鬼神、いのられる

1、鬼神、ぼやく


「することがなくなった」

 鬼神、ぼやく。

 ・・・ぶわっさ?

 久々に鬼神のそばでじーっとしとる相棒。ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台。

 いたって鈍い反応ながら、話聞く姿勢見せる。

「聞いてくれるか。相棒」

 ・・・ぶわっさ。

 鬼神、相棒に向かって前のめりになる感じで、しゃべりだす。

「いやな。私は、ほら。強いだろう?」

 ぶわっさ・・・?

 いきなりの自慢。相棒困惑である。

「強すぎて、すぐに戦う相手が居らんようになる。

 人助けだって、そう毎日できるというもんでもない。

 それで困っておるというわけだ」

 ・・・。

 ガンメタ鬼神台、ちょっとそっぽ向く。

 『まあそうッスね』という感じで、鈍くうなずく。

「やっぱり、お月さんと一緒に、あっちへもどろうかのう・・・」

 空見上げる鬼神。

 青空には、細い月がしずかに浮かんでおった。

 

 ここは、アルフェロン湖ほとりの小さな草原。

 人が居らず、獣が寄ってくるでもない。静かなところである。

 ちょっと歩くとダークエルフの『湖の神殿』がある。

 月の女神は、いま、その湖の神殿で、信者の相手をしておる。

 そろそろ月へ戻るつもりなので、可愛い巫女ども、信者どもと会っておこうというわけである。

 鬼神。神さまと信者を邪魔しちゃいかんというわけで、この草原で待ち合わせをした。

 相棒と一緒に、ぼけーっと日向ぼっこしておるところである。


「はあ・・・」

 鬼神、ため息つく。

「息子は立派に国を守り、娘も美しく育ち、誰1人として病気も怪我もしておらん。

 これで文句言うてはいかん。それは、私だってわかっとるのだ。

 わかっとるんだが、こう、なんだ。アレじゃ。

 もっとこう・・・なんかないんか?

 もっと・・・私にはなんかできるぞ? という。

 相棒よ。わかるだろう? な?」

 ぶわっさ。

 相棒同意である。

「おまえはそういうとき、どうするのだ?

 もっと俺にはできることがある。俺になんかさせよ! そういうときだ」

 ぶわっさ?

「そうだ。おまえはそういうとき、どうして過ごすのだ?」

 ぶわっさ・・・。


 ガンメタ鬼神台、ちょっと離れた。

 わずかに空中に浮かび、モゴモゴと左右に動き、ウズウズした。

 それから、深呼吸するみたいにすーーーっ・・・と鼻面を上げ下げし、静かに地面に着地。

 しばし静止。

 で、元の位置に戻ってきた。


 ぶわっさ。

「ふむ・・・」

 相棒の言葉ならぬ言葉。鬼神、じっくり考える。

 胡座して六腕を組み、沈黙し、瞑目した。

 そして目を開いた。

「溜めか」

 言葉にした。

「あわてずさわがず、意味なく動くことはせず。

 じっと物事を見て、時を待つ。そういうことか」

 ・・・。

 ガンメタ鬼神台、ごくわずかに鬼神の方に向く。

「ふむ。なるほどな」

 鬼神納得。

 ・・・したが。

「無理じゃ! 私には! そんな、おまえのようなことは!」

 六腕広げ、そっくり返り、ばーんと草原に仰向けになった。

 ずし~~~ん。巨体に地面揺れる。あわれ花々ぺちゃんこである。

「私は、さわがしい男なのだ!

 そんないつまでかわからん時間、なんもせんと、じっとしてはおれんのだ!」

 六腕と二足を八方に広げた鬼神。

「はあ」ため息した。「だが、参考になったぞ。相棒よ」

 ぶわっさ。

「寝る」

 ぶわっさ。


2、鬼神、いのられる


「ちちうえー」声がした。「父上。聞こえますかー?」

「む?」

 起きる。

 すぐそこに、三女の姿があった。赤い肌したイリスである。

 イリス、ベットに座って両手合わせて、目閉じてぶつぶつとしゃべっておる。

「なんじゃ? どうしたのだ、イリス」

「あ、父上」

「『あ』じゃないわ。なんじゃ?」

「ちちうえー。神竜って、どないしたらええのですかに?

 恐ろしゅうて、私、よう寝られへん」

「おお、イリス。おまえがなんかを恐がるとは、珍しいな」

 鬼神。

 起き上がって、イリスの前に膝ついた。

 隣に座ろうかとも思うたが、草原に寝っ転がっとったので、ベットが汚れると思ったんである。

 可愛い娘の頭を、ごっつい六腕で抱っこする。

「よしよし。恐がらんでも大丈夫じゃ。神竜なんぞ、私がやっつけてくれるからのう」

 イリスが顔上げてこっちみた。

「あー・・・」と微妙な表情する。「父上はそない言うと思うてましたに」

「なに?」

「やっぱ父上じゃアカンに」

「なに!?」

「母上に聞こーっと」

 イリス消えた。

 鬼神びっくりである!

