

「お月さんや。いま、イリスに祈られたのだが」

「うむ。私にも、なんか言うて来ておる。

 ──戦か」 

「うむ」

「やーれやれ。戦せな、生きておれんのかに? 人間は」

「しょうがないことなのだ。けものですら、縄張り争いをするのだから、」

 鬼神、立ち上がる。

「・・・だから、けものよりかしこい人間は、けものよりひどく争うのだ」

「降りるつもりやに?」

「うむ」

「手出しするのかに?」

「いや。万が一のためにだ」

「万が一とは、なにえ?」

「ヒューマンが、ハイエルフに挑む。珍しいことだろう?」

「そやに」

「なんかあったんではないか? 『勝てる』となるような、きっかけがだ」

「なるほど?」

 お月さんも、立ち上がる。

「──そういうことなら、私の力が必要そうやに?」

「うむ。来てくれるか」

「行くとしよう」


3、イリス、護衛をする


 イリス。

 冬の朝。丘の街にて。

 護衛をする。冷え込んだ大通りに、白い息を吐きながら。

 イリスの隣に、小柄なダークエルフの戦士。この2人が先頭である。

 要人は、5人。

 まずは、我らがルーン隊長。

 黒と白のキリッとした男装で、じつに絵になる姿である。腰にはもちろん、神剣“グレイス”。

 そして、『事務局長』というダークエルフの女。滅亡した地下都市アルスの、議会重鎮の娘らしい。ピンクの肌した若い女であったが、いまはフードとマントで全身すっぽり覆っており、顔も見えぬ状態である。

 ルシーナとハルモニアー。

 ルシーナは、参謀。絹ぐもの綺麗なシャツとタイツ、温かい毛皮のコート。男装まではいかんが、中性的な装い。ちょっと肩で風切って歩くくせがあり、そのへんが男っぽいのだが、顔は『美人』としか言いようがない。『絶世』とつけてもよい。

 ハルモニアーは、もちろん、スカルドである。


 ・・・あ、この場合のスカルドとは『生きた議事録』という意味です。音楽家ではなくてね。

 主人に付き従い、主人が交わした会話、約束した内容を暗記するのが仕事なのだ。

 弁論官・補佐官といった役職も兼ねており、議論に参加することもある。

 スカルドがこうした高い地位にあるのは、ダークエルフ・ハイエルフ社会の特徴だ。

 月の女神の影響ですね。お月さんは、スカルドでもありますからね。


 スカルドの衣装は、きらびやか。ひらひら飾りのついた絹ぐものシャツに、太腿にフィットするタイツ。夜の雲のようにうっすら輝くケープという艶姿──なのだが、毛皮のコートをしっかり身体に巻き付け、雪うさぎみたいにふんわり丸くなっておって、よくわからん。可愛いが、色気があるとは言えん。ハルモニアー、寒がりなんである。

 姉妹の後ろに、ダークエルフの月の巫女。

 『湖の神殿』の巫女長の名代(みょうだい)。まあ、外務大臣みたいなもんである。

 名はトリフェーラ。この巫女、イリスたち三姉妹が地球に降りてきたときに、世話してくれた人である。イリスが『お面劇』をやったときにも、一緒にお面をかぶってくれた。

 巫女長名代、トリフェーラ。茶色の肌に、絹ぐもの薄絹を重ね、首元だけ銀色の毛皮のマフラー。たぶん寒いはずだが、平気な顔をしておる。というのも、観客が大勢居ったからである。


