ハルモニアー、世にいづる

1、ハルモニアー、酒場でうたう


「はぁ・・・久しぶりやわ、酒なんか呑むん」

「ほんまやな」

 くたびれたダークエルフのおっさんども、テーブルにうつむく。

 ここは、丘の街、裏通りにある、古ぼけた酒場。

 『銀(しろがね)酒場』といい、昔からダークエルフが中心の店である。

「ここもさびれたのう・・・」

「アルスのあれからは寂しくなる一方や」

 ダークエルフども、不景気な顔して、ちびちびと酒を飲む。

「ようさん(仰山)避難してきたから、ちっとはにぎやかになるか思うたんやが・・・」

「しゃあないわ。みな、仕事ないねんから。酒呑む余裕なんかあらへん」

「そやな・・・わしらも、仕事分けたる余裕はないしのう」

 そんな不景気なテーブルの隣に、若いダークエルフの男どもが座った。

「どうも」あいさつしてくる。

「・・・お、護衛隊の兄ちゃんか?」不景気なおっさんがちょっと笑顔になった。「おつかれさん。今日も仕事か?」

「今日は訓練だけですわ」

「隊長が『たまには呑んでおいで』いうて、お金くれましてん」

「ほんまか! 隊長いうたら、あれか。あの・・・綺麗な姉ちゃん。キノコ農家の」

「・・・ルーン隊長です」

「ああそうそう。ルーンちゃん。そうかー。ええ隊長やなあ。気が利くやないか」

「ええ」

「そうかそうか・・・ルーンちゃんか・・・」

 不景気なおっさん、ちょっといやらしい顔になる。

「兄ちゃんら、誰か手ぇ出したんか? ルーンちゃんに」

「いえ」護衛隊の若いの、やや険しい顔になる。「隊長に手ぇ出すのは、互いに禁止にしとるんですわ」

「なんや若いのに。手ぇ出したったらええがな」

「いえ」

 護衛隊は不景気なおっさんから目そらし、酒を呑み出した。

 しかし、おっさん、まだなんか絡んできそうな気配である。

 そのとき。


 ♪しろがねみぐしの しろきみて

  ながなはみつき あがちょうし

  かしこみ かしこみて


 酒場に歌が流れてきた。

 ダークエルフども、「お?」と顔を上げ、そっちを見る。

 白い肌したエルフの娘が、竪琴を波打つように爪弾き、歌っておる。

「誰や?」「わからん」

「ハイエルフ?」「この宿にか?」「ルシーナさま・・・ではないか」「ちゃうちゃう。ちょっと似とるけどな」


 ♪ひかりとやみの ふたごをやどし

  つきのめがみの よをめくらまし

  みえぬとこよの みまほしうとて


 しゃらーん・・・。

 竪琴鳴らして曲を終え、娘、おじぎ。

 ダークエルフども、とりあえず拍手。護衛隊の1人が銀貨投げた。

 ちゃりーん。

 お碗に、コイン入る。

 床に置いてある、大きなお碗。おひねり入れ、であった。

「ありがとうございます」と娘。

「月の讃歌かー。ひさしぶりに聞いたわあ」

 ダークエルフのおっちゃんも銀貨出す。

 お碗に投げず、娘に近付いて、手渡しした。そのついでに、娘の手を握る。

「お姉ちゃん、見いへん顔やなあ? 名前はなんて言うん?」

「ハルモニアーと名乗っておりまする」

「へえ? ダークエルフの名前やん」

「はい。母がこちら側ですので」

「へー、ほんまかあ」

「これからときどき歌わせてもらうと思います。みなさま、よろしゅう」

 ハルモニアーはするっと手を抜き、銀貨の入ったお碗を拾った。

 小さなステージ。

 酒場の隅っこに造ってある、スカルド(弾唱詩人)用の狭い台である。