「イリス? おーい、イリスや? どこへ行ったんじゃ!?」


「・・・なんだ。夢か」

 鬼神は目を覚まし、起き上がった。

 覗き込んでおった女と、あやうく顔ぶつけそうになる。

「うおっ」鬼神よける。

「あぶなっ」

 女のけぞる。美しい銀髪がふわ~んと舞った。

「なにをするのえ。いきなり。あぶないやつ」

「なんじゃ。おまえか」

「なんじゃとはなにえ」

 月の女神であった。

 いつの間にやら、眠っとる鬼神のそばに座っておったんである。

 相棒は・・・ちょっと離れた木立の中をスラロームしておる。訓練か。月の女神への配慮もあるか。

 鬼神、座り直した。

「いやいや。すまん。夢にイリスが現れてのう。

 それが急に消えたもんで、びっくりして飛び起きてしもうたのだ」

「分霊か」

「わけみたま? いやいや、そんな、」


 分霊とは、ある神が、いろんな場所に同時にいらっしゃる、というような意味である。

 いろんな場所に同時にいらっしゃるのだから、そこで祈られたら、当然、聞こえるわけである。

 鬼神には、できん。やり方がわからんのだ。他の神々は、みーんな、できるらしいのですがね。


「・・・そんな、神さまみたいなことは、私にはできん」

「神さまやに」

 言うてから、月の女神はなんかに耳を傾けるようなしぐさをした。

 鬼神は、なんか音がしたのかと思い、耳を澄ます。

 だがなんも聞こえぬ。

 月の女神が『なにえ?』と目で言うてきたので、話を続けることにした。

「いや。それで、夢の中でな。

 イリスが『神竜が恐くて眠れん』と、悩んでおったのだ。

 それで、相談に乗ろうとした。

 だのにから、イリスのやつめ!