「なにえ。ダークエルフ」「アルスの方々らしいえ」「ほう、あの避難民の」「外人兵の方々」

 道の両脇に、ハイエルフ、ぞろぞろ。

 すでに朝市は出ておる時間。人が増える頃合いであった。

「綺麗なお姉さんやに」「立派になったに」「あんたなに見惚れておるのえ!」「見惚れておらぬ。見惚れておらぬ」

 大人気である。

 かつて、ルーン隊長がこの街に来た日には『なんだこいつ?』という目で見られたものだが。

 アシ戦争でもダークエルフは奮戦した、その影響もあろう。

 ハルモニアーの功績──スカルドの宣伝効果もあったろう。

「三日月の姫」「おお、あの歌の」「三日月姫ー!」「ルーン隊長ー!」「きゃー」「きゃー」「きゃー」

「あれが秘密の剣」「あなや!」「どないしたのえ?」「『生命探索』してみよ」「・・・なんと! 生命あるつるぎ!」

 ルーン隊長、大人気である。

 そして、ルシーナとハルモニアーも。

「もやもや光っておる」「神々しい御方なり」「ルシーナさまでは?」「誰え。ルシーナさま」「月の御令嬢」「なるほど、女神さま」

「お隣は?」「白うさぎのごとし」「可愛らし」「酒場で見たことある」「鬼神のスカルド!」「あー、あのハルモニアー!」

 評判、上々であった。

 が・・・

「先頭は誰え?」「わからぬ」「なんと赤い顔。鬼のごとし」「アシ戦争で見た」「知っておるのか」「いや知らぬ」

 ・・・イリスは、姉2人とはちがうようであった。


4、衛兵、私語やめる


 こちら、領主の館。

 衛兵、門守る。

 1隊8人。正装し、びしーっと立って、門守る。

 そこに、ハイエルフの野次馬引き連れて、美しきダークエルフの一団がやって来た。

 整列。

 ハルモニアー、前へ。玲瓏たる(れいろうたる)声で、訪問のあいさつ。

「新生アルス。

 三日月の姫、ルーン隊長。

 議会代表、フローリア事務局長。

 湖の神殿。

 月の巫女長名代、トリフェーラ。

 『アルフェロン同盟』の呼びかけに応じて、参りましたえ!」

「は! ルーン閣下! フローリア閣下! トリフェーラ閣下!

 承ってございまする! どうぞ、お通りください!」

 衛兵。

 正門を開き、ダークエルフの一団を通す。

 ルーン隊長。通り抜けるとき、衛兵の2人にちらっと目をやって、うなずいた。

 衛兵2人、びしーっと敬礼する。

 門閉じる。

「・・・おい」

 ルーンと目礼交わした衛兵、他の衛兵につつかれる。

「そなたら、いまの何え」

「何がえ」

「三日月の姫にあいさつされたに。何え。言え」

「なんでもなし。昔ちょっと関わっただけやえ」

 衛兵2人。

 彼らは、ルーン嬢に惚れておる、あの門番2人組であった。

 ルーン嬢がこの街にやって来た日には、たまたま正門に居って、受け付けをした。

 アシ戦争の日には、ルーン嬢を助けんと水門から飛び降り足くじいた。

 休日にルーン嬢を口説いて、1回だけ一緒に食事したこともある。ダークエルフの恐いお兄さんも一緒であったが。いま、イリスの隣で先頭歩いとった男も居った気がする。

 そんな2人も、水門の戦いで昇進。いまやこうして領主の館も担当する身分。

「・・・我らの昇進を、祝ってくださったのやと思うえ」

「あなや。三日月の姫。なんと気の利く御方」

「聞きたければ後で話すゆえ、私語はやめるべし」

「ごもっとも」

 衛兵、私語やめ、びしーっと立って警備にもどる。

 そこに、ぬーっと、ハイエルフの軍人が現れた。

 青いレザーアーマーに、白いタスキしておる。

「空中警備隊長フォームラー。領主閣下の御命令により、参上した」

「は! フォームラー隊長! 承ってございまする!

 どうぞお通りください!」

 衛兵。門開ける。

 隊長。通る。例の衛兵2人をちらっと見て。ニヤッと笑って、うなずいた。

「・・・おい。いまの何え」

「昔、しごかれた」2人の衛兵、門を閉める。「『私語すな』言うて」

「なんと。話の種の多い奴なり」

 衛兵、私語やめ、びしーっと立って警備にもどる。

 次に現れたのは。

 なんと!

 真っ赤な肌した、大男の一団!

 でかい!

 身の丈、10尺! ハイエルフが肩車しても負ける!

 太陽を背にして歩いてくるその影、なんと長~く、こちらへ伸びてくることか!