 この小さな台が、ハルモニアー──鬼神と月神の次女の、初めてのステージであった。

「綺麗な声やな」「うん。ええ声しとる」「美人やし」

 護衛隊は飯食いながらハルモニアーを見ておる。

「なんかモヤモヤしとる」と1人が言うと、

「それや」別な1人が手を叩いた。「それがルシーナさまっぽいんや」

「あー、言われてみれば」

 ハルモニアー。

 おっとりした美貌に、もやーっと明るい光が輪っかみたいにまとわりついておる。

 薄曇りの夜の、お月さんみたいな感じ。

 ルシーナを見慣れとる護衛隊は、そこに共通点を感じたのであった。

「ほな、ルシーナさまの身内か・・・」「女神さまか・・・」「どおりで歌上手いはずや・・・」

 護衛隊、やや声を潜める。

 一方、おっさん。まだハルモニアーに話しかけておる。

「歌だけなん? 夜のほうはやってへんの?」

 ハルモニアーが立ち去ろうとするのに、微妙に邪魔な位置に立って話を続ける。

「私は、歌だけですに」ハルモニアーは愛想笑いした。「旅の詩人でございまする」

「そうかー。大変やろ? 旅言うても、女ひとりじゃ・・・」

「いえ」

 ハルモニアー、顔が強張る。

 そこに。

「ハル姉ー。歌、終わったん?」

 おっさんよりも背の高い、赤い肌した娘が割り込んできた。

「おっと! なんや?」

 おっさんフラつく。その腕を、赤い肌の娘がさっと掴む。

「おっちゃん大丈夫?」

「お、おう。・・・あんた誰や? 見いへん顔やな」

「うち、イリス」

 にこっと笑う。鋭い牙、キラッと光る。

 ダークエルフのおっさん、ちょっとびびる。

「あれ?」護衛隊の1人が声出した。「イリスさまやないですか」

「こんばんはー」

「こんばんは」「どうも」「珍しいですね、酒場来はるん」

「・・・なんや。知り合いか」とおっちゃん。

 護衛隊、顔見合せ、ニヤッと笑うた。

「お父さん。恐れ多いですで」

「あん?」

「月の女神の御令嬢ですよ。最近、月から降りて来られましてん」

「え? マジで?」

「マジですって」「湖の神殿に降りていらっしゃった」「やっぱわかってへんかったんや」

「え・・・そ、そうなん? し、知らんかった・・・あ、いえ、知りませんでした」

「よろしゅうー」とイリス。

「は、はい」おっさん後じさる。「あの、そちらのスカルドさまも・・・?」

「ハルモニアーです。鬼と月の次女です。

  詩 人 と し て やっていきますので、どうぞよろしゅう」

「は・・・ははあー!」おっちゃんひざまずく。「ど、どうか、先ほどのことは、お許しを」

「覚えて頂けるなら、ゆるします」

「決して忘れません」

「はい。ほな、これにて」

 ハルモニアー、背の高いイリスに守られるようにして、酒場を抜け出す。

 出る前に、酒に酔ったダークエルフどもの感想がちょっと聞こえた。

「いやー、女神さまやったんか」「どおりでやな」「声綺麗かったもんな」

「死ぬか思うた・・・」「手当たり次第に声かけるからやw」「笑うなおまえ・・・」「笑うわこんなもんwww」

 ハルモニアー、店の出口で足を止め、長いエルフの耳をそっちに向ける。

「歌だけなんかな? 話はやりはらへんのやろか」

「隊長の話とかしてくれたら・・・」

「あ、それ俺も聞きたい」

「──ハル姉?」

「あ、うん」

 入り口近くの客が、寒そうな顔してこっち睨んでおる。イリスが酒場のドア開けて待っとるので。