 父上じゃ話にならんから母上に聞くわい。などと言いよってな」

「・・・ふむ」

 月の女神、うなずき、ほほえんだ。

「やはり分霊やに」

「は?」

「いまイリスから祈りが聞こえたえ。

 『父上に祈ってみたが、わかってへんから、母上にお伝えします』と」

「・・・なに?」

「そなたの見たそれは、ただの夢ではない。

 イリスの祈りが届いたのにちがいなし。

 鬼神よ。そなたは、祈られたのえ」


3、鬼神、祈りをきいてみる


「そんなばかな! そんな、神みたいなことが、私にできるはずがない」

「そやに、私にも同じ祈りが聞こえたに」

「それは・・・あれだ。私の話を聞いて、合わせて言うとるだけだろう?」

「こりゃ。鬼神よ」

 月の女神、怒った。

「たしかに私は、物事を秘密にするし、人をだましたりもする。

 そやに、信者の祈りを捏造(ねつぞう)は、決して、せぬ。

 今の言葉は聞き捨てならぬ! 取り消してたもう」

「・・・む」

 鬼神ひるんだ。

 正座した。


 頭下げた。

「ごめんなさい。取り消します」

「よろしい」

「しかしだな・・・いくらなんでも・・・つまり・・・」

「そないに否定する必要が、どこにあるのえ?」

「うん?」

「そなたは神。人間ではない。

 祈りは聞こえて当然。むしろ聞けぬほうが不思議やえ」

「え・・・いや、そうなのか?」

 鬼神。

 困惑し、相棒を見る。

 相棒。

 お呼びですか? と戻ってくる。

「私は、本当に、神なのか?」

 相棒傾く。『さー?』のポーズである。

 そんだけか? じゃーな。・・・みたいな感じで木立へ戻ってった。

「素っ気ないやつ」

「ま、えええ。それより、娘の悩みについてやが。

 そなたはどない答えたのえ?」

「そりゃ・・・、私がやっつけてやるから、心配はいらんと」

「阿呆」

「なんでじゃ!」

「神竜は厄介なルーン持ちゆえ、『やっつける』などということはできぬ」

「なら、どうしろと言うのだ」

「どうしようもないえ」

 月の女神。

 花を愛でながら、穏やかに言うた。

「世の中には、どうしようもないこともある」

「そんなばかな。私はそんなこと、認めんぞ」

「我らが認めるかどうかなど、この世の知ったことではないのえ」

「この世がどうだろうが、私は認めんぞ。そんな・・・娘が泣くようなことは」

 月の女神はほほえんだ。

 して、また何か耳を傾けるしぐさをする。

「ルシーナとハルモニアーも、言いたいことがあるようやえ。聞いておやり」

「・・・聞けと言われてものう」

「夢にイリスが出て来たのなら、ルシーナやハルも出てくるやろ。寝てみよ」

「いやしかし」

「ええから寝てみよ」

 月の女神に頭を抱かれ、膝まくらされ、鬼神はもう一回寝てみた。


「父上は知らんと思いますがに、」

 ルシーナが登場した。

 手を合わせ、目閉じてブツブツ言うておる。

「なんじゃ」鬼神怒る。「藪から棒に(やぶからぼうに)」

 ぱっちり。

 ルシーナ、こっち見る。相変わらず、すんごい美貌である。

「そやに、知りませぬやろ?」

「何をじゃ!」

「神竜こわいと言うて、妹どもがビクビクしておるのですえ。

 ルーンにまで伝染してしもうた」

「ほう?」

「隊長をおびえさせるとは、困ったものですえ。

 対処法や、いかに?」

「なるほどな」

「──ということで。さらば、御機嫌よう」

「おいおい。待たんか。一方的に切るんじゃないわ」

「えー・・・。

 かかる問題、父上は、苦手ですに?」

「いやいや。まだ、なーんも言うとらんだろうが。勝手に決めつけるんじゃないわ」

「そやに・・・いつまでも甘えておるわけにもいきませぬし」

「ふむ?」

 鬼神。

 なんじゃ、そっちが本音か? と、ちょっと娘を可愛く思った。

「ルシーナよ。

 少しぐらい、私を頼ってもええんだぞ。

 おまえの父はな、こう見えて、何十年も国王やっとった男なのだから」

「はぁ」

「はあじゃないわ。まったく・・・。

 イリスもおまえも、祈っとるのやら、からかっとるのやら」

「ははは」

 ルシーナ、けらけら笑って「お元気で」と言うて、消えた。

「ええか? そういうときにはな」鬼神答えようとするが、「あれ? 居らん」


「父上。こんにちは。初めてお祈りをしてみます。お元気ですか?」

 ハルモニアー。丁寧なあいさつ。

 お茶まで供えてくれておる。ええ香り。湯気も立っておる。

「おお。

 さすが、ハルじゃ。入り方からしてちがう。

 私は元気じゃ。なにかな? なんでも言うてみよ」

「はい。こちら、みんな元気ですえ。

 神竜のうわさで、イリスおびえ、ルシ姉ちょっとイライラしておりまする。

 ルーンは、隊長の仕事とグレイスの姉者のしごきで、大変そうです。

 ・・・あ、ルーンと同居しておること、御存知ですかに?」

「いや、初めて聞いたわい。・・・お茶、もらうぞ」

「どうぞどうぞ」

 鬼神、お茶呑む。

 ハルモニアー、ちょうどよいタイミングで、つづける。

「4人で下宿しておるのですえ。

 お宿の、ストーブつきの大部屋です。

 よい部屋ですえ。もとは、ダークエルフの商人が長期契約しておった部屋だとか。

 アルス滅亡以来、音沙汰なく、空き部屋となっておった由。

 そこをルシ姉が契約しました。ルーンの名前を出して」

「ほー」

「1階ですが、ご主人一家の部屋よりも奥で、安心なのですえ」

「それは安心じゃ。

 しかし、ルーンお嬢さんは大丈夫なのか?

 つまりほら、姉妹の中に、1人なわけだろう?」

「はい。それは私も気になりまして、確認いたしました。

 『1人やと物騒やから、ありがたいんよ』とのこと。『おそれおおいけど』て」

「ああ、そうか。若い娘さんだものな。

 剣は剣で、世にふたつとないものすごい剣だし」

「まさにそういうことですえ。

 ですから、楽しく過ごせるよう、私もがんばっておりまする」

「なるほどなるほど。そうか、そうか」

「ただ、そのう・・・」

「うん? なんじゃ」

「いえ・・・」

「なんじゃ? いまは2人きりじゃ。言うてみよ」

「はい。では。

 ルシ姉が、すこし入れ込みすぎのような・・・。

 ルーンもさすがに困惑しておりまして。

 『女王にしようとするん、なんとかならへん?』と、相談されまして・・・」

「女王?」

「あれ? ルシ姉から聞いておられませんに?」

「それも初耳じゃ。なんの話じゃ?」

「あら。そうでしたか・・・」

 ハルモニアー、ちょっと考えて、にっこりした。

「わかりました。ならば、そのあたりの事情は、また次回!」

「は?」

「今日はここまで。次回、お楽しみに~」

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