 その赤き服の、なんとトゲトゲしきことか! 刃を生やしたがごとく、音もまた、がしゃんがしゃんと勇ましい!

 赤い大男、3人。その足元にウロチョロと、犬のごとき姿した兵士、6人!

 いったい何事!

 野次馬どもも、「あなや」「巨人」などとどよめく!

 犬のごとき兵、ささっと走り出して、おじぎ!

「巨人の国、国王陛下、近衛隊長、外務大臣!

 『アルフェロン同盟』のため、訪問でござる!」


 それは、なんと!

 鬼神のあとを継いだ、巨人の国の、王さま御一行!

 すなわち、鬼神の息子ども! 鬼どもの、3人であった! あとコボルド兵!


「は! う、承ってございまする! 巨人の国王陛下!

 どうぞ、お通りください!」

 衛兵。

 ちょっと声震わせつつ、門開く。

 すると、いちばんとげとげしき赤い服の大男、うなずいてこう言った。

「寒い中、御苦労さん。では、入らせて頂く」

 衛兵、びしーっと敬礼。

 鬼ども、コボルド兵、堂々と中へ入ってゆく。

 衛兵ども、門閉める。

 びしーっと立って、警備にもどった。


 この日。丘の街の領主の館に、4つの陣営が集まった。

 『丘の街』のハイエルフ。

 『新生アルス』と、『湖の神殿』のダークエルフ。

 『巨人の国』の鬼ども、コボルドども。

 4陣営は、同盟を組んだ。


 『アルフェロン同盟』。


 偉大な湖の名を冠した、この同盟。

 初めは、湖の水運を守るための同盟であった。

 それが『猿の神の湖の帝国』と戦う軍事同盟ともなり、果ては、大いなる災いに立ち向かう同盟ともなるのである。


5、なぞのとりおんな


 午後。

 イリス。六尺棒持ち、見張り番。

 場所は、お宿の1階。

 イリスたちが下宿してきた、あのストーブつきの部屋の前である。

 ダークエルフの女どもが出入りして、荷物を運び出しておる。イリスは、荷物をくすねる不届き者が居らんか、外部から入り込む不審者が居らんか、目を光らせる役であった。

 ルーンと姉たちと過ごしてきた、楽しい思い出の部屋。

 荷物が、どんどん運び出されてゆく。

 見る見るうちに、空っぽに。

 テーブルが1つ、残るのみとなった。

 イリス、テーブルを見つめる。

「片づいたようやに」

 ルシーナがやって来た。

「父上、母上。ちと、引っ越しますえ」

 テーブルの上の、石版と女神像。

 鬼神と月神にお祈りするために飾っておった、2人の象徴。

 ルシーナはそれを、綺麗な布でくるんで、大切に胸元に抱いた。

「姉者・・・」

「ほな行こか」

 ルシーナ出て行く。イリス、ついてゆく。

 廊下を抜けて、食堂へ。

 4人で食事をし、スープ呑み、酒呑んだりした、小さな食堂。

 ルーンとハルモニアー、宿の主人と奥さんが、向かい合っておった。

「イリス、入り口をたのむえ」

「うん」

 イリス、宿の入り口へ。六尺棒立て、入り口を通せんぼ。

「・・・こちら、下宿契約の打ち切りの、違約金です」

 ルーンの声が聞こえた。

「いえそんな、隊長。結構ですえ。こちらも助かりましたに」

「お納めください。アルス再興の門出、助けて頂いた御方に、損させるわけに行きませんもん」

「そうですか。では、ありがたく」

「それと、これは私たち4人からの、個人的な御礼です」

 ルーンが渡したもの。

 4人で一緒に書いた御礼の色紙と、金一封である。

「かたじけない」宿の主人、ちょっと涙声。「立派になられましたに。アルス再興、我らも応援しておりまする」

「ありがとうございます。街来たときは、ほんま不安でした。このお宿のおかげで・・・」

 ルーンと主人夫妻、抱き合う。

 別れを済ませ、3人が出て来た。イリスも外へ出る。

 宿の周囲のハイエルフどもが、わらわらとルーン隊長に近づき、話しかけてくる。

 ダークエルフの戦士たちが輪を作り、近づきすぎないよう盾になり、ルーン隊長を守った。


 ごろごろごろ。

 通りを近付いてくる車輪の音がした。

 ハイエルフどもが「おお」とざわめく。道開ける。


 ぶわっさ。


 ガンメタリックの巨体、そこにあり。

 ガンメタ鬼神台。ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台!