 ハルモニアーは竪琴を抱え直して、酒場から表へ出た。


 日はとっくに暮れ、丘の街は冷たく冴えるような夜である。

 ちらり、ほらりと、白いものが舞っておる。

「雪や」とイリス。

「うん」とハルモニアー。「もう冬やに。おお寒っ」

 きぬぐものマントをかき合わせて歩くハルモニアー。

 イリスは肘までしかないシャツに革のチョッキだが、平気な顔であった。この子は寒さに強い。

 大通りに出て、ゆるい坂を上り、下宿しておる宿までもどる。

 石畳の道は、もう、うっすらと雪をかぶっておった。

 ブーツの足跡残して、宿へ入る。

 宿の1階。小さな食堂である。

「ただいまー!」とイリス。

「あ、お帰り」

 テーブルの1つに座っておったダークエルフの美女が、イリスに応えた。

 ルーンお嬢さんである。ぴしっとした白いシャツに黒い革のチョッキを着ており、とても凛々しく見える。

「ハル姉、お疲れさま。座る?」とルーン嬢。

「ありがとう」

 ハルモニアー、ルーン嬢の隣に座る。イリスはルーン嬢の向かい側に座った。

「どうやった? 初めてのステージ」

「まあまあ。おひねりもちょっともらえた」

「良かったねえ」

「終わったあと、絡まれておったに」とイリス。「ダークエルフのおっちゃんに」


「・・・。」ルーン嬢、立ち上がる。「誰やそいつ。私、ちょっと行ってシメてくる」

「ええのえ」ハルモニアー笑った。「私のこと知らんかったみたいやし、謝ってくれたに」

「ほんまに大丈夫?」

「大丈夫。スープ冷めますえ? 隊長」

「あ、はい」

 ルーン嬢、座る。食べかけのスープつつく。

 宿の主人がやって来た。「お帰りなさい。食事の前に、あったかいスープいかがですか?」

「頂きます」「私もー」

「はいはい。イリスさまは大盛りで?」

「うん」

 すぐにスープが出て来た。イリスは丼で。

 湯気立つ野菜と芋のスープである。ヤギの乳が入れてあるようで、独特の匂いがする。

 スプーンですくって口に入れると、まずはしょっぱく、次にじんわりと芋の甘みが広がり、野菜と肉のうまみが広がる。

 たぶん、ヤギの骨つき肉のダシであろう。今日の晩ごはんはヤギ肉料理っちゅうわけである。

「うまー」イリス満足げ。「ヤギ肉好き」

「おいしいに。・・・隊長のほうはどうやったん?」

「うん。まあ、山賊の報告しただけやからね」


2、ルーン嬢、情勢をかたる


「詰め所に行ってね。口で説明して、相手が書き取ったものに目ぇ通して、サインして、終わり。

 ちょっと時間かかったけど、大したことなかったわ。報告はね」

 ルーン嬢。

 警備兵詰め所に行っとったらしい。

 ぴしっとした姿をしとったのは、そのためであった。

「──ま、『商人さんは守りました』ってだけやからね」

「商人さん」

「うん。御者してくれた人らね。

 あの人ら、この街の人やから。警備兵は事件調査せなアカンわけ」

「なるほど」

「あとは、私らダークエルフへの念押しやね。

 『あの山道は丘の街のものですからね?』っていう」

「なんでそんな念押しするんかに?」

「ルシーナが国造る気満々なん、向こうにバレとんねん」

「・・・警戒されておるのかに? 領土を取られるのやないかと?」

「そう」

「ルシ姉、入れ込んでおるからに・・・。

 というか、ルシ姉も行っておったのやに」

「うん。『我は侍女なり』言うて、くっついてきた」

「侍女」

「ホンマに言うたんよ?