 なんでか、突然の登場であった!

 鼻面に、黒い筒9本くっつけておる。

「きしにぃ来ましたえ、隊長」ルシーナがわざと大きな声で言う。「時間も押しておりますに・・・」

「うん。

 ・・・みなさん、ありがとう。丘の街に繁栄あれ」

 ハイエルフが「わー」「三日月の姫ー」と歓声上げ、拍手してくれる中、3人はガンメタ鬼神台に乗る。

「イリス」ルーンが呼んできた。「何してんの?」

「え? うち・・・護衛やし」

「何言うてんの。ほら」

 ルーンが手伸ばしてくる。

 引っ張られて、イリスはガンメタ鬼神台の最後尾に乗った。

「どないしたのえ?」とルシーナ。

「どうもしてへん」とイリス。「護衛やから歩こかな思うただけ。ごめんに」

「・・・うん」


 ごろごろ。

 ガンメタ鬼神台、通りをゆく。

 ごろごろっちゅうのは、ずっと車輪使っとるから。飛んだら免許法違反とかいうので捕まるせいである。

「久しぶりやに、きしにぃ」とハルモニアー。「元気にしとった?」

 ぶわっさ!

「ずっと月に居ったん? 具合悪うない?」

 ぶわっさ。ぶわっさぶわっさ。ぶわっさ・・・ぶわっさ、ぶわっさ。

「わからぬ」

 とルシーナ。

 身乗り出し、手伸ばす。ガンメタ鬼神台の鼻先にくっついとった、9本の黒い筒みたいなやつ、取る。

「妙雅、解説してたもう」

<はいはい>

 妙雅の声。

 9本の筒みたいなやつ。正体は、オクトラであった。

 こやつは「飛ぶな」と言われても飛ぶ以外できんので、ガンメタ鬼神台にくっついとったわけである。

<降りてきたのは数日前。

 みなさんが下宿を引き払うというので、送迎しようと思った。

 調子は完璧ですぞ。いつでも戦えますぞ。──だそうです>

「ええ?」ルーン隊長、笑う。「きしにぃ、そんな感じなん?」

 ぶわっさぶわっさ!

「ちがう言うてるで? 妙雅」

<きしにぃはねぇ・・・>妙雅、ねっとりした声出した。<ルーン隊長の前ではかっこつけますのでねぇ・・・>

 ぶわっさぶわっさぶわっさぶわっさ!

 笑う3人と妙雅。

 イリスは空見上げ、冬の晴れ渡った青に、気持ちを飛ばす。

 そして、異物を発見した。

 空飛んどる、鳥が1羽。

 大鷲よりも大きなつばさ、女の頭、2本足、長いしっぽ。

 街の向こう側の空から、こっちへ近付いてくる。街の上空に入って来よる。

 ──女の顔?

「変なん飛んでおる」イリス、指差す。「こっち近付いておるえ」


 その鳥(?)。

 可愛らしい娘の顔して、こっちをじーっと見下ろしておる。

 そう。

 可愛らしい顔しとるんである。人間の娘みたいな。

 鳥なのに。

 身体つきもなんか、人間っぽい。

 羽毛生えとるし、くじゃくみたいな、長~いしっぽもあるが・・・。


「フラフラしておるえ」

 鳥(?)、なんか、ヨレヨレしておる。

 敵意はなさそうであるが・・・敵意なくとも、この街に、空飛ぶ自由はない。

 青いレザーアーマーの魔術兵が3名。

 地上から、鳥(?)に向かって急上昇するのが見えた。

「そこな飛行者、止まりなさい!」命じる声が聞こえた。

 鳥(?)はびっくりして振り向き、バランス崩し、それから、あわてて逃げようとする。

 魔術兵、そんな簡単に振り切られはせぬ。「止まりゃ」「止まらねば撃つ」と警告しつつ、追いかけてゆく。

 鳥(?)、なんか叫ぶ。

 ぱっ。

 突然、その姿、どこにも居らんようになった。

「消えた」

「水鏡?」とルーン。

「いやちがう」とルシーナ。「魔術兵も戸惑っておる」

 見上げる空。空警隊員がきょろきょろし、途方に暮れておる。

「・・・あ、そうか」とルーン。「水鏡は、『生命探索』は誤魔化せんのやったね」

 魔術兵は飛び回るが、発見できんかったらしい。引き揚げた。

「なんやろ」とルーン隊長。

「わからぬ」とルシーナ。

 しばらく警戒したが、何も起こらぬ。

 謎のまま、一行はふたたび進み出した。

「鳥女」イリス、首ひねる。「何しに来たんやろ」


6、新生アルス


「新生アルスの第一歩に、乾杯!」

「かんぱーい」

 夜。

 石造りの部屋に、乾杯の音、響く。

 古いテーブルに盛られた肉料理に、ダークエルフどもの手が伸びる。

 山羊、ぶた、にわとり、ひつじに、馬。さまざまなけものや鳥の肉が焼かれ、ええ感じに冷まされたもの(ダークエルフは熱い食事が苦手なんである)。手でつまめる骨つき肉や、お椀に入ったスープ。