 ほんでその侍女様がキレよんねん。

 『オマエらの領土やと? ほんなら山賊撃退の謝礼寄越さんかい!』いうてね」

「ほんまにそんな言い方したのかに?」

「ごめんハル姉。いまちょっと誇張した」

「もう」

「ま、それで、ルシーナが謝礼金と情報もぎ取ってくれてね」

「情報てどんなのかに?」

「山賊の身元。あいつらね、アルフェロン湖の漁村から来たらしいわ」

「漁村? 漁師ってこと?」とイリス。

「うん。斥候の人が足跡追跡して、確認したて」

「・・・そう言えば、槍使うておったに」イリス思い出す。

「そやん」ルーン嬢、憂鬱(ゆううつ)そうにうなずく。

「漁師が、なんで山賊するん? 魚とればええのに」

「ちゃうねんイリス」

「なにがちゃうん?」

「いま、アルフェロン湖はね、船がいーっぱい行き来しとるんよ。

 アシ戦争で、ドラゴンの縄張り、せまなった(狭くなった)やん? それでね」

「?」

「つまり、その船がね・・・、あ、エールください」

「はーい」

「うちも!」「あ、私も」

「はいはいー」

「・・・その船がね、いろんなもん持って来るんよ。もちろん、食料もね」

 ルーン嬢。

 代金を支払い、エールをもらう。

「あー!」イリス納得。「武器やヨロイ強奪して、食べもんと交換!」

「そやん」

 ルーン嬢、ため息。

「青銅の胸甲なんかね、1着渡せば、小麦1年分とかもらえるんやって。

 『ヒューマンの国が戦略的に集めておるようですに』・・・って話やった」

「戦の用意かな?」

「さあ? まあ『戦略的に』っちゅうんやから、隊長はそう推測しとるんやろね」

「そっかあー。それでかあー。ごくごく」

 イリス、エール呑む。

「ごはんいっぱい食べてそうな顔して、なんで山賊するんかと思うたに」

「そか。逆やったわけやに」

 ハルモニアーもあいづち打つ。

「食べれるのに山賊する──ではなく、山賊しておるから、腹一杯食べれる」

「そやん」

 ルーン嬢、エール呑む。

 で、茶色の肌した凛々しい美貌、ハルモニアーにぴしっと向ける。

「──そやからね。アカンで? ハル姉」

「え? わたし?」

「ヒューマンの村はアカンで」

「ん?」

「歌いに行ったりしそうやん? アカンでって」

「あ、そういうことか」

 ハルモニアーはほほえんだ。

「ようわかったに? ルーン。

 たしかに、私は、世界中回って、歌ってみたいと思うておるえ」

「アカンで」とルーン嬢。

「危ないに」とイリス。

「大丈夫。行くときは、ちゃんと相談する。

 それに、まだまだ先の話え。今日も、修行が足らぬと思い知ったに」

「ほんならええけど」

 ハルモニアーは穏やかなほほえみを浮かべて、ルーン嬢を見た。

「ルーン隊長」

「ん?」

「私の修行のため、折入ってご相談があります」

「え、なに? 急に」

「隊長の武勇伝を、歌にしたいのですえ」

「は?」


3、ハルモニアー、取材する


「差し支えないところだけで結構ですに。ぜひ」ハルモニアー、迫る。「ぜひに」

「え、ちょ、待って?」ルーン嬢あわてる。「歌にする? 私を? ありえん。いやや」

「あー」とイリス。「ええと思うに」

「なんッ・・・もよくない」

「隊員のひとに訊かれたに。『隊長て、休みの日、何してはるんですかね?』て」

「なんもしてへん・・・!」ルーン隊長、両手で顔おおう。「酒呑んでつぶれてる」

「そんなん、もちろん、秘密にしますに。

 ね? 英雄の口伝(くでん)はスカルドの本領ですに。

 隊長の名声も高まります。仕事もスムーズになりますえ? ぜひ」

「ちょ、待って。ハル姉がこわい。目が本気や」

 ルーン嬢立ち上がろうとする。

 がし。

 その肩を、白い手が押さえた。

「賛成やえ」

「うわ出たルシーナ」とルーン嬢。

「なにえ。その言いよう」

 三姉妹の長女、輝く肌のルシーナ、登場であった。

「私からもお願いしますえ。三日月の姫」

「姫! そら人ちがいですわ。うち農家の娘やし?

 手ぇ離してルシーナ侍女陛下。うち今日はもう寝んねん」

「そうおっしゃらず。可愛い妹の門出に、どうか御協力あれ」

 ルシーナ、おじぎ。

 おじぎはするが、手はルーン嬢の肩押さえつけたままである。

「こんな頼み方ある? うち、有名になりたないねん。ほんまに」

「女王になられる御方がなにをおっしゃいます」

「そっちこそなにおっしゃいますやわホンマにもー・・・アホちゃう? 女王女王て」

「あほちゃうえ。エールお願いします。2つ」

「はいはーい」

 ルシーナは座った。ルーンの隣。ハルモニアーの向かいである。

「まあ、真面目な話。

 何かネタになるような話、妹に聞かせてやってたもう。

 エールおごるに。おねがい」

「う・・・」

「うそでもええに」

「うそはアカンえ」とハルモニアー。

「はい、エールです」

「ありがとう」

 ルシーナ、エール受け取り、代金払う。

 1杯はルーンにおごり、もう1杯は自分で呑む。

「もらうけど。いただきます。でも、いややねん・・・」とルーン嬢。「恐いねん」

「それはわかるが、」

 恐いもの知らずのルシーナ、口でだけ理解を示す。

「──わかるが、どっちみち誰かに歌にされるえ?」

「なんでよ」

「注目されておる。オレンジの剣持つダークエルフの女丈夫と」

「うちそんな目立ってへん。きしにぃのほうが目立ってる」

「きしにぃ初めてこの街来たとき、誰乗せて来た?」

「・・・うち」ルーンうなだれる。

 ルシーナ、『ほれ見ろ』っちゅう顔して、エール呑む。

「ゴクリ、ゴクリ。

 ──ルーン。そなたはすでに、英雄物語の主人公になってしもうておる」

「うう・・・」

「どうせなら、ハルにやらしたほうがマシやに? ん?」

「そんなん・・・言いくるめやん」

「言いくるめやない。情報戦略え。

 後手に回るべからず。先手打って、良きウワサ、広めるべし」

「賛成やえ」

 剣がしゃべった。

 ルーンの腰の長剣。神剣グレイスである。

「このグレイスも、ルシーナも、そなたをひいきにしておる。

 いまさらコソコソしても、『神々のお気に入り』との嫉妬、まぬがれぬ。

 堂々と名乗りを上げ、私に手を出せば女神が怒るぞと、教えてやるが優雅なり」

「我が意を得たりですえ。グレイスの姉者」

「すぐそうやって結託するー!」

「さて、グレ姉も賛成してくれたことやし、」

 ルシーナ、強引である。

「『月の姫と神剣グレイス』ということで、ひとつお話を頼みますえ」

「え?」とグレイス。「待ちなえ。私の名を出されるのは困る」

「なにえグレ姉。打ち合わせとちがうに」

「打ち合わせて!」

「いやその、本名はちょっと・・・母上に怒られるやも知れず・・・」

「怒られるとは、なにをですかに?」

「いや・・・このグレイス、落っこちて以来、実家に連絡、しておらぬ。

 そやに、旅先でブイブイ言わし、名を上げた日には・・・。

 『なにを調子に乗っておる』と怒られること、まちがいなし」

「うちのおっ父みたいやに」とイリス。

「ちょっと待って」とルーン嬢。「それ、私まで怒られるんちゃう?」

「それはない。そなたは私の生命の恩人。母上がそなたに怒ることはない」

「そうなん」

「たぶん」

「たぶんて」

 ルーン嬢、2杯目のエールを呑み進める。

「このグレイスも、ひと柱の神なれば。

 どこに居って誰を助けるかは、私の自由。一点の曇りもなし。

 母上も、そこはわかってくださる」

「そっか」とルーン嬢。「うん。よし。わかった」

「わかってくれたに」とグレイス。

「うん! グレイスの話したげるわ。ハル姉、どんっどん広めたって!」

「なんもわかっておらぬ」

「わかってますうー。生命の恩人がー、しゃべると決めたんですうー。一点の曇りもありませーん!」

「酔っぱらっておる」とルシーナ。「いつになく強引やえ」

「お姉に似てきたに」とイリス。

「は? 誰姉言うたいま」

「ルシ姉」

「表出ろ」

「グレイスはねえ、岩に突き刺さって『たすけてー』って泣いとったんよ。それを私が引き抜いてあげたん」

「泣いてはおらぬ」

「姉者。このイリス、優しく強い女を目指しておりまする」

「それがなにえ」

「泣いとったやん。『ああ! 待って! 行かんといて! こんなところで埋もれとうない!』いうて」

「泣いてはおらぬ。いちじるしい捏造なり」

「このイリス、か弱い姉者を冷たい雪の上に投げ飛ばすなど、できませぬ」

「なにえ、下克上。今日こそわからしてやるゆえ、とっとと表出よ」

 わやくちゃである。

 宿の主人。見かねたのか、声をかけてきた。

「みなさま、お食事、できましたえ。お部屋に運びましょうか?」

「あ、はい! お願いします」ハルモニアーが立ち上がる。「ルーン。部屋で続き聞かせて。ぜひ!」

「はいはーい」ルーン嬢立ち上がる。ふらつく。「ふあー?」

「イリス」とハルモニアー。

「はーい」イリス、ルーンを支える。

「おまえは表出よ。ルーンはわたs──」

「ルシ姉は、大丈夫? 酔ってないに?」

「大丈夫に決まっておる!」

「さすがルシ姉。頼りになるわあ。食事運んで」

「あ、はい」


4、ハルモニアー、世にいづる


 ちゃりんちゃりーん。

 お碗に、コイン入る。

「ありがとうございます」

 ハルモニアー、おじぎ。

「みなさまのおかげで、またここでお会いできました。

 今日はですねえ、前回より長めのお時間を頂いとるんですけど・・・

 もしよかったら、ダークエルフに人気の、あの御方の話、どないです?」

「うん?」「あの御方?」「誰やろ?」

「茶のダークエルフの、綺麗な綺麗なお嬢さん。

 生まれは、地下都市アルスは郊外の、広い広いキノコ農場」

「アルスの・・・農場?」「・・・隊長か?」「あ、そや。隊長農家の出やもんな」

「淡い金の瞳して、輝く秘密の剣持って。

 ついた仮名は『三日月(ルーン)の姫』」

「やっぱ隊長や!」「ええぞー!」「ルーン隊長ー!」

「そやん。

 みなさんの、ルーン隊長!