 ダークエルフの大切な文化である、きのこ料理も並んでおる。

 拍手が起きた。

 ハルモニアーが、『湖の神殿』の巫女トリフェーラを連れて演壇に上がったのである。

 竪琴鳴らすハルモニアー。ゆらゆらと舞うトリフェーラ。

 宴の始まりであった。


「ルーン隊長。これまでの貢献、本当にお疲れさんでした」

「フローリア局長。ありがとうございます」

 ルーン隊長と、ピンク色の肌したダークエルフの女が、輪の中心で話しておる。

 ピンクのは、今朝、フードとマントで全身すっぽり覆っとった女である。

 薄い薄い色した肌は、ルーン隊長とは別の種族のよう。見るからに華奢で、病弱そうである。

 彼女の周囲には、同じようにピンクの肌したダークエルフが並び、ルーン隊長を睨んでおる。

 そんなルーンの背後に、すすーっとルシーナが接近。会話の中に入ってゆく。


「──ピンクの奴らは、いっつもああなんや」

「あ、カバリオ隊長」

 イリスのそばに、小柄なダークエルフの男がやって来た。

 今朝、イリスと一緒に先頭歩いとった護衛の戦士である。小柄だが、アルス時代から警備兵やっとった男である。

 地上でも、外人兵の頃からルーン隊長と一緒に戦ってきた。

 そうした功績で、今回、隊長になったんである。

 カバリオ隊長。なんでか、パーティー会場の隅っこへ。

 イリスのそばへ、すたすたと歩いてやって来たんであった。

「おっす。イリス」

「おっす。隊長」イリス、相手を真似る。

「なんかそれ、慣れへんわ・・・」カバリオ、肉かじる。

「それ?」

「隊長言われるん」

「隊長やに。昇格おめでとう」

「うむう。ま、ありがとう」

 2人、乾杯する。

「ほんで、どないしたん? 隊長」

「・・・どないもこないも、見ろや。あのピンク」

「事務局長?」

「とその取り巻きや」カバリオは酒を一口呑む。「一回も戦わんかったくせに、急に出て来よった」

「うん」

「独立認められた途端や。そのうち牛耳ろうとしだすで」


 独立。

 『新生アルス』という都市国家の、独立である。

 丘の街の領主が、正式に「あなたがたは都市国家です」と、独立承認してくれたんである。

 領土すら、持っておらんのに。アルス避難民にあるのは、難民キャンプと、開発中の洞窟マンションだけなのに・・・。


「ルシ姉言うとった」とイリス。「同盟組んだら独立認められる。そしたら、色々寄って来るて」

「ああ」カバリオ隊長、ちょっと笑う。「ルシーナさまは・・・あれやな。うん」

「なにえ」

「いやいやいや。ごっついなあって。作戦、大当たりやん」

「そやに」

「『アルフェロン同盟』で独立て、最初聞いたとき、わけわからんかったもんな」

「ハイエルフはなんでも多数決やから、票欲しがるらしいに」


 そう。

 ハイエルフは、多数決が好きである。

 アルフェロン同盟でも、多数決が採用された。

 そうなると、自分に近い票が1票でも多い方が有利である。

 アルスを独立の陣営と認めれば、1票入る──これが、独立承認の背景であった。


「ほんま切れもん(者)や。ルシーナさまは」

「そやに」

「俺は、あほや」

「なに落ち込んでおるのえ」

「事実や。ルシーナさまにくらべたら、おまえ・・・。

 ピンクの奴らなんか、いまごろ出て来て何やホンマ」

「ピンクの人らに恨みあるん? カバリオ」

「いや、ない」カバリオ、肉かじる。「気に喰わんだけや。口だけ出す奴、好かん」

「そか」

「イリスは平気なんか? おまえ、戦功あるのに。しかも女神やのに」

「女神なんかな」とイリス。「うちは・・・なんかわからんわ」

「わからんて・・・」

 カバリオ、愚痴引っ込め、イリスをじっと見定める。

「・・・イリス。おまえは、俺らの戦友や。

 みんな感謝しとんねん。おまえに助けられた言うてな。隊長かて、そうやろ」

「ありがとう」イリスほほえむ。「カバリオも隊長やで」

「・・・俺ん中では、ルーンが隊長なんや。たぶん、ずっとそうや」

 カバリオ、食べた肉の骨、ぷらんぷらんする。

 そして、ダークエルフの輪の中へもどっていった。


 ・・・ぶわっさ。

「なに? きしにぃ」

 ガンメタ鬼神台、向きを変え、廊下のほうへちょっと移動する。

 止まってこっち見る。

 ぶわっさ。

「ついて来いって?」

 ぶわっさ。

 イリス、ついていく。

 衛兵の守る扉を抜け、廊下へ。

 廊下を歩いて、玄関へ。

 外は、満天の星空であった。イリスの母の姿は、いまは、夜空にはない。


7、ポタージュ、しゅつげんす


 そこは、丘の街の郊外。城壁の外にある、狭い開拓地域。

 古い石造りの城館である。

 元はハイエルフの豪商の家である。丘陵地の開拓のために建てたらしい。

 しかし開拓は失敗、豪商は病で死に、空き屋に。アシ戦争もあって、価値、下がりっぱなしに(城壁の外ですからね)。

 それをルシーナが目敏く見つけ、購入した。

 資金はルーンと三姉妹が工面した。ルーンとルシーナは丘の街に頭下げ、借金した。イリスも貯金を出した。

 やっとこさ購入したところで、ピンクのダークエルフたちが「一部を負担してやろう」などと言うてきた。

 ルシーナが対応したのでイリスは知らんのだが、おそらく、金を出させる代わり、フローリアという女を受け入れたのであろう。


 ぶわっさ。

「なに?」

 ガンメタ鬼神台、ふわ~んと宙に浮かんだ。

 イリスが首ひねると、ぐいーんと宙を飛んで、ぐるっと回って、もどって来る。

「・・・あ、そっか。ここ街の中やないから、空飛んでもええわけやに?」

 ぶわっさ、ぶわっさ。

 イリス、ほほえんで、ガンメタ鬼神台に乗る。

「ええよ」

 ぶわっさぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、動かぬ。

「なに?」

 なんか、ぶわっさ、ぶわっさと指示をし、動こうとせぬ。

「えーと・・・しっかり掴まれて?」

 ぶわっさ。

「この前落ちたからかに? ふだんそんなこと言わへんのに・・・」

 イリス首かしげつつ、言われた通りにしっかり手すり持つ。

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、ぐいっ・・・! と力強く、浮かび上がる。

 なめらかに、加速する。

 書の達人の走らせる筆のごとく──加速する!

 速い! もんのすごく!