 わたし、隊長の秘密の話、聞いてきました。

 今夜、ここだけで、こっそりお話しいたします・・・」


 あの夜から1週間。

 ハルモニアー、先週と同じ酒場にて、2度目のステージであった。


「姉者がんばっておる。ごくごく」

「しゃべりもダークエルフ風やに。ゴクリ、ゴクリ」

 ステージから遠いところで、イリスとルシーナ、酒を飲む。

「ゴクリ、ゴクリ。・・・なかなか受けておるに」

「ごくごく。・・・うん。先週より盛り上がっておるえ」


──

 『三日月隊長と秘密の剣』


 茶のダークエルフの、綺麗な綺麗なお嬢さん。

 月の色したその瞳、ついた仮名は『三日月(ルーン)の姫』。

 生まれは地下都市アルスは郊外の、広い広いキノコ洞。

 でもある日、遥か西の竜震(りゅうしん)が、この地に悲劇をもたらした。

 ・・・

 地下をさまようルーン嬢。助けを求める声を聞く。

 「どうか、助けて。私を抜いて。

  抜いて助けてくださるならば、

  あなたのお伴になりましょう」

 いまにも崩れんとする支洞。その暗闇に、あったもの。

 なんと霊妙! オレンジ色した、そのつるぎ!

 岩に刺さっておりながら、刃こぼれひとつしておらぬ!

 ・・・

 ルーンを睨む、黒おろち!

 其(そ)はウミ、女王、名はジャブジャブ!

 三日月の姫を見下ろして、尊大! こうは宣うた(のたまうた)。

 「今日はとてもいい日です。

  おいしいエルフが食べれるのだから。

  さあさあ、ご馳走、こちらへおいで!」

 ・・・

 六腕神とジャブジャブの、人外奇想の大激戦!

 天にのがれた鬼神台、つばめがごとく舞い戻り!

 オレンジに輝く剣一閃!

 鬼神をたすく三日月の、勇気の一太刀、ここにあり!

 ・・・

 秘密の剣は、去らんとす。

 「私はそなたに秘密にし、隠してきたこと多くあり。

  実直ならぬ秘密の剣。仲間と呼ぶに値せぬ」

 三日月の姫、彼女の柄に手をそえて。

 「真実は、おのずと明らかになるもんよ。

  隠され、踏まれ、忘れられることになってもね。

  いつか光に明かされて、この世に戻って来れるんよ。

  それが月の教えやから。

  一緒にいきましょ、秘密の剣よ」

──


「わー」「わー」「わー」「隊長ぉー」「ルーン隊長ー」


「・・・。」

「なにえ。もうつぶれたのかに?」

「話しかけんといて・・・」

 テーブルに突っ伏した『三日月の姫』。

 長い耳真っ赤にして、テーブルで頭ごりごりする。

「ハル姉は味方や思うとったのにー・・・」

「ルシ姉の妹やし。ごくごく」

「表出ろ」


「──ということで。

 最近は、ほかの酒場からも『うちでもやりませんか』て、声かけてもらえるようになりました!」

 宿の部屋。

 ストーブがしゅんしゅんお湯沸かす、冬の昼下がり。

 壁際の明るい場所にあるテーブルで、ハルモニアーはお祈りをする。

 テーブルには、『力』のルーンを刻んだ石版と、月長石(げっちょうせき)の女神像。

 そして、湯気立つお茶である。

「・・・そうですに。同業者の妨害みたいなものも、ちらほらと。

 大丈夫ですえ。

 私には、父上と母上の名があります。

 イリスはお伴してくれますし、ダークエルフも味方してくれます。

 いざというときのため、走って逃げる訓練も、しておりますのえ?」

 ハルモニアー。

 にっこり。ほほえんだ。

「まだまだ駆け出しですが。

 世に出づるとはこういうことかと、実感する毎日ですえ。

 父上、ありがとう。お元気で。

 ──それでは、今日はこのへんで。次回もお楽しみに~!」

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