「はやっ」

 イリスおどろき、立っておった姿勢をあらため、屈んだ。

 立っておると余計な風が当たり、ガンメタ鬼神台の姿勢がわずかに乱れてしまう。

 屈んで風防の中に収まってやれば、それはなくなる。そして──


 ひゅおおおぉぉぉ・・・ん・・・!!!


 ──風を斬る音が、澄んだ、鋭い音になってゆく。

「はやい」

 イリス、つぶやく。

 夜空をぶっ飛ばすガンメタ鬼神台。

 これまでイリスが経験したことのないスピード。

 あっちゅう間に、アルフェロン湖上に出る。


 うぉん・・・・・・・・・!


 森から湖上へ出た瞬間、音がまた少し変わった。

 ふと、イリスはなんも聞こえなくなったような気がした。

 風切り音が意識から消え、夜気の冷たさもどうでもよくなり、湖がずーっと向こうまで見渡せた。

 湖にかすかな波を立てながら、ガンメタリックのかぶとがには、ぶっ飛ばす。

 斜めになり、大きくカーブしはじめ、どんどん横倒しに──ほとんど真横になって、Uターンする。

 イリスは、静かな湖面の上を、自分1人で飛んでおるような気がした。

 岬をかすめる。

 あそこはたしか、父母が出会った岬だったはず。

 イリスという仮名を頂く由来となった、虹の、そのたもとの岬である。

 丘の街へもどる。

 見る見るうちに館に迫る。

 そして。

 恐ろしいほどの、ブレーキ・・・・・・・・・!

 力の強いイリスが、本気で手を突っ張り、足を突っ張らんといかんほど。

 イリスは、自分自身の体重を意識した。その体重を支える屈強な身体を、意識した。

 気付くと身体は温まり、ぽかぽかしておった。指先はかじかむぐらい冷たいのに。

 地面に降りる。ちょっと足がフラフラした。

<イリス。お帰りなさい>

 オクトラが待っておった。

「ただいま・・・」

<ふっふっふ。さすがに、びっくりしたようですね?>

 なんでか、妙雅、自慢げである。

<おじちゃんモードでしたからねえ、兄者>

「おじちゃんモード」

<イリスの父上が1人で乗ってるときの速度ですよ>

「おっ父の速度・・・」

 イリス、ガンメタ鬼神台を見る。

 ぺたん、ぺたん。ガンメタ鬼神台、しっぽで地面を叩く。

<さて>と妙雅。<姉者がたが探しておられますよ。一応、大丈夫とは伝えておきましたけどね>

「あ、うん。ありがと。もどるえ」

 イリスはちょっとすっきりして、ダークエルフどもの宴会にもどろうとした。

 が、そのとき。


 どさ。

<ぐえっ>


 オクトラの上に、鳥(?)出現。そのままオクトラもろとも、地面に落ちた。

「え?」

<ぎゃあ! ぎゃあ! こわれる!>

 イリス、足を伸ばし、ちょんと鳥(?)をつつく。

 ごろり。

 鳥(?)、仰向けとなる。

 イリス、オクトラ、ガンメタ鬼神台。

 地面に転がった鳥(?)囲み、油断なく、観察する。

 大鷲よりも大きなつばさ。くじゃくのごとく長いしっぽ。人間のごとき形した身体。

 そして、可愛らしい娘の顔。

「・・・あ、鳥女」

 ぱち。

 鳥女、目を開ける。

 イリスと目が合うた。

「ぴぃーーーっ!」鳥女、叫ぶ。「なに? なに? だれ?」

「うち、イリス」とイリス。「そっちはなに?」

 鳥女。

 起き上がろうとして、へにゃっとこけた。「・・・お腹へった」

「お腹へったん?」とイリス。

「うん」

「なんか食べる?」

「お肉」

「お肉食べれるん? 焼いたんでもええん?」

 鳥女、首かしげる。「焼いたんで燃えーん?」

「持ってきてみる。待っとき」

 イリスはそう言うて、中に入りかけた。

 で、止まる。振り向く。

「・・・で、あんた誰?」

 鳥女。

 こう答えた。

「ポタージュ」

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